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バレー部のブースに辿り着くと灰羽くんがいっていた通り夜久先輩がおかんむりだった。

「お前どこ行ってたんだよ!」
「悪い悪い。ちゃん迎えに行ってたんだよ」

そうやって私を言い訳にするのやめてくれませんかね、という目で見ていると「ちゃんの目って本当わかりやすいよね…」と引きつった笑みで黒尾がぼやいていた。


メインの屋台通りに配置されなかったバレー部だが外と校舎を繋ぐなかなかいい場所に陣取っていてお店は盛況に見えた。
調理器具が特に必要がないからこそこういう場所に入り込めたのだろうが、他にも狙っていたところがあったはず。

そんな場所をもぎ取ったのはきっと黒尾のお陰だろうな、と考えていると海先輩が研磨の居場所を教えてくれツンツントサカ先輩と一緒に控室にしてる調理室へと入った。

ちゃん。俺の着替え見ちゃダメよ」
「見ませんよ。そんなの」

彼に目もくれず吐き捨てたはさっさと黒尾を追い越した。中は一部の机が荷物置きになってるくらいで人も私達3人だけだ。
奥の方に別の人達が使った調理器具があるのを見て視線を窓辺に移した。

日が少しだけ入る窓辺に椅子を持ってきてゲームをしている研磨を見つけドキリとする。中途半端に脱色された金色の部分が反射してキラキラと透けているように見えた。

躊躇して震える脚を叱咤してゆっくり足を踏み出す。まるで日向ぼっこをしてる猫に忍び足で近づいてる気分だ。
手を伸ばしても届かない、床に映った日と影の境目のところで立ち止まるともう一度研磨を見てそして大きく息を吸った。


「どうも」
「うん」

ちゃんと返された言葉にきゅん、と切なく心臓が跳ねた。それだけで感情が込み上がったがなんとか飲み込み視線を斜め上にあげた。

「誕生日おめでと」
「…うん」
「プレゼント代わりに何か買ってこようか?」

お腹も減ったんじゃない?と平常心を心掛けながら気軽に聞いてみたがあっさり断られた。それだけで心が痛い。
研磨に対してダメージの受け方が大き過ぎるのどうにかならないだろうか自分。下手すると次でライフゼロになるぞ。


「いくら誕プレっていっても女子をパシリにできないっしょ」
「ならクロ行ってくれるの?」
「…お前、せめて出掛ける前にいってくんない?」

さっきは何も言わずに見送ったじゃない。と呆れた声で返してきた黒尾の声が思ったより近かったのでチラリと振り返った。着替えが終わったらしいが全くといっていい程変わり映えしていない。

「どの辺がコスプレなんですか?」
「ん?わかんない?ほらチューリップマークの名札あるでしょ?」
「……保父さん、とかですか?」
「ピンポーン!正解!」

え、つまらな…、といいかけたが一応先輩なので一応黙った。一応。でも顔には出てたみたいで「はいそこ!つまんないって顔しない!」と指摘された。
だって黒尾が着なそうなパステルカラーのポロシャツとエプロンくらいじゃ、山本や灰羽くんに失礼じゃないか。


「こういう時のクロってクジ運良過ぎるんだよね…」
「運も実力の内っていうだろ?」
「クジで決めたの?」
「うん。みんながそれぞれ書いたクジを箱に入れて、その中から選んだんだ…」

はぁ、と心底疲れた溜息を吐く研磨に何をひいたんだろ、と気になったがガラリと入ってきた夜久先輩に視線が流れた。
うお、机で見えなかったけど夜久パイセンブレザー女子高生の格好だったんだ。

スカート短っ!と驚愕しながら見ているとパイセンは女子とは思えないガラの悪さで黒尾を調理室の外へと追いやった。


「研磨。どうせだからちゃんと回ってくれば?」
「え?!」
「あ、外行くならちゃんとコスプレしてけよ!」
「………」
「そんな顔しても今は部活じゃないので研磨の我儘は通りませんよ〜大人しく着替えてきなさい」

出ていく際振り返ったと思ったら2人で遊んでくれば?といわれの方が過剰に反応してしまった。
いいのかな?と研磨を伺えばすかさず女子高生夜久先輩(スカートでも可愛い)がつっこんだ為研磨の顔がこれでもかと嫌そうに歪んだ。

