□ 海原祭番外・2 □
柳をステージに追いやりジャージを羽織って腕をまくったは軍手を手に取るとキョロキョロとしている皆瀬さんがこちらに寄ってきた。
「あれ?ちゃん顔赤いけど大丈夫?」
「…大丈夫。それより友美ちゃんこそどうしたの?」
「それが、さっきから赤也くん探してるんだけど見つからなくって」
悩ましげに溜め息を吐く皆瀬さんにも溜め息を吐いた。この期の及んであいつはまだ逃げる気か。「丸井くん達も知らないっていうしどこなんだろ」と頬に手をあてた皆瀬さんには軍手をポケットに詰めると「私が探してくるよ」と外に出た。
「柳生くんと仁王くんにも探してもらってるから!」という声に頷きは体育館の裏手にある庭に向かった。こっちは部活や講堂に行く為の道があるが針葉樹もあって昼間でも少し暗い。それなりに大きな立海の敷地にはこういう庭がいくつもあって隠れるには最適な場所なのだ。
「あ、いた」
幸村が怖いから本気では逃げないと思って、近くにいた生徒に聞いてみれば目立つ赤也はあっさり見つかった。の顔を見るなり「げ、」と漏らすワカメにチョップをかませば「何すんスか!」と叫んでくる。
「そろそろ始まるよ。行かないと幸村だけじゃなくてみんなに迷惑かかるっていうか怒られるんだから」
「嫌っス。こんな格好で出たくねぇっス」
奴らに怒られる怖さを十分に知ってるくせに赤也はそっぽを向いて駄々をこねた。時間がないって時に、と呆れたは大きく息を吐くと木の根元にしゃがみこんでる赤也と目が合うように屈んだ。
そういうこという子にはこうだ!
「ぎゃあ!ちょっと何すんスか!!」
「何って抱っこして連れて行こうかと思って…と、よいしょ」
「ぎゃ!何バカなこといってんスか?!つかバカでしょ?!持てるわけねーじゃん!!」
「なにいってんの。私ジローくん連れてきたことあんだよ?赤也くらいどってこないよ」
赤也の方が細身だし何か持てそう、と思ったのだ。脇に手を差し入れ持ち上げようとすれば驚いた赤也が引き剥がそうを手を突っぱねる。何もそんなに嫌がらなくてもいいだろ。いや、ちょっと嫌がらせもあるけど。
赤也からしてみればなんで俺が抱っこされなきゃなんねーんだよ?!とか怒りたい気持ちになったが相手が相手だけに強く突っぱねられなくて、しかも抱っこって抱きつくんだよな、とか思ったらちょっとだけいいかも、と思っていた。
「あ、そうだ」
「………何やってんスか」
抱きかかえるのを一旦やめてぺたりと赤也の胸に手を当てれば微妙な顔をされた。あれ、ない。
「胸入れてないんだ」
「入れるかよ。んなもん」
丸井は入れてたからてっきり入れてるもんだと思ってたのに。そういやカツラもつけてないもんね、とウネった髪を見れば「つーか、触んな」と手を捕まれ胸から遠ざけられた。
「俺、男だし」
「そんなんはわかってるよ」
灰かぶりのシンデレラの格好をしてるが女の子とは思わんよ。そういったら赤也は嫌そうな嬉しそうなそんなまぜこぜな顔をしてを見ると「わかってればいいんス」と呟いた。
「だったらほら行くよ」
「ああもう!抱っことか中学生にすんじゃねーよ!つーかちけーっての!!」
「言うこと聞かないアンタが悪いんでしょ?それとも幸村か真田呼んできてほしいわけ?」
