□ 青学と一緒・17 □
「ちょっと乾〜。抜けがけはよくないんじゃない?」
「菊丸くん!」
「何だ、菊丸もに興味があるのかい?」
「へ?!…きょ、興味っていうか!ちゃんは友達だから危険な奴から守らなきゃって思っただけ!!」
ジリジリと少し張り詰めた空気で見つめ合っていると、ぬっと菊丸くんが現れの隣に立った。菊丸くんの台詞に「危険な奴とは俺のことかい?」と眼鏡のブリッジをあげる黒魔術師がトボけたことをいう。アンタのことですよ乾くん。
「大丈夫?ちゃん。乾に何かされてない?セクハラなこととかいわれてない?」
「う、うん。そこまでのことは言われてない、かな」
「英二。そんなことをいうなら俺にも考えがあるぞ」
心配そうに覗き込んでくる菊丸くんには手を振って否定すると彼はホッと安心した顔で笑った。とても爽やかでキラキラした笑顔である。というか男の子にしておくには勿体ないくらいの可愛さだ。
菊丸くんって本当いい人だなーと和んでいると、乾くんが眼鏡を光らせ、何やらノートをパラパラ捲りだした。もしかして何か召喚でもするのか?ていうくらい物々しい雰囲気に菊丸くんと一緒にゴクリと唾を飲み込む。一体何をする気だろう。
「。持っている筆記用具で何かなくしたものはないかい?」
「え?……あ、あるけど…」
「クマのシャープペンだろう?「何で知ってんの?」…実はな。それを持っているのが」
「わああああ!!ちゃん!乾は俺が止めとくから!!ちゃんは今の内に逃げて!」
「え?」
「…俺は敵モンスターか何かかい?」
確かにいつの間にか入れていたリ○ックマのシャーペンが消えていたけれど。でも予備用に入れてるだけで滅多に使わないから特に気にしてなかったのに何でわかったんだ乾くん。
アンタ怖すぎだよ、とドン引きしてれば何でか菊丸くんが騒ぎ出して肩がビクッと跳ねた。
何で菊丸くんが騒ぎ出したかわからないが「失礼だな」と不満げに零す乾くんが妙に可笑しかった。吹き出し笑えば「乾!シー!シーだかんね!」と人差し指を立てていた菊丸くんが振り返り、少し頬を染めた顔で「今度遊ぼうね」とへにゃりと微笑んだ。
「手塚くん」
菊丸くん達からそんなに離れてないところに立っている彼に声をかければ、大石くんと話していた手塚くんが振り返る。眼鏡越しに見える瞳はを写すと優しく細められた。
「どうした?」
「あーいや。一応挨拶しようと思ってさ」
卒業前に会うことは一応決めていたがさっきの会話を思い出してなんとなく喋りたいと思ったのだ。
目の前に立つ手塚くんを見上げれば同じようにを見つめる彼と目が合って、妙に照れくさくなりへらりと笑った。
そしたら彼も合わせるように小さく微笑んだのでなんとなく頬が赤くなる。そのタイミングで微笑まれると照れますな。
「色々ありがとうね。迷惑かけっ放しだったけど楽しかった」
「いや、気にしなくていい。こちらも色々と勉強になった。礼を言う」
「え?いや、わ、私は何も…」
「そんなことはない。陰でお前達が頑張ってくれたから俺達も何の支障もなく練習が出来たんだ」
ありがとう。
真正面から食らう直球な言葉と視線には胸を打ち抜かれた気分になった。弦一郎や柳とかにいわれ慣れてると思ったけど何だろうこの気持ちは。心臓がバクバク言ってるんですけど。
変なこと言われたわけじゃないのにすっごく顔が熱い。嬉しいのに恥ずかしい。
どうしよう、と思いながらも自分だけにいったんじゃないんだ、と辛うじて気付いたは「と、友美ちゃんにもそういっておくね」とか細い声で返した。うわーうわー、何だよこの恥ずかしさ満載な感じ。手塚くんの顔、まともに見れないよ。
「、」
「っは、はい!」
両頬を押さえながら俯いていると名前を呼ばれバッと顔を上げた。驚く手塚くんを見て挙動不審な自分にしまった!と思ったが後の祭りだ。くっそ、静まれ心臓!
