You know what?




□ 海原祭番外・3 □




クソ、ほっぺがじわじわする。強く擦ったんだけどな。痛みよりも根深く残ってる感触に頬を触りながら眉を寄せていると後ろ髪を触られビクッと肩が跳ねた。

「…何だ、幸村か」

仁王かと思った、と言葉にせずに息を吐けば「後ろ、髪グシャグシャだよ?」と言われ慌てて隠した。原因は…さっきだろうな。ちくしょう、仁王め。と思いながら幸村から隠すように彼と向き合えば「気づいてなかったの?」と笑われた。くそう、仁王のせいだ。


「そろそろ始まるかな」
「うん。そろそろだね」

緊張してる?と手櫛で髪を直しながら幸村に聞けば「ちょっとね」と小さく笑った。神の子でも緊張するのか。本当か?と手を合わせてみれば思ったよりも冷たい彼の手にぎょっとした。

「マジで緊張してんだ」
「当たり前だろ。結構人いるし、ナレーションが最初だし」

転んだりしないか心配なんだよ、と普通のことをいってくる幸村に吹き出しそうになったが確かに階段を上る時が1番危ないだろうな、と思った。


「幸村。両手出して」
「?何するの?」

冷えた両手をひとつずつ握ると「はい、次は目を瞑って」と指示した。素直に従う幸村に深呼吸を促す。目を閉じてても綺麗な顔だよな。色も白いし。

「ゆっくり吸って…はい、ゆっくり吐いて。またゆっくり吸って……吸って……吸って」
、」

悪かったって。

ぎゅうっと強めに握られた手にはクスクス笑いながら「ごめんごめん」と謝れば眉間に寄っていた皺が少しだけ取れた。



「ゆっくり呼吸しながら想像してね。ここはテニスコート。これから幸村は試合をするの。相手は…そうだな。跡部さん」
「跡部なの?」
「ん?ダメ?」

チラリと観客席を見た感じと彼の強さとさっきまで顔を合わせていたのもあって思い浮かんだのだけど。
「んーじゃあ、遠山くん」と四天宝寺中の元気な1年の子をいえば幸村がいきなり吹き出して「が言いたいこと、わかった気がする」と目を閉じたまま笑みを作った。


「天気は良好。でも日差しは丁度雲に隠れたところかな。ラケットのガットも張り直したばかり。グリップも手に馴染んでる。サーブは幸村から。構えて相手を見て。周りはすごい観衆だよ。幸村の応援もいっぱい聞こえてる」
「うん」

自分の手の温度が移動したのか幸村の冷たさが少し中和してきた。聞こえてくる観客席はざわざわしているが放送委員がマイクのスイッチを入れた音が聞こえ、そろそろ案内のアナウンスが入るだろう。
もういいかな、と幸村に視線を戻せば目の前に彼のネクタイがあって目を瞬かせた。


「それ、どこで覚えたの?」
「え、マンガ」

メンタルの勉強なんてしてないから適当なんだけど、と笑えば幸村の頬がのこめかみの辺りまで寄っていた。

「それだと。ひとつ忘れてることがあるんだけど」
「何?」
「部員の応援はいないの?」

俺部長なのに。と呟く幸村の顔は見えないが声はさっきよりも近い。拗ねるような声に「ちゃんといるよ」と手をぎゅっと握った。


「なんていってる?」
「うーん。部長頑張れーとか勝ってくださいーとか」

負けるなーとか浮かんだ言葉をいうと幸村が少し顔を動かした。



「…は、いってくれないの?」

もういいのかな?と視線を動かそうとしたら耳元でダイレクトに声が入ってきて思わず肩を揺らした。心臓も跳ねた。なにその寂しそうな声。顔見えないけどそんな風に感じてしまって、何?今どんな顔してんの?と身を引こうとしたら両手を引っ張られ制された。

は応援してくれないんだ」
「そんなこといってないし!」

だからそんな拗ねるような声を耳元でいうな!さっきからぞわぞわして落ち着かないんだから!!やめて!と身を捩れば「いうまで離してやらないよ」と笑う声が聞こえてくる。こ、こいつもからかってるクチか?!タチ悪いな!と睨もうとしたが幸村の首しか見えなかった。


「頑張って」
「ん?何?聞こえない」
「幸村様頑張ってください」
「俺いつからに"様"って呼ばれてたの?」

たまに呼んでますよ、心の中で。
「はい、やり直し」という幸村には溜め息をつくと顔をあげた。


「勝つのはわかってるけど、負けんじゃないよ」


それは応援なのかどうか。可愛げなど何もないセリフだったが幸村はゆっくり目を開けるとにっこり微笑んで「ああ」と応えた。


手はもう冷たくなくなっていた。



「……行かないの?」
「……」

放送部のアナウンスがかかりライトが消灯する。慌てて懐中電灯を幸村に手渡そうとしたが片方だけ繋いだままの手は離れる様子はない。
どうした?と見えづらい闇の中、幸村を伺えば包まれるような暖かさを感じた。



「行ってくる」
「う、うん。いってらっしゃい…」

先程と同じ声の近さとさっきとは違う低く掠れた声には驚いてどもって返してしまった。あれ、もしかして私、抱きしめられた?え?ええ?


暗がりで分からずの手からするりと懐中電灯を抜き取った幸村は足元を照らしステージへと上っていく。その飄々とした姿に呆気にとられた。
ちょっと、何普通に行ってるんだよ!さっきのは何?!説明プリーズ!

動揺した顔で幸村に念を送っていればスポットライトが当てられた幸村がチラリとこっちを向いた。
なにその流し目。嬉しそうにこっち見んな!


幸村に自分の顔は見えてないはずなのに、どうにも目があったように見えての心臓がまた跳ねたのだった。




そして幸村は跡部を見つけて吹き出した(笑)
2013.03.01