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この後すぐに表彰式があるということで手早く荷物を片付けていると目の前にバッシュが見え、顔をあげた。

の前に立っていたのは黛さんでギクリと肩を揺らす。
何か用事だろうか、と内心ビクつきながらも立ち上がると彼は赤司君や他の人達と違って負けた辛さよりもやっと終わった、みたいなスッキリした表情に見えた。


「お前だろ?影(俺)潰しをたきつけたの」


旧型が"うちのマネージャーは凄いんです"とかいってたからな、というのではぎょっとして振り返った。
黒子君をそのまま見れば彼はきょとんとした顔で見返してきてちょっと可愛かった。あの子、試合中に何話してんの?

もう、と思いながらも顔を黛さんに戻すと無表情に見下ろされ冷や汗が流れた。182pでもやはり威圧感を感じる。


「試合中はかなりムカついたが、まさか負けることになるとはな」
「……」
「それも読んでたのか?」
「いえ、そこまでは…私の案、というよりはテツヤ君やみんなの頑張りのお陰ですから」

切欠になってたら嬉しいですけど、と控えめに笑えばスッと手が差し伸べられた。



「勝った奴に謙遜されても嫌味にしか聞こえねぇよ」
「あはは…ですかね」

鼻で笑い口許をつり上げる黛さんには肩を竦めると彼の手を握った。大きくて硬い手の平に練習量の多さを感じた。


「黛さんも強かったです」
「そうかよ」
「バスケ、辞めないでくださいね」

部活じゃなくても、チームじゃなくてもどこかしらで関わっていてほしい。そんな気がして口にすれば彼は目を丸くして、それから呆れたように笑った。


「気が向いたらな」


黛さんってこんな風に笑うのか、とか、無表情っていう程無表情じゃなかったんだと感心していると彼は握手した手をそのままの頭に持っていき軽く2回撫でて背を向けた。

「できればもう、お前達とはやりたくないけどな」そういって去っていく黛さんにまたどこかで会えるといいな、そう思いつつ自分の仕事に戻った。



*



表彰式も終え、全て終わった達はそのまま火神の家に上がり込み、本当の祝賀会を行った。
今回はアレックスさんがいたり、景虎さん持ちで料理も用意されかなり豪華になった。


『かんぱーい!』

日向先輩の号令でプラスチックのコップを当て合ったみんながジュースやお茶に口をつける。ピザやちらし寿司等色々届けられた料理に箸をつけ、みんな笑い合った。

も同じように笑って食べ物を摘まんでいると2号がやって来たので降旗君達と一緒に構いながら膝の上に乗せてあげる。
すると火神が居心地悪そうに席を変えて遠くに座ったのでそれでも笑った。視界に入るからって酷い奴だ。

2号は何も悪くないのにね、と頭を撫でてあげたりアレックスさんの魔の手から逃げたりしているとテーブルいっぱいに並べられた料理もあっという間になくなった。


木吉先輩とアレックスさんが話しているのを横目で見ながらリコ先輩と話していると黒子君がいないことに気がつく。
視線を動かせばベランダにいる彼の背中を見つけた。



「テツヤ君」


リコ先輩に断りを入れて席を立ったは窓をカラリと開けてベランダに出た。う、思ったよりも冷える。そんなことを思いつつ彼の隣に並ぶと嬉しそうな顔で携帯を握っている彼がこちらを見てきた。


「荻原君?」
「はい。さっきお祝いのメールをもらいました。さんにもよろしく、といってましたよ」


ふわふわと喜ぶ彼に「良かったね」とこちらも嬉しくなってニコニコと返せば、他にも桃井さんや黄瀬君からもお祝いメールを貰ったらしい。

「黄瀬君のはやたらと長かったですけど…」とわざわざ見せてくれたので読ませてもらったが下ボタンを何度か押さなくてはいけないくらい長かった。黄瀬君って長文メールの人だったんだ。

後で短いメールも送れるということを知ったけど、今回は黄瀬君なりにいいたいことがたくさんあったらしい。
全部読んだ上で『ありがとうございます』しか返さず『次は負けないっスから!』と絵文字付きで返されそのまま会話を終了させた黒子君に脱帽しかなかったが。


さんは誰かから来ましたか?」
「私に来るわけ…あ、来てる」

バスケ、というか黄瀬君繋がりでしかバスケ関連の友達がいなかったに今日のことで連絡を寄越す人いるわけないよ、と思いつつポケットに入れていた携帯を見たら、高尾君から『おめっとさん!今回は逃しちまったけど次あたった時は覚悟しておけよ!っつー真ちゃんの顔です(笑)』と緑間君の写真付きで送られてきた。

