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青峰との対決の時も思ったけどゾーン対決は想像の上を行く光景で瞬きすら惜しいくらい目が離せない状況だった。
やはりというか、なくても十分強かったが赤司君もゾーンに入っているらしい。

それを示すかのようにディフェンスでもゴールにより近い場所にいたにもかかわらず伊月先輩のボールを瞬時に奪い、誠凛ゴールを守っていた火神をアンクルブレイクで跪かせ、あっさりとシュートしてしまった。

あまりの綺麗なフォームと動きに見惚れたが鳥肌もたった。どうやら赤司君は本当に1人でバスケットをするつもりらしい。
確かにゾーン対決になれば他の選手が手を出すことは難しい。しかしそれでもここまであからさまに他の選手をないがしろにしている光景は見たことがなかった。

攻撃も防御も彼1人でできるんだといわんばかりの態度に他の洛山の人達は困惑しているように見える。視線を火神に戻せば集中は切れてなさそうだけど表情は曇ったままだ。
赤司君にどう対応するか考えあぐねているのかもしれない。

やはり天帝の眼には敵わないのだろうか。そんな言葉が過る。

不安げに見つめていれば火神の横に黒子君が現れ何か話している。どうやら彼の言葉は突飛なものだったみたいで近くにいた木吉先輩達も驚いたような顔をした。しかし黒子君の表情は真剣そのものだ。

「あ、いつもの顔」

諦めるって単語が辞書にない黒子君の強気なことをいう時の表情だ。
いつもどっからくるのその自信、って思ってたけど、今はそれがとても心強い気がした。



木吉先輩のシュートを赤司君に止められ、そのまま黒子君と火神が止めに入る。抜かれる、と思った瞬間赤司君の前に黒子君が現れた。そして天帝の眼を持つ赤司君からボールを奪った。

『やったー!!!』

誠凛ベンチが立ち上がり歓声に沸く。あの赤司君から、ゾーンに入った赤司君からボールを奪ったのだ。それだけで叫ばずにいられない。

は指を組んだまま鼻が痛くなった。凄い、凄いよみんな…!


そしてボールは誠凛側に移り一斉に走り出す。洛山を次々かわし火神がシュートしようとした瞬間、さっきまでいなかった赤司君が現れ妨害してきた。今にも食らいつきそうな勢いに息を呑む。

しかし、赤司君が現れたと同じくらいに黒子君も現れそしてボールが彼の手に渡り、リングに向かって弾かれた。シュートの為じゃない。火神が跳びボールに手を伸ばす。だがその手前にも赤司君が跳んで現れた。


『決めろ!火神ーっ!!!』


みんながありったけの声で叫ぶのと同時くらいに火神が赤司君を押し退け、アリウープを決めた。


『決まったーーー!!!!』



加算された電光掲示板に達は声を上げる。

あの赤司君を止めた。
ゾーンに入っていたはずの彼を。

ぶわりと零れた涙を拭ったが止まりそうになかった。まだ、試合終わってないのに。涙腺弱すぎだ。でもそれほどまでに嬉しかったのだ。
勝てないと委縮していたこの状況を、絶望的だったシナリオを覆した。その事実が嬉しくてたまらなかった。

点を入れられ、黒子君と火神を見上げることになったその後の赤司君は、さっきまでの完璧だった彼とはとても思えないくらいの凡ミスが続いた。

まるで魔法が解けてしまったかのように洛山の足を引っ張るように点を入れられずボールを奪われた。

多分、こんな事態を想定していなかったのだろう。バスケを始めてからなのか、生きてきて初めてなのかはわからないけど、彼は今の現実を受け入れられないような顔をしていて、まるで抜け殻のようだった。


「とうとう洛山の背中を掴んだーっ」
「1ゴール差!1ゴール差だぁ!!」

そして赤司君が崩れたことで洛山の動きは完璧に乱れてしまい、20点以上あった点数はたった2点差というところまで追いついた。

誰が想像できただろう。そんなことを考え電光掲示板を見たはまた涙が滲んだがそこで洛山がタイムアウトを取った。
それはそうだろう。こちらとしては何も策を練ってくれない方が助かるけど、あの洛山がこのまま、というわけにはいかないはずだ。

「テツヤ君…?」

洛山側を見ていた黒子君と火神に声をかけると「いえ、」といって視線をこちらに戻した。



そしてタイム終了のブザーが鳴り選手達がコートへと戻って行く。洛山側を見れば赤司君の姿があった。
しかし、何かが違う気がして何度か目を擦ったが赤司君の表情がどこか違うくらいしかわからなかった。

この違和感は試合が始まってすぐにわかる。
声出しをしながら見ていれば、ボールを持った赤司君はさっきまでの放心した彼とも、その前の完璧な彼とも違う動きでボールを運んでいた。試合終盤とは思えない程の繊細さには息を呑む。


「ヤバいかも、です」
「え、何?」

黒子君の表情と、ずっと引っ掛かっていた話がカチンと組み合わさった気がした。もしかしてもう1人の赤司君なんじゃ?

