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ちゃんってさ。俺のこと嫌い嫌っていうけど実はそこまでじゃないでしょ」
「…っ…はぁ?」

それなのに黒尾が話しかけてきて、で律儀に返してしまった。返した後にああもうバカ私、声泣きそうになってる。と顔をしかめた。


「俺も最初の頃はこえーしイラついたこともあったけどさ。ずっと応援に来てくれてただろ?」
「そ、れは…孤爪の、応援であって…」
「そうだけど、でもどっかで変わったんじゃない?」
「…っ!」
「研磨のことを応援してるけど、音駒が勝てば喜んでくれたし、負ければ泣いてもくれたでしょ」

バレーは個人競技ではない。
だから研磨だけが頑張っても勝てない。
それは応援も同じで。
みんなの声を合わせるから選手を鼓舞することも相手の応援を跳ね除けることもできるのだと知った。


「そんなちゃん見てたら応援っていいなって思えたし、一体感っていうの?あー"仲間"だって思えてスゲー嬉しかったんですよ」

少し離れていた声が間近で聞こえたと思ったら引き止めるように身体が重くなりその振動で目から涙がこぼれた。
唇を噛んでも下を向いてるせいで涙が止まらず、しかも背中に重い身体が乗ってきてその場にズルズルとしゃがみこんだ。

ぼたぼたと零れ落ちる涙は玄関土間に丸い痕をつけていく。それを憎らしげに睨めばグイっと後ろに引っ張られた。

「っ放し…!」


お腹に回った手にあたふたしたがこの男の拘束から逃げれる隙はなく、むしろピッタリくっつくように座り込んだ。手を伸ばしても届かないドアノブと逃げれない腕に涙が頬を伝う。

土間に敷かれた石が冷たくて不快なのに、顔も頭も熱くて涙が止まらないのも腹立たしい。
しかも抱きしめたまま何もいわない後ろのコイツにも腹が立った。

「だったら、んで…」

何でバレーはもうできない、みたいなこと『今』言うんだ。
3年だからか?ゴミ捨て場の決戦ができたからか?だからもう『音駒高校バレー部』はいらないっていうのか?

「勝手過ぎんのよ…ムカつく」


かといって黒尾が留年なんてヘマしないし、むしろ将来を見据えたこといってるし、その辺他の人よりもずっと真面目に考えているのかもしれない。
バレーも卒業したら今のメンバーで戦えないってわかってるし、むしろ中学の時も小学校の時も同じこと味わってていっそ慣れちゃったのかもしれない。
最後だからこそ全力で戦って烏野とぶつかったんだろうし。

でもそのどれも私はまだ終わってなくて、終わってほしくないって思ってて。変な喪失感が頭から爪先まで私を沈めていてどうしても浮上できない。

この悔しいって気持ちをどう昇華したらいいのかわからなくて喪失感とごっちゃになって窒息しそうなのだ。切なさと息苦しさに涙が溢れて零れ落ちる。


「アンタのことなんて、嫌いだし…ずっと嫌いだったし、これからも…ずっと、嫌ぃなんだから…」

そうまでいわないと自分が揺らいで踏ん切りがつかないままになってしまいそうで、冷たい言葉でつっぱねるしかできなかった。

あれだけ頑張った選手にこんな言葉しかいえないの本当最悪だって思う。絶対マネージャーなんてできない。
突き放されても文句言えないのに拘束は緩まなくて、むしろきつくなって、合わせた頬が熱くて本当に嫌だった。


「さっさと卒業して、どこにでも行っちゃえ…」


子供染みた戯言に吐き気がする。よくわからない感情のせいでまるで見捨てられた気分になった。
烏野と再戦して勝ってくれる姿も、コートに立つ後ろ姿も、もう見ることができないのかと思うと悔しくて悲しくて仕方がない。嫌いで睨んでたくせに今更だ。

「もう応援なんてしてやんないんだから…」

どの口が言うのかともう1人の自分がぼやいたけど他に言葉が出てこなくて。憎まれ口以外いえない自分が情けなくてしょうもない。

応援したくてももうできないのに。
睨まれながら応援されても本当は嬉しくないだろうに。
私って本当自分勝手だな、と鼻をすすりながら涙を流していると、肩に回っていた手が頭に回り宥めるように撫でられた。


「うん。最後まで、声が枯れるまで応援してくれて、ありがとうな」


黒尾の声が振動してダイレクトに伝わってくる。声も撫で方も優しくて、優し過ぎて我慢してた分の涙が決壊した。


「ほん、と、もぅ…っなん、なの…!」

嗚咽交じりに涙が零れ落ちて手で拭っても拭っても止まりやしない。黒尾の袖に出来た染みもどんどん増えてって情けなくて腹立たしくて悲しかった。

頭を撫でていた手が離れ、抱きしめられていた腕が少し緩む。できた隙間が妙にもの悲しくなって振り返れば、困ったような泣きたそうな顔の黒尾が微笑んでいて、くしゃりと顔を歪めた。
涙で歪んでるせいで見間違いかもしれないけど、黒尾の目も涙で滲んでるように見えて胸が苦しくて真正面から抱き着いた。


「ちく、しょ…ぅ…」

悔しくて悔しくて涙が止まらない。
何で勝てなかったんだ。
もっと行けたはずなのに。
もっと戦えたはずなのに。
諦めないってこれからも続けるだろうって、そう思ってたのに。ごちゃ混ぜになった言葉が嗚咽になって消えていく。

勝ってほしかったんだ。それくらい今年は行けるって、強いって思ってた。私から研磨を盗ったんだからそれくらい当たり前だろって。


はじめは負けても「そら見たことか」とバカにしてたこともあったけど、見ていく内にルールを覚えて。見ている内に黒尾や研磨達がどれだけ頑張ってるのかわかってきて。
一生懸命戦ってる姿を見ていたら"負けてもいい"なんてこともバカにすることもできなくなっていた。


"ゴミ捨て場の決戦"を観て心を打たれたし感動もしたけど、試合を終えた選手達に称賛の拍手を送ったけど。

でも本当は、本心は、音駒に勝ってほしかった。


どれもが傍観者の傲慢な願いだけど、ずっと応援していたからこそ、黒尾に、音駒に勝って笑ってほしかった。
そんな願いすら叶えられないまま、嫌いだと思っていた恋敵の腕の中で涙が尽きるまで泣いたのだった。