緑間君めちゃくちゃ不機嫌そうなんだけど。



でもこれ誠凛っていうより高尾君に怒ってる顔じゃないかな、と噴出し黒子君に見せると「緑間君の1番不機嫌な顔を撮れるのは高尾君だけですね」としみじみ褒めていた。

確かに不機嫌な人をわざわざ写真に撮るような勇気は私にはない。流石高尾君、と感心しているとベランダに続く窓が開き火神が少し不機嫌そうな顔で出てきた。
うん。この顔を撮ってわざわざ火に油を注ぐ行為はできないなと思う。


「火神君。どうし、くしゅん」

さっきまで楽しそうにみんなと話していたはずでは?と不思議に思って声をかけたがその前にくしゃみが出た。くしゃみの方向はなんとかギリギリ自分の足元にできたが、思うよりも冷えるようだ。

上着くらい持ってくればよかった、と考えていると肩を覆うように何か乗せられ顔をあげた。


「お前、冬なんだからそんな薄着で出るんじゃねぇよ」


それでなくとも身体よえーのに、と口を尖らせた火神にかけられたものを見れば彼のジャージのようだった。

火神君紳士だな、と驚き彼を見やればトレーナー姿でそれはそれで眉を寄せてしまう。そっちこそ大丈夫なのかと聞いたら「俺はいいんだよ」といって返そうとしたジャージを拒否してきた。
仕方なく火神のジャージを羽織ると思った以上に大きくて丈の短いワンピースのようだった。

他人に服を借りるなんて行為を殆どしてこなかったは悪いな、と思いつつもそれが男子からだと思うとなんだか気恥ずかしいというかちょっと緊張してしまいお礼の言葉も少し上擦ってしまった。
落とさないようにとジャージをしっかり掴むと薄手でもやっぱり温かく感じた。



「…なんだよ」
「なんでもありません」

できれば前をしめたいけど着るのは流石にダメだよね、と考えていたら両側の雰囲気が少し不穏な空気になったので目を何度か瞬かせた。知らない間に会話でもしていたのだろうか。

「そうだ。火神君は誰かからお祝いメール来た?」
「お祝い?…ああ。辰也から電話きたぜ」

目で会話してたのかな…?それ仲良過ぎでしょ。と思いつつ変な見つめ合いに割って入れば火神がさっき話してきたと報告してくれた。


氷室さんの名前を聞いてちゃんと仲直りできたんだな、と改めて安堵すると「辰也がによろしくってよ」と付け加えられた。氷室さんも律儀な人だな。

「つーか、辰也と話したことあったんだな」
「あーうん。陽泉戦の前にちょっとね…」

そういえば、氷室さんに恥ずかしい姿晒して迷惑かけたんだっけ、と思い出し遠い目になった。
仲直りしてくれたからギリギリセーフだと思うけど…ああ、でも思い出すとやっぱり恥ずかしいな。氷室さん忘れてくれないかな…。


「それをいうなら決勝戦後赤司君とも話してましたよね」
「あっそうだ!お前らなんかコソコソ話してたな!何話してたんだよ!」
「べ、別にコソコソ話してなんかないよ!」

また1枚黒歴史が刻まれてしまった…と考えていると隙を突くように黒子君が呟き、それに反応した火神が吠えた。
目聡いな!とビックリしても声を荒げたがたいした話は本当にしていなかった。お互い試合のことを労っただけだ。



あの時黒子君は降旗君達と話してて全然こっちを気にしてなかったのに。火神だって先輩達と話してたはずなのに何で2人共気づいてるの??

怖っ!とおののけば、「何もなかったんだな?」と2人に凄まれ困惑しながらも頷いた。そしたらまた黒子君と火神が目を合わせて何やら話すように見つめ合い溜息を吐いたので首を傾げてしまった。


「うわ!これなんなんだよ!」

なんとなく気まずいような空気で無言でいると携帯を開いた火神がぎょっとした顔で引きつらせていた。聞けば黄瀬君からのメールで黒子君同様長文で送られてきたらしい。

火神がいいというので黒子君と一緒に読めば、黒子君よりはかなり短いけどもそこそこ長くて女子が使うような絵文字や長音府等をふんだんに使っていてこれもう嫌がらせなのでは、と思った。

