Sonatine - 02


「冷えてきたし帰ろうか」と優しく諭すさんに黒子は力なく同意で返しとぼとぼと歩き出す。
失恋ってこんなにも辛いものなのか、と、目の前が真っ暗になるような、今にも泣きそうな気分だった。

胸の苦しさに押し潰されそうな、その重さに比例する足どりで歩いているといつの間にか最寄りの駅に辿り着き、隣を歩いていたさんが「テツヤ君は反対方面だよね?」と気遣うように微笑み「また部活でね」と手を振った。

本当は送りたいのだけどこの状態で彼女を送ることはどうしてもできそうになくてうな垂れるように「…はい」と答えた。
こんなことなら『ボクがさんを送りますから』と火神君に見栄を張らなければよかった。

夜道なのにさんを1人で帰らせるなんて。そう思うのに彼女について行く勇気が出てこなかった。


「…気を付けて帰ってくださいね」
「テツヤ君もね。あと、頑張ってね」

力なく返す黒子に微笑んださんだったがやっぱり引きつった笑みを浮かべていた。「鉄は熱いうちに打てっていうし」という彼女に、黒子はそこでやっとなんとなく何かが食い違っているような気がした。


「あの、さん。何を頑張るのでしょうか…?」
「え?」


ウインターカップは既に終わったし、一世一代の告白もさっき終了してしまった。だからもう他に頑張ることなんてないのに、何を頑張れというのだろうか。

訝しがる黒子にさんは引きつった笑顔を固まらせると目を右往左往させ、いい難そうに「そこまでいわせるのか…」とぽつりと呟き視線を落とした。



「もも…じゃなかった。さつきさんに告るんでしょ?きっと大丈夫だから!頑張れ!」
「……………は?」

ガックリと肩を落としたさんが深呼吸をして顔を上げると青白い顔で笑顔を作り親指を立てるものだから、こっちが固まってしまった。
何を頑張るって?桃井さんに告白?誰が?ボクが??そこで本当にやっとさんが勘違いしてることに気がついた。


「あれ?テツヤ君?」


無言でつかつかと彼女に歩み寄るとそのまま手を取った黒子は、ホームに続くエスカレーターを横切り近くにあったコインロッカーの近くにある掲示板の前にさんを立たせ、壁と己の手で彼女を閉じ込めた。

「…え?!あの、て、テツヤ君!あの、人が、通っ」
「関係ありません。というか、どうせボクのことなんて見えてませんよ」

俗にいう『壁ドン』になっている光景にさんは青白かった顔を赤くし、慌てた表情で黒子の後ろを見て視線を彷徨わせていたが名前を呼ぶとビクッと肩が揺れこちらを見やった。


さんがどうしてそんな勘違いをしているかはわかりませんが……ボクは桃井さんに告白する気もその予定もありません」
「へ?」
「ボクが好きなのは、告白したいと思ったのは、さんだけです」


ひとつひとつ区切るように丁寧に言葉にして伝える。
黒子が言いきったところで駅の情報アナウンスが入ってしまい、決まりが悪かったがさんにはちゃんと伝わったようで、さっきよりも赤い顔で驚き目を見開いている。



さんが好きです」


アナウンスが終わったことを確認して再度しっかりと言葉にするとさんの赤い部分が耳や首にまで範囲を広げ、目尻には涙が滲んだ。

まるで泣いてしまいそうな潤んだ瞳に少し動揺したが、するりと腕を伝い彼女の手をやんわり握ればビクッと肩を揺らし顔を逸らした。


「て、てっきり、桃井さんが好きなのかと、思ってた…」
「何故、そう思ったんですか?」

本当に何故そう思ったのか不思議で聞いてみると、紫原君と久しぶりに再会したストリートバスケットの大会の日、青峰君とケンカをした桃井さんを黒子が送った時にそう思ったのだと教えてくれた。

確かあの日さんと会えたのは丁度桃井さんと別れた直後で、今思い返しても胸が締め付けられるようなさんの表情が過ぎり黒子は顔色を悪くした。

あの時はさんに絶縁されるんじゃないかと不安で仕方ない日を過ごしていたのだ。


でもそれが切欠でさんに勘違いさせていたなんて思いもしなかった。
よもやまさか、ここまで何も伝わってなかったなんて思いもしなかった。


「あの、さん。流石にボクも仲がいいからといって誰彼構わず抱きしめたりしませんよ」
「え、あ、うん。そう、だよね…」
「それに、好きじゃなかったらキスもしません」
「……」

