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咲けと念をかけたが五分咲きにも満たなかった桜を見ながら卒業式が行われた。その式も無事終わり、それぞれ思い思いに学校を後にする中、名残惜しむように残る生徒達の中にの姿もあった。
「うわ、目が真っ赤」
「…お前、こういうの弱かったんだな」
「よ、弱いよ」
手鏡で自分の顔を確認してるを眺めながら隣に座るジャッカルは「だってお前、全国の時泣いてなかったよな?」とつっこんできたので思わず、うっと顔をしかめた。それを出されると辛いです。桑原さん。
「か、隠れて泣いてたんだよ」
「…まぁ、そうだよな」
自分でふっといて気まずくなったのかジャッカルは後ろ頭を掻くと「そういやって結局どうすんだ?」と話を変えてきた。何をどうするって?と問えば「マネージャー」と端的に返ってくる。
「あー…」
「続けんのか?つーか、ブン太の奴は続けさせる気満々だったけどな」
「幸村達3強もね。真田なんか両親まで抱え込もうとしてるからシャレになんないんだよ」
「……真田ってそんな策略家だったか?」
「間違いなくあと2人の入れ知恵だね」
弦一郎がそんな姑息な手段を使うわけがない。そう断言すればジャッカルも同意してくれた。
教室は名残を惜しんで残ってる者か、待ち合わせで居座ってる者しかいない。もジャッカルも後者で呼び出しされてる丸井を待っていた。その後はどこかに寄って何か食べようぜ、と言われているので既にお腹はペコペコである。
「誘ってくれるのは嬉しいんだけど話を聞くとなー。男なんでしょ?高校のマネージャー」
「らしいな。俺はまだ見てねーけど」
「せめて友美ちゃんがいてくれたらいいのに」
「…お前何気に自分の仕事減らそうとしてるだろ」
「ち、違うよ!女1人は寂しいからいっただけだって!失礼な!」
「ふーん。ならいいけどよ。でも、お前でも寂しいとか思うのな」
「ジャッカルくん。君さっきからひどくない?言葉にトゲがあるよ?」
「別にそんなんじゃねぇって。ただ、平部員の中で馴染んでたからそんなの気にしねーのかなって思ってたからよ」
「気にするよ。どう考えたってマネジやったらファンの恨みの的でしょ?味方はいてほしいじゃない」
「…そういうと思ったよ。お前はそういう奴だもんな」
「えっなにそれ!」
呆れた目で見てくるジャッカルに進言しても言い訳みたいに思われて全然信用してくれなかった。中学最後に酷くない?
「先輩!よかった、まだいた!!」
「赤也?」
振り返りドア口を見やると息を切らした赤也がいてこの後打ち上げしないか?と誘ってきた。既に丸井達は部室にいるらしく達は「あいつは、」と苦い顔をして見合わせた後、席を立った。
「あ、とそれから先輩。話、あるんですけど」
「ん?何?」
「えと、ここじゃちょっと」
「あーじゃ、俺先行くわ」
友達に声をかけ、教室を出ると赤也が言いにくそうに立ち止まったので振り返った。珍しくもじもじしてるワカメを眺めていると何かを察したような顔をしたジャッカルが慌てたように達から離れていった。
トイレだろうか?と首を傾げただったが歩き出した赤也についていくと特別校舎に向かう渡り廊下付近で立ち止まった。この辺は昇降口も遠いし教室からも見えにくい。唯一、部活に行く子達がよく使う通路だったが卒業式の日に通るのは稀だろう。
「話って何?」
「あ、えと…その」
口篭る赤也はしきりに「その、あの」を繰り返しては視線を泳がせていた。
言いにくいことなのか5分待っても何も言わず、もしかしてスカートが捲れてるとか?と危惧して手で直してみたがそうではないらしい。まさか鼻毛出てるとか化粧が崩れてるとか考えてしまったがさっき鏡で確認した時は目が赤いくらいで大丈夫だった。はず。だったらなんだろう。
