You know what?




□ 初旅行 1 - In the case of him - □




「おかえり跡べさ…」
、出かけるぞ」

跡部さんの隠れ家に住むようになり少しずつ慣れてきたある日、家主の跡部さんが帰ってくるなりそういっての手を取った。
慌てて靴を履きずんずん歩いていく跡部さんにはたまらず声をかける。

「え?一体どこに行くんですか?!」
「秘密だ」

まるで悪戯っ子のように笑う跡部さんには目を瞬かせるしかなかった。
しかし事前に何も聞かされていないから出かける格好じゃないしお金も手にしていない。辛うじて携帯はポケットに入っていたが他に何も持っていない状態だ。

せめて行き先だけでも、と聞いてみたがドアの鍵を閉めた跡部さんはニヤリと笑っただけで何も答えてくれなかった。もしかして昼食だろうか?と思考してみたがそれも違う気がしては閉じるエレベーターのドアを訝しげに見つめたのだった。



******



「なんてこった…」
ご近所に出掛けるレベルを超えてるじゃないか。

跡部さんの規格外の動きは今に始まったことじゃない。それは十分にわかっていたつもりだ。わかってはいたが目の当たりにするとどうしても驚いてしまう。

少し前まで住まわせてもらっていた榊さんの部屋や跡部さんが隠れ家に使っている今はも住んでる部屋があるマンションも相当に凄いのだが、なんだかんだと過ごしている内に感覚が慣れていた部分もあった。
そのためちょっとやそっとでは驚かなくなっていたのだが如何にも敷居が高そうなエントランスや内装に開いた口が閉じれない状態で眺めている。


「なんてこった…」

それしか言葉が出てこない。1階の広いエントランスで受付するのかと思いきや水に囲まれた変わった席に通され、まるで品のいい喫茶店で4人席テーブルのふかふかソファに腰をかけた。近くにはカウンターがあって飲み物が注文できるらしい。

チェックインの前にお茶でもするのかな?とぼんやりガラス窓の向こうにある庭園を眺めているとホテルの支配人らしき人が跡部さんの元までやってきてチェックインや苦手な食べ物のことまで聞いてくる。しかもチェックインで待っている間に軽食も用意してくれるらしい。なんてこった。


「ぶらりと出掛けた先が北海道だったなんて…」
「アーン?お前いつか行きたいっていってただろ?」

出された出来立てのみたらし団子に舌鼓を打っているとお茶を飲んでいた跡部さんが「来てよかっただろ?」とドヤ顔で見てきたから思わず苦笑してしまった。

確かに北海道特集番組を見て"いつか行ってみたいなぁ"といったけど、それは"いつか"であってこんな簡単に1泊旅行になるとは2週間前のも想像もしてなかっただろう。まあ跡部さんらしいといえばらしいのだが。



それからエレベーターに乗りとある階で降りたはこれまたゆったりと広い談話室のようなエレベーターホールを見て「なんてこった」とまた呟いた。高そうな陶芸やインテリジェンスな本が家のようにずらっと置いてあるんですけど。ここで寛げと…?

ふかふかのカーペットの上を歩きながらは自分の格好になんとなく肩身の狭い気分になる。跡部さんのお陰でこの間極力人とは会ってないけど今の格好は近所に出掛けるくらいの格好だ。北海道まで旅行する格好じゃない。
跡部さんも身軽な格好だから2人きりならそれほど違和感ないけど(…恐らく)案内してくれてるベルマンに荷物がないなんて変じゃないか?と思われてないかなんとなく不安に思った。


「こちらのお部屋でございます」

そのベルマンに案内されたとある部屋はドアが少し奥まったところにあった。他の部屋も同様で不思議に思ったがそれはこの後解明されるので置いておこう。カチャリと開いたドアに無意識に唾を飲む。跡部さんに背中を押され先に足を踏み入れたは「おお…」と声を漏らした。

まず最初に目に入ったのは外界が見える窓と玄関だ。どこかの家みたいに広い玄関は木造の式台がありそれがフラットに続いている。左側に視線を向ければストリップ階段が見えた。

靴を脱ぎ、螺旋状のストリップ階段を登りきればひらけた空間がの視界に入る。階段を間仕切り代わりに左側はリビングスペースになっていてL字型のコーナーソファが置いてありその前には大型テレビが鎮座している。
右側に視線を移せばすぐ手前に長細いテーブルが壁にくっついていて(ミニバーカウンターらしい)、その前にセミダブルのベッドが2つ並んでいる。勿論そこから見れるように壁掛けのテレビもあったりする。

ベッドの奥の方には戸を挟んで洗面台が見え、隣の長細いドアはトイレなんだろうな、と思った。なんてこった。こんなホテルがあるなんて。


「んなとこで固まってないで座るか風呂入るかしていいんだぜ」
「お風呂?」

跡部さんといるといつも驚かされてばかりだ、と思っているとベルマンと話を終えたらしい跡部さんも階段を登ってきての背中にピッタリくっついてきた。1段下で止まったせいか肩に乗せられた顔が妙に近い。
お風呂があるの?と聞き返すと「ここは風呂つきだからいつでも存分に入れるぜ」と跡部さんがニヤリと笑った。マジでか…!



