You know what?




□ end roll □




学校の桜が満開になったという知らせを受けて、部活の後に花見をしようよ、とテニス部に連絡をすれば出席率100%だった。それにほくそ笑んだは今、1人屋上への階段を上っている。

ギィ、と錆びた音のドアを開けると眩しい日差しがを照らしてくる。広がる青に天気に恵まれて良かったと思った。そう視線を走らせれば手すりに寄りかかる丸くなった背を見つけ溜息を吐いた。


「おいこら仁王!何黄昏てんのさ!後輩の指導しなくていいの?!」
「もう見つかったか。面倒いのぅ」
「面倒いうな。折角赤也達が頑張ってんだから激励くらい行ってあげなよ」
「別に俺が行かんでも他の奴らが頑張っとるじゃろ」

「行きたくない」と標準語でごねてくる仁王に呆れた顔をして「仁王くんには仁王くんにしかできないことあるでしょうが」といってやれば、彼は目を瞬かせむず痒いようにそっぽを向いてしまった。照れたな。


「マネージャーの仕事はええから、お前さんもこっちに来てみんしゃい。ここからの桜、綺麗じゃよ」

手招きする仁王に近づけば校門周りの桜がよく見えた。桜並木、という言葉がしっくりくる桜色に自然と口元が綻ぶ。「綺麗、」と呟けば「そうじゃの」と優しい声が返ってくる。

しばらく眺めているとコンコン、と手摺りを叩く音が聞こえ手元を見れば仁王が片方の手を差し出していて、はふにゃりと照れた笑いを浮かべるとその手を握った。


「なぁ。夜桜も綺麗って知っとるか?」
「うん。テレビでは見たことあるよ」
「生では?」
「…ないね」
「じゃあ散らんうちにデートせんとな」
「デート、ですか」
「デート、ナリよ」
「2人きりで?」
「勿論2人きりで」

ついてくるような無粋な奴はいないぜよ。とニヤリと笑みを浮かべる仁王には照れくさそうに視線を桜に向けると「夜かー」とぼやいた。



「別に遅くならなければいいんじゃろ?」
「んー。でも門限あるからなー」
「なんじゃ。嫌なのか?」
「ううん。行きたい」

弦一郎なら遅くなっても電話1本で済むんだけど。仁王のこと彼氏だってまだ報告してないんだよね。夜遅くなるようなら女友達じゃダメだっていわれるだろうし。男友達だっていったら絶対勘ぐられるし、テニス部の仲間って言ったら弦一郎に連絡行くし。
も手すりに肘をついて、こてん、と仁王に寄りかかりながら、冷やかされるのは目に見えてるけど一応報告しなきゃなぁ、と考えた。


「仁王くんといるといっつも時間忘れて遅くなるよね」
「楽しい時間はあっという間じゃからの」
「私といて楽しい?」
「楽しいのぅ」
「…うわあ。すごい照れるんだけど」
「お前さんが振ったんじゃろが」
「そうでした」

えっへっへ。と変な笑い方で照れると、覗き込んできた仁王が「顔が溶けとる」と笑ったので「嬉しいから仕方ないのですよ」と返してやった。その言葉に仁王も蕩けそうな顔で口元を緩めたが生憎には見えない角度だった。

「遅くなったらちゃーんと送るぜよ」
「うん。…あーでも、暗いところで襲ったりしない?」
「…せんよ」
「本当?」
「本当」
「じゃあ仁王くんが"夜になるとエロい人になって襲ってくる"ってのは嘘なんだ」
「…誰じゃ。そんなくだらんこと教えた奴は」
「忍足くん」
「……(あんのクソ伊達眼鏡…)」


最近、少女漫画が好きらしい、ということが発覚した忍足くんに仁王のことを話したら「奴は狼やから嫌やと思たら全力で嫌がらんとダメやで?いっそグーで殴っても構わん!」と力説された。

そういえば報告第一号は忍足くんだったな。その時のことを思い出しクスクスと笑っていれば「男はみんなエロいもんじゃよ」と不貞腐れた顔で仁王がぼやいた。



「そうなの?」
「そうなんじゃ。いつもはバレないようにひた隠しにしちょるんよ」
「大変だね」
「大変なんじゃよ」

大変という割には何でもないような顔でいるから、それが可笑しくて「さすが詐欺師だね」と褒めたら何とも言えない顔でこっちを見てきた。ん?私変なこといったかな?
そう思いながらも「じゃあ、花見いつにしようか?」と話題を変えると仁王が身じろいだのでは寄せていた身体を起こし彼に向き直った。


「…もっととイチャイチャしてたいんじゃがの」
「ブッ……何言ってんの」

視線を合わせてきたと思ったらそんなことをいうのでボっと頬を染めると仁王はポケットから携帯を取り出し表示画面を見せた。ああ、丸井だ。あまりにも遅いから連絡してきたんだろう。そろそろ休憩かな、と時間を確認して手摺りから離れるとついてくるように仁王も手摺りを手放した。

「出ないの?」
「要件はわかってるからの。出んでもよか」
「出てあげなよ」

後で怒られるのこっちなんだけど、と軽く睨めばにんまり笑った仁王が繋いだ手に指を絡めてきた。明るいところで実際目にすると攻撃力半端ないっスね。顔が熱いです。


と一緒にいるのを邪魔されたくないんでな」
「へーへーそうですか。じゃあ行きますよ」

真っ赤じゃの、とニヤニヤ笑う詐欺師には先を歩きながら顔を見せないようにした。手を繋いでるから距離は離れようがないけどね。
ていうかさっきからって普通呼んでるけどこっちはその度にドキドキしてんだかんね!!何でそんないい慣れた風なの?!その余裕顔めっちゃ腹立つんですけど!!

