The transmitted feeling.




□ 60 □




狭い室内でテレビの映像と流れる歌詞をはぼんやりと見ていた。すぐ近くでは亜子が振り付きで歌を歌っている。といっても聞いてるのは1部で他は話をしたり歌を検索したりしてるようだ。

今日はI組とH組合同に開催されたカラオケ大会の日である。大会というか中学最後の思い出作りなのだが、出席率はそこそこいい感じだ。繰り上がりとはいえまた一緒になるとは限らないとみんなわかってるからだろう。


その中に混じりながら、正直カラオケって気分じゃないんだよな、と思いつつ手元にあるミルクティーをすすった。
卒業式からずっと仁王と話せてないし会えてもいないのだ。わかり易い程に毎晩のようにあった電話もぱったり来なくなったしこっちから連絡してもメールしても返ってきやしない。

唯一顔を合わせられる部活の練習試合もホワイトデーに重なってて行けなかったし。こっちはこっちで赤也とか丸井とか散々文句を言われたけど。
幸村にも『後で覚悟しておきなよ』とどう解釈しても怖い方向にしか思いつかないメールが来たし。なんだか一気にテニス部メンバーとの折り合いが悪くなってしまった。


どんなに会えなくても同じ高校だから近い内に否応なく会えるんだろうけど、正直どんな顔をして会えばいいんだろう。そればかり考えては溜め息を吐いていた。


「さっきからボーッとしてるけど、は入れた?」
「あーうん。入れた入れた」

いちゃいちゃしてる友達カップルを尻目に流れる歌詞をぼんやり目で追っていると隣から声をかけられ適当に相槌をうった。隣に座ってるのは何故かH組の幹事の子で、はじめは同じ幹事のクラスメイトと話していたのだが気づいたら隣に座っていたのだ。

自分のクラスはいいのか?と思ったが時間を追うごとに部屋のメンバーが入れ替わったり立ち代わりしたのでつっこむ気もなくなってしまった。隣のクラスだと何かと合同授業で顔を合わせることが多く見知りもそれなりにいるのだ。
けれど隣にいる彼とはこの前初めて話したのでそこまで仲がいいわけじゃないんだけどな。



の今日の格好、可愛いよな」
「え?あ、ありがとう」

なんの気なしに褒められ、は驚きながらもお礼を言った。反対隣のジャッカルが「ぶっ」と飲み物を吹き出し、周りが慌ててテッシュやらハンカチを出していると「ほらさ。いつもは制服だから私服が新鮮なんだ」と更に話しかけてくる。

そうなのか。確かにそうだよね。うん。と同意しながらもジャッカルにティッシュを渡して自分も飲み物に手をつけると隣の彼の視線が突き刺さるように見てるのを感じた。飲みにくい。


「へぇ。ってそういうの飲むんだ、意外」
「そ、そうなの?じゃあどんなの飲んでそーなの?」
「え?あーアクエリとか」
「スポーツドリンク?それは随分作ったけどあんま飲んでないよ」
「そうなんだ!あ、テニス部のマネージャーだったもんな!が走り回ってたの俺見てたぜ」
「え、そうなの?」

まさか見られてるとは思わず驚けば「俺野球部だし」と笑った。そうなのか。初めて知ったよ。
そんな他愛のない会話をしながらこの人は話すの好きなんだなーと思った。特別面白いってわけじゃないけど話してて苦じゃない。

仁王もこのくらい話してたのになーと思って慌てて打ち消した。くそ。変に頻繁に電話してたせいか前よりも会いたくなってる自分がいる。


「そーいやは高校行ったら部活どーすんの?またテニス部?」
「え、いや…テニス部はもういいかな…」

現在の状況を踏まえてなんだかマネージャーを続けられる気がしなかったは思わずぽつりと呟くと隣のジャッカルが「え?」と小さな声で驚いている。ああしまった。ここにテニス部がいた。

しかし隣にジャッカルがいるのはいい機会じゃないだろうか。ジャッカルなら茶化さず普通に相談に乗ってくれるだろうし。



あいつらテニス部について相談してみようかな、とジャッカルに向こうとしたところで「じゃ、じゃあさ!野球部に来ねぇ?」と隣の子が前のめりに誘ってきた。
その声の大きさに何人か振り返ってこっちを見てくる。ジャッカルもぎょっとした顔でこっちを見てきた。