こりゃ無理そうかな、と察知したは後ろ髪ひかれながらも「じゃ、じゃあ外で待ってるから」といって調理室を後にした。


福永くんが作ったばくだんおにぎりが1番出来が良く売れているということを目の前で確認し、唯一研磨が作ったばくだんおにぎりをすかさず買ったは、ニヤニヤと売り子もせず話しかけてくる黒尾を軽く無視しつつ食べて待っているとガラリと調理室の扉が開いた。

先に出てきたのは夜久先輩だったがその後ろには派手な三角帽子と赤と白のストライプが眩しい某食いだおれが出てきた。

「ぐふっ」
「ぶっひゃひゃひゃひゃ!研磨似合うじゃねーか!!!」
「クロ、煩い」
「ノルマは校内一周だかんな。なるべく人がいるとこ通ってこいよ」
「すぐ戻ってきたらペナルティな〜ちゃんとぐるって回ってきなさい」
「看板はこれな。これで顔隠せば少しはマシじゃないか?」
「海〜それじゃ前見えねぇだろ」
「本当は太鼓とバチも用意したかったんだよなぁ。看板はこう、後ろと前に首からかける感じで」
「止めて。本気で止めて」
「だからこの眼鏡までにしてあげたでしょ?」
「…っ!!」


スッと黒尾が出してきたものは定番でよくある鼻がついてる黒縁眼鏡で、それを研磨に装着したのを見てしまったはやっとの思いで収めた震えが舞い戻ってしまいまた後ろを向いた。

口を押えて耐えたものの、喉とお腹が痛い。食いだおれ研磨可愛い。でも面白い。というか面白い。

目立つのを極端に嫌う研磨だ。そりゃ嫌がるわけだ。と大いに納得して涙を拭いたが前を向くとニヤついた3年生と半目の研磨がこっちを見ていてビクッと肩が跳ねた。


「見張り頼んだぞ〜」と黒尾ではなく夜久先輩に頼まれてしまったことで断ることもできなかったは研磨と校内を歩き始めたのだが、内心ウキウキしてるとは逆に研磨のご機嫌はすこぶる悪かった。

でしょうね。律儀に眼鏡までかけてる姿が微笑ましい。でもそれは看板で前から来る人には見えないけど。

「とりあえず孤爪は私の後ろ歩けばいいよ。なんなら服掴んでていいし」

歩きゲームが得意でも転ぶ時は転ぶものだ。横でむくれている研磨に提案すると前を向いたまま眉をひそめたのでまた間違ったのか?と身構えた。


「別にそこまでしなくていいよ。俺も行きたいとこあるし」
「そ、そっか」

間違ってはなかったみたいだけど煙たがれているかもしれない。少し胸がズキズキしてきたが顔を隠しながら歩く研磨が立ち止まったのでも足を止めた。

「そんな気を使ってまで守ってもらわなくても大丈夫だから」
「……」
「俺、もう、そこまで弱くないし」

人が行き交う騒がしい廊下だったけど研磨の言葉はよく聞こえた。その言葉に無意識に息を飲んだ。


「俺達、友達でしょ」


驚いた。驚いてちょっと泣きそうだ。
私は、もしかしたらずっと、まだ仲が良かった頃の研磨のまま今の彼を見ていたのかもしれない。
『研磨は内気なところがあるから私が守ってあげなくちゃ』なんて小さいながらに考えたことを今更思い出した。

やっぱり私は研磨にとって干渉し過ぎで重かったのかもしれない。でも『友達でしょ』て言葉が凄くホッとして肩が軽くなった気がした。


また歩き出す研磨を追いかける形で足を踏み出したが、は手を伸ばすと彼がつけている三角帽子と鼻眼鏡を奪いそのまま自分に装着した。

「こうすれば少しは目立たなくなるでしょ?」
「…って勇敢だけど少しズレてるよね」
「え?そう??」

近くを通った女の子達に笑われ、うぐっと顔をしかめたが研磨につっこまれた言葉の方が傷ついた。

空回ってドツボにハマるタイプ、とか後々散々なことをいわれるのだけど、鼻眼鏡をしたまま顔を向けたら研磨がふはっと笑ったのでそれだけで大満足でした。