残痕 - 1
2年目のインターハイが終わった誠凛は東京に戻り通常の練習をこなしていた。リコ先輩達と夏休みの合宿を見直し少し遅くなったは2号を涼める宿直室に預け部室に戻った。
インターハイの疲れもあり部活は早々に切り上げられていて、最後まで一緒だったリコ先輩も2号にご飯をあげる辺りで別れている。
その為本日が鍵当番になったのだが荷物を取りに戻った部室にまだ人の気配があり、内心緊張して中を覗き込んだ。
真ん中にあるベンチに座る人影にドキッとしたが西日の光に目を凝らすと火神の背中だった。彼は制服に着替えたままじっとベンチに座っている。その丸めた背に黒子君の言葉が脳裏に蘇った。
『少し、火神君を見ておいてください』
と、お願いされたのはインターハイから帰った直後だった。
みんな敗退にショックで他に構う余裕なんてなかったけどそれを踏まえても火神の雰囲気がただならないと思ったらしい。
去年は青峰にコテンパンにやられてしまって余裕の文字すらなかったけど、黒子君は人間観察を怠らない人だ。その黒子君が心配になる程度には火神の雰囲気はよろしくないのだろう。
去年の火神もこんな感じだった気もする、と思いつつは部室に入るのをやめ、火神が視界に入らない近くの壁に寄りかかりながらしゃがみこんだ。
どのくらい時間が経っただろうか。空は日も落ちて夜になってるからそれなり、なのだろうけど、やっと腰を上げた音が聞こえゆっくりとした足取りがこっちに向かってくる。
その音に少し違和感を感じたけどぬっと現れた巨体に視線が囚われた。座り込んでいるせいで余計に大きく見えて怖いな、と思ったのは内緒だ。
頭を下げてドアを潜る火神に羨ましいような恐ろしいような気分で眺めているとがいる方とは逆の、昇降口がある方へと歩いていく。
彼の背をぼんやり眺めただったが、キリのいいところで立ち上がり声をかけずに部室に入ろうとした。
「ん?…うおあ!……え?か?」
座り込んでいたから視界に入らないのはわかっていたし、話しかけてほしくなさそうなのも背中を見て思っていたから極力音を立てずに部室に入ろうとしたのだけど、バレてしまったらしい。
ただ、部室も廊下も電気をつけてなくて外からの淡い光しかなかったから火神でも見極められなかったみたいだ。
やっぱり黒子君みたいにはいかないか、と思いつつ足を止めたは顔だけ火神に向けた。
「うん。お疲れ様」
「お疲れ…え、おい」
淡々と挨拶し部室に入っていくを火神は少し慌てた素振りで戻ってきて部室を覗き込んだ。
「お前、もしかして待ってたのか?」
「待ってたっていうか、鍵当番だったから」
鞄を持って戻ってくると火神は少しバツが悪い顔で下を向いてるのが暗がりで見えた。証拠の鍵を見せれば更に火神の雰囲気が落ち込んだ気がして短く息を吐く。
「別に火神君を待ってたわけじゃないよ。私も少し疲れてただけ」
床とか柱とかコンクリートって結構冷たくて気持ちいいんだよ、と適当なことを返して鍵穴に鍵を刺し込むと「悪ぃ」と間をあけて言い難そうに火神が謝った。
「だから大丈夫だって」
「いや、そっちじゃなくて、部室のテーピング使いきっちまったからよ」
「え、」
テーピングと聞いての顔色がサッと悪くなる。このインターハイで火神が怪我をした記憶はない。リコ先輩も気づいてなかったはず。
どこなの?と聞けば膝だといわれ益々顔色が悪くなった。
「予備あるから大丈夫だよ。その予備も使った?」
「いや、使ってねぇ。予備あるならもう少し使いてーんだけどいいか?」
「いいけど、病院に行った方がいいやつ?」
「大丈夫だと思う。成長痛だから」
「成長、つ…」
キミ、まだ成長してるのか。まさかの、とドン引きした顔で鍵を開けると電気をつけ中へと足を踏み入れた。
「予備そっちに仕舞ってたのか」という声を聞きながら新しいテーピングを出し、ベンチに座る火神に手渡した。スラックスをたくし上げ膝周りの足りない箇所を補強する火神をなんとなくぼんやり見つめた。