「俺、ずっとがマネージャーになってくれたらいいなって思ってたんだよ!」
「へ?…あ、そうなんだ」
「高校になったらさ。甲子園もあるし!去年も立海ベスト4になったし!どう?やってみねぇ?」
「え、えー…?」


むしろ運動部のマネージャーが面倒なんですが。キラキラと目を輝かせてる彼は本気で誘ってくれてるんだろう。ていうか、根っからの野球少年って顔つきだ。野球好きなんだねーと思っていれば丁度曲が終わりジャッカルに声をかけられた。

「あっ!!!お前の携帯光ってねぇ?!」
「あ、本当だ。……うげ、ちょっと出てくるね」

指摘された携帯を見ると母親からでしかも着信だった。ええ〜今日遅くなるっていったのに。そう思いながらも人の足を避けながらドアに進み、ジャッカルに「よく見えたねーさすが!」と笑って出て行った。


室内はどこもかしこも音楽が流れていたので、非常階段に出たは何の用だろう、と通話ボタンを押した。ビルの合間にあるこのカラオケボックスは日の入りは悪いがそこそこ静かだ。

手すりに手をかけながら母親の話を聞いて通話を切るとまた着信がありビクッと肩が揺れた。また母親か?と思ったが映し出された名前にぎくりとした。出るべきか否か、迷いに迷ったが切れることのないコール音に諦めて耳に当てた。


「もしもし」
『だーれだ?』
「……?……どちら様ですか?」

あれ?と思って液晶の名前を確認したが表示されてる名前とは繋がらない声だった。あれ?でも待てよ。この声どこかで…。

「もしかして、新島先輩ですか?」
『ピンポーン。正解』



認識してザッと血の気が引いた。なんでこの番号からかけてきてるんだろう。なんで、なんで。何度か口を動かしたが空気が漏れるだけで声にならない。

ちゃんは遠ざけたかったみたいだけど残念だったね。雅治は私のこと好きだから』
「……っ」
『わかってたと思うけど、あなたと会ってない間私と会ってたんだよ?』
「……っ?!」


『…だからもう、邪魔しないでね』


「……」


『……』


「…だ、ダメです」
『……』
「ダメ!それだけはダメなんです」
『…ダメって何が?』
「それ、は…」

静かに聞こえる新島さんの声には息を飲んだ。


「仁王くんは将来有望な選手なんです!だから先輩には渡せません!!」
『でもそれは部活仲間としてでしょ?』
「部活仲間として"も"です!」

自分自身何を言ってるのかよくわからなくなってきたが言いたいことだけはわかってる。



「仁王くんは私の大事な人なんです!だから渡せません!!」



言葉にしてストン、と何かが落ちた。言っちゃった。いうつもりなかったのに。でも何だ、私言えるんじゃん。絶対いえないって勇気出ないって思ってた言葉。


『…息巻くのは勝手だけど、今雅治と一緒にいるのは私なんだけど?』
「……うっ」

私に勝てると思ってるの?と言わんばかりの声には言葉に詰まった。そうだ。この時点での方が不利だ。というかある意味最初からゲームオーバーだ。
新島さんの言葉に悔しくなって鼻がツンと痛くなった。

そこで耳元に聞き慣れた音が聞こえた。学校の鐘の音だ。

電話口から聞こえるなんて結構近い場所なんじゃないだろうか。そう思ったは急いで部屋に戻ると自分の鞄を持って外に出た。後ろで「どうしたの?」と声をかけてくる友達がいたけど適当に返してエレベーターのボタンを押した。



*****



「ハァハァハァ、」

痛む脇腹を押さえては大きく息を吸った。空はもう夕暮れを過ぎて薄暗くなってきている。久しぶりに全力で走ったかも。
顔を上げれば行き慣れた校舎が見えてあと少しだ、と重くなった足を前へと踏み出した。

握り締めた携帯にさすがにもういないかもしれない、と思ったがきっといる、と変な確信があった。角を曲がり校門がある通りに出ると、校門の近くに人がいるのが見えた。
そいつはバス停にある椅子に座ってぼんやり空を仰いでいる。それを見つけたは疲れきってるのも忘れて駆け出した。