「は携帯を持っているか?」
「う、うん」
「その、アドレスを交換しないか?次に会う約束のこともあるしな」
「あ、あ!そうだね!!うん!そうしよう!!」
携帯を取り零しそうになりながらも赤外線を開くと手塚くんも同じように携帯を操作して先端を突き合わせた。手、大きいな。とか思いながら無事受信したのを確認して手塚くんを見やると彼も手馴れたように指を動かしこちらを見やった。
目が合ってへらりと笑えばさっきと同じように微笑んでくるのではむず痒さを隠すように頭を掻いた。
「いいなあ。僕もアドレス交換したいな」
「わっふ、不二くん?!」
ほんわかと幸せな気分に浸っているとすぐ目の前に不二くんの顔があって思わずたたらを踏んだ。いきなり登場するのは心臓に悪いからやめてほしいんですけど。
「だって、驚くさん面白いから」
「……え、今声になってました?」
呟いた記憶がなくて思わず口を手で覆い隠すが不二くんはニコニコとしたままだ。手塚くんを見ても眉をひそめるだけで答えを返してもらえず、は怖々とした気持ちになりながら携帯を操作してアドレスを交換した。もしかして不二くんは心が読めるんだろうか。だとしたら本当に恐ろしいな。
「ありがと、さん。後でメールするね」
「う、うん」
「近いうちに遊ぼうね」
「う、うん…」
「手塚よりマメだから何かあったら先に僕に連絡してね」
「う、……え?」
「不二、」
ぐっと眉間に皺が寄って不機嫌になる手塚くんに不二くんは平然とした顔で微笑むと「冗談だよ」とどこから冗談なのかわからないようなことをのたまった。
「そうだ。手塚くんと不二くんって絵文字とか大丈夫な人?」
「僕は気にしないけど手塚はあると困るんじゃない?」
「あ、やっぱり絵文字とか使わないんだ」
そんな気はしてたんだ、と笑えば不二くんも笑って手塚くんだけが眉を寄せる。弦一郎なんて絵文字の存在すら知ってるか怪しい程だしね。じゃあ普通に送るね、といえば「いや、他の者と同じ文章でいい」と返された。
「え?…ていうと絵文字も使っていいってこと?嫌じゃない?」
「送られてくる分には構わない。俺からの文章は単調なものになるだろうが」
「ううん大丈夫。嫌じゃないならいいんだ」
「へぇ。手塚も心が広くなったね。この間まで英二や桃のメールを見て添削してたのに」
「あれは文章としておかしい部分があったから伝えたまでのことだ」
「だからその間に絵文字があったでしょ?」
「……?」
「…絵文字使う時は気をつけるね」
会社が違うと表示しない絵文字もあるし使わないことに越したことはないだろう。そう手塚くんに言えば少し不満げな顔をしたが納得はしてくれた。
「…でも本当すぐに慣れたね」
「?何の話?」
「さんと手塚。手塚っていつもポーカーフェイスで表情が出ないから。こんな風に女の子と話してるとこもあんまり見ないし新鮮なんだよ」
「…そこまでではない」
「そう?その割には"手塚くん、怒ってるの?"て何度も聞かれてなかったっけ?」
「……」
「無言でいるだけで怒ってるように見えるし、老け顔だし、意味は違うけどよく女の子泣かしてたよね」
「…泣かしてなどいない」
「じゃあ泣かれた」
「……」
「ふはっ」
すっぱり斬りつける不二くんの言葉に堪らず吹き出してしまった。眉間に皺を寄せる手塚くんの顔が可笑しくてならない。ある意味いいコンビだな、この2人は。くつくつ笑うに手塚くんと不二くんは顔を見合わせると表情を和らげ小さく笑った。
「私は真田で慣れてるからね。だからだと思うよ」
老け顔も表情が硬いのも慣れっこだ。その上従兄殿はいかついくせに結構繊細で可愛いとこもあったりするのだ。人間見た目じゃないよね、と1番最初に学んだ人物でもある。だから余計に手塚くんのことを放っておけないし目に入るからこうやってちゃんと話せたのは嬉しかった。
「私が言うのもなんだけど、手塚くんって誠実で優しい人だからわかる人にはちゃんと伝わってると思うよ?結構モテてるでしょ?」
「……さぁ、どうだろうな」
「ホラ、こうだから」
更に眉間に皺を寄せる手塚くんに不二くんが呆れて肩を竦めるとは「大丈夫大丈夫」と気軽に笑った。
「一足先に大人になっただけだもの。それに手塚くんの笑った顔、私好きだよ」
少し伏せ目がちに微笑む姿はとても穏やかで見惚れてしまうほどだ。あの顔の片鱗を少しでも見れば老け顔とかポーカーフェイスなんて全部吹っ飛んでしまうだろう。