「成長痛か…。歩く音に違和感あったからてっきり怪我したのかと思ったよ」
「……」
「……」
「……」
「え、ちょっと待って。怪我してるの?」
電気をつけたお陰でバツの悪い顔がこれまたよく見えてしまい、は焦った。やめてよ。私リコ先輩じゃないからどこケガしてるとかどこまで悪いとか見分けらんないんだから。
素直に吐け、とテーピングした膝を鷲掴みにすると火神の顔がいいづらそうに顔を逸らした。
「さっき、足捻った…」
「まさかの、」
足捻るとか油断しまくりじゃないか。いや、インターハイの後だしボロボロだし注意散漫になってもおかしくないけど、あの火神が足捻るとか明日は雨かもしれない。
「どっちの足?」
「あー左」
上履き脱ぎなさい、とリコ先輩張りに命令し床に膝をつくと火神が別に捻っただけだし、という顔をしたのでまた膝を鷲掴みした。
「大丈夫だよ。テーピングの仕方はしっかりリコ先輩から習ったから」
変な巻き方して悪化させたりしないから安心しなさい、と睨みつけると諦めたように息を吐き上履きと靴下を脱いだ。
テーピングを伸ばしたは学校から火神の家までを考えつつ固定する。
この時期だからどれだけ短い距離でも汗かくし移動手段は公共しかないから大変だと思うけど捻挫はクセになりやすいし、注意散漫ならちょっと余計なくらいが本人も気にして歩くだろうと構わず巻き付けた。
「そこまでしなくてもよくね?」という火神に「家まではこれで帰ること」と返してテーピングを救急箱に仕舞った。
救急箱を定位置に仕舞い、振り返ると膝と足首を確認してる火神が目に入る。表情はそうでもないけど目尻が少し赤いのが見えてしまって顔をなるべく見ないようにしていた。
多分去年に比べたら今年はまだマシな負け方だったと思う。でも、負けは負けなので悔しい気持ちは一緒なのだろう。
それに火神は木吉先輩が抜けて正真正銘のエースになった。その重責が彼を責め立てたのかもしれない。
エースの苦しみはエースにしかわからない。
助言は日向先輩や黒子君達がいってくれてると思うけど、それでも抱えた苦しみを昇華するには本人の気持ちと時間が必要なように思えた。
「(私の場合は、言葉の責任を負いたくなくていえないだけなんだろうけど)」
膝を擦る火神に近づけば彼の顔がに向く。やっぱり目尻が少し赤い。
「もう片方は痛みないの?」
「ああ。こっちだけ」
「まだ成長してるとか、羨ましい気もするけど大変そうだね」
「大変だよ。地味にイテーしな」
最初の成長痛の方がクソ痛くて死ぬかと思ったけど、とうんざりした顔でうな垂れる火神にいきなりこの身長で産まれるわけがないのだからそりゃ痛みも人より倍感じてるか、と理解しての顔も痛そうに歪んだ。
「あ?なんだよ…」
「慰めてる」
よく頑張ったね、と火神の頭を撫でていれば彼はムッとした顔で「ヤメロ」と軽くの手を払った。払われた手は宙に浮かせたままは少し驚いた顔で彼を見つめた。
「なんだよ」
「…なんでもないよ。成長痛って撫でると痛み引くっていうけど自分よりも人に撫でてもらう方が楽にならない?」
「は?…いらねーし。別にそこまでの痛みじゃねぇよ」
あら。あらら。思ったよりもイラついてらっしゃる。
声をかけてきたから大丈夫なのかなって思ったけど思い過ごしだったらしい。もしくは火神もコントロールが出来ないくらい参ってるのかな。
「(まあ、参ってない方がおかしいんだけど)」
引き摺るのは良くないけど、それだけ真剣に取り組んでいたのだから感情が揺さぶられるのは当たり前で、感覚がおかしくなるのも仕方ないことで、それをどう処理するかもそれぞれだから見守るしかできないって思ってたけど。
でもそれはある意味逃げてるのかもな、と苛立ちを露わにする火神を見て思った。
「そっか。ごめんね」
それはそれとして、不安定な時にわざわざ彼のプライドを刺激する自分もよっぽどだなと思ったは素直に謝り、浮いたままの手を下ろした。
2019/10/08