まじまじと赤也を見つめていると、ようやく腹を括ったのか赤也が視線を上げ、まっすぐを見てきた。
「先輩!俺、先輩のこと」
「あ、いたいた!ちゃん!!」
後ろからかかった声に振り返れば随分前に帰ったはずのクラスメイトがそこにいて「校門でちゃん待ってる人達がいるの!」と手を引っ張ってくる。
しかし、亜子達は部活か親と一緒に帰ってしまっていたし、の親も早々に帰っていた為首を傾げた。唯一待ってるテニス部は部室のはずである。
「早く早く!」と赤い顔で急かしてくるクラスメイトには迷って赤也を見たが彼は何も言わずこっちを見てくるので「後で行くから」と友達に言ってみたが「ダメ!今じゃないと校門が人集で帰れなくなっちゃう!」と強引に引っ張り赤也から引き離した。
「ご、ごめん赤也!すぐ戻るから!!」
何か言いたげな顔に平謝りをすると「ジミー先輩のバーカ!」と不貞腐れた声が背中に飛んできた。心が痛い。
後でちゃんと謝らなきゃな、とクラスメイトと走りながら昇降口を抜けると確かに校門辺りで人集が見える。きゃあきゃあと騒ぐ立海の女子生徒にはなんとなく嫌な予感がした。まさかな、と思いつつ人を掻き分けていくクラスメイトの後を追うと視界に見覚えのある顔がそこにあって固まった。
「つ、連れてきました!!」
「おぉ、ありがとさん」
「い、いえ!!」
「。いつまで学校に貼り付いてんだよ。待ちくたびれたぜ」
…クラスメイトは買収されたのか。
エロボイスの眼鏡くんにお礼を言われふにゃふにゃになってるクラスメイトを尻目に一際目立つ2人に近づけば周りから、『あんた誰?』『あの人達とどういう関係?』『ブス消えろ』という声なき視線が突き刺さってくる。だから嫌なんですよ、この2人。というか氷帝レギュラー!!
「…わざわざ東京からお越しいただいてなんですけど、何しに来たんですか?…って!忍足くん何?!デジカメ?!」
周りを伺う限り跡部さんと忍足くんしかいない。よりにもよってこの2人が何しに来たんだと警戒すればなんでか写真を撮られた。
せめて了解くらいとってくださいよ!と訴えればご満悦な忍足くんが「ちゃん泣いてもうたんやな〜目元真っ赤やわ」と微笑ましい顔でこっちを見てくる。ゾワゾワするのでやめてほしい。
「何しに来たっての卒業を祝いに来てやったんだ。有り難く思いな」
「ええ?ええええ?!」
アーン?といつもドヤ顔の跡部さんにはこれでもかと声をあげた。
卒業祝い?!私同級生にそんなことされたの初めてなんですけど!!
「という訳で俺からはこれが卒業祝いや」
「え?」
「こっちが俺からだ」
「えええ?」
ついていけないに忍足くんと跡部さんは勝手に高そうな袋と豪華な封筒を寄越してきた。外野も興味津々で見てきたがそれ以上にが困惑していた。「中を開けてみな」というので、とりあえず跡部さんから貰った封筒を開けると1枚のカードが入っていた。
「入…館証?……ぶっ!これ、氷帝のじゃないですか!!」
「ああ。中等部限定だけどな。それでいつでも出入りできるぜ」
「はぁ?ちょ!何考えてるんですか?!」
「何って、いつでも遊びにおいで、ていうことやで?」
「いやいやいや………うわ。忍足くんこれマジヤバイでしょ!!」
まさか、と思って高そうな袋の中を見てみれば、よくお見かけしてた氷帝のエンブレムと跡部さん達の着ている制服そっくりな色と柄がお目見えして目眩がした。これで潜入しろと?中学生で?
どっからこんなの手に入れてきたんですか!…はい、跡部さんは察しがつくのでいいです。忍足くんあなたこれ犯罪でしょ?!どっから持ってきちゃったの!買った?みんなで出資して?お金の使い方間違ってるでしょ?!
