[ 20 ]
「ふーん。そうですか…」
空も暗くなり外灯がつく時間、はパンパンに腫れた瞼のまま帰路を歩いていた。隣には来なくていいといったのに黒尾が送るとついてきていて、彼の話につき合わせれている。
日が落ちたせいで空気も大分冷えて話す度鼻が冷えていく。スン、と鼻をすすりながら隣を見たが黒尾は背を寒そうに丸めながら歩いていた。
涙も落ち着いて2杯目のお茶を飲んでいた時に黒尾の家族が様子を見に来て、しかも夕飯を食べて行くかと気軽に誘われてしまい慌てて出てきたのだ。
そのせいで上着がない黒尾は少し寒そうな恰好になっているのだが、帰ればと何度言っても聞きやしない。なので仕方なく就職先の話を聞いていた。
「一応バレーに関わる仕事に行くんだ」
「まぁ、入っても空きがなければ別の部署に押し込まれるかもしれねぇけどな」
「内定は貰ってるんですか?」
聞くまでもないがあえて聞いてみると既に貰っているらしい。この男は勝っても負けても最初から就職するつもりでいたようだ。
「(私何でこの人の前で泣いちゃったんだろ…恥ずかし過ぎじゃない?)」
「ちゃんはどうすんの?これから」
「…孤爪がいる限り試合は応援しに行きますよ。残るようなら春高も行くし」
「そうじゃなくて、卒業した後」
そんなこと聞いてどうすんだ?と眉をひそめ隣を見ると、企んでる感じてはない普通の表情の黒尾がいて不思議に思いながらも「進学ですよ。一応」と答えた。
そしたら何故か急に黒尾がニヤつきだしたのでこれでもかと不審な顔で睨んだ。
「ふーん。それでさっき俺も進学するって思ってたのか」
「…いっときますけど、孤爪じゃないので同じ大学なんて行きませんから。被りませんから」
「へー?なら何で高校被ったのかなぁ?」
「それは、他全部落ちたからですよ!!!」
コイツ、ケンカ売ってるのか?何が悲しくて恋敵を追いかけなくちゃならんのだ。というか、また高校受験落ちた報告する私の気持ちになって!恥ずかしいでしょうが!
「元々、孤爪とも同じ学校に行くつもりなかったし」
「そうなの?」
「別の学校でも応援はできますから」
あの頃から研磨とはそのくらいの遠さでもいいや、と思っていたのだ。「ブレないねぇ」と笑う黒尾にそう決めたことなので、と返すと目を丸くして、それから前を向いた。
「俺は、被ってよかったけどね」
「……変態ですか?」
あれだけ睨まれて塩対応されてもまだ足りないと?うわ、と身を引くとムッとした黒尾がいきなり腕を掴んできて、元の位置に戻された…というか掴まれてるせいで距離が近くなった。
「ちゃんが音駒に来なかったらこうやって話すこともなかったかもしんないし」
「まぁ、でしょうね」
「俺にしがみつきながらわんわん泣く姿も見れなかっただろうしね」
「それは忘れろ。全て。全部」
腫れた瞼をめいっぱい押し上げて睨めば繋がってない方の手で頭を撫でられた。
ヤメロ。あやそうとするな。子供扱いするな。べしっと手を叩き落とせば不満な顔が面白かったのかゲラゲラ笑われた。
泣いて疲れてるし視界狭いし鼻は痛いしでムズムズムカムカしながら掴まれている手を振ってみたが、張り付いた手は容易に外せなかった。
「でも今はちょーっと後悔してるかな」
「?」
「もっと早く声をかけてたら、今よりもたくさんちゃんと話せてたのかなって、」
見上げた先にある瞳とかち合い、黒尾がするりと手を滑らせの手を緩く握りしめた。その温かさにドキリと心臓が跳ねた。
「ど…どうですかね…。悪化してたかもしれませんよ」
「かもな。でも声かけなかったら研磨とも話せるようにならなかっただろ?」
「それは、そうですね」
黒尾がいなかったら研磨と話せる機会が作れる気がしなかったのでそこについては礼を述べた。
卒業式に話しかけて成功するかどうか悶々としてる図しか思いつかないくらい研磨に対して私は度胸がない。
それに握られた手が気になって気になって思考がポンポン飛んでいく。
なんなんだ。黒尾鉄朗。何で手を繋いでんの?子供扱いか?自分より背が小さい奴は子供扱いなのか?
バカにされてる、と思う一方でさっき泣いてる時に抱きしめられた腕の強さとか温かさがフラッシュバックして心臓もポンポン飛び跳ねている。
今迄気にしてなかったし気にもならなかったし、というかそもそも嫌いな相手にそんな思考になったことがなかったが、『黒尾が異性なんだって』今更の今更に気づいてしまい、それで余計繋いでる手が照れくさくて内心悶絶していた。
家が近くなり近所の人に見られたらどうしよう、なんて考えていると黒尾の足が止まり、引っ張られるようにも足を止め振り返った。
手を繋いでる以外はいつもの黒尾だったが表情は少し真剣で、目が離せなくなってしまった。
「烏野と戦った"ゴミ捨て場の決戦"も結果はああなっちまったけど概ね満足してるし、就職先も俺自身が納得して選んだから後悔なんてしてなかったんだけど、」
「……」
「なんつーか、今になって失敗したかもって思ってさ」
少しだけ握る力を込める黒尾は薄く笑ってを見つめた。
外はもう夜になっていたけど丁度ここは外灯と自販機が近くにあってお互いの顔が暗がりでも見える。
少し言い難そうな自嘲した笑みに話が見えなくて戸惑いながらも首を傾げた。
「俺にバレーをやっててほしいって、ちゃんが泣くほど考えてるの知らなかったから」
「そ、それは…その、」
「あと卒業しても選手でいればちゃんに応援してもらえるのかーって思ったら、あ〜勿体ないことしたなぁって、真剣に思ってしまったわけですよ」
布団被って落ち込みたいくらいショックかも、と大袈裟にいう黒尾に、は困惑した顔で見返したが、
「だって、好きな人にならずっと見ていてほしいって、思うでしょ?」
黒尾のその言葉で疑問符が全部吹っ飛んだ。
そしてワンテンポ遅れて顔が真っ赤になり動揺して視線が泳ぎ最終的に地面に逃げた。