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夏休み明けた8月の休日。忘れ物をしてしまったは苦い顔で学校に来ていた。月曜でいいんじゃ…と思っていたのだがその月曜に提出必須だと思い出した為選択がなかった。


「サッ来ぉぉぉぉぉい!!!!」

ズバン!という物々しい音と聞き覚えのない掛け声に思わず足を止めた。ここからは体育館はそれなりに離れているがところどころ窓が開いているせいかここまで聞こえてくる。

そういえばどこかの部活が合宿で宿泊してるらしい。教室のどこかは入らないようにって事務室で言われたっけ。
忘れ物を鞄にしまったはふらりと体育館に足を進めると声や音がだんだん大きくなってきて唾を飲みこんだ。

いつもなら、今迄なら部活中の体育館に近づくなんてことはなかった。
その合宿してる部活がバレー部だって今思い出し余計に躊躇する。黒尾に会いたくない。でも研磨はちょっと見たい。

「うぐぐ…足が勝手に動く…」

あの後もちょくちょく遭遇する黒尾は好き勝手に喋ってはに余計な情報を植え付けていくので、それもあって好奇心と誘惑に勝てなかった。



体育館に行くと中から多数の声と足音、それからボールの音が響いてくる。チラリと覗き込んだ向こうには知ってるような知らないような背中と頭が見えたが全員は見えなかった。

夏のお陰で扉は全部開放していたので回り込んで横の扉からひょっこり覗いてみた。さっきよりは見えるが研磨の姿はなかった。

「(試合っぽい…?あ、あれって梟谷の…)」

クリックリした大きな瞳と黒尾に負けず劣らずなわかりやすい髪型をしている木兎さんを見つけ、研磨繋がりで早々に覚えたセッターの赤葦くんを確認して梟谷高校と合宿してたのか、と納得した。

しかしその対戦相手は横顔くらいまでしか見えないけど音駒じゃないのはわかった。じゃあどこだろ?と首を傾げたところで隣に気配を感じバッと振り返った。


「覗き見なんていけない子ですね〜」
「ヒッ!」

見ればすぐ近くにニヤリと笑う黒尾が同じ高さまで屈んでいては思わず悲鳴を上げた。
何故ここにいる?!というかいつからいた??そんな言葉が過ったが彼の領域に侵入したのはなので、挙動不審に姿勢を正すと素早く逃げようと踵を返した。

「あーちょい待ち。待って。待ちなさいってば」
「っは、放して!帰るから!もう帰るから!!」

掴まれた腕に慌てて振り払ったが黒尾は猫のように素早く掴み直してを体育館出入口へと引っ張っていく。
てんぱったは足を突っ張って逆らってみたがズルズルと引っ張られ結局中に引っ張り込まれてしまった。


「まーまーまー。そう警戒しなさんなって。ここなら日焼けしにくいし見やすいでしょ?」
「………」
「危なくないとこならどこにいてもいいから。見学してってよ」
「…練習の邪魔になるんじゃないですか?」

なんとなく他の視線を感じて抵抗を諦めたは改めて黒尾を見上げると、体育館の中にいる彼らと同じように汗だくになっていて疲れた顔をしてるのに妙に目が楽しそうだった。
それを見て何とも言えない顔で目を細めると「うん。相変わらずの塩対応だね」と少し悲しそうにされた。

先生に許可を貰ってくるという黒尾に手を離され放置されたはとてもとても居心地の悪い気持ちになった。

このまま帰ってもいいだろうか。
引き止める人はいないし黒尾を待つ必要もない。…うん、帰ろう。
そう思って横を向いた瞬間目の前をボールが遮りドン!という鈍い音を立てて壁にぶつかり跳ね返った。


「すんません!」
「大丈夫ですか?」

ネットの奥の方からと手前には妙に貫禄のある、顎髭でお団子頭の男の人がやってきて謝られた。
いやむしろこんなところにつったってる私が悪いので、といいたかったが剛速球の迫力と目の前の威圧感のある男の人に圧倒されてかくかくと頷くことしかできなかった。

ボールを返すとそこのマネージャーであろう黒ジャージで清楚美人系な眼鏡先輩(清水潔子さんというらしい。ホクロがとてもセクシーだ)に声をかけられ、おずおずと彼女達に混じって試合を観戦することとなったのだが、その彼女達が"烏野高校"だと知って驚いた。

ダラダラと独り言のように喋っていた黒尾が以前宮城遠征に行った時に研磨に友達ができたといっていたのを思い出したのだ。
むしろよくわからないまま黒尾の話を延々と聞かされる切欠を作った人物がその"日向翔陽"といっても過言ではない。

研磨に友達が全然いないというわけではないけど(多分)、黒尾が認識する程の、しかもたった1日で友達になったという話が忘れられなくてどこかで見ておきたいと思っていたのだ。


「あ、あの、日向って人は」
「日向なら…あ、今スパイクす………」
「おぉう…」
「日向ボゲェっ!!」

指をさした谷地ちゃんに倣ってネット際を見れば明るいオレンジの髪が天高くジャンプしたところだった。が、ボールはそのまま彼の頭の上をすかし、床に落ちた。

黒髪ショートのセッターに怒られている日向くんはまるで主人に叱られる犬だ。
そこまで萎縮はしてなさそうだけどセッターの気迫が怖いのはわかる。まるで生きるか死ぬかの瀬戸際な叱り方だ。

練習試合なのに全力投球な勢いに口を噤むと主将やまわりの仲間が声をかけていって空気がやんわり和んだ。おお。テンションは下げず緊張を緩める感じ。いい雰囲気かも。


「あの子が日向翔陽…」


研磨の新しい友達かぁ。
怒られてしゅんとしていたが、チームに点が入ると満面の笑みを浮かべ喜ぶ姿にへぇ、と彼を瞳に映した。