はてっきり天帝の眼が使えるのが今迄の赤司君でもう1人の赤司君はゾーンに入れないのだと勝手に思っていた。けれどこの光景は、あの連携の上手さは、元から持っていた才能なのだと気づかされる。

連携が絹のように滑らかで、パスも針の穴に糸を通すような感覚で繋いでくる…なんて言葉が浮かんでしまうくらいの完璧な連帯感に顔が引きつった。


黛さんのパスまで復活させた洛山は本当の意味で隙がなくなってしまった。赤司君に導かれた洛山の選手達の動きがどんどん良くなっていく。そしてその動きはシンクロし、とてつもない威力を発揮した。

日向先輩達はパスもシュートもできなくなり、ゴール下で跳んだ火神が根布谷さんに届かずシュートを許してしまう。そして火神の体力も限界に近づいた。それに呼応するように誠凛の連携が一気に崩れていく。



「惜しい…!」
「いや、これは不味いんじゃないのか?」

葉山さんを捕まえようとした伊月先輩がかわされ、それをフォローするように黒子君が現れたがプッシングを取られてしまった。それを見ていたはハッと口を手で押さえる。今膝が抜けたように見えたのだ。

そうだよ。ここまでくる間にゾーンに入ってる火神に合わせて散々走ってたんだ。そのせいで黒子君の体力は想像以上に、間違いなく火神以上にガス欠になっている。

タイムアウトはさっきのでリコ先輩が全部使いきった。少しは休める、といっても肩を上下に揺らす先輩達の顔は苦渋そのものになっている。
こんなの誰が見ても限界が近いってわかる程に黒子君達の体力はギリギリだった。

こんなところで、ここまで来て…万事休すなの?と目を閉じたところで誰かが叫んだ。



「頑張れ黒子!諦めんな!!!」



静まり返った会場に響き渡るような声だった。みんな一斉に顔をあげ、声の出所を見回し探す。黒子君が振り返った方向を見やると海常戦に来ていた彼が観客席にいるのが見えた。

固まる黒子君と多分同じようにも目を見開く。
決勝戦前、メールを送ったけど返信は来なかったと黒子君がいっていた。

そのことにがっかりさせて悪いことをしたな、と思ったけど送れたならきっと届いてるよといって励ました。
できれば返してほしかったし来てほしいって思ってたけど欲張り過ぎかと思っても少し諦めていた。



「頑張れ黒子ーっ!!」



でもちゃんと届いてた。
届いて観に来てくれた。

彼が掲げたバスケットボールを見て、やっぱり荻原君だったんだ…と小さく呟きは手で顔を覆った。辞めてなかったよ黒子君。ちゃんとキミの気持ちも届いてるよ。


「オラ、テツ!火神!テメーら俺らに勝ったんだろうが!洛山ぐれぇ倒さねぇとぶっ殺すぞ!!」
「いっとくけどウチもっスからね!勝て!誠凛!!」
「倒してこい!赤司を!洛山を!!」

青峰達の声が会場に響く。誠凛と戦った人達や応援してくれる声に打ち震えた。そしてその声はひとつになって黒子君達の背中を押す。も目を擦って一緒に大声を張り上げた。


攻める洛山に誠凛は徹底的にマークし守る。その動きが今迄にないくらい息が合っていた。今迄も合ってはいたのだけど、まるで5人全員が1つになったかのような一体感がある。

ボールを奪い返した日向先輩に観客が沸きも拳を作る。ゾーンに入った火神が速攻で攻める。その動きは先程思ったことを体現するかのようにみんなも一斉に動く。


もうガス欠ギリギリで気合しか残ってないはずのみんなの動きが火神の動きに合わせて一斉に走る。
それはまるで火神が5人いるような速さで、パスを繋ぎ、リングにボールを叩きつけた。

加算された点数に誠凛側が沸く。その超速連携攻撃は留まることを知らず赤司君達に迫る。素早く変わる攻守に息つく暇もないくらいだ。



「止めれば勝利が見える!振り絞れ!最後の一滴まで!!」

日向先輩の声に呼応するかのように声を張り上げた。
負けない。負けられない。そう思ったがやはり洛山というか赤司君というべきか、ゾーンに入っている火神をアンクルブレイクし、シュートを決めた。鳴るホイッスルに唇を噛む。7点差。

