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「うわ!なんなのその顔!クマできてんじゃん!」
夏休みボケがまだ抜けきらない辺りで怒涛のイベント期間がやって来た。
現在2年生だけが行う修学旅行に来ているのだがの顔を見るなり友達が咆哮した。
顔にはくっきりとクマが出来ていて旅行だからと荷物を少なめにしたからコンシーラーもなかった。というか隠す元気もないくらいギリギリまで寝ていた。
今日は修学旅行2日目なのだが枕が違うからとか煩かったとか眩しかったからとかそういうものでもない。
「なんかここずっと黒尾に絡まれてて…いや、ずっと世間話を聞かされるだけなんだけど…旅行前なんかほぼ毎日捕まっててさ……やっと解放された〜!て昨日喜んでたんだけど…何故か今日の夢に出てきたんだよね」
「おぉ…それはご愁傷様…」
「やたらと楽しそうに孤爪の自慢話するもんだから殴りたかったのに全然手が上がらなくてさ…すっごいストレスだった…」
バス移動で隣に座った友達を捕まえ「悪夢だ…」とゲンナリ肩を落とせば友達が慰めるように頭を撫でてくれた。
現実はあそこまで意気揚々と研磨の名前を出してマウントをとってこないのだけど夢のせいか私が想像する最低最悪な黒尾がニヤニヤと話すので殺意が芽生えた。
夢なのだし勢いで殴れれば少しはスッキリできただろうにそれも出来なかったし。そのせいで全然寝た気になれないし余計疲れたし今日寝るのが少し怖くなった。
「正直、そこまで敵視するの気持ちはわかんないけど…恋敵だもんね。さすがに先輩もゲイじゃないと思うけど」
「いっそゲイならまだマシだったのに…」
「うわぁ…」
アンタ疲れてるんだよ…と心底同情されたは友達からチョコを貰い甘味という糖分を摂取したのだった。
そんな滑り出しだったが疲れ切った体力精神力以外は平和でそこそこ楽しくもあった。
自由行動で友達とブラブラしていたがお土産屋で足が止まった。
ついでに買っていこうかということになって一時解散したは、フラフラとブースを見て回っているとストラップが目についた。
秋使用なのかオレンジのディスプレイに蛙の小物がわんさかある。壁にかかっているストラップには小さなアマガエルがぶら下がっていた。
その隣には説明が書いてあって交通安全の『無事帰る』やお金が『返る』などの意味があるらしい。要は駄洒落だ。
ふぅん、と蛙を見たがデザインはリアル過ぎずデフォルメ過ぎずな感じで帰るが嫌いな人以外には年齢問わずな印象だ。根付も色とりどり違っていてなんとなしにオレンジを手に取ってみる。
「買うの?」
「…あー孤爪だー」
近くに人の気配を感じたが全てが億劫過ぎて避ける気も起きず、声をかけられ初めて顔をそちらに向けた。そこにいたのは珍しそうにこっちを見てる研磨で久しぶり〜と破顔した。
「1人?」
「今買い物中。この辺のお土産屋にいると思うよ。孤爪は…ここでもゲームか〜集合遅れないようにね」
「…うん」
さっき見えていた友達の後ろ姿はないがここはお土産屋が集中してるので店内のどこかにいるだろう。
そういう研磨こそ1人?と聞こうとしたが手元にあったスマホのゲーム画面に用意周到だな、と笑った。ゲーム機見つかっらた没収だろうしね。スマホならギリギリ"地図見てました"で逃げれるだろうし。
ゲームに集中し過ぎないようにね、といってもいつものように気のない返事で返されたが研磨は何故かの隣に留まった。
最初はゲームをする為に壁にされてるのかと思ったけど彼の視線はストラップのディスプレイに向いていて。チラチラと気にしながら別の色のストラップを手に取り選別するフリをした。
「寝不足?」
「……うっま、まぁね。みんなで妙にテンション上がっちゃって寝つけないというか話が盛り上がってしまったというか」
不細工な顔見られた、と肩を落としつつ黒尾のことは出さずに話すと「昨日女子部屋で騒いで叱られたって聞いたけどのとこだったんだ」と指摘され苦笑した。その通りです。
「あ、そのオレンジいいよね。日向くんの髪の色みたい」
会話のキャッチボールが続いてるお陰でちょっとずつ元気になってきたは、研磨が手に取った蛙のストラップを見てにっこり微笑んだ。
オレンジのディスプレイからふわふわと日向くんの顔が浮かんでいたのだ。
その友達の研磨もオレンジの根付を手にしたので意気揚々と話しかければ「…うん。そうだね」と控えめだけど返してくれた。
研磨から話しかけられたしこれは会話の長さ最長記録更新じゃないだろうか。
「バレーの合宿またやるんだよね?次いつ?」
「…来週、」
「じゃあその時でいいかな……あ、場所は音駒?」
「…………今月は違うけど、来月は音駒…だったと思う…」
日向くんや清水さんと話した時に…あと黒尾が春高予選まで烏野が東京に練習しに来ることまでは知っている。
もし音駒に来るようなら…別の場所でも近いようなら顔を出してお土産渡すのもいいかな、と思い研磨を見ると目に見えるくらい不機嫌そうに声が沈んでいき、肩がビクッと跳ねた。
あれ。私もしかして地雷踏んだ?
「そ、そっか。ありがとう!えと、孤爪はどれにす…」
理由はわからないがとにかくヤバいぞということは瞬時に理解した。
は慌てて話を振ったが、研磨はオレンジの蛙のストラップを戻すとに背を向け、そのままどこかへと行ってしまった。