#18

勝手に異性を意識してしまっている自分に顔をしかめ、コーヒーメーカーに視線を戻すとあちらもそれ以上踏み込まず2つ目の事件を教えてくれた。

どうやら事故車の近くに組織の人間が乗っているという車があったらしい。急発進して逃げていったから警察は検問を敷いて捕まえようとしたみたいだけど事故の犯人は別にいたのだという。
みすみす組織の人間を捕まえる機会を逃すのはどうだろう、という話にもなったが今組織の人間を捕まえたところで意味はないとコナンが訴え事故車の事件を解決させたらしい。

話を聞きながら2つのカップにコーヒーを注ぎ沖矢に渡すと、湯気で眼鏡が曇ったが彼はそのまま口をつけた。

「それって本当に組織の車だったんですか?」
「ええ。1人会場の外で涼んでいた"彼女"が見たというんですから間違いないでしょう。それに、このホテルにも"誰か"がいたようですし」
「……」
「ただホテルにいた者はもういないと思いますよ。警察が警戒している事件直後にわざわざ行動を起こすとは思えませんから」

ですので、今日明日は安心して大丈夫です。と微笑む沖矢の眼鏡はまだ半分くらい白くて笑っていいのか安堵していいのかわからず曖昧な顔で頷いた。


「それよりもこれからは自分のことをもっと心配した方がいい」
「?私?」

ベッドの端に座ると向き合うようにコーヒーを飲んでいた沖矢が変なことをいうので首を傾げた。
もしかしてがかかわった事件に進展でもあったのかと身構えたがそういうわけではないらしい。訳が分からず益々首を捻る。



机に寄りかかりながらコーヒーを飲んでいた沖矢はの頭から爪先を眺め、開いた目を細めた。
有希子さんにコーディネートしてもらったという服装は裏方ということもあり暗めの色でパンツスタイルだったが、そのお陰でスラリとしたフォルムが際立ち、元々良かった背筋も強調されバランスがとても美しかった。

アップにした髪から零れ落ちるおくれ毛も肌やうなじを魅惑的に見せ、後ろ姿だけでも十分に魅力的な女性だと誰もが思っただろう。その上でこのメイクだ。
服のイメージを損なわないよう凛とした雰囲気を保ちつつ、冷たくなり過ぎない色合いでまとめ、表情までつけてしまった。

そのお陰でいつもは汲み取れない表情の機微も一段とわかりやすくなっている。ここまでくると最早神業だな、と思わざるえない。
しかし、有希子さんの神業の弊害としてを美しく魅せ過ぎてしまった。

「今日のパーティーでより多くの人間があなたのことを知ってしまいましたからね。先程の関係者も、あわよくばあなたとお近づきになりたいという下心が見えましたし」

眠りの小五郎もわかりやすく見惚れていたじゃないですか。と可笑しそうに教えれば、本日の主役よりも多く目を惹きつけた彼女が驚いたように目を瞬かせた。それから戸惑ったように視線を揺らし眉をひそめる。


髪型のお陰で今日はよく見える表情に沖矢にも困惑しているのが見てとれ、微笑ましくなってしまった。

「まあ、今日は全部有希子さんのお陰だし…私じゃここまでできないから特に問題ないんじゃないですかね?普段は愛想もないし幻滅する人も多いんじゃないかな」

カップを両手に持ち、いい難そうに零したはそのままコーヒーを飲んで言葉を切った。

本人は愛想がないと思っているようだが少し違うな、と思った。
以前のならまず寝室で寛ごうものならすぐに追い出していただろうし、食事以外でこんな風に同じ部屋でコーヒーを飲むなんてこともなかった。
沖矢自身も驚きだったがは何も言わないのに2人分用意し、あまつさえ手渡している。

未だに盗聴器の件で沖矢を冷たく睨むことがあるが基本は他人を憎めない人間なのだろう。親しくなるつもりはない、と思っていたがこうやって実際に枠の中に入ると野良猫が懐いたような感覚を覚え、悪い気はしなかった。



「元々素材は良いと思ってましたよ」
「え……?」
「本人にやる気がないのもわかってましたが」

思ってもみない言葉に目をこれでもかと見開いた。何が起こっているんだ?と彼を見上げれば透明になった眼鏡の奥で強い瞳がを映す。

「今日のさんはとても綺麗ですよ」
「え、何ですか。いきなり…」
褒めるなんて怖い、と肩を竦めれば何故か困った顔をされた。


「フム…僕も彼らと同じだといいたかったんですが……後ろ姿を見てひと目であなただとわかりましたが、見返り美人、というのは本当にあるんだと今日改めて知りました」
「……は、」
「それくらい魅力的なんですよ」

今日のあなたは。と微笑む沖矢にはぼぼっと顔に火がつき思考がパンクした。後から思えば社交辞令もいいところだとわかるはずなのに真に受けてしまい、俯き空いてる方の手で口を覆った。

褒められて嬉しくないわけがないけど過剰すぎる。これじゃ、有希子さんの手腕のお陰ですよ、と笑うことも出来ない。
動揺して泣きそうになってると気遣う沖矢の声が聞こえる。くっ!いつもなら薄っぺらい感情で喋ってるくせに、とか、本心じゃないよねこの人って思えるのに言葉が上手く出てこない。


「…もしかして信用できませんか?」
「……」
「僕の言葉では嬉しくないかもしれませんが、僕が思ってしまうくらいには周りもあなたが綺麗だと思って」
「その、もう、いいです」
「え?」
「つ、伝わってますから…その、ありがとう、ございます。でもこれ以上は、勘弁してください」
「……」
「これ以上貰ったら、私、死亡フラグに思ってしまうから…」

そうでなくても青月さんに殺されるかと思わんばかりに褒められたのだ。もうお腹いっぱい、という状態で追い詰めるようにいわれたら自分をどう保てばいいのかわからなくなる。
首まで赤くしたを観察するように見ていた沖矢だったが「死亡フラグ…」と呟き顎に指をかけた。その声にすら緊張して肩が跳ねる。


「人を褒めて、もう勘弁してくれと懇願されたのは初めてですが…さんは謙虚な方ですね」
「いえ…その、はい…気をつけます」

私も人生で初めて褒め言葉で殺されると思いましたよ。と心の中で呟き、彼の軽口も返す気力すら残っていなかった。