Your voice.




□ 58 □




震える携帯に手を伸ばし通話ボタンを押せば『今大丈夫か?』という声が聞こえてきた。

「うん。大丈夫」
『今、何しとったんじゃ?』
「お風呂入ってた。これから本でも読もうかなと思ってたとこ」

時間を見ればそこそこで電話の後じゃ読書はできないかもな、と思った。

『風呂…』
「…ちょっと、変な想像しないでよ」
『しとらんよ。多分』
「多分とかやめて!怖いから!」
『そんなことないんじゃがのぅ……あ、髪はちゃんと乾かしたか?』
「何そのお母さんみたいなセリフ。乾かしたよ一応」


ちょっと生乾きだけど、とベッドに座ったは足をぶらつかせながら「それで、どうかしたの?」と聞いてみた。仁王に家まで送られてからというもののメールではなく電話で仁王と話すことが増えた。
増えたというかあれから1日と開けずほぼ毎日喋ってる。

送ってもらった日、夜も遅いし帰ったらメール頂戴ね、とそれこそ母親のようにいってしまったが、仁王は家に着いたと同時にメールではなく電話をくれたのだった。しかも『ついた』とだけいって切ろうとしたので何だコイツと引き止めてしまったがその時もこんな風に電話口で笑っていた。


『今日部活に顔出したんじゃろ?どうじゃった?』
「えっとね。週末練習試合があるからってそれのメニューこなしてたよ」
『相手は?』
「青学だって。あそこ海堂くんが部長なんだってよ」
『ほぅ。じゃあ桃城が副部長か』
「意外だよね。私逆だと思ってた」
『そうでもないじゃろ。氷帝はあの日吉やし』
「あそこは副部長鳳くんじゃん。逆は無理でしょ」
『青学も似たようなもんじゃよ』

優しい奴は部長に向かんからの、と話す仁王にそういうもんか?と首を傾げた。



『他は何かあったか?』
「特には何も…あー柳生くんが最近元気ないから友美ちゃんが心配してたくらい?」
『ほぅか』
「仁王くんは何か知らない?」
『…最近柳生に会っとらんしの。同じクラスの真田は聞いとらんのか?』
「真田?うーん。どうだろ。あっちはあっちで高校生活について幸村とか柳くんと楽しく話してたけど」
『ああ、テニスか』

また勧誘されとるのか?と聞いてくる仁王に「まぁね」とベッドに寝転びながら返した。

『やるのか?マネージャー』
「わからん。始めたら楽しいだろうけど絶対面倒くさい」
『はは、だろうの』
「仁王くんは……私がマネジだと…………いや、なんでもないわ」
『嬉しいぜよ』


聞くのも恥ずかしい、と思って止めたのに仁王はしっかり返してきた。くっそ。顔が熱くなったじゃないか。

「仁王くんこそ何してたの?」
『ん?んー予習復習?』
「絶対嘘!ていうか嘘じゃないと嫌すぎる」
『嫌すぎるとはなんじゃ。俺だって勉強くらいするぜよ』
「ガリ勉の仁王くんなんて仁王くんじゃない」


私は既に諦めて投げ出したのに。道連れは多い方がいいと思って嫌だ嫌だと嘆けば仁王は笑って『困ってもに教えてやらんぞ?』というので直ぐに謝った。そしてまた仁王に笑われた。

「んで、本当に何してたの?」
『俺も風呂入って部屋で寛いでるところじゃ』
「髪は乾かした?」
『俺は自然乾燥派じゃ』
「それ風邪ひくから。ちゃんと乾かして!」

いくら暖かくなったからって自然乾燥って!物ぐさじゃないか!と叱れば『じゃあ電話が終わったらそうする』とどうでもよさげに返してきた。



『そういえばはパジャマ派か?』
「え、うん。夏はTシャツだけど…え?短パンかな。それ以外はパジャマだね」
『何色?柄は?』
「え?えー?き、黄色と水色のチェック?って何いわせんの!!」
『あー気づいたか。そのノリで今日の下着まで聞こうと思っとったのに』
「セクハラだ!」
『ちなみに俺は灰色でゴムのところが黒のボクサ』
「いわんでいいから!!」

ぎゃあ!とベッドから起き上がればゲラゲラと笑う声が聞こえてきて「切ってやる!」と叫んだ。
言う前に切ればいいのに切れないのは何とも情けない性分だが、聞こえる声に自分から切ってしまうのはとても勿体ない気がした。もっと話したい、声を聞きたい。そう思ってベッドにまた寝転がった。


『なんじゃ。俺と話しとるのにもう寝る準備か?』
「…な、なんの話ですか」

まるで見られてるような言葉に思わず窓を見たがカーテンが引かれていたのでホッと息を吐いた。我ながらバカな思考である。『今ベッドに寝転がる音が聞こえたんじゃ』という仁王の返しに嘘をつく必要もないか、と思って素直に「寝転がっただけだよ」と返した。


『実は俺も布団の上じゃ』
「やっぱ勉強してなかったんじゃん」

詐欺師め、と憎々しくいってやれば『わからんよ?勉強してるかもしれんし、してないかもしれん。電話やしの』と得意気に返してきたので妙に腹が立った。


『あーそんなこといっとったら無性にに会いたくなったぜよ』
「は?」

いきなり何を言うかね。無防備なところに爆弾発言をかまされたは思わず顔が赤くなって「バカじゃないの」と返した。ただ会うだけなら学校でできるし。ていうか私が会いに行かなきゃアンタこっちに来ないじゃん!



