花見会 - 1


『毎年3〜4月辺りに内々でお茶会と花見を催すんだが、その会にを呼びたいと父がいいだしてね』
『決勝戦を見たらしいんだ。が誠凛にいることも話してあるから余計に"赤司"を倒した人間が気になって仕方ないんだろう。とはいっても、挨拶くらいで特に何もないと思うから気軽にご家族と一緒に花見に来ればいい』

黒子君の誕生会が行われた日、赤司君から可愛らしくて高そうな封筒を手渡された。その封筒の中身は本当に赤司家主催の花見のお誘いで家族全員ドン引きしたのはいうまでもない。



某日某所。桜も見頃になった都内のとあるホテルに来たは、ホテルの規模と豪華さもさることながら庭園の壮大さに開いた口が閉じれなかった。
元々は財閥当主の別邸だったらしい。それがホテルになった経緯をさらっと読んだが既に頭から抜け落ちた。

小高い丘の上には五重塔ならぬ三重塔があったり、階段を下っていくと小川らしきものもある。桜だけでも圧巻だというのに夏はホタル観賞もできるらしい。


都会の鬱蒼とした排気ガスや鋭い日差しを浄化してくれる程の木々が生い茂ってる様は林というより森の中だ。
都心にこんな緑豊かなところがあったのか、と驚愕していると教会が見え、その後ろに滝が見えた。滝まであるとか都内でもこんな場所はそうないだろう。

マイナスイオン満載だな、と感嘆の息を漏らしただったが今はホテル内の1室のトイレに篭っていた。


時間は数十分程遡る。


最後まで怖気づいていた父親を連れて家族揃って花見に出向いたのだがその途中では両親とはぐれてしまったのだ。
別にはぐれたところで携帯もお金もあるから問題はなかったのだけど見知らぬ場所に見知らぬ大人達。そんな中で社交デビューというのはとてもハードルが高くは緊張のあまり具合を悪くしてしまった。

赤司君のお父さんという最大のミッションを終えたはとりあえず隅の方で休んでいたのだが、吐き気は増すばかりでトイレに行かなくては、とホテルを彷徨っていたところで赤司君と遭遇。

平常のなら絶対そんなことを選んだりしなかったが、緊急を要していたその時は赤司君を引き留めトイレの場所を必死の形相で聞いたのはいうまでもない。



トイレの水を流したは溜息を吐き顔をあげた。この部屋は薄い板を隔てたバスルームと一体型の部屋だ。照明がキラキラしてるが品がよくバスタブもお湯の出口がなんだか豪華だ。
シャワー室は別にあってガラス張り。埋め込み式のテレビもあるがそれが嫌味に見えない程この空間の色味と光源が清潔感を保ち豪華さを引き立てていた。

その煌びやかな部屋では1人、罪悪感に苛まれていた。こんなところに入って嘔吐とか罰当たりもいいところだ。

トイレを出て洗面所で手を洗っていると後ろにも鏡があり振り返る。後ろにも同じ形の洗面所があり、視線を逸らした。
場違いな場所にいる自分が居た堪れなくて素早くうがいしハンドタオルで手と口を拭いてバスルームを出た。


ウォークインクローゼットを横ぎりリビングに入ると赤司君がソファから立ち上がりをふかふかの長ソファに誘ってくれた。

想像よりも沈むクッションに自然と背凭れにもたれ掛かるとスポーツドリンクと白湯、どっちがいい?と聞かれ白湯を選んだ。そしたら赤司君が鉄瓶から湯飲みに白湯を注いでくれに手渡した。


「あ、ありがとう…」
「俺もこのくらいならできるさ」

お湯を沸かすのもボタンを押せばいいし、お茶を飲むにしてもティーバックがあるからな、と丁寧に教えてくれの目が泳ぐ。こっそり『赤司君でも給仕できるんだ…』なんて思ってたのがバレていたらしい。
居心地悪く肩を竦め小さくなったは大人しく白湯をすすった。熱くて軽く火傷した。

赤司君はというと暇つぶしにつけていたらしいテレビを消し、2杯目のお茶を注ぎ、カップを持ったままの隣に座った。



「大丈夫か?」
「うん。多分…ありがとう赤司君」

お陰で助かりました。と力なく笑うとカップをガラステーブルに置いた赤司君が困ったように微笑み、「まだ顔色がよくないな」との顔を覗き込んだ。

「それを飲んだら少しベッドで横になるといい」
「え、でも…」
「ここは花見の為に借りた部屋だ。他の人間が入ってくることもない」

気兼ねせずゆっくり休むといい、といわれたけどこの部屋に圧倒されて気を抜くなんて無理だよ赤司君。トイレすら落ち着かなかったのにこのソファといい、部屋の感じといい、緊張しかないんですが。


雰囲気が良すぎても緊張するものなのか…と思いつつ白湯を飲みきってしまったは赤司君に促されるままベッドルームに入りキングサイズのベッドで横になることとなった。
靴を脱ぎ端の方で横たわると赤司君がカーテンを閉めようか?と申し出てくれたが大丈夫といって断った。