「仁王くん!」
「おーお前さんか。どうしたん」
「どうしたじゃないよ!このすっとこどっこい!!」

こちらに気づいたらと思ったら能天気なことをいうので思わず奴にチョップしてしまった。頭に手をやりながら驚き目を見開いてる仁王に「新島先輩は?!携帯は?!」と聞けば帰ったと返された。

それを聞いてへなへなとしゃがみこんだに「大丈夫か?」と仁王が聞いてきたが返す気になれなかった。本っ当、こいつは一体何考えてんだよ、もう。


「……わかった。いないならいいよ」
「待ちんしゃい。来て早々帰るのか?」

帰るわよ!帰りますよ!!どーせアンタは私の苦労も知らないで新島さんと楽しくいちゃいちゃしてたんだろ?!さっきまで一緒だった友達のカップルを思い出し仁王を睨んでやれば珍しく肩を揺らしていた。

「私が用があったの新島先輩だし。仁王くんには用事なんてこれっぽっちもないから。ていうか手を離せ」
「…何をそんなカリカリしとるのかわからんが少しは落ち着きんしゃい。ホレ、飲み物やるから」

差し出されたミルクティーには目を奪われると渋々奴の隣に座った。これを飲んだら帰ろう。うんそうしよう。そう考えてプルタブを開けた。カラカラになった喉がどんどん潤っていく。



「……何をそんな怒ってるんじゃ?」
「仁王くんには関係ない」
「……」
「……」

私は怒ってるんだ。そういう態度で仁王に背を向けミルクティーを飲んでいると無言の視線が背中に突き刺さってきたが、気にせず缶を煽った。


「……そういえば、お前さん行ったのか?」
「?…何の話?」
「さっき図書室に行ったんじゃが、机の下に貼り付けた紙がなくなってたんじゃ」

仁王の言葉に思わずミルクティーを吹き出しそうになった。


「あそこは見つけづらくて掃除もせんところだったから簡単になくなるものじゃなかったんじゃがの」
「…テープで貼りつけたなら粘着なくなったんじゃないの?」
「いいや?2月末に見に行った時にはまだそこに貼ってあったんじゃ。しっかり剥がれんように貼り付けてきたしの。だから誰かが剥がさん限りなくなるようなものじゃなか」
「ふ、ふーん…」

低くなった声には冷や汗を流したが素知らぬフリをした。顔見てなくてよかった。明らかに動揺したは絶対振り向かないぞ、と心に決めて残りのミルクティーを喉に流し込んだ。よし、帰ろう。


「待ちんしゃい。このまま帰すと思っとるんか?」
「お、思ってるよ。私は仁王くんに用なんかないし。ていうか、帰ったなら追いかければ?」

ぐっと掴まれた腕にそこから熱が伝わって来るのを感じながらも新島さんのところに行けば?と吐き捨てた。そんなこと全然思ってなくてちょっと泣きそうになってるけど知ったことじゃない。新島さんを選んだ仁王の顔なんて見たくもない。


「見たんじゃろ」
「見てない」
「見た」
「見てないってば」

そんな不毛な言葉をいいあっているとすぐ横を親子連れが通り居た堪れない気持ちで顔を逸らした。



「つーか、私のことなんてどーでもいいじゃん。さっさと行けば?」

親子連れが去ったのを確認して離せと腕を振ったが仁王の手は緩むどころか強くなる。お前なんか新島さんと仲良く元サヤに戻ってテニス辞めちまえばいいよ。冗談だけど。

「中身読んだんじゃろ?」
「知らないよ」
「だから、わざわざ遠いテニスコートまで来たんじゃろ?」
「違うって」
「俺の気持ちを知ってるから、ここまで来てくれたんじゃろ」
「っ…はあ?ち、違うし!何言ってんの?!」
「でなきゃ、俺が渡したそれで髪を括ったりせんからの」
「……っな、これは別に仁王くんから貰ったやつじゃな」
はあの人に渡したくないくらい、俺のこと好いとるからの」


仁王の言葉を尽く否定したが最後の言葉に言葉が詰まった。普通に聞けばただの冗談だけどさっきの会話を忘れるほど薄い内容じゃなかった。
恐る恐る振り返ればバス停のライトに照らされたヘーゼルの瞳とかち合った。


「…何で、知ってんの?」
「プリ」
「……もしかして、騙した?」

よく考えればあそこまで挑発してきた新島さんがあっさりと帰るなんておかしくないだろうか。もし本当にここにいたならここで仁王と一緒にいるか、一緒に帰ってしまうかしてるはずだ。そう思うのは彼氏がいても仁王のことを手放したくないと知ってるからだ。

