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良かれと、良かれと思っていたんだ。
研磨の友達だから、こう…"いつも研磨がお世話になっています"的な、"これからも研磨と仲良くしてあげてください"的な、そういうお礼の意味で日向くんにお土産を買おうと思ってただけで。
そんな重い理由じゃなくてもただ単純にオレンジ色で日向くん思い出して、毎日自転車で山越えるって聞いたから交通安全のお守りをとちょっと考えただけで。
怪我がなければ予選も全国も出れる確率上がるし、もしかしたら研磨と今年戦うかもしれないし。
そしたら研磨も嬉しいだろうなって。
そう思っただけなのに………どこで間違ったんだ私は。
修学旅行から帰ってきたはどんよりとした気持ちで毎日を過ごしていた。脳裏を掠めるのは研磨とまた話せるようになりたいと決意してから彼に声をかけるまでの地獄の期間だ。
黒尾と一緒じゃない時の研磨は1人でいることが多い。大抵ゲームをしているからそうなんだけど。
でも気が付くと誰かと話してたり歩きゲームも転ばないように補助してくれる誰かが来たりして近づくタイミングが掴めなかった。
その為思うように声をかけられなかったんだけど、絶交されてもまた話したかった私は悶絶しながらも勇気を振り絞りやっとの思いで声をかけたのだ。
結果は意外とあっさり返事が返ってきて、(初回の研磨はとても驚いて目をこれでもかと見開いてたけど…多分ゲーム中に気づかないだろうと思って大きな声で話しかけたからだと思うけど)…今に至るのだが、その状況に近いほぼ振り出しに戻ってくるなんて思ってもみなかった。
「終わった…詰んだ…どうしよう」
まぁどうしようもないんだけど。
あれか。また黒尾の時みたいにヒステリー起こして面倒くさいことになるって怖がられたのか。日向くんに嫌う要素これっぽっちもないけど、研磨にとっては黒尾も日向くんも同じ友達だしな…。
あの感じだと黒尾を未だに嫌ってるのもバレてて、それで警戒された…とかかな。日向くんいい子っぽそうだから黒尾みたいになることないんだけど。
私も少しは成長したから何でもかんでもヒステリー起こして噛みついたりしないんだけど。
それをわかってもらえるほど研磨と仲良くないしな私…。
「…ちょっと、泣きそう…」
考えていたらだんだん悲しくなってきて鼻がツンと痛くなった。
今日はもうさっさと帰ろう。重い身体を引き摺って角を曲がれば、ちゃんと歩いていたはずなのに柔らかい壁とぶつかった。
やべ、人だ。と慌てて顔を上げれば目下を悩ませストレスを溜めさせている元凶が現れ、これでもかと顔を歪めた。
「(ブレない塩対応…)よぉさん。どこ行く…の?…お?」
嫌味な変顔をスルーしていつものように胡散臭い笑みを浮かべ声をかけてきた黒尾を無言で通り越そうとしたら、これもまたいつものように素早い反応での腕を掴んだ。
このバレー部主将の手から逃れるのは困難だと今迄の接触で痛感していたはやっぱり嫌そうな顔を浮かべ黒尾を見やった。なんなら睨んでるといってもいい。
そんなを呆れたような苦笑を浮かべ見返すのだが黒尾は掴んだ手を離すことはなかった。
黒尾に連れられて渋々人気の少ない階段に座ったのだが隣に座ることを断固拒否した為お互いの距離は同じ段の端と端に座っている。
時間は放課後だが今は文化祭の準備が本格的になってきたので人気が少ないこの階段にも廊下を伝って話し声や作業する音が聞こえた。
「さんとこは何すんの?あ、俺のクラスは模擬店。やきそば作るっつってたかな」
「……」
「バレー部はコスプレ喫茶。どっちも食いもんは嫌だっていってんのにあいつら全然聞いてくんねーの…俺主将なのに…」
黒尾さん悲しい…とさめざめと泣いたフリで1人コントをこなしている彼をぼんやり眺めていると、何故かおにぎりの具の話になった。
「喫茶っていっても他のとこに対抗できるようなまともな料理作れる奴いなくてさぁ。だからおにぎりと飲み物喫茶になりそうなんだけど、さんはどんな具が好きなの?」
「……」
おにぎり、と聞いた途端がピクリと反応したことを黒尾は見逃さなかった。
身を乗り出し話を続けてきたのだけどの視線がフラフラと彷徨ったので「ん?」と小首を傾げた。
今は心の傷が大き過ぎて黒尾の相手ができるような心境じゃないんだけど。本当は結構真面目にギリギリなんだけど。
「…うちのクラスも…おにぎり喫茶なんですけど…」
「え、マジ?」
言い難そうに、溜息を吐くように言葉にすれば黒尾も驚いたように目を見開いた。