「だってなー。ちゃんここんとこ全然遊んでくれへんやん。でもそれあったらいつでも会いに来れるやろ?」
「あーおんなじことジローくんに言われました」
気を使ってか面倒なだけなのか、押しかけられることは今のところないけど寂しいようなメールはちょこちょこ貰ってるから余計に身につまされる。特にジローくんは寝言で『に会いて〜』といっていたのを亜子伝に聞いていたから余計に良心が痛んだ。
「…でもさすがに貰えませんよ。私、他校だし勝手に入って何か問題起こしたら困るの跡部さん達なんですよ?」
「…返すっていうのか?」
「来てもらっといてなんですけど…はい、」
貰っておくことはできるし、そうした方が円満だと思うけどこういうのをぽいぽい渡しちゃダメだと思うんだよね。悪用されても知りませんよ!と2人を叱るように見れば跡部さんと忍足くんは互いの顔を見合わせ「ぶはっ」と吹き出した。
「やっぱちゃんええわ〜」
「は?何の話ですか?」
「いやいや、こっちの話や」
「はあ、」
「そういうお前だから渡したんだよ。素直に貰っておけ」
「え?い、いやでも、」
「ホンマちゃんは真面目やな〜。そこがええんやけど。他の子やったら喜んでもろてくれるんやけどホンマにちゃんはいらんの?」
「気持ちは嬉しいんですけど、でもここまでしなくても呼んでくれたら会いに行きますよ」
「呼ばんと来てくれんの?」
「……呼ばなくても、遊びに行きます……私も、みんなと遊びたいし」
「っちゃん!」
「…ちょ!忍足くん?何抱きつい…ぎゃあああっ」
怒られるのかと思いきや何でか忍足くんに抱きしめられ頬ずりされた。周りでは悲鳴が上がったのが聞こえた。悪夢だ。
「忍足。他所に来てまでセクハラしてんじゃねーよ」
「セクハラじゃありませーんー。愛情表現や」
「お前がそう思っててもが嫌がれば立派な犯罪なんだよ!」
頭を掴まれぐいっと忍足くんの頬ずりから離れたかと思うと今度は肩を引っ張られたたらを踏んだ。そしてそのまま跡部さんの胸に落ち後ろから抱きしめられまた悲鳴が起きた。泣きそうだ。
卒業式だから良かったものの…いや立海は繰り上がりが多いから悪い予感しか感じれない。
「本当、困ります!この人集でみんな帰れないし、見世物になってるし、迷惑かけてるし」
「…確かにこの視線はうぜーな。テメーら!用がないならさっさと帰れ!!」
「ぎゃあああっ跡部さーんーっ?!!!!」
何言っちゃってるんですかアンター!!
しかも忍足くんアンタまで「邪魔やからさっさと帰ってや」とか笑顔で追い払わないの!!アンタらが部外者ですから!!顔を真っ青にしてあわあわしていれば「…何やってるの?」と静かな、でも底冷えするような冷たい声が聞こえてきた。ああ、とうとう来てしまったか。
「キエエエエッ!!跡部!!お、おおおおお前に、なななななんという破廉恥なことをしているぅぅうううう?!」
「アーン?真田。お前ハグも知らねーのか?」
「そういう問題じゃないと思うけど。ていうか真田、煩い」
誰も声をかけてないのに、人が勝手に割れて道ができるとその間を立海男子テニス部の元レギュラー達がぞろぞろとこちらに歩み寄ってくる。
その中でも目敏くと跡部さんを見つけてきた弦一郎が顔を真っ赤にして吠えたが跡部さんには軽く鼻であしらわれてしまった。情けないぞ、弦一郎。そういう私も逃げれてないけど。
がっちりホールドしてくる腕に「跡部さん…」とじと目で見れば彼は楽しそうにニヤリと笑った。
「うちのマネージャーを苛めないでほしいね」
「苛めてねーよ。スキンシップの一環だ」
「そ、それが、すすすスキンシップだとおおお?!」
「真田煩い。…「ス、スマン」……君はそうかもしれないけど、はそういうことされるの苦手だから困ると思うんだよね」
周りにも迷惑だからやめてほしいんだけど。目が笑ってない笑顔で攻撃をしてきたが跡部さんはクッと笑って「ただお前が羨ましいだけなんじゃねーの?」と煽ってくる。
そこで一気に場の空気が凍った。周りにいた女子生徒も蜘蛛の子を散らすようにそそくさと帰っていく。私もその中に紛れたいです。ここ寒いし、レギュラーの視線も痛いしたまったもんじゃないんですが。以前あった合宿の時のような光景には視線を下げるしかできなかった。
「とりあえず、を解放してくれないか?俺達はこれから身内だけで打ち上げをする予定なんだ」
「そっちだって暇じゃねーんだろぃ?さっさと東京に帰って用事済ました方がいいんじゃねーの?」
「そーだ、そーだ!!」
「さんのことを想うのでしたら、そのようなふしだらな行為は控えた方がよろしいのではないでしょうか」
