EXTRA GAME - 01


2年目のインターハイも終わり衣替えの季節も一応過ぎたとある放課後、体育館では目新しい話題で盛り上がっていた。

アメリカ…いや、世界的に今注目されているストリートバスケットの選手が日本に来たらしい。チーム名はその名も『Jabberwock』。鏡の国のアリスに出てくるモンスターと同じ名だ。

そんないかにも強そうな名前のチームをリコ先輩のお父さんである景虎さんが案内役として出迎えに行ったらしい。
それだけでもなかなかビックリな話だったけど主催の人と知り合いということで明後日あるJabbawock来日イベントのチケットが2枚回ってきたのも驚きだった。
何気にチケットが即完売で入手困難という噂を聞いていたから尚更だ。


。行く?」
「スミマセン。その日景虎さんの事務所に行く予定なので日向先輩に譲ります」
「譲られちゃったよおい!」

興味がないわけではなかったけど2枚しかないし、と思って伊月先輩と目が合った。
お互い頷き合い、リコ先輩の誘いを日向先輩に流し、手を挙げた小金井先輩も伊月先輩が何やら耳打ちして日向先輩にスライドさせた。

ダメ押しで「日向先輩、本場のストバス観たがってたじゃないですか」とにっこり微笑めば「そうなの?」とリコ先輩が日向先輩に向いたので多分決まりだろう。

こっそり伊月先輩と顔を見合せ親指を立てたのはいうまでもない。頑張れ日向先輩!



視線をコートに戻せば休憩中だというのに2年生がこぞって練習している。3年生もボールを持って何やら真剣に話しているから休憩してるのは身体だけだろう。
途方に暮れた顔をしている1年生の夜木悠太君を見て少し苦笑してしまった。運動部初心者じゃそういう顔になるよ。わかるわかる。

「新しい技は順調?」
「どうですかね。まだ試行錯誤、みたいですけど」

隣に来たリコ先輩に肩を竦めると「ウインターカップまでにはなんとかなるかしらね…」と彼女は難しい顔で腕を組んだ。


にとっての2年目のインターハイは通過までで終わってしまった。心残りがないかといえば嘘になるけど誠凛は既にウインターカップに備えて動いている。

リコ先輩達3年生にとっては最後の年だ。インターハイみたいな中途半端な結果で終わらせたくない、ウインターカップは絶対に優勝して先輩達に心置きなく卒業してもらおう、そう2年全員で決めた目標がある。

その為にも今は練習あるのみ、と意気込んでいるのだろう。も負けてられないな、と心密かに思ったのはいうまでもない。


「そういえば練習が休みの日まで悪いわね。またどこか壊れたの?」
「あの古いのじゃなくて、今使ってるノートの調子が悪いみたいで…直せるかは見てみないとわからないんですけど」
「そうなの?古いやつならパパに買い直すようにいうつもりだったけど……無理ならちゃんというのよ。業者呼べばいいだけなんだから」

いくら頼みやすいからってこき使わないでほしいわ、と溜息を吐くリコ先輩に「まあ、機械は得意な方なので」と笑って誤魔化すくらいしか出来なかった。



冬休み前からちょくちょく景虎さんのお世話になるようになったが、2年に進級した辺りでたまたまリコ先輩に聞かれてパソコンの容態を見に行ったことが切欠だった。

正直そこまで詳しいわけじゃないのだけど、景虎さんの事務所の人達はWordとExcel等よく使うものには強いけど内部の方はあまり知らないらしくて容量とかセキュリティ関係をちょこちょこ弄らせてもらっている。

の偏った情報でも役にたっているらしいから、呼び出されればなるべく応じるようにしていたのだけど確かに業者に任せればもっと早く解決するのかもなぁ、とも思った。


「(この知識がバスケにも使えればいいのになぁ)」

元々ゲームが好きだったけど不登校の時期にネットゲームにハマって、ネット環境を整える為にそれなりに勉強したから少しだけ得意になったのはある。
それでぼんやりITかゲーム関係で就職するのもありかなぁ、と考えていたくらいには自覚はあるんだけど、バスケ部のマネージャーとして役に立つことは殆どなくて。