それなのに新島さんはいなくて仁王だけがここにいる。そして彼は詐欺師でどうやったかはわからないけど人に化けることもできるのだ。
極めつけに彼の格好を見れば見たことのない、私用のジャージで、背中にはテニスバッグも見えた。

新島さんは最初からここにいなかったんだ。そう思ったら血がワッと頭に登って手を振り上げた。けれど視界に入ったのは仁王の左腕でぎゅっと唇を噛んだはそのまま去ろうと立ち上がった。


「っヤダ!離して!!…ふざけんな!離せバカ!!」

掴まれてた腕を引っ張られたはまた椅子に座らされた。頭にきてこのまま習った護身術で仁王を撃退しようとしたけど押し付けられた胸に抱きしめられた腕に悪態しか出なかった。



「うぅっ…離せってば!離せ!離せバカ仁王!!」
「うん、」
「からかいたいなら他にしてよ!私にすんな!新島先輩に成りすますとかマジ最低っ」
「ん、スマン」
「っ………嫌い、仁王なんか大嫌い!」

「俺はのこと好きじゃよ」


腕を突っぱねもがいてみたが叩いても仁王は離れなかった。そのくせあやすように更に抱きしめてくるから余計に腹が立って、上った血で頭の中が沸騰するように熱かった。

「何考えてんの?!…私、心配して…仁王くんが、テニスできない…とか、嫌だから…なのに…バカ、バカ仁王…っ」

高ぶった感情にボロりと溢れる。嗚咽混じりの声に仁王の腕がぎゅっと強まった。


「騙してたことは謝る。じゃが、どうしても知りたかったんじゃ。お前さんの気持ちがどこに向いてるのか、お前さんの好きな奴が誰なのか」
「……」
「ここにいるのはマネージャーとしてなのか、それとも」


そこまでいって仁王が口を噤んだ。すぐ近くでバスの音がする。バスのドアの開閉音を聞き去っていくまで仁王に抱きしめられたままは何でこんなとこでこんな話をしてるんだろうって思った。


「…あの紙、見たんじゃな?」

もう少し場所を考えればよかった。と内心後悔してると仁王の声がすぐ近くに聞こえた。その問いに少し迷ったが頷くとホッと息を吐く音が聞こえた。

「答えを、聞いてもいいか?」
「え?」
「あれは2枚を合わせて1つの問題なんじゃよ」

髪を梳き耳にかけた手で仁王がの方を押した。互いの顔が見える位置まで離れるとライトに照らされた仁王の顔がよく見えた。
今迄にないくらい真剣な表情にドキリと心臓が跳ねる。いつも見る余裕そうな表情は欠片もなくて、切羽詰まってるような緊張してるような彼にも自然と拳に力が入った。



制服のポケットに入れっぱなしの紙を合わせても問いかける文章じゃない。むしろ仁王がいつも寄越してくる他愛のないメールとそっくりだ。

自由気ままで、全然マメじゃないし、平気で騙すし、女癖悪いし、顔くらいしか本気でいいとこないんじゃないかって思うこともあるけど、テニスをしてる姿は格好いいし、優しいとこもあって、こうやって不安げに自分を伺ってる顔とか結構人間らしいとこあって、それが可愛く思えるから。
仁王に可愛いとかどうだろ、と思いながら彼と目を合わせた。


「…私も、"スキ"だよ」


半分に切られてた文字を合わせればなんてことはなかった。"スキ"という言葉はあまりにも単純で、はじめはあの仁王が?と思ってしまったけど、後からじわじわと身体に染み込んでいって。嬉し過ぎていてもたってもいられなくなってしまった。

電車を降りる頃には叫びだしたい衝動に駆られて駆け出したくらいには感情が高ぶっていて。テニスをしてる姿に胸が高鳴ってずっと心臓は忙しなかった。


再び彼の胸の中に落ちれば暑いくらいの体温が伝わってきた。仁王も同じ気持ちだったんだね。



、好いとうよ」



もたらされた声と一緒に腕の力が強くなる。少し苦しいかも、と思ったがそれすらも心地よくても手を回すと暑いくらいの背中を抱きしめた。





2013.04.14