□ 青学と一緒・18 □
弦一郎と赤也に連行されたは立海が集まってる輪に戻ると早速お説教を食らった。
別に悪いことしてないのに、と思ったが話を聞いた丸井が「やっぱりじゃねーか!」と目を剥いての額を皮が捲れるんじゃないかっていうくらい擦ってきたので謝るしかなかった。お陰で額が真っ赤に腫れ上がった。
「風邪で赤いからでこが赤いのも目立たんぜよ」とかフォローになってない嫌味言うのやめてくれませんかね詐欺師さんよ。
バスの中でも説教だからな!と意気込む弦一郎にこのまま走って逃げたい気持ちになりながらバスの列に並んでいると隣でこれまた不機嫌そうに立ってる神の子と目があった。
「…何?」
「………いや、幸村こそどうしたの?」
何か合宿の後半からずっと機嫌悪いよね?何か問題でもあっただろうか?もしかして私何か悪いことでもしたか?と不機嫌オーラにあてられながら悶々としていると肩を叩かれ振り返った。
「。お前の隣は幸村に変更にしたから間違えないようにな」
「え?何で?」
「…俺は構わないが、弦一郎の説教を聞きたいのか?」
「あ…、」
「試合の後というのもあるし、何よりお前は病人だからな」
ちゃんと休んだ方がいい、といって柳はの肩を軽く叩いて微笑んだ。本当、いつもいつも申し訳ない。去っていった柳の後を仁王が「折角をからかってやろうと思っとったのにの」と通り過ぎていく。
お前、行きで隣に座って散々イタズラしてきただろうが。帰りもする気だったのか。
アノヤロウ、とバスのステップを上がる背中をじと目で見ていると幸村に先に入るよう、即された。
おお、レディーファースト?優しいとこあるじゃないか、と思ったら背中がチクチクしてさっきよりもずっと居心地が悪くなった。怒ってる理由聞いた方がいいのかな。
「だからテメーら何でこっちに乗ってんだよ!」
「…え、桃ちゃん?!何でリョーマくん達がいるの?」
バスに乗り込めば、何やら騒がしい声が聞こえてきて何だなんだ?と覗き込めばリョーマくんと桃ちゃんがちゃっかり座席に座っていた。どうやら毒汁の効果から回復したらしく赤也の暴言もものともしない顔でふんぞり返っている。
いないと思ったらこんなところにいたのかと考えていたら、「先輩はこっちね」と自分の隣の席を指差すリョーマくんにはいやいやいや、とつっこんだ。
「座るも何も君達これ、立海に行くバスだよ?東京に行かないんだよ?」
「明日学校休みだしついでだから観光して帰ろうかと思ってさ」
「んなの勝手にすればいいだろうが!つかこのバスにテメーらの席はねーんだよ!!さっさと青学に帰れ!!」
「だって、俺と遊んでくれるって約束したでしょ?」
「うん。したけど…」
噛み付く赤也をものともせずにこっちを見てくるリョーマくんには眉尻を下げた。遊ぶ約束はしたけど今日は帰って休みたいです王子様。頷くに赤也達は目を剥いたが気にせずリョーマくんを見つめた。
「別の日じゃダメ?」
「先輩のうちに泊まっちゃダメ?」
「……もーもしろくーん」
君だって疲れてるでしょうが、と言ってみたもののリョーマくんは更に可愛くおねだりをしてくださいました。奥の方では「だ、ダメに決まってるだろうが!!」とか「何言ってんだテメー!!」など叫んでる声が聞こえるが生意気な王子様にはどこ吹く風だ。
溜め息をついて桃ちゃんを見やれば申し訳なさそうにして「スンマセン」と謝り席を立った。
「おら、行くぞ越前。やっぱ無理だって」
「……」
「その、俺ら、先輩達に挨拶しに来ただけなんで」
別に一緒に帰ろうとか、泊まりたいってわけじゃないんで。と続ける桃ちゃんに道を開けるとリョーマくんも溜め息を吐いて席を立った。しかしの前を通り過ぎようとした時、リョーマくんの手がの手を掴んだ。
「…先輩、ダメ?」
「今日はダメ。ちゃんと帰って疲れが取れたらまた改めて遊ぼう」
「……なら、先輩がこっちに来てよ」
俺んち広いから泊まれるし。と見上げるリョーマくんの目は所謂上目遣いで、とても寂しそうだった。いつも堂々としてて強気なことしかいわない彼が見せる年相応の、もしかしたらもっと繊細な部分を見た気がしてドキリとした。
そんな顔をされたら誰だって動揺するだろう。現にも思わず顔に出てしまうくらいには動揺していた。
「あのね、リョ……あいた!」
「あ、スマンの。ついうっかり」
べちん!という大きな音に額を押さえると仁王はそっぽを向いたまま謝った。ひりつく額に涙が出そうになる。さっき丸井にこれでもかと擦られたから余計に痛い。