驚くに満足気な顔をした跡部さんはお腹に回していた手を放すと、の手を取り洗面台の方へとずんずん進んでいく。
引き戸を潜れば明るくて大きな洗面台があり、周りに置かれたアメニティも引き出しに所狭しと置かれていた。うわ、化粧水や乳液だけじゃなくてヘアケアもある!

ひえぇ、と驚きながらも洗面台を横切り重めのドアを押し開けるとむあっとする水蒸気がを襲った。それに少しだけ顔をしかめたが中を見てすぐに目を見開いた。

「ひ、広い…っ」

9畳ほどある浴室の半分は石造りの浴槽になっていて奥の方ではかけ流しの温泉がちょろちょろと流れ出ている。プライバシーの為半分は曇りガラスになっているが大き目の窓もあり、開けることも可能で簡易的な露天風呂にもなっているようだ。


「効能に美肌効果もあるらしいぜ」
「マジですか…?!」

これもしかして泳げちゃうんじゃない?ていうくらい広いお風呂に感激していれば跡部さんがそんなことを教えてくれ目を輝かせた。この空間を独り占めできてそんな効能もあるなんて、なんて贅沢…!

「なんなら一緒に入るか?」
「…何でそんな嬉しそうなんですか?」

ニヤニヤと笑う跡部さんには恥ずかしそうに顔をしかめると「跡部さんのスケベ」と呟き顔を逸らした。なんでそういうこというかな。
赤い顔で口を尖らせれば跡部さんはくつくつと笑って「一緒に入るっていったら"そういうことも"するだろ?恋人同士なんだしよ」と明け透けに宣言してくる。


「お風呂はまったりリラックスするところだと思います」
「俺はと一緒に入った方がリラックスできんだよ」
「…っうぐ」
「まあ、お前の裸を見て欲情しない保障は出来ねぇが」
「やっぱり1人で入ります」

日頃の疲れを癒してほしいなって常日頃から思ってるからリラックスできるなら一緒に入るのも悪くないかも、と思ったが次の跡部さんの言葉にその気持ちを訂正した。それ絶対癒されないし疲れもとれないと思います。



「だったらお前のこれはどう説明すんだ?アーン?」
「は?え、ちょっと何服引っ張ってるんですか…っ」
「今日の下着、俺が買ったやつだろ?それ見て期待しねぇ男がいると思うのか?アーン?」

Tシャツに指を引っ掛けた跡部さんが襟ぐりをぐいっと広げるとブラの肩紐がお目見えしは慌てた。肩紐くらいならわけないのだが見下ろしてる跡部さんからはまるっと下着が見えてしまう角度だったのだ。

今日も慌しく仕事に行ったはずなのにどうして気づいたんだと驚けば、食事を用意してる時にチラリと見えたと返され赤くなっていいのか呆れていいのかわからなくなった。
どうしよう。跡部さんが普通のスケベな男の人に見える…。


「こ、これはたまたまですよ!今日たまたま、他全部洗濯したから…っ」
「アーン?俺はてっきりからのアピールかと思ったぜ?」
「ち、違います!」

私だって出掛けるとわかってたらこんな勝負下着みたいなのつけたりしないですよ!(いや、間違ってはいないのか…?)それでなくてもレースがふんだんに盛られてて洗濯するの大変なのに。と、そこまで考えてはタラリと冷や汗を流した。こう思ったら即行動の跡部さんだ。もしかして。

「もしかして、それで北海道に来た…てことじゃないですよね?」
いや、まさか、そこまではしないでしょ。たかだか下着ごときで思い立つとか、まさか、そんな。

確かにこのピンクの下着を着たのはこれで2回目だけど、最初の時は文字道理勝負下着になってたけど。


渡された時はどう反応していいかわからなくて困ったけど跡部さん凄く嬉しそうだったし、見た目も可愛い下着だったし、ちょっと前に勢いだけで買ったワンピースとあう気がして、それもリクエストされて何となくノリというか、ちょっと嬉しくてつけただけで。

それがまさかあんな展開になるなんて……今となっては私の浅はかさが原因だったんだけど。

それもあってこの下着を遠巻きにしていたのだけど、まさかまたなのか?!とおののけば、彼は少し考える素振りをした後「どうだろうな」と笑ってブラの肩紐を引っ張りズリ下ろしてきた。
そしてそのまま肌を露にしてるところに顔を埋めようとしてきたので慌ててリビングスペースまで逃げ出したのであった。



******



早めの夕飯(というか昼食兼夕食)も食べ終わり、お腹も心も満たされながら部屋に戻ってきたはやっぱり凄いわーと階段を登る跡部さんを見やった。
満腹になったのもあり跡部さんのセクハラ発言で警戒していた心は少しだけ薄らいでいる。ほんの少しだけど。

