You know what?




□ 青学と一緒・16 □




「聞いとらん!聞いとらんぞそんなこと!!」
「はいはい。わかったからさっさと飲んでよね」

河村くんと桃ちゃんに両腕をがっちりホールドされて狼狽する弦一郎に、不二くんは悪魔にも見えなくない笑みでもって立海の皇帝を沈めた。
「こ、こんな不味いものがこの世に存在するのか…っ」と辞世の句でも述べるかのように倒れた従兄を、リョーマくん、菊丸くんと一緒に拝んでおいた。成仏しろよ。

後ろでは「今後を踏まえて胃を強化するプランも作らないといけないな」とノートに書き込む柳がいたがその言葉は聞かなかったことにした。もし乾汁、もとい柳汁を作った際は全力で阻止だ。


「じゃ、次は越前と幸村だったね」

行ってらっしゃい、と手を振る不二くんに幸村は難しそうに眉を寄せたがと目が合うとそそくさと逃げるようにコートへと入っていく。あいつはさっきから怒ったりそわそわしたり何なんだ。

奇怪な動きをしてる部長に首を傾げながら見送るとリョーマくんに手を引かれ視線を下げた。
「俺のこと、応援してよね」と可愛くお願いされて頷かないわけにもいかず「ちゃんと2人分応援するよ」と返せば、面白くなさそうにムッとしたが「まぁいいよ」と溜め息と一緒に手を離しコートに入っていった。

ここに来てリョーマくんは私の反応で何かを要求してくるのだけどいまいち掴みきれていない。お笑いのセンスは皆無だから期待されても無理なんだけどな。


「じゃ、次は手塚だにゃ」
「……」
「…本当にいいの?」

というか、していいのか?

チラリと横目で手塚くんを伺うといつも以上に表情を読み取らせない顔でコートを見つめている。話題は手塚くんのことなのに他人事のようだ。皆瀬さんを見やれば彼女は少し照れたように笑っていて、しかし臆することもなく「手塚くん」と呼んだ。

彼女の申し出で少し屈んだ手塚くんに爪先立ちで頬にキスをする。さっきから見ているがなんだかこの1シーンだけ海外ドラマを見てる気分だ。そんなことを考えていると、視界の端でギリギリと歯軋りをしてる柳生くんが目に入って即行視線を逸らした。私は何も見てない。私は何も見なかった。



「はい。次はちゃんね。何なら手塚の代わりに俺でもいいよん?」
「何言ってんスか。菊丸先輩はもうしてもらったじゃないっスか」
「フフ。桃だって皆瀬さんにしてもらっただろ?…さん。あんまり長引かせると余計に恥ずかしくなるよ?」
「…プレッシャーかけないでよ」

ニヤニヤ笑う青学には苦々しく思いながら手塚くんと向き合うと顔の温度が何度か上がった気がした。不二くんが変なこというからだ。試しに「嫌ならしないけど?」と進言してみたが「したくないならしなくてもいい」と返され引くに引けなくなった。
手塚くんは意外とこういうの嫌いじゃないらしい。弦ちゃんなら確実に照れて逃げ出すのに。

考えれば考えるほど緊張してきたはさっさと終わらせてしまおう!と息を吸い込むと挑むように手塚くんを見上げた。


「じゃ、その、行きます」
「…ああ」
「プ。なにその掛け声」
「そこ!黙っててください!」

不二くんが笑うから折角のやる気がちょっと萎んだじゃないか。それでなくともこういうの慣れてないから緊張してるのに!不二くんめ、と内心悪態をつきながら、皆瀬さんの時と同じように屈む手塚くんに合わせても爪先を伸ばす。わ、地味にキツイなこの体勢。

パパッとやってパパッと終わらせてしまおう、そう意気込んで顔を近づけると「あ、手塚」と不意に不二くんの声がかかり、くっつけた唇を慌てて離した。


変なところで声かけてきたな、と手塚くんを見上げれば彼は手で口を押さえている。驚いた顔でこっちを見てる手塚くんの頬はほんのり赤い。そこて思考が固まった。

え?あれれ?まさか、もしかして。目があったと思ったら動揺するかのように視線を揺らす手塚くんに目を見開くとどこからともなく物々しい、何かがぶつかる音が響き渡った。



まるで審判台が倒れたような、いやそれよりももっと重くて大きな音だ。そう、まるで対名古屋星徳戦で赤也が磔にされた時のような音じゃないか?

まさかな、とおもむろに振り返ると達のすぐ目の前に今にもそこから飛び出してきそうな形で突き刺さってるラケットとボールがあった。フェンスはかなり変形していて大きくひしゃげている。というか、これ突き破ってたら手塚くん達に当たってないか?