「…という訳だから、さっさと帰ってくれないかな」
柳や丸井、赤也と柳生くんも言葉を連ねてきていい加減離せ、と訴えてくる。赤也を見てこの後文句言われるんだろうな、と思いながらも跡部さんを伺えば「しゃーねーな」と腕が緩んだ。
「ああそうや。今日来とらへん岳人達から伝言あるんやで」
ホッと息をついたのも束の間、幸村達を遮るように目の前に出てきた忍足くんはあえて空気を読んでないのか携帯の画面を見せてきて動画を再生した。どんだけ心臓強靭なの忍足くん。
『〜!卒業おめでとー!!』
『そっちに行けなくてごめんなー。俺達補習になっちまって』
『バカ!そういうのは言わなくていいんだよ!!』
『ええ〜?じゃあ宍戸はなんて言い訳すんのさ!』
『ああ?う〜ん…』
『そこは"用事があって今日は行けない"でいいんじゃない?』
『ナイス滝!んじゃ侑士、そこ編集しといて』
『無茶いうなや』
『先輩。ご卒業おめでとうございます!またこちらに来た時は遊びに来てくださいね』
『卒業、おめで、とう…ござい…ます』
『ほら日吉も!』
『何で俺が…っ…一応おめでとうございます、といっておきます。というか、卒業できたんですね』
『日吉!』
『俺達もすぐ卒業式だからそしたら春休みいーっぱい遊ぼうね〜!!』
『ぜってーだかんな!』
「…というお祝いメッセージや」
「わ、あ…っ嬉しい…!あ、ありがとう…っ」
部室で撮ったのかユニフォーム姿の鳳くん達2年生組と机に教科書達を散らばせながら手を振るジローくん達には嬉しくて泣きそうになるのを必死に堪えながら微笑んだ。やだもう、今日は涙腺弱いんだからこういうの見せないでほしい。鼻水まででちゃうじゃないか。
鼻をすするに跡部さんと忍足くんは交互に頭を撫でると「つーわけだから、春休み空けとけよ」と微笑んだ。
「残念だけど、春休みは部活が詰まってるから君達に会う暇なんてないよ」
「アーン?そりゃ随分と念入りじゃねーか」
準優勝が堪えたのか?と皮肉る跡部さんに幸村の顔が引きつった。そして空気も更に重く冷たくなる。そろそろ五感が危うくなってきた。
「…どうでもいいがいつまでそうしとるんじゃ。いい加減離しんしゃい」
「仁王、く」
腕を引っ張る強さに驚けば不機嫌そうな顔があってギクリとした。もしかして怒ってる?と伺えば手を離され視線も逸らされてしまう。そのことにまた心臓がギクリと嫌な音を立てた。
「安易にそんな顔、人に見せるんじゃなか」
それはつまり不細工な顔見せるなと…?冷たい仁王の言葉にそう行き着いてしまっての顔色が青くなった。
よく考えれば仁王に抱きつかれてたところを見られたのか?それってどうだろう。彼が私相手に嫉妬とかするとは思わないけど、浮気現場を押さえられたような罪悪感はある。
憧れてた跡部さんを恋愛だと勘違いをした時期があったせいか微妙に緊張してしまった。
視界の端で眉を寄せる仁王が見えたが、は顔を上げられずまごまごとしていると空いてる方の腕を引っ張られた。「、」と呼ばれ振り向けば跡部さんの顔はそこにはなく忍足くんが見えた。
「ホワイトデー、楽しみにしてな」
囁くような声が耳元にダイレクトに響き肩がビクッと揺れた。ボっと染まる頬に跡部さんはニヤリと微笑むと「またな、」との頬を撫でて背を向けた。
跡部さん、自分の声がどんだけエロくて殺傷力があるのかわかってて耳元で囁いたな。じわじわとする耳を引っ張りながらリムジンに乗り込む跡部さん達を見ていると頭に衝撃が落ちた。
「何やってんだよ、ばーか」
「……バカじゃないよ、多分」
「跡部と忍足にいいようにされてんじゃねーよ。本当お前は」
「隙多すぎなんすよ、先輩は!」
「いたっいたたたた!!」
振り返れば丸井が呆れた顔で見てきて、にゅっと入ってきた赤也は袖口でこびり付いた油汚れを落とすかのようにの頬を擦ってきた。あまりの痛さに悲鳴をあげたが誰も助けてはくれず、赤也が離れたかと思ったら今度は弦一郎が頬を擦ってきたので「破けるわ!」と振り払った。
「今日の打ち上げはの説教からだな」
「そうだな。前回あったことを全く学べていなかったようだ。また一から教え込むしかないだろうな」
「ええええ?!」
冷たい視線で微笑む2人には顔色を悪くすると助けを求めようとしたが味方が誰もいなかった。弦ちゃんまで激しく同意してるから余計に泣きそうになった。
しかも仁王まで助けてくれる気配はなく、その後の打ち上げもずっと遠くの席に座っていて帰りも話すどころか目も合わせてもらえなかった。
卒業おめでとう。
2013.04.12