花見会 - 2


暫し無言の時間にまどろみ、布団の中にある身体も温かくなってきて瞼が重くなったところで声をかけられた。

、」
「ぅん?」
「少し、甘えてもいいか?」

彼の言葉に「いいよ」なんて返したけど、言葉をちゃんと理解したのは大分後だったのはいうまでもない。


呼ばれるまま身体を横向きにすると赤司君も身体をずらしの顎の下にすっぽりと頭を入れた。

そこで赤司君のいう『甘える』が分かった気がした。確かにこれは普段の赤司君なら選択しないことだろう。
見つけてしまった彼の旋毛に面食らったがそれだけ疲れてるのかな、なんて完璧にはまだはっきりしていない頭で考え、彼の赤い髪を撫でた。

黒子君の髪と似てる気がしたけど赤司君の方がネコっ毛かもしれない。ツヤツヤだな、とぼんやり撫でていると赤司君が噴出し目を瞬かせた。


「やはり、落ち着かないな。"もう1人の俺"かわからないがざわついた気分になる」
「あ、ごめんなさい」

少し身体をずらして覗き込むように伺えば赤司君はくつくつと笑って「いや、このままでいい」といって布団越しにの背に手を回し引き寄せた。

「誰かにこうやって自分のことを話して甘えるなんてこと、久しくなかったからな…頭が追いついていないんだろう」
「…それって、本当は嫌だって思ってるんじゃないの?」
「そうでもないさ。母がいた頃は難なくできていた」

彼女がいなくなって出来ていたことすら忘れてしまう程年月が経ってしまっただけだ。そういって赤司君が沈黙した。



これじゃゆっくりできないんじゃないか?とも思ったけど、お母さんがいない赤司君にとっては誰かと寄り添うことは願ってもなかなかできないのかもしれない。

落ち着かないというけどくっついてくる赤司君に、は布団から両腕を引き抜くと彼の頭を引き寄せ抱きしめた。


「赤司君は頑張ってるよ。たくさん頑張ってる」
「……」
「今の赤司君も、もう1人の赤司君もどっちも偉いよ……よく頑張ったね」

お父さんでも、他の誰かでもお母さんの代わりにはなれないけど、抱きしめることと何かしらの声をかけることはできる。

ほんの一瞬、赤司君が怖がりながらも縋りつく小さな子供のように見えてしまったは、労うように慰めるように彼の頭を優しく撫でた。
腕の中の赤司君は小さく笑ったがそれきり何も言わず身動きもしなかった。


ちょっと幼稚な言葉だったかな、なんて思っていたは、嫌がられなかったことに少しホッとして息を吐くと温かさと枕の柔らかさに引き寄せられるように目を閉じたのだった。



*



「ぅわ、」
ポケットに入れっぱなしだった携帯が震え、その振動で起きたはそれを引き抜き携帯を開けウッと顔をしかめた。

眩しい、と思い周りを伺えば窓の外は夕暮れになっていてぎょっとした。結構な時間寝ていたらしい。
部屋も電気をつけていないから大分暗くなっていて少し怖い気がした。電気電気…と身を起こせば、傍らにいる赤司君が身じろぐ。


「……何時だ?」

顔が影になっていて表情がよく見えないが少し掠れた声には携帯を見せると「寝ていたのか…」とが思っていたことを復唱していた。

「身体が怠いな…」
「いつも寝ない時間に寝ると逆に疲れることあるよね…」

ぼそりと聞こえた声に苦笑で返すと赤司君がサイドテーブルにあったスイッチを押してくれ、部屋が明るくなった。
明るくなったついでに赤司君を伺えば初めて見るような寝ぼけた顔で目をシバシバさせていてちょっと可愛かった。


交代で洗面所と用を済ませ、が親との電話を終わらせると背中が温かくなりドキリと肩が跳ねた。

「体調、少しは良くなったか?」
「あ、はい…大分、良くなりました…」

覚醒したにも関らわず背中にくっついてきた赤司君は下腹の辺りに手を置き、その体温がとても温かかった。温かいのと耳元にかかる声と息にの体温が何度か上がる。

そういえばさっき抱きしめられた時も腰に手を置かれてた気がする。もしかしなくてもが生理だから余計に具合が悪くなったってこと、わかってて気遣ってくれたのかな。

そう考えたら急に恥ずかしくなって萎むような声で返してしまった。



「あの、桜、ほとんど見えなくなっちゃったね…」

丁度見えた窓の外の風景…というか殆ど夜景になってしまったことを話題にすれば「そうだな」と同意しながらも「足場は少し悪くなるけど夜桜も堪能できるよ」と教えてくれた。

