年が明けて、そろそろ先輩らも卒業やなーと白い息を吐き出しながら歩いていると道を塞ぐように女の子がバッと目の前に現れた。いきなり現れた女の子にかなり驚いたが差し出されたものにもっと驚いた。
「し、白石くん!その、これ受け取ってください!!」
見れば四天宝寺ではない学校の子で赤く染まった頬に寒さのせいだけじゃない、自分への好意が見て取れた。
「うわ!白石なんやそのプレゼントの山!!」
部室になんとか辿り着き、ドアを開けると謙也がぎょっとした顔で覗き込んでくる。両手に抱えたチョコの山を見て「うわ、腹立つわー」と零したが顔はとても羨ましそうだった。
「あらあら蔵リンってば他校生にもモテモテなのねん」
「えっこれ全部他校生からなん?!」
「…まぁな。これでも断ったんやけど」
ハァ、と溜め息を零す俺に今度こそ悔しそうな顔で謙也が舌打ちをしていた。あげれるならくれてやりたいくらいやわ。行く途中途中で待ち伏せとかこっちがビビるっちゅーねん。
「せやからいうたやろ?夏の全国と文化祭で蔵リンの人気は再上昇しとるって」という小春の冷静な見解に白石はまた溜め息を吐いた。
自分の学校はなんとかできても他校までは手が回らんからな。告白も断れそうな子には断ったが強者は押し付けるだけ押し付けてさっさと行ってしまった。
ホワイトデー返せんけどええんやろか。と近くの箱を覗いたらしっかりメールアドレスが書いてあった。ああ、返事せぇってことな。
「蔵リン。今日はこれだけやないで?やっぱり格好ええわって思った女子が今日はぎょーさん向かってくるんやから!」
「え、嘘やろ」
「ホンマやで。いくら小手先で追い払おうと思ても蔵リンの格好良さには微々たるもんなんやから」
多分チョコパーティーが出来る程度には貰えるはずやで、と豪語する小春に白石のテンションはだだ下がりだった。
「…ホンマや」
去年の比ではないが、パーティーが出来る程度には既に埋まっている。これ使いや!と小春から手渡された紙袋は既にいっぱいで何とも言えない気持ちになった。いや、気持ちは嬉しいんやけど。
「白石くん。ええかな?」
ドア口でもじもじと頬を赤く染めてこっちを見てくる女の子に口元を引きつらないように微笑んだ。視界の端にはさんが見えて余計に心が軋む。
ああ、見んといてや。と思いながら教室を出たが出る間際までさんの視線を感じた気がした。
「あの、白石くんのことずっと好きでした!それで、その、これ受け取ってください!!」
「……ありがとうな。けど、受け取れへんねん」
君のことよお知らんし、気持ちに応えられへんねん。だから受け取れない。と返せば案の定これから知っていけばいい、とか友達からで!とかいってくる。そんなん告白前にしてほしい作業や、と思うのは俺だけやろか。
それでも無理だ、と返せば涙目になって白石を睨んでくる。睨まれてもどうしようもないのに。
「何で、ダメなの?私じゃダメなの?」
「自分だけやない。みんなにも同じこというてる」
「でも、おかしいじゃない!白石くん女の子好きじゃないの?!」
好きやけど。なんやそれ、語弊招くで?少しムッとした顔で彼女を見れば「だって…」と食い下がってくる。その姿を見て白石は面倒そうに頭を掻いた。
「…好きな人はおる」
「え?」
「けど、今はテニスしか頭にないし入れたくもないんや」
「……」
「彼女を守って全国行ける程俺器用やないねん」
わかってや、と零せば彼女はブルブルと震え、何粒か涙を零すとチョコの箱を持ったままその場を去っていった。
これでいい。長かった、そう思って踵を返せば予鈴が鳴り響く。やばい、急がないと。
走って教室に戻れば丁度ドア口で健也と鉢合わせた。危うくぶつかるところだったと彼の手元を見ればチョコの箱が握られていて。
「…なんや。自分貰えたんか」
「ふっふっふ!俺だって貰えるんや!」
「…何や。嬉しそうやな。誰から貰たん?」
あと少しで本鈴が鳴るというのに聞いてくれと言わんばかりに立ち止まるので仕方なく胸を張る謙也に振ると「"飴ちゃん"やねん」とにんまり笑った。
「え?…あ、さんか」
「そーや!ええやろ!!」
未だに謙也の"飴ちゃん"という名前が慣れなくて聞き返したが彼は気にした素振りもなく自慢げにチョコを見せびらかした。なんやウザくなってきたな。
「そらよかったな」と背を向ければ「くおらあ忍足ーっサボらんと教室に戻らんかーっ」という先生の声が響き、謙也は慌てて自分の教室へと戻っていった。
「…あれ?さんは?」
「な、白石くんが出て行った後用事あるいうて出て行ってな。暫くしたら帰ってきたんやけど顔真っ青にしててん。だからさっき保健室連れてったとこやで」
「え、」
席に着き、さんがいないことに気づいた白石は、斜め前の席にいる鈴木さんに聞くとそんな言葉が返ってきた。だったら俺が連れて行くのに、と思ったが自分は教室にいなかったのだから無理な話だったな、と自分にツッコミを入れた。
そんなわかりきってることをわざわざつっこんでる自分に何となく気恥ずかしくて額を手で覆った。アカン。さんにめっちゃ会いたくなっとる。