不二くんもわかってないなぁ、と笑えば反応が返ってこなくて目を瞬かせた。見れば不二くんは開眼したまま固まっているし、手塚くんに関しては真っ赤な顔でこれでもかとぎゅっと眉を寄せて睨むようにこっちを見ている。
「え、さん。今、なんていったの?」
「え?」
「手塚の笑った、顔?」
「うん。あ、そうか。わかりやすくはないもんね。あーなんていうかな。口元とか目元とか少しだけ和らいでたから…そう思ったんだけど」
見間違い、てことはないと思うけどあからさまな笑顔じゃないからなぁ。どう説明したらいいものか、と考えていたら顔を真っ赤にして押し黙る手塚くんを見ていた不二くんがこっちを見てきた。目はまだ開眼されたままだ。
「手塚の笑顔が、好きなの?」
「え、ダメかな?」
「ダメじゃ、ないけど…」
苦笑する不二くんには首を傾げるといきなり腕をぐいっと掴まれた。
「!!」
「ぎゃ!」
腕を引っ張られ振り返れば弦一郎が今日1番なお怒りの顔になっていてタラリと冷や汗が流れた。隣では「あーもう来ちゃったか」と肩を竦める不二くんがいる。どうやら足止めをしてくれていたらしい。
何をしたかわからないけど弦一郎が所々土塗れでボロボロだった。あえて追求しない方がいいんだろう、そう直感的に思った。
「お礼はデートでいいよ」
「ぅえっ?!」
「なっふふふふ不二?!貴様もか?!」
絶対冗談だってわかってるのに発せられた言葉に動揺すると弦一郎も一緒になって声を荒らげた。クソ、ニコニコしてて全然意図が読めない…!
「えーっ!不二抜けがけなんてずるいにゃ!」という菊丸くんの声を遠くで聞きながら不二くんを見やるとさっきよりも近い距離になってそして額に「チュ、」というリップ音が聞こえた。
「ま、また?!」
「ぎゃーっ!!」
触れられた額を手で覆い隠すとぐいっと何かに抱きかかえられた。肩越しに見えたのはうねった髪のワカメで、奴は顔を真っ赤にすると「な、な、何やってんだアンター!!」と叫んだ。
「何って、キスだけど?」
「キスっていうなー!!テメっ!先輩に何すんだよ!!きたねーだろうが!!」
「汚いって酷いな。ただの友愛の印なのに」
「だからって勝手にすんじゃねー!!」
正直、鼓膜が割れそうなくらい煩かったが赤也と気持ちが一緒だったので黙っていると「行くぞ!!」と引っ張られ強制退場と相成った。
不二くんを見れば楽しそうに手を振っていてやっぱり冗談なんだろうな、と思った。私も含めてからかいやすいもんね。
はぁ、と引き摺られながら溜め息をつくと不二くんを睨むように見ていた手塚くんがこっちを見てきたのでまたね、と手を振った。
*****
「…ところで手塚」
手を振る彼女に手を上げて応じれば更に嬉しそうに笑った表情に自然と顔が綻ぶ。話せてよかった、としみじみ思っていれば、浸っていた空気を邪魔するように不二が声をかけてくる。視線をやれば案の定、ニヤついた顔でこっちを見ていた。
「試合に勝ったってことは、真田公認で付き合えるってことだよね?」
「……」
「付き合うの?」
敢えて話を持ち出さなかったのにこのタイミングで何故聞いてくるんだ。じろりと睨んでみたが勿論通じるはずもなく「しかも手塚の笑顔が好きだなんて…さんも物好きだよね」と笑っている。それこそ余計なお世話というものだ。
先程の彼女の言葉を反芻して顔の温度が上がったが素知らぬフリで「さぁな」と返した。
誤解が解け、更に好意的な言葉が聞けたのだ。それだけでいい。そう思っているのに不二は驚いた顔で「あれ?いいの?」とトボけたことをいう。
「こんな機会、もうないと思うけど?」
「…なら聞くがああいわれて不二は付き合うのか?」
「うーん。そうだね」
本人そっちのけで進めた話に意味なんてあるものか、と切り返せば不二は離れて行くを見て顎に手を添えると「どちらかといえば反対される方が燃えるんだよね」と意味深なことをのたまった。それが本気なら屈折してるぞ。
「まぁ、ようは自分のタイミングで動きたいよね」
「……そうだな」
「……」
「……」
「…時に不二、」
「なんだい?」
「からかい過ぎるとに嫌われるぞ」
さっきのキスは別にしなくてもいいものだ。何か意図があったのか、なくてただの悪戯なのかわからない。しかし彼女が迷惑してるのだけは大いにわかって苦言をいえば、一瞬、ほんの一瞬だけ真顔になって、それからいつものように掴めない笑顔で不二は微笑んだ。
お別れの挨拶。その2。菊丸…ww
2013.08.04