ぐいぐいと引っ張ってドアまで辿り着いたが、入る手前で仁王がドアに手を付いた。開けさせない気らしい。振り返れば鼻先まで仁王が近づいてきていて思わず身を引けば頭をドアにぶつけてしまった。



「あいて!」
「…ドジじゃの」

ゴン、とぶつかった音に仁王が笑うのでじと目で睨めば当たった頭を撫でられた。こそばゆい。それから頬に降りて髪の毛を耳にかけられた。その掠っていくような指先の動きにぞくりと粟立つ。

「"まさはる"」
「は?」
「雅治。俺の名前じゃ」
「うん。知ってる」
「…折角付き合うとるのにお前さんは仁王仁王と他人行儀で寂しいんじゃ」
「寂しいって…」
「まだ1回もに名前で呼んでもらってないナリ」

なにその可愛いおねだり。思わずキュンとしてしまったじゃないか。


でもそうか。カレカノになってからいってなかったっけ。それで仁王も呼んでくれてたのか。そうわかった途端頬が緩むのがわかる。
「私、彼女なんですね〜」と笑えば「当たり前じゃ」と何故か唇を摘まれた。ヤバイ。超嬉しい。


「"雅治くん"」
「ん、」
「雅治くん!」
「なんじゃ」
「ま・さ・は・る・くーん」
「もういい」

ほんのり赤くなった頬としかめた顔に照れた!と笑えば繋いでいた手を離され、代わりにぎゅうぎゅうと抱きしめられた。顔見られないように、の行動なんだろうけどこういうことされると可愛くて仕方ない。


「…あんまり、からかうと後が怖いぜよ?」
「からかってないよ。私も照れ隠ししてるだけです」


でも呼ばずにいれないのだ。



「大好き」



回されてる腕も、伝わってくる温かさも、彼から発せられる言葉もみんな愛しくて。テンション上がりすぎて気持ち悪いって思われるかもしれないけどそれくらい嬉しいのだ。

全部本当だもん。と抱きしめ返せば息を飲む音が聞こえた。


「…のぅ。このままフケて2人だけで花見せんか?」
「えー?うーん、ダメ」
「…何で?」

今度はの携帯がポケットの中で震えだした。弦一郎かな?幸村と丸井じゃないことを祈ろう。この2人だとマジで後が怖い。

さすがに行かないとヤバイな、と思ったところで仁王の雰囲気が変わったことにようやく気づいた。熱を孕んだような囁く声とさっきよりも如何わしい手つきにあれ?と思う。
何かを刺激するようなぞわぞわする触り方に「何で?」と聞きながらも聞く気がない声色にまさか、と思う。首筋にチュ、と柔らかいものが当てられ、は背に回してた手をパッと離した。顔の温度は今MAXになりました。


「け、携帯が鳴ってるから!い、行かないとマジヤバいと思う!!」
「……」
「ほ、ほら!仁王くん怒られるの嫌じゃん?!それに中学最後だしみんなで楽しもうよ!」
「…名前、」
「あ、はい。それでさ、夜桜を見に行く予定、後で決めよ?」

デート楽しみだな!といえば、のっそりとだが仁王が離れてくれた。よかった。何のスイッチが入ったのかわからなかったけどこれで危機は免れたようだ。
バクバクという心臓を押さえつつ振り返るとすぐドアがあってドアを引いたまでは良かったが距離感が掴めず頭をぶつけてしまった。


「あだ!」
「ぶっ…ドジじゃの」
「…それ2回目…」

くっそ、恥ずかしい。と思いながらドアをくぐると「むぞらしか、」と呟くのが聞こえた。



「にお…じゃなかった。雅治くんその"むぞらしか"ってどういう意味?前にもいってたよね?」
「前?」
「…えーと、ああ、そうそう!跡部さんの別荘に行った時に聞いた気がする」
「おー…そういえば」

そんな気がする。と同じようにドアをくぐった仁王がドアを閉め、思い出してるんだかわからない顔で同意した。忘れてるな。いいけど。

「デコは大丈夫か?」
「うん。石頭だから大丈夫……って!何し」
「ん。少し擦りむいとるからの。消毒」

まあいいや、と階段を下りようとしたら腕を捕まれ果ては額を舐められた。いきなりのことで「ふおおおおっ」と咆吼してしまったじゃないか!ピリっとした感覚と舌の感触がたまらなくゾワゾワして、は未知の状況に身体が固まってしまった。
そんな初々しいを見た仁王は打ち震えると「あーやっぱりダメじゃ」と再びぎゅうっと抱きしめてくる。


のせいでエロい気持ちがはみ出したんじゃが」
「ええ?私のせい?」
「やから、キスしてもええか?」
「え?でも、ひた隠しにしてるんじゃないの?」


隠さなくていいの?と問えば「してたんじゃが、やっぱ無理。キスしたい。つーか、部活なんか放ってとずっとこうしてたい」と暴露するので思わず笑ってしまった。私も、といいたいところだけどそれやったら本当に幸村達に笑顔で殺されかねない。

見つめ合って仁王の手がくすぐるように頬を撫でてくる。互いの鼻先をくっつけてフフ、と笑えば仁王の手が後ろ頭の方に回った。この時間がこそばゆくて恥ずかしいけど嬉しくて好きだ。


「ああ、そうじゃ」
「…ん?何?」
「"むぞらしか"じゃがな、意味は"可愛い"ってことじゃよ」

目を閉じる手前で仁王がそんなことをいうので目を見開いた。可愛い?その言葉に固まっていれば仁王はにんまりと微笑んで「いただきます」と私の口を食べたのだった。


忍足くん、仁王は夜じゃなくても狼だったようです。




お付き合いありがとうございました!!
2013.04.14