「(さん…具合、大丈夫やろか…そろそろ先生来るから出て行くことも出来んし、これから90分持つやろか…心配やな……なんでもないとええけど………チョコ、俺の分もあったりせんやろか…)」
正直場違いな考えだが思った以上に謙也が持ってたチョコが羨ましかったらしい。さんの心配をしながらそんなことがポロリと浮かんだ。
ここまでチョコが欲しいだなんて生きてきて初めてかもしれない。
そう思えば思うほどさんに会いたくて彼女の顔が見たくてたまらなくて、その気持ちを吐き出すように溜め息を吐いたのだった。
*****
結局、さんが教室に戻ってきた後もまともな会話ができず、部活の時間になってしまった白石は溜め息混じりに体育館の方へと歩いていた。別にさんにチョコを貰いに行くわけじゃない。そこを通らないとテニスコートに行けないからだ。
手にはチョコの袋が握られていて、俺が欲しいのはこのチョコやないんやけどな、と思ってしまう。失礼だとはわかっていたが溜め息が零れた。
「…え、そうなん?」
聞こえてきた声にハッとなり耳をそば立てると聞き覚えのある声が白石の鼓膜を揺らした。悪いと思いつつも壁に張り付き伺ってみればそこにはジャージ姿のさんと鈴木さんがいて、寒そうに手を擦りながら会話をしていた。
「じゃあ、藤田先輩には渡さないでそれを忍足に渡したってこと?」
「う、うん…」
「諦めずに渡せばええのに」
「無理だよ。藤田先輩めっちゃモテるやん」
「そらそうやけど…」
「受け取ってもらえひんのわかってたし、これでよかったんよ」
「…」
藤田、という名前には聞き覚えがあった。男子バスケ部の3年で部長の人だ。どうやらさんは藤田さんにチョコを持ってきたが渡すのを諦めて謙也に渡してしまったらしい。
だったら俺が欲しかったわ、と思ったが虚しいだけなのですぐにその考えを振り払った。
壁から離れると白石は踵を返して元来た道を戻っていく。テニスコートに行く道は他にもある。ただ少し遠回りになるだけで。
「…なんや、ホンマに好きやったんやな」
言葉にして思ってたよりも重症な自分に泣けてきて、白石は溜め息と一緒に肩を落としたのだった。俺の恋愛の道のりも遠いな。
*****
それから寒い冬が終わって春が来て。3年生が卒業し白石も最上級生になった。詰襟を緩め校門をくぐれば大きな白い掲示板の前に人集が出来ている。それを横目に掲示板を見上げればクラス分けされた生徒の名前がずらりと並んでいた。
「おー白石!遅かったな」
「謙也か。クラスどこやったん?」
「2組やで。自分も一緒や」
1年間宜しくな、と笑う謙也に頷いて掲示板を見上げた。横では「小春とユウジが8組で銀が5組やったで。それから小石川が4組やったか?」と謙也が部員のクラスを挙げていく。けれど白石が知りたいのはそこじゃないのだ。
2組の名前を目で追っていくとある場所に辿り着き、白石は自然と拳を作った。
「おはよー」
「あ、"飴ちゃん"!おはよーさん」
振り返れば掲示板で見つけた名前の人物が立っていて、目が合うと白石はにこりと微笑み「おはようさん」と挨拶した。
見慣れたいつもの制服なのになんやふわふわ柔らかいピンクがかった色に見えるわ。頬もピンクやし今日は一段とかわええんとちゃうやろか。あ、髪型も前とは違う感じやな。心機一転といったところやろか。
そんな些細な発見ですら嬉しくて白石はこれ以上顔が崩れないように口元に力を入れた。
「おはよう。白石くんはもうクラス見た?」
「見たで。2組やった。さんらも一緒や」
ひょこひょこと爪先を伸ばして前の人集を掻い潜り掲示板を見ようとする姿を微笑ましく思いながら彼女の問いに答えると、驚いた顔でこっちを見てきた。その隣にいる鈴木さんは「やった!また同じクラスやって!!」と喜んでいる。
「また1年間よろしゅうな」
「う、うん。よろしくね!」
そこら辺の女子だったら1発で落ちてしまいそうな、蕩けるくらいの笑顔で微笑むとさんもそれは嬉しそうに微笑んでくれた。嬉しくて頬を染める彼女の顔を見てああ、やっぱりかわええな、と思う。
相変わらず彼女の恋愛対象に入ってないのだけれど、今年こそは全国優勝したいのだけれど、でも、それでも、どちらも諦めきれなくて。悩みに悩んで俺は決めたんや。欲しいもんは欲しい。だからどっちも手に入れたい。
「ほな行こか」
「うん」
桜が白い雪のように舞う。その花弁がさんの髪について白石は自然な動きでその花弁を手にとった。
「花弁ついてたで」
「あ、うん。ありがとう」
照れたように微笑む顔に自然と口元が緩む。同じ速度で歩くことがこんなにも嬉しいなんて初めて知った。
前の方ではせっかちな謙也が「早よ!早よこいって!」と騒いでいる。「うっさいで、忍足」と睨むさんの顔もスパイスになってええ感じや。そんなことを考える自分はある意味末期かも知れない。
「席、近いとええな」
「!…せやね」
ぽろりとずっと思っていた願望を口にすればさんにしっかり届いていて。しまった、と口を噤んだが彼女は嬉しそうに微笑んだ。
胸いっぱいになった俺はまるで入学式を迎えた1年生の気分やった。ああ、楽しみや。
2013.04.19
ありがとうございました!実はほんのり両片思いでした。