『えー遠いし面倒じゃもん』
「じゃもんじゃないでしょ。面倒くさがりめ。……まあ私も用事がなきゃ行かないけどさ」

腹立つ言葉に対抗して言い返せば急に仁王が黙りこんだのであれ?と携帯を見た。電波はちゃんと立ってる。「仁王くん?」と呼びかけてみたが返事はない。


『……』
「(えええ〜?!何沈黙してんの?!怒ったの?地雷踏んだ?)ほ、ほら、その、用事も大事な用事だし!マネジとして仁王くんの腕の怪我を再発させないように見張らなきゃいけないし!」
『…ククッそうじゃの。が毎回来る時は決まって病院に行ったかどうかの話じゃったの』


何そのしてやったりな声。騙したな仁王コノヤロウ。ていうか何も用事なくて遊びに行ったら行ったでアンタ迷惑そうに前してたじゃん。ていうかアンタ教室いなかったじゃん。
それを言えば『前と今じゃ意味が違う』と返された。お前も大概我侭だよな。


『…ま、あんまりと会っとると自制が効かなくなりそうだしの』


こんぐらいがいいんじゃろな。とぼんやりしてたら聞き逃しそうな、淡々とした喋りでとんでもないことをのたまった。あの、仁王さん。私身の危険を感じるのですが、それは冗談ととってよろしいのでしょうか。ていうか冗談でいいですよね?そうしておきます。

「えーじゃあ、病院に行ったかどうかもメール連絡にすればいい?」
『そしたらもう通院なんぞしてやらん』

それはアンタの腕の為にならないじゃない。アホか、とボヤけばそっちこそ阿呆じゃ、と返された。


『…もう時間じゃの。明日もあるし今日はここまでにするか』
「う、うん。そうだね」


時間を見ればそれなりに経っていて、早いなぁ、と思ってしまう。それから少しだけ切りたくないな、と思う自分がいてなんだかなあ、と身を起こした。



「じゃあ、また明日?」
『また明日の夜。どうせ来ないじゃろ?』

今日も明日も病院はないからの、とつまらなそうに零す仁王にはハハッと笑って「じゃあね」と言葉を切った。

『……』
「……」
『……切れよ』
「そっちこそ」

吹き出した仁王にもつられて吹き出すと『あーもう何やっとんじゃ。俺ら』とクツクツ笑っている。確かに、このやり取り電話するようになってから毎日だからね。


「そっちが切ればいいじゃん。私待ってるから」
『そっちこそ"じゃあね"といったんじゃから切ればええやろ』
「だって先に切るの苦手なんだもん」
『俺も苦手じゃ』
「嘘くさ」
『本当ナリ』

少なくともと電話してる時は。と内心思ったが、仁王は照れくさくて口にしなかった。


「えーじゃあいっせーので切る?」
『それで一昨日ケンカにならんかったか?』
「なってない。仁王くんが勝手に怒ってただけ」
『それはお前じゃろ』

むぅ、と互いに沈黙になれば諦めたように仁王が息を吐き『わかった。今日は俺が先に切るぜよ』と申し出た。

「う、うん。わかった」
『じゃあ、おやすみ』
「おやすみー」
『……』
「……」
『……』
「…ちょっと!」

切りなさいよ!と文句を言えば電話の向こうから笑い声が聞こえてきてまったくもう、とも笑った。



『わかったわかった。ちゃんと切るぜよ』
「本当でしょうね?」
『本当本当。詐欺師は嘘つかないナリ』
「いやいやいや。詐欺師の時点で嘘つきだからね?」
はほんに厳しいの。じゃあ今日の夢はがパジャマ姿で優しく俺にご奉仕してくれる夢でありますように。おやすみなさいナリ』


「……はぁ?!」


ツーツーという電子音には開いた口が閉じれないまま固まっていた。
今の何?何か凄いセクハラを受けた気分なんだけど。しかもおやすみなさいまでちゃんと言い切って切りやがったよね?


「あーいーつー!!」


顔を真っ赤にしたはそのまま携帯を枕に投げつけるとそのままベッドにダイブして悶絶した。何考えてるんだあの詐欺師は!!絶対明日文句言ってやる!
そう心に決めたが意思とは関係なく口はニヤニヤしていて寝るまで締まることはなかった。


そして次の日B組に現れたを見て仁王がにんまり笑ったのはいうまでもない。




ニヤニヤ。
2013.04.12