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梟谷戦を終えて落ち込むリエーフをみんながフォローしたり戸美学園と宣戦布告をしたりとどこもかしこも燻る火のように熱くて少し疲れる。
早く1人になりたい…と輪の中から出て行こうとすると視界の端で見覚えのある赤が見えた。

観客席は4階なのに何で3階にいるんだろう?と見ていたら研磨が見るよりも前からこちらを伺っていたのには驚いた顔をして、それからバツが悪そうな顔で寄ってきた。


「試合お疲れ」
「うん」
「おやおやぁ?ちゃんこんなところまで何しに来たのかな?ここは関係以外立ち入り禁止ですよ?」

はにかみながら労うに小さく頷くと、やっぱりというか「いくら研磨が心配といってもねぇ」とすかさずクロが口を挟んできての顔がスン、と無表情になった。

「ドーモ黒尾先輩。ちょっとトイレが混んでたから飲み物買うついでに来ただけです」
「そうなの?てっきり研磨を激励しに来たのかと思ったけど」

冷たい態度でもクロは特に怯むことなく普通に会話している。
奥の方では虎が「あわわわ」と狼狽して距離をとってるから第三者から見たらの態度は塩を通り越して氷になっているんだと思う。
これでよく『ちゃんとお友達』なんていえるよねクロ。ちょっと感心する。


「うーん。冷めた目に感情がこもってない塩対応…ある意味梟谷の応援よりダメージ来るんだけど」

同じチームなのにさっきの戸美よりも険悪な空気にもう離れていいだろうか、と考えているとクロの言葉にカチンときたのかのこめかみがヒクリと動いた。

そのただならない空気に研磨もビクッとして肩を張るとの手がクロの胸倉を掴み一斉に緊迫した。
もしかしてクロを殴る?と過った研磨は慌てて口を開こうとしたがその前にが行動を起こし掴んだウェアを引っ張った。

さすがのクロも驚いた顔で目を見開いたが、対処する前にがクロに頭突きをしていた。

「っったぁ!!」
「っ…ナラ次ハ声枯レルクライ応援スルンデ、ソッチモマジノマジデ頑張ッテクダサイ」


ゴス、という物々しい音に研磨達も目を見開いたが、クロも額を押さえながら何が起こったのかわからないような顔をしている。

驚き固まっている音駒バレー部をキッと涙目で睨んだはできうる限り低い声で脅すと、さっさと背を向け去って行った。

怒っている背中を見ながら少ししゃがれた声だったな、と気づいた。
選手も一生懸命だったけど、応援してくれた達も一生懸命だったみたいだ。なら怒るのも無理ないかも…怖かったけど。


「黒尾さん。怒らせるの勘弁してくださいよ〜さっきの試合だってマジギレで睨まれたんスから〜」
「ん?そうか?お前睨まれる程失点してなくね?」

本気の応援も、選手と同じくらいの気持ちで嬉しかったり悔しい気持ちになったりするらしい。
以前クロがいっていたことを反芻していると会場入りの準備をしながら虎がぼやき夜久くんが返していた。

そういえば俺も気になったところで虎が挙動不審になってたかも。でもさっきの試合は虎よりも。

「あー俺っていうよりはリエーフが今回やらかしてるんで…それの余波っスかね俺の場合…」
「(確かにリエーフは酷かった)」
「つかリエーフ!お前あんだけ睨まれてんのに何で堪えてねーの?!心強靭なの?!」
「え?何のことですか?」
「まさかの気づいてない!!」

鈍感にも程があんだろ!と叫ぶ虎にリエーフは本当に知らない、という顔で首を傾げていた。


「ある意味大物だな…」と呟く海くんをすり抜け、クロの隣に行くとまだ額を擦っているので視線だけ送った。

「まだ痛いの?」
「んーいや?いい音したけどそこまで痛くねぇかな。もしかしたらちゃんの方が痛いかも」
「殴り合いになるのかもってちょっと心配した」
「それはないっしょ。まぁあれは、負けて悔しかったけど俺達の頑張りをわかってるから余計なこといわないように我慢してた顔、だな」
「……それでクロが怒らせたら意味ないんじゃないの?」

負けたこと責めないようにしてたのに引き出してどうするの、と呆れた顔で幼馴染を見上げれば「久しぶりにキレッキレな冷たい視線浴びたらテンション上がっちまって、つい口が出ちゃったんだよなぁ」と言い出したので少し距離をとった。

「あれ。どしたの研磨」
「……………別に」

理解に苦しむ性癖にドン引きしている研磨をクロが不思議そうに視線を寄越してきたが、返す言葉が浮かばなくて顔を逸らした。


「ああそうだ黒尾。頭突きされてたけど鼻血は出てないのか?」
「大丈夫。ちゃんちゃんと額にあててくれたから。まぁ、ちょっと腫れたけど」
「たんこぶできてんじゃん!ダっサ!」

逃げればよかったのに、といわれたクロに、そういえばクロならそれもできたかも、と彼を見ると少し考えるように視線をあげ、やけに真剣な顔で口を開いた。


「なんつーか、一瞬"あ、これもしかしてキスなんじゃね?"て考えちまってな…そしたらかわすの忘れてた」
「………」

顎に手をかけ、いかにもなキメ顔をするクロに、真面目に聞いていた面々は一気に呆れた顔と溜息を吐き顔を逸らした。
研磨もどっと疲れたような気分で嘆息を吐くと「ばっかじゃねーの!」と夜久くんがみんなを代表して吐き捨てる。

「あの流れでどうやったらその考えになるんだよ!絶対ねーだろ!」
「はぁああ?!わっかんないでしょー!もしかしたらそんなことがあるかもしれないじゃない!」
「わかるわ!どー見てもに嫌われてるだろお前!!」


研磨との落差を考えろ!と指摘されクロは不機嫌に口を尖らせたが、うんうんと頷く虎を見て言い返そうとした口を閉じていた。
そのかわり、いじけた子供のようにがに股でさっさと行ってしまい、みんなも苦笑しながら彼を追いかけていく。
研磨も小さく息を吐くとエナメルバッグを肩にかけ直し後を追いかける。

さっきよりも負けた重い空気は抜けたみたいだ。それを確認して残りあと1試合をこなすべくメインアリーナへと足を踏み入れた。