本来なら申請した時点で実行委員会が精査して変更の指示をしたりするものなんだけど、出店の場所が程遠いのと『コスプレ』がついたせいでスルーされたらしい。
出し物が被ったところで問題はないだろうけど売り上げに少し響きそうな気がした。
「そっちのおにぎりの具、決まってるだけ教えてください」
頭痛がするこめかみを押さえ、嘆息を吐いたは帰る為に持ってきた鞄からノートと筆記用具を取り出すと自分のクラスのメニューを書き出した。
のクラスはコンビニで売ってる具をラインナップに考えていて予算内に出せるもの、と予定している。
しかしコンビニ定番や1番人気は黒尾達と被る確率が高い。被ってもいいけど全部はダメだろう。
「却下した唐揚げおにぎりも視野に入れなきゃいけないのか…」
「唐揚げか〜それ有りかもな」
「……(有りなのか?)」
唐揚げだってまぁまぁ大きいし、おにぎりの具としてどうかと思うし、そもそも握りにくいし。
切り分けるにしても食べた時にしても微妙、という意見で却下したのに候補に挙げた奴同様、同性の黒尾は楽しげに乗ってきた。
だから小さくても食べた気にならないし大きくても握りにくいから却下したんだよ!とムッとした顔で睨んだが頬杖をついている彼の手を見て、それからシャーペンを持っている自分の手を見てしばし考えた。
「…男子が、"コンビニのおにぎりは食べた気にならない"っていって唐揚げ丸ごと包めるくらいの大きなおにぎりはどうだって言ってきたんですけど」
「あー確かにコンビニのおにぎり1個じゃ足りないわな」
「………おにぎり作るの大体女子なのでその意見却下したんですけど……そっちで採用しませんか?」
「!いいのか?」
「こっちは元々低コストと健康食寄りにする予定だったんで…そっちは高カロリー・ボリューム重視のばくだんおにぎりにする、というのはどうでしょう」
コスパはあまり…場合によってはかなりよくないけど、差別化するにしても運動部の男子が作るというのも理にかなっているのではないだろうか。
そしたら中身の具が被っても問題ないだろうし、と黒尾を伺えば、驚いたような珍しいものを見るような目でこっちを見ていた。
「何ですか?」
よくよく気づけば話し合う為にさっきまでの距離が大分縮まっている。仕方ないとはいえすぐ隣に黒尾がいるのはとても落ち着かず眉をひそめ1人分の隙間を作るように移動した。
「いや、さんまとめるの上手いなって思ってな」
「そういう役員やったことあるんで…」
「そういや中学の時は生徒会書記とかやってたっけ」
「……まぁ、そういうとこです。それよりもばくだんおにぎりにするなら中の具を数種類入れることになるので…少なくとも2、3種類は欲しいと思いますよ」
「握った時にはみ出さない程度に数種類入れるか…」
「メインを決めて他は少なくても味が濃いものとか食感があるものを入れればいいんじゃないですか?あとは食べた時に変な味にならなければ」
「うーん。となると試食した方がいいか…」
「コンビニとか一般家庭でも流行ったんでネットとかに相性のいい具のレシピあると思いますよ」
スマホを取り出し検索するとそれとなく出てきた。定番の梅・鮭・昆布等を使ったものが多い感じだろうか。煮卵も丸々入れたりするのか…食べにくそうだな。
「すき焼き?!ははっ!なんでも有りだな!」
「どう考えてもはりきり過ぎですよこれ…やっぱりレビューでダメ出し食らってるし」
「やっぱ鮭は外せないな。あと肉も仕方ないからメインにしてやろう」
「え、一緒にいれるんですか?…ていうか、鮭好きなん、」
ですか?普通男子は肉じゃないんですか?と聞こうとしたらすぐ横で黒尾がのスマホを覗き込んでいて心臓と息が止まった。
腕に当たっているジャケットが袖だと思っていたがその腕はの後ろに回り傾いた彼を支えているようだ。
その近い距離で黒尾の視線がこちらに向きカチリと噛み合う。彼の瞳に自分が映った気がした。
「俺は断然魚派です。ドコサヘキサエン酸は我々の身体に必須な栄養素ですから」
「………はぁ…、」
「え、ちょ、そんな呆れた目で見ないでくんない…?ちょっとした豆知識だから!栄養あるのは本当だから!」
「…はぁ…」
「〜っゴホン!…気を取り直して、さんは魚と肉どっちが好き?」
「…ぇ………魚、ですかね…」
いや、厳密にはどっちでもいいというかどっちも好きというか。
ただなんとなく逃げれない距離感に気圧され、流れで魚と応えてしまったのだが、黒尾は大変満足そうに頷いたのだった。