□ 海原祭番外・1 □
幸村のいっていたアクシデントもなんとかクリアして達は最後のチェックにあたっていた。今やってる演劇も後半に入り達も準備も最終段階だ。
「どう?ジャッカル。馬の調子は」
「……何かその日本語おかしくね?」
上半身は人間、下半身は馬、というケンタウルススタイルで立っているジャッカルに声をかければ眉を寄せて文法についてツッコミを入れてきた。いやだって、なんかめちゃくちゃ馴染んでるし。
「馬の部分がジャッカルの一部に見えてきてんだよね」
「やめろよ。俺人間だっつの」
完成まで携わってたせいか妙な愛着まで湧いてしまって、そんな風に見えてしまうから不思議だ。似合う、とても似合う。頑張れよ!と親指を立てれば何とも言えない顔で見返しながらも「ああ」と親指を立ててくれた。
舞台袖に移動し、観客席を覗けばいるいるいる。角度的に1部分しか見えないが立ち見もいるので十分人が入っているのだろう。うわー超満員。
この前で演技するとか目眩がするんだけど。出なくて本当に良かった。
「結構人いるな」
「あ、着替え終わったんだ」
すぐ横から聞こえる声に視線をやれば美人がいて「うおっ」と声を出してしまった。丸井だ。女装してるけど。
を覆うように立って観客席を覗き込む丸井にゆっくりと振り返ればカツラまでしっかりつけた完璧なレディがいて何度も目を瞬かせた。少しガタイがいいくらいで全然女の子に見える。
「カツラ被ったんだ」
「ああ。何か幸村くんがこれつけろっていってよ。スゲー違和感あんだけど」
しかも暑い。と緩く巻かれた赤い髪を重そうに手を添えたが違和感がない。まったくもって。上から下まで見つめて家政部スゲー、幸村スゲー、そして基本スペック高ぇーと感心していると何故か叩かれた。
「なにすんのよ」
「何かムカついたから」
何とも横暴な奴だ。頭を擦り「似合ってるって思ってただけなのに」と口を尖らせれば、丸井も同じような顔をして「嬉しくねぇよぃ」とそっぽを向いた。その横顔も綺麗ですこと。
「あーあ。俺王子の役が良かった」
「何を今更…ていうか、私、真田のドレス姿なんて見たくないよ?」
「……」
「……」
「「ぶっ!」」
練習中に弦一郎が着たドレス姿を思い出しと丸井はお互いの口を塞いでなんとか笑いを堪えた。
あの時は悪ふざけが過ぎた。
幸村が弦一郎に命令して柳生くんのドレスを着せたんだけどこれがまた似合わなかったのだ。しかもドレスぱつんぱつんだったし!着る途中で破れるし!
あの日は腹が崩壊してなかなか帰れなかったなと肩を震わせつつ考えていた。
「ハァ〜…やめろよな。本番中思い出したらどうすんだよぃ」
「そんなこといってると本当に思い出すよ?」
「「……ぶっ!」」
いった傍から思い出し口を塞いだ達はお互いの背中をバシバシと叩いた。セリフにするならテメーのせいだ!そっちが思い出すからでしょ!だろう。
「…ハァ。やっと落ち着いた」
「おぅ。何か吹っ切れたわ」
よし!と気合を入れた丸井を見ると何故か両手を広げてこっちを見ている。「よし来い!」って何で?
「気合い入れ」
「はあ?…んぶ!」
気合い入れ?と首を傾げるといきなり丸井に抱きしめられた。うええ?!と声に出さなかったものの目を白黒とさせ、彷徨う手を上下に動かした。頭の中はわけがわからないままパニックを起こしていて言葉が出ない。ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる腕は全然女っぽくない。当たり前だが。
チラリと視線を上げればグロスを塗った赤くて綺麗な唇が見えて不覚にもドキリとしてしまった。
傍目から見たら女同士で抱き合ってるようにしか見えないんだろうけど相手は男で…いや、何か胸の辺りに膨らみを感じるんですが。あれ、そこまで本格的なの?これじゃ本当に女の子じゃない?