涙目で仁王を睨んだはハァ、と深呼吸をしてリョーマくんを見た。別に心配されなくたって本業を忘れたりしないっての。
「…ダメだよ。私は立海生としてここに来てるから。だから立海生として帰るよ。でないと後輩達に示しつかないでしょ?」
「……」
「リョーマくんだって桃ちゃんや手塚くん達と一緒に帰った方が楽しいでしょ?」
どうせ帰るなら気心の知れた仲間達と帰った方が楽しいし、安心できるはずだ。そう思って言えば彼はぐっと眉を寄せ面白くなさそうに口を尖らせると「別に、楽しくなんかないよ」と強がりを言った。素直じゃないなぁ。
「ホラ、早く行かないと竜崎監督にまた怒られるよ?」
「……チェ。わかったっスよ」
「わかればよろしい」
帽子、ありがとね。借りてたキャップを返して彼の頭を撫でると、桃ちゃんと目配せをしてバスを降りるように促した。その間、彼はずっと不機嫌そうに口を尖らせたままだったがこっちをチラリと見上げてくる。何かいいたそうな目に顔を近づければ掴んだ手を引っ張られた。
「…子供扱いばっかりしてると、いつか痛い目にあうからね」
「「ぎゃあーっ!!!」」
頬に押し当てられた感触と目の前でニヤリと不敵に笑う顔に呆気にとられていると弦一郎と赤也の声がバス中に響き渡った。そしてその声から逃げるように「またね。先輩」といって小生意気な王子様は桃ちゃんと一緒に立海のバスを後にしたのだった。
******
「何か濃ゆい3日間だったな…」
バスでの帰り道、は外の景色を眺めながらぼそりと呟いた。
リョーマくん達青学も今はこんな感じだろうか。
走行の揺れは睡魔を引き寄せ現在バス内は寝息でひっそり静まり返っている。隣の席を見れば少しだけ頭を傾けた幸村の寝顔が見て取れた。横顔しか見えないがとても麗しい顔つきである。それはもう憎たらしいほどだ。
睫毛長すぎじゃない?と眺め通路を挟んだ座席を見れば弦一郎が腕を組んでコクリコクリと頭を揺らしながら寝ている姿が見える。寝苦しくないのだろうか。
はホテルを後にした途端寝てしまったのもあって1人だけ中途半端に目が覚めてしまった。
もう少し寝てても大丈夫かな、と外を見ながら欠伸を噛み殺すと片方の手が動かないことに気がついた。
何だ?と視線をやればの左手は自分よりごつい、けれども細くて長いしなやかな手に包まれている。その手の持ち主は勿論幸村で、驚き彼を見やるが瞳は閉じられたままだった。
「…一体、何があったんだ」
寝るまでは不機嫌そうにしてて、でも一応弦一郎の説教からは遠ざけてくれてたけどが寝るまで会話らしい会話はなかった。てっきり怒ってるものだと思ってたのにどういう風の吹き回しだろうか。そう疑問に思ったが答えはすぐにわかった。
自分の席の前にあるドリンクホルダーには買った覚えのないペットボトルが置いてあって、その下のあみポケットにはまたドリンクとこんもりとした袋が入っている。
片手で取り出せばお菓子や赤也がくれたカプセルの風邪薬、それから冷えピタが入っている。自分の額をさすれば冷えピタ特有のざらついた感触があった。どうやら寝てる間にまた発熱したらしい。
道理で喉が渇くわけだ。片手でペットボトルを手にとったは試しに膝に挟んで蓋を開けようとしたがうまくいかず、仕方なく掴まれてる手を引き抜いて水を飲んだ。
それからまた袋の中を覗き込み、笑みを漏らす。丸井のお気に入りのお菓子も入ってる。それからあからさまに関係のないシャボン玉の容器が入っていて吹き出した。誰が入れたか一目瞭然だ。ここで飛ばせっていうのだろうか。
「(ああでも、心配されてるのはよくわかったかも)」
前の席には窓側にもたれ掛かってる銀色の髪が見え笑みが漏れる。いつもは後ろの席をキープするのに悪戯されても文句言えない席にわざわざ座るなんてさ。
でもいるって分かるだけで変に安心するから不思議だよね。
そっと席を立ち上がったは周りを見回しみんなが寝ていることと、仁王が寝ているとことを確認して彼の髪にそっと手をかけた。持っていたゴムで初日と同じようにこっそりツインテールに縛ったはクスクス笑いながらゆっくり席に戻った。起きた時が楽しみだ。
背もたれに身体を預ければ少し離れたところで赤也の寝言が聞こえた。「丸井先輩それ俺の飯…」という言葉に吹き出すと丸井が「うるせぇ」と返していて思わず声が出そうになった。なんなんだあいつら。寝ながら会話してんだけど!
