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今日は研磨とちゃんと"普通に"話せた。
そんな満足感を中学の頃から積もりに積もらせてきたが、まぁなんというか研磨は返事を返してくれるもののそれ以上の会話に進展はなく寄ってもこないのできっと卒業するまでこのままなんだろうなぁ、とぼんやり思った。

それ自体は特に不満はないのだけど…いやでももうちょっとくらいは話せるようになりたいような気もしなくないけど、隣にいる男がいる限り卒業してもないんだろうなって思った。


「それで、そのリエーフって1年がいってもいっても合わせないからとうとう研磨がブチ切れてさ。スッゲー顔でリエーフ睨んでビビらせたってワケ」
「はぁ、そうですか」

いつも思うけどそのトサカみたいな髪型どうやって立ててるの?ていうか何で話しかけてるわけ?暇なの?ねぇ暇なの?
わけわかんねーと困惑しながらも素っ気なく返すと「さんって塩対応だよね〜」とにこやかに零された。鋼の心臓かよ。

研磨の話は凄く、すっごく気になるけど、早くどっか行ってほしいのも本音なので嫌そうに眉を寄せると「ツッキー思い出すわ〜」と昔を懐かしむおじいちゃんみたいなことを言い出した。ツッキーって誰よ。

部活の先輩に呼ばれて3年5組の教室でミーティングをしていたのがみんな飲み物を買いに行ってしまいが荷物番をする羽目になってしまった。
来年お世話になるとはいえ3年の教室にいる自分は少し落ち着かない。


同じ作りなのに誰か来たらどうしよう、と変な緊張感で仲間を待っていたら何故か黒尾鉄朗がやってきて瞠目した。
彼も少しは驚いたみたいだけどすぐに嘘くさい笑みを浮かべて「どしたの?3年に用事?」と気軽に声をかけてきた。

先輩の名前を出せばすぐに納得してくれたが彼は何故かそのまま隣の席に居座り雑談を続けている。

「…あの、部活はいいんですか?」
「今日体育館の整備で休み。俺は生徒会に招集されてたからどっちにしろ出れなかっただろうけど」

そっちの部長も呼ばれてたでしょ?と聞かれ静かに頷いた。だったら何故部長帰ってこないんだ。そして他のみんなもどこ行った。

早く帰ってきてよ〜と念じていると視線を感じ、ゆっくりと時間をかけてそっちを見やった。
そしたら頬杖をついた黒尾がこっちを見ていてこれでもかと眉が寄る。睨んでいるのに黒尾の薄い笑みは崩れないのが悔しい。


「この前の予選、何で途中で帰っちゃったの?」
「?…………帰ってません」

何の話だ?と思ったがインターハイ予選の話かと思い出し、やはり素っ気なく返した。
応援団に紛れていなかったから"帰った"と思われたようだ。まぁ応援も少なめだったから探しやすかったんだろう。あまり嬉しくはないけど。

しかしそのインターハイ予選が終わってから何故か黒尾との接触が極端に増えたような気がする。
昨日もばったり会って目を見て挨拶するまで通せんぼされたし。

180後半らしいけど本当デカくて邪魔だった。脚も長さ自慢されてるみたいで腹立ったし。
今迄は応援席で睨んでもにこやかに返すか知らんフリをしていたくせに。別にアンタを応援してたわじゃないっての。


学校でだってそれらしい場所には近づかないようにしてたし、たまに見かけたりしてもお互い視界に入ってないフリをするのは当たり前なのだ。
研磨と仲がいいからと最初は話を振っていた友達も今では禁句事項だとわかって名前が出ることもない。

そう。私は黒尾鉄朗が嫌いなのだ。
仲が良いと思っていた研磨(ともだち)を奪った憎き相手。いっそ恋敵。研磨に絶交宣言され打ちのめされてから更に上乗せして彼を恨んでいる。

やっとの思いで研磨に話しかけ、仲直りの術を模索しながらも、その延長線でバレーを許容し、黒尾を悪態なしで視界に入れることも出来るようになっても、それでも黒尾への恨みは消えないままだ。多分この余裕ぶっこいたいけ好かない顔が原因なのだと思う。


「今、失礼なこと考えなかった?」
「考エテナイデス」

何故分かった。ギクリとして眉をひそめると黒尾はその余裕な顔のまま顎に指をかけ、そして「うーん。ダウト」とにんまり笑った。やっぱり嫌いだ。

「……体育館が熱気で熱くて熱中症になりかけたんですよ」
「え、大丈夫だった?」
「…はい。あと、隣の応援が煩すぎて」

すかさず気を使われ戸惑ったがそれを誤魔化すように予選で迷惑した隣の学校を愚痴ると「あーあそこ毎年応援だけは充実してたっけ」と同情するように慰められた。…なんだか落ち着かなかった。


黒尾に気を使われたのは初めてで、というかこんなに言葉を交わすのも初めてだから落ち着かなくてソワソワする。
この微妙な空気を壊してほしいのにこういう時ばかり誰も通らなくて誰も教室に入ってこない。部活の仲間も先輩達も全然帰ってこない。

探しに行った方がいいんじゃないだろうか。そうだ。そうしよう。
落ち着かない気持ちに急かされるように立ち上がれば案の定黒尾に声をかけられた。

「ちょ、ちょっとトイレに…」

先輩達にヘルプしに行こうと思ってるのがバレないように、まかり間違ってついてこられないように嘘をつくと、頬杖を突きながら意味深に見上げてくる黒尾に自然と視線が逸れた。
しまった。ダラダラと嫌な汗が噴き出す。


「ふーん。じゃあ、ないと思うけど俺が荷物番しててあげるよ」
「え、」
「待っててあげるから行っておいで」

待たなくていいよ。さっさと帰ってよ。と危うく口から出そうになったがなんとか飲み込んだ。
そ、そうですか…と気の抜けた声で返すと逃げたいと思っていたのに重くなった足取りで出入口に向かう。するとまた黒尾に話しかけられた。


さん、俺さ。春高も出るつもりだから」
「………」
「だからもう少し研磨貸しといて」

卒業したら返すから。口外にそんなことを添える黒尾はやっぱりいけ好かない笑みを浮かべ頬杖をつきこちらを見ている。


「孤爪を借りた記憶も貸した記憶もないので。あと孤爪はものじゃないです」


そう静かに言い放ったはそのまま教室を後にした。
何が"貸しといて"だよ。正妻気取りめ。それくらいで普通に戻れるならここまで苦労してないわ。

中学の時だって黒尾が卒業してもなんだかんだとバレーを続け、レギュラーで大会にも出ていた研磨を思い出し余計に黒尾のことが腹立たしかった。
教室を出る間際に見た黒尾もやっぱり余裕の表情だったし。なんなの?アイツホモなの?


「あー…もっとたくさん受験しとくんだった…」

何校か受けて唯一受かったのが音駒とか何の因果かと。
その時既に研磨が音駒高校に行くと知っていて、嫌いだからこそ黒尾が音駒高校に行ったということを知っていたは自分の引きの悪さにドン引きしたのはいうまでもない。

まるで出来上がったカップルにちょっかいを出す間男の気分だ。
そしてその間男はカップル成立した恋敵からマウント自慢される始末。

どこかの段階で平手打ちくらいしてもいいだろうか。
そんなことを思いながらとぼとぼと誰もいない放課後の廊下を歩くのだった。