さんの口がきゅっと硬く結ばれる。顔はもうこれ以上赤くなれないくらい染まっていて、涙目の彼女を見ると苛めてるような気さえしてきた。

けれど、ここでちゃんと伝えなければきっと後悔する、そう思い黒子は更に畳み掛けるようにさんに顔を近づけ彼女の赤い耳に口を寄せた。



さんだから抱きしめたいと思ったし、キスしたいと思ったんです」



近づいたせいか息がかかってしまったのか、さんの肩が跳ねる。彼女は着ているダッフルコートの留め具を握り表情を固くしたがゆっくりと頷いた。

ぎゅっと留め具を握りしめ細い指が真っ白になっていたが、拒絶することも逃げようともせず黒子の包囲網の中で大人しくしてる様は、ちゃんと黒子の気持ちを受け入れようとしてくれてるみたいで少しホッとして、嬉しかった。

そしてさっきまで消沈していた気持ちがゆっくりと頭をもたげた。
どうしよう。さんが物凄く可愛い。と、今の状況には不適切な言葉が脳裏を過り、黒子はハッとした気持ちで頭を振った。


「…これをいうとボクはとても小さな人間だと露呈してしまうので、できれば言いたくないんですが……本当は、桃井さんが青峰君と同じ高校を選んだことを知った時、内心ショックだったんです」
「……」
「青峰君は桃井さんと幼なじみで、能力を燻らせるにはとても勿体ない人だと、だから引き留める為に桃井さんが彼の後を追いかけたと、頭ではわかっているんです。
ですがボクのことを好きだといいながら、"あの場に居合わせていながら"、キセキの世代である青峰君について行ったことは、あの時のボクにとってかなりショックでした」


せめてキセキの世代の誰とも違う学校を選んでいたら黒子の気持ちももしかしたら変化していたのかもしれないが、変な話、青峰君と優劣をつけられ、負けてしまったように感じてしまった。
だから桃井さんを昔の仲間以上に見ることができなくなったのだろう。


黒子の話に呼応するように顔を上げたさんと目が合い、少し恥ずかしくて視線を逸らしたい気持ちになったが構わず口を開いた。



「一緒の高校になったからといって関係が変わるかはわかりませんが、それでもあの時"ボクを支えてくれる誰か"がいてほしいと願ったのは確かです」
「……」
さんはその願いをいとも簡単に叶えてしまったんです」

どこでもいいと口ではいっていたけど、さんが進路を迷っていたのは知っていた。

黒子の誘いは指標のひとつだったけど選択はいくらでもあった。それを切り捨て誠凛を選んでくれたということは、それだけ黒子のことを想っているのだと、黒子を選んでくれたということで。
だから必要以上にさんの近くにいたいと思ってしまった。


嗚呼、なんだ。ボクは恋を知る前から恋をしていたんじゃないか。


「だから、というと安易かもしれませんが…本当はもっとたくさん、惹かれたところがあるんですが、今はちょっと言葉にできそうにないので」

潤んだ瞳に見つめられ、心臓が煩いほど痛く早い。緊張して今にも声が上擦ってしまいそうだった。

こんなにも頭が回らなくなるなんて、格好悪いにも程があるなと反省していると、手を握り返されドキリと心臓が跳ねた。じわりと熱を帯びる手に反応して黒子の顔にも熱が移った。


さんを好きだという気持ちを、この気持ちだけは知ってほしいんです」


真っ直ぐ見つめる潤んだ瞳に自分が見えて、なんとも情けない顔だと思った。情けなくて格好悪い自分に直視できなくて瞬きをしてさんを見つめると彼女も何度か瞬きをして空気を噛む仕草をした。



「わ、たしも、テツヤ君のことが、好きです」


今にも泣きそうに微笑むさんに自分も泣いてしまいそうなくらい目が潤んだ。嗚呼、嗚呼、どうしようもないくらい感情が溢れて仕方がない。

口許が緩み自然と顔を綻ばせた黒子はさんの手をしっかり握ると彼女の額に己の額を擦り合わせた。


「夢みたいです…」
「だね」
「凄く、凄く嬉しいです」
「私も、」

嬉し過ぎて腰が抜けそう、と笑うさんに黒子は小さく吹き出すと掴んでいた手を彼女の背に回しきつく抱きしめた。


凄く、幸せだ。

そう呟けば「膝が笑うから耳元でいうのはやめて」とクスクスと笑ったさんが黒子の背に手を回し、優しく抱き返してくれたのだった。




2019/09/14
Happily Ever After!