「ご両親はなんて?」
「薄情なことにデートを楽しんでるみたいで、適当に帰って来いっていわれました」

娘そっちのけでデートとかどういう神経してるんだろう、と不満そうに口を尖らせれば耳元でフッと笑う声が聞こえた。


「ならこっちも好きに過ごして帰ればいい」
「そうだね」
「差し当たって、丁度目の前に桜もあるし花見の続きをしていこうか」
「うん……て、赤司君は?」

耳が少しムズムズするのを我慢して少しだけ視線をずらすと「今日は家に帰ることになってるけど、それ以外は特に予定はないよ」と返された。マジですか。赤司君お暇ですか。

「ああ、桜を見たら夕食も一緒に食べようか」
「へ?い、いや、そこまでは悪ぃ…っ」

寝起きのせいなのか先刻までとは比べられないくらいグイグイ来る赤司君に俄かに戸惑っていると、窓が視界に入り固まった。


待って私、こんなにも赤司君とくっついていたの…!?密着した背中のことはわかっていたけどそれを鏡代わりになった窓ガラスを見て閉口した。
後ろから包み込まれるように抱きしめられてる様になにこれ、恋人同士?と思ってしまったのはいうまでもない。



「帰りは家の車で送るよ」と柔らかく微笑む赤司君を見て、たまらず視線を逸らした。

心臓が、痛い。なにこれ。赤司君ってこんな顔で笑う人だったっけ?私、まだ夢の中にいるんじゃないの??これ本当に現実??と困惑していると「?」と耳元で囁かれ、肩が大いに跳ねた。

「え、あ、いや!えと、あの…っ私はその、1人でも大じょ」


「それとも、"僕"とここで一夜を共に過ごすかい?」


1人で大丈夫です、といおうとしたら、被せる形で赤司君が意味深で含みのある言い方での耳元で囁き咆哮させた。
電気が走ったかのようなぞわぞわとした感覚に声を失うと「"僕"はそれでも構わないが""はどうしたい?」と吐息と一緒に声が鼓膜を揺らし、また肩が跳ねた。


「い、行きます!花見!ご、ご飯もた、食べるから…!」


だから、耳元で喋るのやめてください、と涙目で懇願すると赤司君は窓ガラスに映ったを見て面白そうに微笑んだ。

「決まりだな」と上機嫌に微笑んだ赤司君はの背中から離れるとカードキーを持ち、の手を握った。


黒子君とよく手を繋ぐから特に疑問は浮かばなかったが、むしろ抱きしめられるよりは十分マシに思えて見逃したけど、これは後日思い返し首を捻ることになる。



「…赤司君。さっき、もう1人の赤司君じゃなかった?」

部屋を出ても手を繋いだまま彼の横顔を見やれば、赤司君は笑みを作って「さあ、どうかな」とはぐらかした。

赤司君と話していたけど、少しだけ有無を言わせない言葉に感じて、それがもう1人の赤司君を彷彿とさせたのだ。あれがもし『一緒に夜を明かそうか』といわれたら確実に『はい』と肯定で返していた気がする。

一緒に夜を明かしたからといって何もあるはずないけど、同じ部屋で、同じベッドで一夜を過ごした、という言葉の威力は果てしなく大きい。

「(転寝とはいえ、既に同じベッドで寝てたんだけどね、私…)」

思い返すだけで顔が熱くなるな、と空いた手で顔を覆っているとエレベーター前で立ち止まった赤司君が振り返った。


「まだ顔が赤いな…もう少し部屋で休んだ方が良かったか?」
「う、ううん!大丈夫!気にしないで…それよりも、赤司君こそ少しは疲れとれた?」

寝過ぎて疲れたっていってたけど、と取り繕うと彼は頷き「大分楽になったよ」と返してくれた。

「その件はに礼をいわなくてはな」
「え?」
「あの時が俺を捕まえなかったら花見もできないまま挨拶回りで1日が終わっていたよ」

『花見会』だというのに花見もできないなんて本末転倒だな、と肩を竦める赤司君にも庭園にいた大人達を思い出しカラ笑いを浮かべた。確かに花見っていう雰囲気はあまりなかったかもしれない。



「私も赤司君がいなかったらどうなってたことか…今日は本当にありがとう」
「フッ…お互い様、ということか」
「そうみたいだね」

お呼ばれした時は途方に暮れたけど来て良かったよ、と微笑めば赤司君もつられるように笑ってそれから繋いだ手を持ち上げた。


その流れるような自然の動きをぼんやり見ていると、赤司君は笑みを作ったままの指先に唇を寄せそっと口づけた。


それとほぼ同時に点滅していたランプのエレベーターが開き、赤司君の視線がそちらに動く。
はというと赤い顔のまま赤司君を見つめ、手を引かれるまま2人一緒にエレベーターの中へと足を踏み入れたのだった。




2019/09/29
2020/10/01 加筆修正
実際はあまりコロコロ入れ替わらないかもしれませんが僕司回収したく。