掴まれてた手が緩んだのでそのまま赤也の腰周りに触れればビクッと反応した。ああそういえばこいつくすぐったがりだったっけ。顔を真っ赤にした赤也にちょっとだけ悪いことしたかもと思えば、奴は挑むように前のめりに身体を起こすとの腰に手を回してきた。
「ぎゃあ!な、何?」
「だったら俺が先輩のこと抱っこしてやりますよ!」
「いやいらないし!ていうか逆でしょ?!ちょっ」
「これでいいんスよ!…うわっ暴れないでくださいよ!!」
「いやそっちが離してよ!や!怖っ怖っ!!」
ぐん、と上がった視界に慌てて赤也に抱きつけば「わぶ、む、胸?!」という声が聞こえ「ぎゃあ!」と悲鳴を上げた。
「ちょ!バカ!離してってば!!スケベ!」
「す、スケベじゃねーっス!事故です事故!!ホラ行きますよ!」
「ぎゃあ!やめっ!重いから?!」
「全然!このくらい余裕っスよ」
「下ろして〜!!」
「嫌っス!」
位置的に丁度当たった胸に2人で顔を赤くしたがワカメのホールドは硬かった。
別にそこまで必死になる必要ないのに。そう思うのにシンデレラの格好をした赤也はしっかりとを抱えていて微妙な気分になった。こんなところで力持ちアピールすんなよ。
試しに叩いたり頬を抓ったりしたが効果はなく、悲しいかな、赤也を連れ帰るつもりが周りの目がある中は赤也に抱っこされて体育館に戻る羽目になった。
*****
前のクラスがわらわらと出ていく中、は自分達で使う背景の準備をしていた。最初に使う暖炉はもうステージに出してあって次に使う馬車とお城をチェックしていた。
「お嬢さんお嬢さん。リンゴは如何かえ?」
「うわ。本当におばあちゃんみたい…」
大丈夫そうかな、と点検を終えると後ろで声がかかり振り返った。そこには顔まですっぽり隠れるローブに身を包んだ人がリンゴを差し出していて思わず目を丸くした。
声まで変えるとかさすが詐欺師のすることは並じゃない。
でもちょっと身体大きいよね、といえば丸めた背を少しだけ起こし、「仕方ないじゃろ」と銀色の髪を揺らした。
「ていうか仁王くん。やるのシンデレラだかんね?白雪姫じゃないよ?」
「当たり前じゃ。そこまでボケとらんよ」
これは貢ぎもんじゃ、といって赤いリンゴをかじった。どうやら本物らしい。
「あのさ。これから本番なんだけど」
「どうせ俺の出番は後の方なんじゃ。先に食い終わればいいじゃろ」
「それはそうだけど」
自由だな。呆れた目で仁王を見ていればチラリとこっちに視線をくれてきて「食うか?」とリンゴを見せてきた。だから本番始まるんだっつの。軍手してるけど手も汚れてるしいらない、と断れば何故か仁王が迫って来て思わず身を引いた。
「食いたいんじゃろ?」
「い、いらないって」
「食いたそうな顔しとる」
「してないって」
「本当は食いたいんじゃろ?」
「いや、別に……っておい!」
何顔に押し付けてきてんだよ!!しかもかじった方!!デコボコして地味に痛いんですけど!!
狭い袖裏は演劇の道具で埋められていてすぐ壁に追い詰められてしまう。
ぐりぐりと頬にリンゴを押し付けてくる仁王は魔女みたいな顔つきで笑って「食いたくなってきたじゃろ?」と今度は口にリンゴを押し付けてきた。アンタはドS様か!!
