[ 15 ]
平日の教室で友達と一緒にお弁当を食べていると梁に手をかけ頭をぶつけないように潜った黒尾がひょっこり顔を出した。
ここに研磨はいないし他のバレー部員もいないぞ。と視線をくれると手招きされ友達と顔を見合わせた。
「ちょっと話しできる?」
「いいですけど」
私に用事?と少し驚きながらも頷くと「一昨日は応援ありがとね」と黒尾がこっちを伺っていた友達に声をかけ、友達も「いえいえ〜」と愛想よく返していた。
話ってそれだけじゃないのか?と不思議に思いながらも黒尾の後をついていくと階段に程近い廊下で立ち止まり窓際で振り向いた。
「ちゃんも応援あんがとね」
「それはいいですけど…もしかして夜久先輩の容態よくないんですか?」
もしかして試合で負った怪我が芳しくないのかと顔色を悪くすると黒尾は気軽に笑って「大丈夫」と返した。
「ま、数日は安静にしとけっていわれたみたいだけど本戦迄には治ってるよ」
「そうですか」
それじゃ山本とか?戸美戦でネチネチと狙われてたし。そう思って聞いたがそれも違ったらしい。
「ま、まさか…頭突きの傷が悪化したとかですか…?」
見た目は赤くも腫れてもいないようだけど、実はかなりヤバいとか?だから後半ミス多かったのか??
そう考えた途端に冷や汗がどっと出たが「そういえばちゃんは大丈夫だったの?」と気安い感じでの額に触れてきた。
「った」
「あ、やっぱ俺より腫れてたんじゃん」
まだ治ってなかったんだ。とニヤつく黒尾に涙が滲んだ顔で睨み返した。思ったよりも強く押しやがって。
勢い余って頭突きをしたら予想より黒尾の方が石頭で後で悶絶したのはいうまでもない。
額を隠し不満そうに見上げれば手をポケットにつっこんだ黒尾がついっと窓の外に視線を流した。
「試合後半睨まれてる感じしなくなったから、色々気にしてんのかなぁって思ってさ。ちょっと顔を見に来ただけ」
「……まぁ、本戦かかってましたし」
これで負けたら黒尾の高校バレー生活も終わってしまうわけだし。
あかねちゃん伝に山本が黒尾達3年生を全国に連れて行きたいっていっていたのを聞いてしまったから余計に感情移入してしまったのもある。
「そういえば爪、大丈夫なんですか?」
「!ああ。もう血は止まってるし問題ないよ」
ほら、と右手を差し出して見せてくる黒尾にはなんとなしにその手を掴み傷が見えないテーピングされた人差し指を見つめた。
硬くなった掌と節くれだった大きな手になんとなく嫉妬みたいな感情が沸き上がる。
「…まったく。1日2試合ぐらいでへばるなんて体力足りてないんじゃないですか?だからこんな怪我しちゃうんですよ」
相手が梟谷で悉く体力を削り、因縁のある戸美でメンタルも削られただろう。そんな中で勝ちをもぎ取っただけでも十分凄いことなのだ。なのだけど、やはり不満に思ってしまう。
「さすがにこれ以上筋力アップのメニューは増やせないかなぁ…さすがの黒尾さんも身体壊しちゃうし」
「無茶しろとはいわないけど、クロ先輩も音駒の支柱なんだから。…抜けられたら困るんです」
「…!」
「あの時、夜久先輩もクロ先輩も抜けたの見てさすがに肝が冷えたっていうか、負けるかもって思ったんですから」
研磨や灰羽くんがいたし、柴山くんもいい仕事をしてくれたから試合には勝てたけど、あの時、あの瞬間は、最悪の想像ができてしまうくらいにはゾッとしてしまったのだ。
「…ちゃ」
「だからなるべく!こういう怪我しないでくださいよ!!」
思い出すだけでも胃の辺りが重くなって眉を寄せたが、バッと顔をあげると黒尾の手を握りしめ挑むように睨みつけた。研磨の為にも烏野戦まで勝ち進んでもらわなくては困るのだ。
引き込んだ原因が1抜けとか絶対に許さないんだから!と意気込むとポカンとこっちを見ていた黒尾が噴出しケラケラ笑った。
「ああ。俺も怪我して途中離脱なんてしたくないし、極力気をつけるよ。それに烏野と戦うことは俺の念願でもあるしな」
「…孤爪はいいけど主将はもっと上を目指すべきじゃない?」
烏野と何回戦に当たるかはわからないけど、でも決勝や準決ではない気がして「もし1回戦で当たったらどうするつもりよ」と返したら黒尾がフム、と顎に指をかけた。
「んじゃ、ちゃんはどこまで勝ち進んでほしい?」
「え…?」
どこまで?まさかそんな切り返しをされると思ってなくて目を丸くするとまっすぐ見つめ返す黒尾と目が合った。少し見透かすような強い視線にドキリとする。
「……それ、リクエストしてクリアできるんですか?」
「んー。約束はできかねますが善処はします」
それじゃ意味なくない?と目を細めると「なんつーか、ちゃんがどこを見据えてるのか気になったんで」というので益々目を細めた。ナメられてる気がする。
「それじゃ優勝まで行ってください」
「ぅお!大きく出たな!」
「それで、できなかったらクロ先輩坊主になってください」
「えっ?!」
前々からその髪の毛うざったいと思ってたので。目にかかってる前髪も格好いいとか思ってそうだけど視力落ちる原因なので。
いっそ海先輩くらいスッキリした方がスポーツ青年っぽいですよ。と言い放つと「ちゃんの考えるスポーツ少年っていかにも体育会系って感じだよね…」と恐々と返された。
「それくらい期待してるってことですから。大いに頑張ってください」
「!……んじゃ、期待に応えられるよう善処しましょうか」
「善処じゃなくて最善を尽くしてください」
昨今の意味合いだと弱気発言に聞こえますよ、と指摘すれば驚いたように何度か瞼を瞬かせ、そして噴出すように笑った。
その顔はいつもの嫌味な感じじゃなくてとても清々しい、自然な笑みに見えた。
「ああ。頑張るよ」
「っ!!」
笑みと一緒に掴んでいた手を握り返されドキリと心臓が跳ねた。
冬のせいか、今日は晴れてたけど気温が低かったせいか、やんわりだけどしっかり握られた手が妙に温かくてその温かさが顔に移ったように温度が上昇した。