やっぱこいつらって面白いわ、とニヤニヤしながらは、お菓子等が入った袋をあみポケットに仕舞った。
「あ、そうだ」
そういえば最後の試合、負けたリョーマくんは乾汁を飲んで撃沈したけど幸村にはご褒美?のキスしてなかったっけ。その前の乾汁とか雑談が多かったせいで最後の方は時間が押して試合が終わった途端色々慌ただしかったのだ。
身体を起こしたはそのまま横に向くと幸村を起こさないようにそっと顔を近づけた。見れば見る程綺麗な顔をしやがって。
やっぱりやめておこうかな。でも皆瀬さんはしたみたいだしな。
それになんだかんだと心配かけたし。
怒ってる理由はよくわからなかったけど、それでも寝てる間ずっと気遣ってくれてたみたいだし。
そんなことを考えつつ目を閉じ彼の柔らかい頬に口づけた。
「ありがと、幸村」
心配かけてごめんね。
「んん、」とどこからの席から聞こえた声に慌てて離れたは左手をそっと幸村の手の下に潜り込ませると何事もなかったかのように窓側を向いて目を閉じた。
学校に着いたらちゃんとお礼を言わなきゃな、そう考えて彼の手を握り締めた。
***
走行音だけが響く中、1人うっすらと瞼を開けた者がいる。
少し前に意識が覚醒したがあることをされて更に目が覚めてしまった。彼を眠れなくさせた原因を作った彼女はあっさりと意識を手放し握り締めた手も今は緩められている。
手を引き抜かれ、なんとなく目が覚めた幸村はもしかしてまたうなされてるんじゃないかと思った。それでチラリと視線だけ送るとケロリとした顔で水を飲んでいて。声をかけようかかけまいか迷ってたところで思ってもみないことをされて結局何もできなかった。
ホテルを離れてやっと落ち着いたのかはあっさりと寝たのだけど気が緩んだのか熱も上がって少しうなされていた。赤い顔で苦しそうにしてるに幸村以外も心配したのは言うまでもない。
気づけば前後の席に仁王や赤也、真田が座っていた。
身体を起こした幸村は空いてる手を躊躇しながらもの頬に手を当てた。赤みがかった頬に眉が寄ったけど熱は少し下がったように思う。
手塚と楽しそうに話していたり、越前達にいいように振り回されてる彼女を見てずっと心中穏やかじゃなかった。面白くなかったしそのせいでに当たってしまいそうで話せなくて。
本当は皆瀬や真田が席を代わろうか、といってくれたのだけど幸村はしなかった。
離れてしまうのは簡単だ。嫌だから見ないようにシャットダウンするのも。感情に任せて苛ついた気持ちを吐き出すのも。
でもそれはしたくなかった。だって嫌われてしまったらこんな近くでお礼もキスも貰えなかったんだから。
「これじゃ絶対寝れないな…」
触れられた自分の頬をなぞり、幸村は苦笑した。別にキスが欲しかったわけじゃないけど、でもさっきのことで舞い上がってる自分もいるのだ。そう考えると自分は結構単純な思考をしてるらしい。
この3日間感じていた鬱屈した気持ちを全部払拭されてしまった気分だ。
「(ああ、本当君って…)」
残る頬の感触と彼女の言葉。華奢で少し荒れてる手が頼りなさげで、でも温かくて。じわりと胸が温かくなると同時に落ち着きなく鼓動がかき乱されていく。
汗で貼り付いてる彼女の髪を整えた幸村は、煩く鳴り響く心臓に大きく息を吐き赤く染まる頬と無意識に緩む口元を隠すように頬杖を付いた。こんな顔誰にも見せられないよ。
目的地に着くまでには引いてるといいな、なんて思いながら緩められた彼女の柔らかい手を握り締めまた同じように瞼を閉じたのだった。
お別れの挨拶。その3。そして締めに神の子。お付き合いありがとうございました!!
2013.08.04