もう少し役に立てる知識とかあれば黒子君達にも貢献できるのになぁ、としみじみ考え溜息を落とした。



練習も終わり、片づけをしながら遠い目をしていると1年生ズが何やら話している姿を見つけ、荷物を持ったついでにそちらに歩み寄った。

「掃除終わったなら帰りなよ〜」
「は、はい!」
「……はい」
「(相変わらず朝日奈君の視線が痛いな…)」

ウインターカップ優勝のお陰で男子バスケ部への申し込みは去年の倍以上の人数が殺到したが、正式に入部したのはたったの2名だった。
見た目気弱そうなのが元パソコン研究会の夜木悠太君で、180センチの高さから妙に威圧的な視線をくれてくるのは目つきの悪い朝日奈大悟君だ。


後者はバスケ経験者で火神に憧れて誠凛に入学を決めたらしい。最初はこの目つきの悪さで火神にケンカを売ってるものだと勘違いされてたけど、話してみると普通に敬語で話せるし敬うこともできる子だった。

入部早々にひと悶着があって少し危ぶまれた部活動だったけど、現在は1年生同士も先輩後輩の関係も良好になった……と思っていた。

「(何かしたつもりないんだけどな…)」
「そ、そうだ!先輩!先輩は知ってますか?」
「何?」
「部室にあるマル秘ノートなんですけど」


パソコンという共通項がある夜木君とはそこそこ話せるが、彼の後ろにいる朝日奈君はなにもいわずじっとを見下ろしてくる。
その視線の強さは陽泉の劉さんを彷彿とさせていてそれなりに緊張する。しかも何考えてるか本当にわからない顔だから余計に怖い。

背がでかい人に慣れたと思ったんだけどな…と思いつつ朝日奈君を視界に入れないように夜木君の方を見やったのだが聞かれた内容に顔が強張った。



去年までは『マル秘』なんて書いてなかったのに。いつの間にかそんな文字が書き足されてしまったあのノートを思い出し、内心冷や汗を流しながら務めて平静を保ちつつ「それがどうかしたの?」と聞いてみた。

「あれ、3冊あるんですけどいくら探しても2冊目だけどこにもないんです」
「へ、へぇ…」
「中身は読めない文字ばっかりで何書いてあるかほとんどわからないんですけど、真ん中だけないのが妙に気になって……先輩はどこにあるか知ってますか?」


何書いてるか読めない文字…といわれ、の近くにいた何人かが噴出していたがそれには構わず、居場所を問われ振り返った。犯人達はまだ練習するつもりのようでボールをバウンドさせている。

「私はわからない、かなぁ。というか、あのノート見ても役に立たないから見なくていいからね?」
「え、あ、はい…」

というか読まないでね?とにっこり微笑むと夜木君は赤い顔のままコクコクと頷いてくれたのでは笑顔を作ったまま踵を返し犯人達の元へと足を進めた。
次に部室の掃除した時はもっと奥底に隠さないと、と心に決めたのはいうまでもない。


「テーツーヤーくーん。またノート持ち帰ったりしてないよね?」
「…さん。顔が怖いです」
「あれ封印しといたんだけど何で探し出すかなぁ?」
「今回はボクじゃないですよ。火神君が持ち出しました」
「なっ!黒子!!余計なこというんじゃねーよ!」
「かーがーみーくーん?どういうことかなぁ?」
「ばっ服引っ張るんじゃねーよ!伸びるだろ!」

最近になってリコ先輩直伝笑ってない笑顔を取得したはその顔で黒子君に迫るとあっさり白状し、逃げようとする火神のTシャツを掴んだ。



捨てるのは絶対ダメだと黒子君にお願いされたから部室に封印することで手を打ったけど、いつでも見ていいよなんてこれっぽっちもいっていない。
むしろ読み返されるのも恥ずかしいのに何で持って行くかな?と火神の服を引っ張ると「ここにはねーよ!部室だよ!」と困った顔で服を反対方向に引っ張った。それ、余計に伸びるけどいいのかな?

