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今日の分の練習が終わり自主練に移ったところで翔陽が体力を持て余したような軽い足取りでこっちに駆け寄ってきた。ここずっと自主練はクロ達とやってるからちょっと珍しい、と顔を上げた。
「…そういえば、と何話してたの?」
「…?あ、先輩か!」
軽く身体を動かしながらボールをいじる翔陽と話していたがふと、ここにはもういないのことを話題に振った。
名前を出された翔陽はきょとん、と首を傾げたがすぐに思い出したようでパァっと目を輝かせる。その顔にちょっとだけ身構えた。
「休憩入ったら人が増えてて驚いたけど、あの人研磨の友達?」
「うん、まぁ…そんなとこ」
「そっか。なんか俺のジャンプ見てビックリしたみたいで足のこと聞かれた。足首痛めないの?とか、いつもどういうロードワークしてるの?とか」
「うん、」
「俺チャリ通なんだけど、毎日山越えしてるっていったらスッゲー驚かれた!アスリートかよ!だって」
「山…」
それはどんな田舎だ?と研磨の頭の中が?マークでいっぱいになった。宮城ミステリアス…とやや引いていると龍之介と虎もやってきて少し騒がしくなった。
「バレー詳しそうだったし、てっきり音駒のマネージャーかと思って聞いたんだけどさ。
そしたら先輩こんな死んだ目になって"ないです"、"ないです。ありえないです"、"無理矢理ここに連れてこられました"って沈んだ声でいってて、悪いこと聞いちゃったなぁって」
「あれちょっとヒヤッとしたよな〜宙を見てるっつーかどこ見てるかわかんねー顔でよ。なんかスゲー怖かったぞ」
聞いていた虎はぎょっとした顔になったが、が否定したのを聞いてホッと胸を撫でおろしていた。虎は本当にのことが苦手らしい。
そして翔陽の顔真似を直に見た研磨はなんともいえない顔になり、じろりとクロを見た。
彼は丁度3年の主将達で話しているところで背中しか見えない。
自分達の試合が終わって休んでいたらクロの姿が消えていて、気づいたらを連れてきていて、それを見た研磨もかなり驚いた。
しかも手を繋いでいたし(は嫌そうだったけど)、そのまま烏野のところで留まって観戦までしていったりと集中を殺ぐには十分で。
怒られるようなミスはしなかったけど休憩の合間にクロに指摘されたから必要以上に気にしていたかもしれない。
帰り際、こっちを申し訳なさそうに見て手を振った彼女を思い出した研磨は疲れた溜息を吐いた。
クロのこと苦手っていうか多分嫌いなんだろうなって思ってたんだけど。だからこっちも気を使ってたんだけど。クロも嫌われてるって知ってるはずなんだけど何を考えているんだろう。
これ以上拗らせるのも嫌だし、の泣き顔ももう見たくないと思っている研磨は苦い顔でクロを睨んだ。
そしたら丁度「マネージャーは潔子さん一択!」「絶対に譲らんがな!!」と、虎と龍之介が張り合いだしたので、こっちはこっちでうんざりした顔になりまた溜息を吐いた。
「なぁ研磨。先輩ってマネージャーじゃないけど試合には応援に来んの?」
「…うん。多分来るんじゃない?」
2人のマネージャー談義には混ざらず話しかけてくる翔陽に、この前の予選を思い出しながらも答えると彼は「よし!」と意気込みボールをバウンドさせた。
疲れなどなかったかのように嬉しそうな笑みを作る翔陽に、研磨はなんとなく不安みたいな空気を感じぴくっと肩を張った。
「他校の人に"いいチームだね"って褒められるの、あんまないからさ。俺自身が褒められるのも嬉しいけど、チームが褒められるのもスッゲー嬉しかった。
だから胸張ってまた会えるように全国に行かなきゃって、」
「……っ!」
「…でないと、負けっぱなしの俺達しか知らないってことになるし…それはさすがに恥ずかしい…!」
ぐぬぬ、と顔をしかめた翔陽だったがバッと顔をあげると「研磨達とも戦いたいし」と笑みを作った。
そんな彼に研磨は言葉を飲み込んだ。
いいしれない焦りのような感覚に胃の辺りがぎゅっと締め付けられる。
別にのことを恋愛対象として見たことはない。ずっと友達だった。でも翔陽の言葉にぐらりと心が揺れてざわつく。なんだろう、これは。
苛立ちにも似た何かにぎゅっと眉を寄せると翔陽に背を向けた。
「研磨?」
「練習する。予選までそんな時間ないし」
首を傾げる翔陽に研磨は静かに言葉を落とした。まるで張り合うかのような言葉は少し気恥ずかしくてもどかしい。
とそんな話をしたことなんてなかったし、他人を褒めたことも聞いたことがなかったかもしれない。
しかもその相手が翔陽だと思うとなんだか無性に落ち着かなくなった。
「(…別にそういうんじゃないけど、でも、なんか面白くない…かも)」
お腹を擦り、急かされるように歩き出せば、後ろで虎が驚き「夜久っさん!リエーフ!リエーフどこっスか?!研磨がやる気出しました!!」と面倒くさくなりそうな名前を出している。
リエーフの相手は夜久くんでいいと思うけど…。チラリと振り返れば夜久くんも混じってリエーフを呼んでいてうんざりした顔になったが、目を輝かせる翔陽が視界に入ると耐えるように前を向いた。
そしたらいつの間にかクロが腕を組みニヤニヤと嬉しそうにこっちを見ていたので、今さっきまで固めていたやる気が一気に折れた。