「なら、起きれるようになったらここから桜を見るといい」

間近に見る桜には負けるがここから愛でるのもなかなかだよ、と教えてくれる赤司君に礼を言うと、何故か彼もが寝転がっているベッドに横たわった。

「俺も少し休ませてもらってもいいか?」
「い、いいけど…赤司君も具合、悪いの?」

そんな素振り一切なかったから驚いた顔で彼を見れば「今日は始発の新幹線で来たんだ」と教えてくれた。



連日の練習と生徒会の仕事で忙しいらしい。それでちょっとだけ疲れているのだという。
春休みだというのに既に学校の仕事をしているのか。リコ先輩と一緒…というか中学の時と一緒じゃないか?と思った。

きっと3年生になったら生徒会長になってるんだろうな、と安易に考えているとベッドに身体を沈ませた赤司君がふぅ、と息を吐いた。


目を閉じた赤司君の顔にはあまり疲れは見えない。でも1人の方が休めるのでは?と場所を移動しようと身を起こしたところで赤司君に引き留められた。

の方が具合が悪いんだ。気を遣わなくていい」
「でも、少しゆっくりした方が」
「ゆっくりはさせてもらってるよ。それとも隣にいるのは邪魔かい?」

ベッドルームとリビングに間仕切りはないけど気配はそれなりに遠のくからそっちの方がいいのでは?と思ったが赤司君はこのままでいいという。逆に彼が移動しそうになったのでそれはいいです、と引き留めた。

引き留めた後にしまった、とも思ったけど。


キングサイズのベッドとはいえ、赤司君と横並びに寝転がってるのってかなり違和感がある。

男の子と並んで寝転がるなんて小学校以来だぞ、と再び天井を見上げると少しお腹が冷えた気がして布団を捲り中に潜った。
寝ないように気を付けないと、と考えつつ、チラリと隣を盗み見れば目を閉じた赤司君の横顔が見えた。



「赤司君。話しかけても大丈夫?」
「ああ、」

寝ないようにするには話しかけるのが1番だよね?なんて思ったまでは良かったけど、脳裏に浮かんだ話題は正直雑談に相応しくないように思えた。
いやでも、赤司君と雑談、なんて他に思いつかないしなぁ。そう考え、は小さく深呼吸をした。


「いいたくなかったら、答えなくていいんだけど、ね………えと、"もう1人の赤司君"て、今どうなってるの?」

目を閉じていたけどちゃんと反応してくれた赤司君に前置きをしてなんとなく、ずっと気になっていたことを聞いてみた。かなりナイーブな話なのはも一応理解している。
恐らくが聞いてはいけない手の話なのだとも思ってる。けれど先日赤司君の両親の話を聞いてしまったのだ。


多分、赤司君に近い人達なら滅多に話題には出さない、ないし出せないものだけど達のような程よい遠さの親戚はゴシップ程度に話が出てくるもので、それを聞いて「ああ、そうなのか」というのと「だったら仕方ないのかも?」なんてわかったような気になって話を飲み込んでしまった。

それにウインターカップ決勝戦が終わった時にはもう『別の赤司君』だったのだ。

ただの興味本位なのは否めないけど開幕式や試合で会っていた赤司君が今どうしてるかは純粋に気になっていた。


「…語源化するには少し難しいな。近くで見ている気配がする時もあれば、いないと思う時もある」
「そうなんだ」
「ふとした瞬間に入れ替わっていることも、"もう1人に喋らされてる"こともあったな…だから"彼"がどうしているかは明確には断言できない」

淡々と話してくれる赤司君には自分で聞いておきながら内心驚いた。てっきりはぐらかされるか適当に返されるのだと思っていたからだ。



それだけ赤司君の中の話だから余計にこの話題を出してしまったことを少し後悔した。
疲れているのに気分を害してないといいな、とまたチラリと赤司君を見ると今度は目を開けて天井を見上げていた。

「いるかいないか、といわれれば"いる"ことはわかっているけどね」
「今は入れ替わったりしてないの?」
「ウインターカップ以降、"彼"は大人しいよ。たまに視線を感じることはあるが…ああ、特に今日の花見が最たるものだったかな」
「今日?」


そうなの?と目を瞬かせれば父親と会うのは新年の挨拶以来らしい。それが少し、もしかしたらかなり、赤司君を緊張させているようだった。

肉親に会うのに緊張するとか血が繋がってるのにとても変な気がしたけど赤司君の家事情もある。
本を読むと父親と息子って何かしらの因縁があったりするから、そういうよくわからない張り合いみたいなものがあるのかも?なんて考え天井を見上げた。


「多分、"彼"は俺を監視しているんだろう。全てをちゃんとこなしているかどうか、父に失望されないようにね」
「……」
「フッ…余計なことまで喋り過ぎたな」

今日は随分と口が軽い、と自嘲する赤司君には身体を少し傾けると、手が届くところまで身体をずらしそっと彼の二の腕を撫でた。

「きっと疲れてるからだよ」
「……」
「疲れてるから、寝言みたいに喋っちゃったんだよ」

上手いことが思いつかず適当な言葉を紡げば、赤司君は目を丸くして、それからクスリと笑った。



「寝言か」
「うん。ベッドに寝転がってるし」

赤司君が寝言を言う人には見えないけど、ものは言いようだ。
寝言だから何をいっても大丈夫。誰にも喋りません、と約束すれば赤司君は小さく微笑み天井を見上げた。




2019/09/29
2020/10/01 加筆修正
イメージは文京区にある椿がつくホテル。
庭園は一般公開もされてるそうです。