狼狽する火神の服から手を離したは「そう、わかった」とムスッとした顔になり背を向けるとまっすぐ体育館のドアへと足を向けた。


「1・2年生限定で部室のロッカー抜き打ちチェックします!見つかりたくないものがある人は早く隠すように!」

はいゴー!と手を叩くとその音で我に返った1年生達…というか夜木君が慌てて走り出し、遅れて朝日奈君、降旗君達も「一応確認しておこうか」といって部室へと緩い速度で走って行った。
あれかな。私リコ先輩みたいに威厳がないから朝日奈君にナメられてるのかな…?今日だって生徒会の仕事でリコ先輩部活早退してるし。先輩とも思われてなかったらどうしよう。

「火神君はダメだからね。ノート隠されたら困るし」
「…わーってるよ」

隣にきた火神をジト目で睨むと、彼は微妙な顔をしたが溜息と一緒に諦めたようでについて行く形で体育館を出た。


「ていうか、なんでまたあのノート見てるのよ」


あのノートで使えそうなものはもうなかったはず、と思って口にしたが「んなことねぇよ」とさもあっさりと返された。

「1周回ってあのありえねーのが面白くなってきたんだよ」
「ふーん。じゃあリコ先輩にお願いして火神君だけ特別メニュー増やしてもらうね」

火神を楽しませるためにあのノート書いてたわけじゃねーぞ?とにっこり微笑めば「マジでカントクに似てきたなお前…」と火神に震えあがられたのはいうまでもない。キミが悪いんでしょおバカガミ君。



*



「いやあ3年もっていわれなくて良かった〜」

セーフセーフ、とさん達がいなくなった体育館で安堵している小金井先輩と主将がコソコソ話しているのを横目で見ていると「黒子は行かなくていいのか?」と土田先輩に聞かれこくりと頷いた。
見られて困るものは入っていないが自分が見ていないところで勝手に私物を開けられるあまりいい気分ではない。

見られるのはさんだから問題はそこまでないのだけど、と思いつつも歩き出すと先輩達がさんの名前を出したので自然と足が止まった。


「そういやマネージャーが1年と仲良くなるにはどうしたらいいかってカントクに相談してなかったか?」
「あー俺んとこにも聞きに来てたな」
「え?ケンカでもしてんの?」

全然見えねーけど、と驚く小金井先輩に伊月先輩は苦笑して「俺もどういうこと?って思ったけど今見てわかったわ」と黒子に視線を送ってきたので目をぱちくりとさせた。


、1年と仲良くなりたくて結構頑張ってるだろ?」
「そうですね。怖がらせないように笑顔や受け答えの本を読んでいたと思います」
「涙ぐましいな…」
「そんなこと勉強しなくても普通にしてれば十分だと思うけどな」
「だよね?」

って普通に愛想いいよ?と首を傾げる先輩達に黒子も同意したが伊月先輩は苦笑したまま「には伝わってないみたいだけどな」と再度こちらに視線を寄越してきた。

が頑張れば頑張る程、1年の奴ら緊張してガチガチになってくぞあれ」
「夜木はともかく朝日奈は睨んでるようにしか見えねぇが…」
「朝日奈は表情黒子並に読めないけど、火神の件を考えるとあながち間違いじゃねーかもよ?」
「…え、じゃあが頑張った分だけ1年がを意識しちゃうってこと?」



小金井先輩がポロリと答えをいうとその場が一瞬静まり返り、「まっさか〜」と一斉に笑い出した。

「クラスにも女子いるのにそんなピンポイントでそんなこと」
「…いや、でも部活のマネージャーってだけで見方少し変わんね?」
「そういや俺、先輩女子マネージャーって憧れだった」
「先輩マネージャーって響きだけでなんか違う感じしてたよな?」

そこまで話して先輩達が一斉に固まった。そしてゆっくりとこっちに振り返る。その同情に似た目で見ないでほしいです。


「いや、まあ、頑張れよ黒子」
「でもにはこれ以上頑張らなくていいって伝えた方がいいかもな」
「……そうですね」

これ以上愛想を振りまいたら本気で堕ちるかもしれない、という言葉に黒子は溜息交じりに頷き先輩達に背を向けた。

中学の頃に比べたら今のさんの表情は十分豊かになっている。それに加えて優しく対応されれば後輩達じゃなくても堕ちかねない、というのはあながち間違いでもないだろう。


さんの良さを知っているのは1人でいいと思っていたんですが…」


それは叶わない願いだとわかっていたけど、思った以上に自分の胸を押し潰すような重みを感じて黒子は部室に向かう廊下の真ん中で溜息と一緒に1人ごちたのだった。




2019/09/29
というわけでエクストラゲーム開始です。notラスト(笑)
新1年生は黒バス小説Replace6を参考にしています。