「…胸、何入れてんの?」
「タオル。今ならお前より胸あるかもな」
でーん、と胸を押し出してくる丸井に顔を引きつらせたは「偽物は黙ってろぃ!」と負けじと胸で押し返せば急に美人は黙り込んでしまった。そして何故か「調子に乗んな」と素で返されチョップされた。
「はぁ?なにそれ!」
「本っ当、お前わかってねーな!」
はぁ?!意味わかんない!と怒れば「うるせーよぃ!鈍感女はあっち行け!」と追い出されてしまった。素で嫌な義姉なんですけどあの人。
*****
そろそろ出番なので丸井にいわれるまでもなく、控え室になってる体育館の裏手に戻ると柳生くんが全ての試合が終わった選手のように燃え尽きた格好で椅子に座っていた。
「柳生くんどうしたの?」
「ああさん。その、ですね」
おもむろに顔を上げた柳生くんはぽつりと「この格好、大丈夫なんでしょうか」と呟いた。今更である。
「大丈夫だよ。全然似合ってるし、カツラ被っちゃえば知らない人は違和感なく見れちゃうって」
「そう、ですか。ならいいのですが…」
「あれ?それが心配じゃないの?」
「……皆瀬さんは」
「友美ちゃん?友美ちゃんも似合ってるって言ってたじゃない」
もしかして女装姿を皆瀬さんに見られるのが嫌になったのだろうか。練習中はそれなりに楽しんでるように見えてたんだけど。
「本番になったらきっと私はノリノリで演技してしまうと思うんです……それが皆瀬さんに引かれないか心配で」
「それきっとないから大丈夫」
練習中めちゃくちゃ楽しんで見てたからそれはきっとないだろう。むしろ手を抜いた方が怒られるよ、といえば柳生くんはハッとした顔になって素早く立ち上がった。
「そうですね!何事も真剣に取り組まなくては!!皆瀬さんの為にも!」
「そうそう。頑張ってね」
「はい!ありがとうございます!!さん!」
どうやら気が済んだらしい柳生くんはの手を両手でぎゅっと握り、ブンブンと感謝の言葉と一緒に振って「それでは、アデュー!」と去っていった。どこまで行く気だ。
もうすぐ本番だよー、と去っていく背中に声をかけ奥にいる貴族に声をかけた。
「さな…ぶっ!と柳くん準備はできた?」
「…。今の顔はなんだ」
自分の顔を見るなり吹き出すに弦一郎はこれでもかと眉を寄せた。王子様がそんな顔してたらシンデレラも逃げるっての。
「いやいやいや。くしゃみが出たんだよ」と軽く嘘をつき「真田!」と足を後ろに引いて手を構えた。
「じゃんけんぽん!」
「……ふっ」
「クソ、負けた」
「……何をしているんだ。お前達は」
が構えたと同時に弦一郎も構えて手を出すとがチョキで弦一郎はグーだった。
満面の笑みにコノヤロウ、と睨めば柳が呆れた顔で見ていて。「たまにやっているがなんなんだ?」と聞いてくる。
「気合い入れ、と緊張解し」
「…そうなのか?」
「実感はないが慣れだな」
が構えるとどうしても反応してしまう。という弦一郎にはショックを受けた顔になって「マジかよ!私の愛届いてないの?!」とわざとらしく嘆いた。
すると『愛』という言葉に反応した弦一郎が顔を赤くして「何をいってるんだお前は!」と怒ってステージの方へ行ってしまった。だから照れ隠しで叫ぶなよ。
「あれ?柳くん手の甲赤くなってるよ」
「ああ。さっき擦りむいてな」
珍しいね、とポケットから絆創膏を取り出すと柳の手の甲にぺたりと貼り付けた。本番は手袋つけるからいいよね?と伺えば「ああ」と紳士な貴族が頷いた。
「準備がいいな」
「マネージャーですから」
ニヤリと口元を吊り上げれば、「さっきのジャンケンも実は意味があるのだろう?」と同じように口元を吊り上げた柳が切り返してくる。
「さっすが柳くん。ご名答」
「どうだ?弦一郎の調子は」
「うん、上々だね」
ちゃんと演技できると思うよ。といえば感心したように柳が見てくる。何回もこなす内に把握したのだがジャンケンに勝つ時の弦一郎は調子がいいことが多い。
本番に強いタイプなのでこういう時のジャンケンは勝つ回数が多いのだ。どうでもいい時は9割が勝つ。あいこも多い。そういう時に試合をすると辛勝か最悪負けたりするから多分そうなんだろうなって思って。
「グーの時は大抵緊張してんだけど、あの感じなら大丈夫じゃない?」
「それに、たかがジャンケンでも勝つのと負けるのでは心持ちが違うからな」
その狙いもあったんだろう?とこっちを見てくる柳にさすがだねぇ、と照れ笑いをした。そこまで真剣に考えてたわけじゃないけど柳に褒められると照れくさくなってしまう。
「そういうお前も血が出てるんじゃないか?」
「あ、本当だ。ささくれ捲れちゃってる」
取られた手を見れば人差し指に血が滲んでいていつの間に、と思った。血は固まってるみたいだけど一応絆創膏を貼ってしまおう、とポケットに手を突っ込むとピリっとした刺激に視線を戻した。
「んな…っ!」
「ん?どうした?」
見れば柳がの指先に唇を当てていて固まってしまった。チュッと吸われる音に肩が揺れた。
え、何、この卑猥な光景。しかも舐められてるの自分の指?!と自覚すればするほど顔に熱が溜まっていく。
うおおおっな、舐めないでください!柳さん!!そんな柳は至極冷静に手を差し出し絆創膏を要求してきたのでは彼と自分の指をを見ないように手渡した。
「…消毒のつもりだったのだが、嫌だったか?」
「う、ううん。あ、ありがとう」
これ、誰も見てないよね?私柳ファンに殺されたりしないよね?!キョロキョロと辺りを見回し誰もいないのを確認してホッと息を吐いた。
「…柳くん。こういうこと誰でもしちゃダメだかんね」
「ああ。俺もぐらいにしかこんなことしないだろう」
何でもないフリをしてそれとなく釘を刺してみたが、逆にとんでもない言葉を返されはまた固まってしまった。
それを面白そうに笑う柳が妙に可愛かったけど後からふつふつと怒りが込み上がったのは言うまでもない。怒り、というか羞恥心だが。
長い!一旦切ります!
2013.03.01