だってご飯食べたところって1つ1つ個室になっててしかも部屋の番号で別れてるから誰かと相席になることも締め出しをくらうこともないのだ。
料理も豪華で美味しかったし、ホテルの雰囲気もいいし、ホテルの人もいい人達ばかりだし、幸せ尽くしで明日には交通事故で死んじゃうんじゃないだろうかっていうくらい料理が美味しかった。本当幸せです。

「何やってんだよ。早く来いよ」
「あ、はい!」

それもこれもみんな跡部さんのお陰なんだよなぁって思ったら、私は跡部さんに何かしらちゃんと返せるんだろうか?なんて考えてしまう。そんな彼から声がかかりは慌てて階段を登った。


、」

階段を登るとてっきりリビングにいると思って左側を見たがそこに跡部さんはいなくてベッドに寝そべっていた。振り返って彼に近づくと跡部さんは少し空いてるところをポンポンと叩いてを呼び寄せる。どうやらそこに座れということらしい。

黙ってベッドの端に座れば彼は苦笑に近い顔で笑っての手を引っ張り自分と並ぶように寝転ばせた。

「食べてすぐ寝たら太るって聞いたことありません?」
「アーン?食休めで寝転がるくらいはいいだろ?」

つーかお前気にするほど太ってねーだろ?と笑った跡部さんには微妙な顔で見返したが彼には通じなかった。太って見た目が今以上に残念になったら跡部さんに飽きられるんじゃないかと心配してる私は何なんだろうか。

跡部さんの腕の付け根辺りに顔を乗せながら彼を伺い見れば安心しきった跡部さんの横顔が見えた。目を閉じたまま枕にしてる方の手での頭を撫でたり髪を梳いたりしている。本当に食休みをするらしい。



テレビもつけず静かな空間で寄り添い、一定の間隔で髪を梳かれる指の動きにの瞼はだんだんと重くなってきた。間違いなくこのまったりした空間と満腹のお腹と程よい体温が近くにあるからだろう。

うとうとと目を細めたは寝やすい体勢にしようと身動ぎ跡部さんに更にくっついた。飛行機などの移動も含めて身体がそれなりに疲労していたらしい。
撫でる大きな手と額や頭に柔らかい感触に心地よくなって彼に擦り寄れば跡部さんが離れようと動くので「んー」と抗議の声と一緒に抱きしめた。

その行為を覚醒したが見たら恥ずかしさのあまり悲鳴を上げていたかもしれないが、まどろみにいる彼女が気づくわけもなく。首や頬に落ちる柔らかい感触や背中や胸に感じる彼の手の感触もどんどん遠くに感じて「…」と呼ぶ声も子守唄代わりに耳に残して眠りに落ちた。



そんなが目を覚ましたのは夜の帳も下りた20時過ぎ頃だった。ぱちりと目を開け起き上がると隣ですやすやと眠る跡部さんが横たわっているのが見えた。どうやら自分が寝た後跡部さんも寝入ってしまったらしい。

自分がいたとわかるくらいぽっかりと空いているスペースに何となく照れくさく思って視線を戻したは乱れた服装を整えた。どうやら寝てる間にお腹を出すほど寝返っていたらしい。跡部さんよく隣で寝れたな、と感心しながらまた振り返り、彼に寄り添うように身体を傾けた。

「跡部さん…」

小さく小さく彼の名を呼んでみる。起きる気配はない。それはそうだろう。彼は仕事もこなしてから来たのだ。連日の疲れもあるだろうしゆっくり寝させてあげるべきだろう。
そう思いながらも少しだけ寂しいような気もして端正で綺麗な寝顔を覗き込んだ。


それなりに忙しくしてるのに肌荒れが殆どないなんて羨ましい限りだ。あ、剃り残し発見。薄く口を開き無防備に寝ている姿を見てはふわりと微笑む。少し前まではこんな関係になれるとは思ってもいなった。私自身跡部さんに見合う人間じゃないと思っていたから。

でもこうやって告白されて間近に過ごして大事にされて、今はこの時間がとても幸せに感じるようになった。
まあそれに比例して最近は以前にも増してからかわれてるような気もするけど…それだけ身近な関係になったというならまあいいかなとも思ってる。セクハラ発言はまだちょっと戸惑うけど。


ギシリとベッドを軋ませ彼の上まで身を乗り出す。髪の毛が落ちないように手で押さえゆっくりと唇を合わせた。


「ありがとう跡部さん。世界で1番好きだよ」


"世界で1番"なんてよもや自分が言うなんて思ってもみなかったけど、跡部さんを見ていたらそれくらいいわないといけない気がして照れくさそうに笑いながらもう1度だけキスをした。


「………?……………っへ?」

格好いい寝顔を穴があきそうなくらいじっくり見つめたはそんなことをしてる自分がちょっと気恥ずかしくなって逃げるようにベッドを降りると視界にきらりと光るものを見つけ目を瞬かせた。
なんだろう、と思って左手を見れば見知らぬものが薬指にはまっていて、は勢いよく跡部さんの方を振り返ってしまった。





2016.02.07