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やっと肩の荷が下りた、みたいな顔にそれはそうか、という気持ちになる。だってこの人は主将として音駒を引っ張ってきたんだ。前線でみんなを鼓舞して引っ張ってきた。

そう頭の中で考えたけど胸の内が少しモヤる感じがした。

「それに"バレー教えてくれてありがとう"って初めて研磨に感謝されたし」
「そこで惚気ぶっこむ神経どうにかなりませんか?」
「え!ここは今迄ずっとバレーを"別に"っていわれ続けた俺の苦労が報われたって話で惚気では」
「それが惚気だっていってんですよ。ツンツントサカ」


"ありがとう"だと?!こちとらそのバレーにずっと嫉妬してましたわ!なんで男女別れてるんだって身も蓋もないことを数年くらい悶々と考えてたわ!

試合だって終わりが見えない勝負で研磨を気が気でない気持ちで見てて声が枯れるまで応援してたのに。
コートでのいちゃつき報告なんぞいらん!と睨めば「えええぇ〜」と困った顔で黒尾が引いていた。


「…孤爪が本気で楽しそうにしてたの途中からだけどわかったし。それで日向くん達と凄い勝負してたの見てたからわかってるし」

そして絶対無茶してるって気づいて、でも誰も止めなくてそれが歯痒かった。しかもそれは勝つ為以上に研磨が全てを賭けて、本気で日向くんと戦ってたから。
それが見えてしまったらも応援するしか選択がなかった。

「私から見れば孤爪は最初から"先輩とバレーやってるのが楽しかったから"ここまでついてきたんだと思いますねどね」

でなきゃここまで私も嫉妬してなかったと思うし。思い出すとやっぱりムッとして口を尖らせると薄目で黒尾を見やった。
何でそんな驚いた顔してるんだろこの男。そんなこともわからず研磨を振り回してたんだろうか。やっぱり腹立つな。


「というか、孤爪達や烏野の人達のお陰でその"ゴミ捨て場の決戦"が叶ったんだから、ちゃんと感謝しておきなさいよ」

孤爪に関しては熱出るまで無茶させたんだから。それ確実に主将の責任だから。びしりと指摘すれば「すんません」と素直に謝られた。いわせたのは自分だが気味が悪かった。

まったくこのトサカ先輩は人の気も知らないで、とムスッとした顔で溜息を吐く。そこまで考えてハタと我に返った。

「(…しまった。余計なことをいってしまった)」

それ以前に敗者に鞭打つ言葉はやめようって思ってたのに。黒尾の惚気を聞いたらつい憎まれ口を叩いてしまった。そろそろ限界だな、とマグカップを置き立ち上がった。


「試合終わっても塩対応は変わりませんね。さんは」
「むしろ優しくされると思ってる方が甘い考えですね。黒尾先輩」

冬休み前の約束覚えてるんですか?と聞くと、すぐに思い当たったのか視線を逸らされた。

「まあ、冬は可哀想なので夏でいいですよ」
「えっ本当にやるの?」
「監督や孤爪の願いは叶えても私の希望は叶えてくれませんでしたからね。刈ったら写真送ってください、孤爪宛てに」
「…アドレス交換する気ないんだ」
「必要あります?」

ブランケットを置いて鼻で笑えば「そんな気はしてた」と返された。元々研磨とまた話せるようになる為の偽りの関係だ。黒尾が卒業すればこの関係も終わる。

お互いの趣味も知らなければ気の合う話題も知らない。バレー部でもない。仲良くする必要はもうないのだ。


「そういや、俺卒業したらマネージャーやったりしないの?」
「はぁ?何ですかいきなり。やるわけないでしょ」
「だって邪魔者いないし研磨と仲良くし放題よ?」
「…阿呆ですか。アンタ」

何いってんのコイツ。と背を正したついでにうんざりとした目で見下ろした。
引き止められてるようなからかわれてるような突飛な質問に困惑したが至って真面目な顔で見上げてくる黒尾に眉間の皺が更に寄った。


「私、自分がしてること一応自覚してるつもりなので。山本に怖がられてることも、やらかした人片っ端から睨んじゃうのも知ってるし、治せる気しないんで。ならない方がマシですよ」
「そういや早流川に『音駒の応援席でずっとこっち睨んでる女子がいた』って苦情いわれたな」
「(クッ…バレてたか)…そ、そういうわけでマネージャー向いてないから結構です。それに普通入れるなら新しい2年とか1年でしょ」

3年で入ったら最短半年で抜けることになる。偏った知識があるとはいえ仕事を覚えて終わりでは呆気なさすぎる。

「あと、応援席の方が試合の流れも孤爪もよく見えて落ち着くんですよ」
「そっか」

観戦歴が長いせいか見渡せるコートで応援する方に慣れてしまった。あと多分研磨との距離感もこのくらいが丁度いいと思っているのかもしれない。


研磨に対してやっぱビビってるとこあるのかなぁ。嫌われたくないって本能で思ってる節あるし。
研磨との関係が思ったよりも進展していないのでは…?と内心冷や汗を流したが保留にしておいた。深く考えるとへこみそうだ。

「あ…そうだ。もう大学でバレー部入ったとか外部のバレーチーム入ったとかいって孤爪振り回さないでくださいよ」

返してくれるっていうならそのくらいの嫌味はいってもいいだろう。
そう思って虚を突いてやったつもりだったが「あーそれはないから大丈夫」とあっさり返され、ドアを開けようとした手を止め振り返った。


「俺、進学しないから。あと多分チームに入れるほど時間できないと思う」
「え、」
「就職予定なので」
「……そ、ですか…」

意外な言葉だった。だって烏野と対戦出来ても勝てなかったのだ。確かに卒業はするけどやろうと思ったらできる訳で。高さも頭脳も俊敏さも全てにおいて欠けたものはないのに。


それを全部手放すというのだろうか。
もうおしまい、なのだろうか。


そう考えた瞬間、視界が歪み慌てて前を向いた。
ツンとした鼻に視界がどんどん歪んでいって早く家(ここ)を出なくてはと思った。