黒子君宛ての方がもう少し読みやすかったよ黄瀬君。


「これ、返した方がいいのか…?」
「返さないとずっと送り続けてきますよ」
「マジかよ…」

一言でも返した方がいいです。と忠告する黒子君に火神は嫌そうに顔を歪めながら「つか、なんて返せばいいんだよこれ」と肩を落としていた。ご愁傷様である。

「ちなみにこの手のメールが来た時、青峰君は『ウゼェ』、緑間君だったら『黙れ』と返してました」
「辛辣っ」
「よし、それでいくわ」
「ええ?!」

そんな返し方でいいの?!と驚いたが返事が来ることに意味があるらしい。へこまないわけではないけどそれでも態度は変わってないと聞き、黄瀬君メンタル強い…と感心して半分呆れた。



「よし!送ったぞ」
「なんて送ったんですか?」
「お前の文章読みづれーからもっと短くしろって送った」
「直球!」
「あと、文句があるならバスケで聞いてやるってつけといた」

ちまちまと大きな手で携帯を弄っていた火神が満足げに身体を起こしたが、携帯が震えたのか「うお!」と火神がビックリしていた。
どうやらもう黄瀬君からメールが返ってきたらしい。黄瀬君今暇なんだろうか。というか返信が早過ぎである。

黄瀬君って結構なメール魔なのでは、と今更な情報を更新していると火神がまた嫌そうに顔を歪めるのでなんて来たのか黒子君が聞いてきた。


「…こっちだって負けねぇって…」
「普通ですね」
「それだけならいいんだけどよ…」

思ったよりも普通の内容にも黒子君に同意したが火神が見せてくれた携帯を見て「ああ、」と納得した。自撮りですか。

スクロールされた下部には黄瀬君の決め顔写真があり、出すとこ出したら争奪戦になること請け合いな格好いい顔だったが火神、というか同性にとってはうんざりするものでしかないようだ。


「もう返信しなくていいと思いますよ」
「そうだな」

つか容量もったいねぇし消すか、といいだし火神はあっさりと黄瀬君の自撮りメールを消していた。ちょっと勿体ないなと思ったのは内緒だ。



それからしばらく3人共無言のまま外をぼんやり眺めていたが、絶妙なタイミングで黒子君が最初にきりだしてきた。

「終わりましたね」
「終わったな」
「うん。優勝だって」
「優勝したな」
「日本一になれました」

そこまでいうと3人は顔を見合せニヤリと笑った。というかニヤニヤが止まらないって感じだ。
一時はどうなるかと思ったけどちゃんと勝ててよかった。感慨深く今迄のことを思い返すと涙が滲んできて鼻も痛くなった。


「2人共ありがとう。私、バスケ部に入れて…誠凛に来て良かった」


黒子君が誠凛やバスケ部に誘ってくれなかったらきっと私は適当な高校に行って適当に過ごして何が楽しくて何が感動できるかなんて知らないまま過ごしていただろう。
友達なんて絶対作らないし心も開くこともなかっただろう。

ここでこうして笑顔でいられるのは、黒子君や火神にこんなことをいえるのは2人のお陰だともう1度「ありがとう」とお礼を言えば頭に手が置かれぐいっと引き寄せられた。


「ばーか。礼をいうのはこっちの方だ」
「そうです。ボク達が日本一になれたのはさんのお陰でもあるんですから」

肩に手を置かれ黒子君の方を見ればすぐ横に彼の顔があって少しドキリとする。それ以上に身体もぴったりと密着されて温かさと一緒に顔の体温も上がった。



いや、黒子君はただ日本一になった嬉しさを表現しただけだよね?と考えていると頭に乗っていた火神の手がの腰に回り反射的に彼に顔を向ければ「ありがとな」という言葉と一緒に額にキスをされた。


驚き彼を見ると、火神は自分のしたことに今気づいたような顔で視線を逸らしてくる。なんか顔も赤くなってるような気がするのは見間違いだろうか。

「こ、こうすりゃあったけーだろ」
「そ、それはそうだけど、」

両側から挟まれるようにくっつかれ、なんだかサンドイッチのようだと妙な感想を抱いてしまった。でも、さっきよりも温かいのは確かだ。


「2人に出会えて本当に良かったです……ありがとうございます」


火神のジャージがいらないかも、と思えるくらい温かくなってしまった体温に少し動揺しているとぽつりと隣からそんな声が聞こえ、火神と一緒にフッと笑ったは黒子君の頭を2人で撫でたのだった。




2019/09/13
これにて原作沿い編終了です。お付き合いありがとうございました!