「んんんーっ」
私が何をしたんじゃー!と仁王の腕を叩けば「お前さんこそ本番前に何しでかとんじゃ」と冷たい目と一緒にリンゴを突っ込んでくる。く、苦しい。
「丸井が"に食われるところじゃった"と赤面しとったぞ」
「んんぅ?んんんんん!(はぁあ?知らないよ!!)」
「赤也には担がれてくるし。何遊んどるんじゃ」
「んんんんんっんん!(遊んでないってば!!)」
リンゴを押し付けられたまま、違う!誤解!と目で訴えれば胡散臭そうな目で見られたが口は開放してくれた。結構力任せに押し付けられていたから唇が少し痛い。
「うわ、ベトベト」
「うまいじゃろ」
「美味しいけどさ…」
蜜があるせいか口の周りについた液体が顎にまで伝って軍手で拭った。ぺろりと唇を舐めれば甘い味がして頬が緩む。
「そういえばこっちも綺麗にしてやらんとな」
「へ?あ、おい!」
いいリンゴだな、と彼の手にある食べかけのリンゴを見ていたら顎を捕まれ、視線を戻された。見上げればすぐに近くに仁王の顔があってぎょっと目を見開くと、目を細めた彼はぺろりとの頬を舐めた。
確かに仁王にリンゴ押し付けられて蜜だらけだけど、何も舐めなくたっていいじゃないか?うううわ、わ、何かヤなんだけど。触られるのと何か違うんだけど。ええなにこれ。
濡れた温かい感触にぞわりとして目を閉じたが近くに人の声が聞こえてパチっと開いた。達がいる道具の向こう側で走っていく後輩がチラチラと見える。ヤバイ、と仁王を押しのけようとしたがカクンと膝が抜けてしゃがみこんだ。
「ちょ、仁王、くん。ま、待って!ギブギブ!!」
声をなるべく抑えて仁王を離そうとしたが追いかけるようにしゃがみこんだ仁王はそのままを隠すように覆って頬を舐めてくる。というかいい加減しつこい。そこもう綺麗になってるでしょーよ!!
痛いわけじゃないけど舐められてるところがムズムズして落ち着かない。いつまで舐めるんだよ!絶対味しないだろ!!
口の端を舐められさすがにそこは違うだろ!と思いっきり腕を突っぱねれば笑みを浮かべる仁王と目が合った。やめて、こっち見ないで。
「綺麗になってよかったの」
「……お陰様でね!」
何そのしてやったりなドヤ顔!!こっちはどんだけビビったかわかってんのか?!お前自分のことイケメンってわかってるくせにこういうことすんなよ!心臓いくらあっても足りないじゃないか。さっき1機死んだんだぞ?!こういうの免疫ないってのに、冗談でしてくるとかどんだけだよ!
この詐欺師!!ゼェハァと疲れきった顔で仁王を見やれば、また近くで声がして目の前を素通りしていった後輩にビクッと肩を揺らした。
見つかったらどうしよう、と動揺してるを仁王が笑いやがったので「犬か!」と悔し紛れに睨めば「ワン」とあっさり返された。クソ、ノリいいなもう!
「犬ならもっと舐めていいかの?」
「だ、ダメに決まってんでしょーよ!!つーか本番!始まるし!!」
離れた距離を少し縮め、誘うような目で笑った仁王にはドキリとして慌てて距離を戻した。
ヤダこのエロ詐欺師。獲物狙ってるような目してるんですけど。私獲物じゃないからね?その辺の木か雑草だからね?!
距離を保ったまま頬を軍手で強めに擦れば「あーあ」と仁王が残念そうに見ていてべーっと舌を出した。何かイタズラされてないか後で鏡見とかないとな。
後輩の声がかかったのをきっかけに立ち上がったは仁王を跨いでステージの方に移動しようとしたが足を捕まれつんのめった。
「ん、ひと口やるぜよ」
「………ありがと」
振り返れば目の前に食べかけのリンゴがあり、眉を寄せたが仕方なく口を開けてひと口食べた。口内に広がる甘味にやっぱり美味しいな、と頬を緩ませると嬉しそうに見てる仁王と目があって慌てて逸らした。
「…リンゴ食べたら戻ってきなよ」
「わかっとるよ。魔法使いは美味しいところで登場するもんじゃ」
が食べたところにかじり付きながら仁王は手を振るとステージとは反対の方へと行ってしまった。
時間のことをつっこまれると果てしなく困ります。
2013.03.01