鍔迫り合いが続く。横のロングパスを使ってシュートを決められたが、洛山の攻撃に移り誠凛が守る時間は20秒切った。このまま洛山ボールなら確実に誠凛の負けが決まる。

どうか、どうか。神様に祈る気持ちで手を組み選手達を見つめる。お願い、そう願った瞬間、実渕さんが根布谷さんにパスをし、その隙をついた伊月先輩がカットして攻守が入れ替わった。

ボールが日向先輩に渡り実渕さんが妨害するように跳んだ。ああ!、と拳を作ったが日向先輩がシュートと同時に彼にぶつかり、そしてボールをリングに通した。残り時間僅か5秒足らず。

1点差までこぎつけ、会場全体が地響きのように沸き上がった。


「日向先輩…っ!!」


ろくにもう我慢なんてできてなかったけど拭っても拭っても涙が止まらなくて嫌になる。まだフリースローが残ってるのに。



選手が配置され日向先輩がボールを構える。選手達も達もシュートする日向先輩を固唾を飲んで見守った。フリースローは1回だけ。これを外して誠凛ボールのままシュートを決める。

構える木吉先輩の膝を見て唇を噛み締めた。どうか、と組んだ指に力を込める。
日向先輩が放ったボールがリングにぶつかりそのまま外に零れ落ちる。そのボールを手にしようとゴール下にいた選手達が一斉に跳び上がった。

お願いします!と息を止め、指が白くなるくらい組んだ手に力を込めれば、ボールを最初に手にしたのは、掴み取ったのは木吉先輩だった。痛む膝をものともしない木吉先輩に達は一斉に声を上げた。

攻める誠凛と最大警戒されたディフェンスで洛山が立ちはだかる。誰が来る?誰がシュートする?そんな視線の錯そうが見てとれるようだった。そして木吉先輩が動き、思ってもみない場所にパスを送る。

誰もいないその場所で受け取れる人なんていない。

何も知らなければそんなことを思うだろう。

けれど、ここには、誠凛には、彼がいる。


シュートを構える黒子君に赤司君が素早く反応し跳んだ。


「テツヤ君!!」


選手の隙間から見えた彼の顔は一瞬笑ったように見えた。そしてボールを高く解き放つ。
そのボールは赤司君の手の上を優に超えて、そのボールを待っていたといわんばかりに跳んだ火神が手にし、リングに叩きつけた。

その瞬間、審判のホイッスルが鳴り響いた。



「試合終了!!……最強の王を討ったのは創部僅か2年の奇跡の新星・誠凛高校!!ウインターカップ優勝!!!」

『おおぉおおおおおっ』

『やったぁあーー!!!』



告げられる結果を聞く前に小金井先輩達が走っていく。も遅れて選手達の元へと走った。雄叫びを上げた先輩達が火神に向かって駆け出し抱き合い喜びを分かち合った。

木吉先輩に抱き上げられるリコ先輩を見ていれば、もみくちゃにされ、座り込んでいた火神がこちらに振り返り立ち上がる。
伸ばされた手に応えればリコ先輩と同じように抱え上げられぐるりと振り回された。


「勝ったぞ!」
「っうん!」

いきなりのことでちょっと面食らったけど満面の笑みの火神にも笑って彼をきつく抱きしめる。
火神の足元に来た黒子君に気がつき下ろしてもらったは手を広げ自ら彼に抱き着いた。


「日本一だよ!テツヤ君!」
「はい!」


やったね!と笑えば黒子君の顔がまた涙に濡れで、でも心の底から嬉しそうに笑ってを抱きしめ返した。
良かった。良かったね。頑張ったね。そう気持ちを込めてきつく黒子君を抱きしめた。



近づく気配を感じ顔をあげれば、赤司君がこちらに歩み寄ってきっては黒子君からやんわり離れた。

改めて赤司君の顔を見れば、憑き物が落ちたような、初めて見るような顔で微笑み手を差し出す。少し泣きそうな目尻にそんな顔もできるんだと少しドキリとした。


「お前達の勝ちだ。おめでとう」


態度は威風堂々そのものだった。負けても洛山は、赤司君は、強いのだと再認識する。


「そして覚悟しておけ。次こそ勝つのは"俺達"だ」
「はい。またやりましょう。次も、その次も、何度でも」


そして赤司君の言葉を受けて黒子君も手を差し出し握手する。その光景を見ていたらまた涙腺が刺激されて涙が零れる。


初めて聞かされた時はなんて無謀な話だと思った。そんなの無理だって。だって黒子君が目指す先にはこんなにも強い人達がたくさんいたんだもの。

でも彼は諦めなかった。絶対に叶うわけじゃないと、もしかしたら本人も少しは思っていたかもしれないけど、黒子君は見事にやってのけてしまった。


振り返る黒子君と目が合う。嬉しそうに微笑む顔はいつも見てきたもののはずなのに、どこか大人っぽくて頼もしくてとても格好良かった。




2019/09/12