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準備で今年は倍以上疲れたわけだが何とか当日を迎えることができた。クラスも部活も順調のは今はクラスの手伝いをしていて裏方でいそいそとおにぎりを作っていた

達休憩行ってOKだって〜」
「ふぃ〜」
「やっと休憩だ〜」
「続きよろしく〜」

一緒に入っていたクラスメイトと肩を回しながら貴重品を持って教室の外に出ると、やたらとでかい人がクラスの女子や他のクラスの女子に捕まっていた。


「黒尾せんぱーいっうちのクラスに寄っててよ!」
「おにぎり美味しいから食べてって〜」
「ええ〜参ったなぁ」
「(…詐欺師がキャッチにたかられとる図…)」

困ってるというか満更でもないような顔で釣られている様は夜の繁華街で見かけそうな仕事帰りのサラリーマンだ。
そんな姿を呆れた目で見ていれば黒尾がこっちに顔を向け目を合わせてきたので素知らぬフリで背を向けた。


「待って!そんな蔑んだ目で見たまま行かないでっ!」

ちゃん!と全く慣れそうにないぞわぞわとする自分の名前に顔をしかめて足だけは止めてあげた。顔はしかめっ面だったけど。

『黒尾と仲良しアピールをすれば研磨ともまた話せるようになるかも』
といういかにもな言葉に、他に手段がなかったは渋々乗ってしまったのだが、その第一段階の『名前呼びかあだ名呼びをしよう』で早くも心が折れかけた。

別に自分の名前を嫌ってるわけじゃないが、黒尾に言われるとお尻がむず痒いというか背中がぞわぞわするというかどうにも落ち着かないのだ。
多分黒尾に『ちゃん』呼びされるとちょっとバカにされた気分になるからだと思う。

だって呼ぶ時大抵にんまり胡散臭い顔で笑ってるんだもの。絶対何か企んでる気がしてならない。
実は私に苦痛を強いらせたいだけで研磨と距離を縮めさせるつもりはないのかもしれない。そのくらい黒尾のにんまりは胡散臭い。


「折角ちゃん迎えに来たのに置いてくなんて先輩悲しいなぁ」
「…何で休憩時間知ってるんですか?」

聞いた後にクラスの女子とのやりとりを思い出し知り合い友達多そうだなこの人、と思ったが「愛の力です」とクソ真面目にいうので冷ややかな目で返した。
やたらといい顔と声でいうから性質が悪い。

やっぱこいつ変な人だな、と確認して踊り場の端で止まった。
今日は一般も混じっているのでそこまで狭くない階段も人でごった返している。とりあえず人の流れが収まるまで待とうと立ち往生していると少し影ができた。


「それクラスで作ったTシャツ?」
「…はい」

が止まっているということは黒尾も止まって待っているので不覚にも隣に並んでしまったのだが、デカい長身はこういう時とても有利で、流れてくる人の壁になってくれた。
無意識か気が利くのかはさておき、質問に答えると彼はもう少し屈みのTシャツのプリントを見てにんまり笑った。

「うん。似合ってる。可愛いじゃん」
「…そういうハラスメントはご遠慮願います」
「えっ俺ただ褒めただけですけど?!」

見るだけでもダメなの?と少し本気でビビる黒尾にはなんとも言い難い顔で少し胸を隠した。

別に視線を集める程目立つ大きさではないし不快に思ったわけでもないが、"黒尾に見られてる"という事実が落ち着かない気がして胸元のプリントを隠しつつ人が減ったことを確認して素早く階段を降りた。


「あ、黒尾さん!」
「おー山本にリエーフ。お前ら今当番だっけ」

しかし歩幅と俊敏さですぐに追いつかれ仕方なく一緒に歩いていると目の前を『バレー部ばくだんおにぎり』と書かれた看板を持った虎の着ぐるみと妙に完成度の高いうさ耳をつけた給仕が通った。

給仕の格好が灰羽くんなので虎の着ぐるみが山本だろうか。顔見えないけど。
いつもチンピラみたいなガラの悪い山本が可愛い虎の被り物をしてるのかと思うと妙に笑いを誘ってきては思わず口を隠した。


「黒尾さんは先輩とデートですか?」
「は?」
「ああ。そんなとこだ」
「はぁ?!」

何サラッと嘘ついてんだよ。
すぐ隣にいるせいで首が痛くなるほど見上げなくてはならなかったが、聞き捨てならない言葉にメンチをきると何故か虎の着ぐるみが灰羽くんの後ろに隠れていた。
というか、山本が虎の着ぐるみって駄洒落だろうか。

「そういえば夜久さんが黒尾さんのこと呼んでましたよ」
「あ、そういや夜久の次俺だったわ」
「急いだ方がいいですよ。遅刻したら辛口カレー口につっこむっていってましたから」

何で辛口カレー?と思いながら灰羽くん達を見送ると「んじゃ、ちょい急ぎますか」と黒尾が歩き出した。


「研磨もそこでゲームしてるだろうし。行くでしょ?」
「……なんか灰羽くんだけ毛色違くないですか?」

研磨に釣られて不承不承頷いたは大分小さくなった灰羽くんの後ろ頭を見やると「あーあれね」と黒尾も肩越しにこっちを見てきた。

「コスプレするっていったらリエーフの姉ちゃんがスゲー張り切っちゃってああなったんだよ。
まー客引きには申し分ないし…売ってるのはおにぎりだけど…売り上げに貢献してるみたいだからいいんじゃない?」
「…ふぅん」
「ちなみに明日はライオンキングだから」
「ライオ…ぶふっ」

灰羽くんのライオンキング。想像したら妙に可笑しくなって噴き出すと「やっぱ笑うよな」と黒尾もニヤっとしたので慌てて笑みを引っ込めた。

上半身寒そうだけどちょっと面白い。しかしそうなると目の前の男はいつも通り制服姿だ。
主将特権とかいって逃げてるんだろうか。ズルくない?


「…先輩はコスプレしないんですか?」
「お?ちゃんは俺のコスプレ姿をご所望かな?」
「いえ、みんなコスプレしてるのに1人だけ逃げてるのは男らしくないなぁと思いまして」
「…いうねぇ。でも、黒尾さんのコスプレはお高いですよ」
「え、お金とるんですか?」

なにそれ。と引いた目で見るとそれだけ価値があるとかなんとか言い訳をしてきたのでスルーしておいた。