「ごめん。手元が狂った」
「同じく、手が滑ったっス」

めり込んだまま落ちないラケットとボールにゾッとしていると幸村とリョーマくんが薄ら寒い笑みを作って取りに来た。そして何でかをしっかり見て「ちゃんと応援してよね」という。2人と目が合った瞬間、全身の毛が逆立ち氷でもあてられたみたいにブルりと震えた。怖いんですけど。

勿論嫌とは言えるはずもなく、大きく頷くと2人は突き刺さったラケットとボールを回収してコートに戻っていく。その後ろ姿を見て冷や汗が大量に流れた。私は何かしたんだろうか。


試合を再開した2人に視線をやると至って普通の試合をしている。別に取り立てておかしな様子はない。強いて上げるならいつも以上に、下手をすると全国決勝戦より真剣な顔つきで無表情に黙々とボールを打ってることくらいだろうか。

「…何かいつもより集中してない?」
「2人共早く試合を終わらせたいと思っているんだろう。だが勝ちを譲るつもりがないから試合が長引いてる確率98.8%だな」
「…この空気で応援とか必要あるのかな?」

正直応援しづらい空気なんですけど。いつもならもう少し挑発とか会話をするのにそれすらない。至って真剣な打ち合いに入り込む隙間なんて一切ないと思うんだ。むしろ邪魔だと思うんだけど。


しかし「でも面白そうじゃない?試しに片方だけ応援してみたら?」とかいう不二くんの言葉は聞かなかったことにします。え?何でかって?そんな面白そうに笑み作ってる大魔王様の誘惑に乗ったら確実に私の明日はないですよ。

とりあえず試合を見ていれば心の中で応援してた!と言い張れなくもない。そう判断して微妙に怖い試合を見ていると隣にいた柳ががっかりした顔でノートを閉じた。柳、お前もか!



じりじりと点を取り合ってる試合を見ながらふと視線を横にずらした。まだ赤みが残っているが平然とした顔で手塚くんがコートを見つめている。無意識に唇に視線が移ってしまい顔が熱くなったは慌てて視線をコートに戻した。

「…何だ?」
「え?!いや、なんでもないよ?!」
「そういわれると気になる」
具合でも悪いのか?とチラリと視線を向けてくる手塚くんにはそうじゃない、と慌てて首を振った。


「ご、ごめんね?その……当たっちゃった?」
「いや、ギリギリ当たっていない」
「残念。そのままキスしちゃえば良かったのに」
「…不二」

じろりと睨めば菊丸くんも似たような顔で不二くんを見ている。「だって、僕の知らない間に君達2人が仲良くなってて面白くなかったんだもん」と不二くんは笑顔のまま肩を竦めた。だもんって可愛く言われてもね…。事故でも当たったらどうするつもりだったんだ。


「僕が心配しなくても君達はちゃんと仲直りしたってことでしょ?あーあ。心配して損しちゃった」
「えっ?!そ、そんなことないよ!不二くんのお陰でこうやって話せるようになったようなもんだし。この2日間とっても助かったし!!」
「…本当に?」
「ほ、本当本当!」

覗き込んでくる不二くんと距離が縮んだが怯まず彼を見つめていると、不二くんもまた開眼して見つめ返してくる。うお、綺麗な瞳ですね。

心の内まで見透かすような視線にドキドキして、今更ながらに不二くんて美男子だよね、と思っていたら急に緊張してきた。
うおう、それ以上近づいたら鼻がくっつきますよ。さすがの近さに顔を赤らめると不二くんは満足そうに微笑んだ。



「……不二、」
「ん?何?手塚」
「…距離が近い。が困ってるだろう」

笑顔もこれまた眩しくて更に緊張したけどここで引き下がったら不二くんの誤解を招く、と思い、赤い顔で耐えていると天の助け、もとい手塚くんがやんわり助言してくれた。
離れた不二くんに内心ホッとして手塚くんを見やればさっきまでの機嫌のいい?顔はどこへやら昨日みたいなしかめ面で不二くんを見ていた。


「もしかして手塚、やきもち?」
「……意味がわからない」
「だって眉間の皺、凄く増えてるよ?」
「……」

ニコニコと微笑む不二くんとは対照的にどんどん機嫌が悪くなってる手塚くんにオロオロと見ていると、がしゃん!という物々しい音と共にまたボールがフェンスにぶつかった。
幸村のサービスがこっちに飛んできたらしい。相手コートと90度もズレてんですけど。


。ちゃんと試合見てる?」
「う、うん」
「ちゃんと見てなかったらお仕置きだからね」

ボールを拾いに来た笑顔の幸村に言い知れぬ恐怖を感じて引きつった笑顔で頷くととんでもないことをさらりと吐いて去っていった。お仕置きって何だ?お仕置きって。

なんだかよくわからなかったけどとりあえず身の危険だけはわかったはさっきまでの会話をあっさり忘れコートにかじりついたのだった。命は大事に、だ。



******



西日が差し込む屋内では後輩達と一緒に借りた道具を返すと時計を見て急いで玄関ホールに向かった。ドアをくぐれば階段下に2校のテニス部員が集まっている。その奥にはバスもドアを開いて待っているのが見えた。
竜崎監督に報告をしたは皆瀬さんと一緒にみんなの後ろに回ると最後の挨拶が始まった。

「あ゛ー…まだ口ん中がべとつく感じがするぜぃ…」
「俺もっス。泥なんか食ったことねぇっスけど、ヘドロ食った気分スよ…」
「お前ら、あんなのよくいつも飲めるな」
「アレでも最初の頃はまだマシだったんスよ…それが不二先輩とか、段々味に慣れてきたなとかいって乾先輩が変な改良してきて…」


竜崎監督の話を聞きながら背を丸め、ひそひそと話してる声にも耳を傾ける。皆瀬さんに視線をやれば彼女も聞いているのか苦笑で返してくる。それを見ても小さく笑った。

ぐったり青白い顔で肩を落とす丸井、赤也、ジャッカルに「内心、いつか乾先輩に殺されるんじゃないかって思ってるんスよね…」と桃ちゃんが疲れきった顔で零す姿にちょっと涙が滲んだ。気絶してるリョーマくんを背負ってるから余計に悲壮感が出ている。不憫だ。


「桃達はまだマシだよ。俺達なんかずっと一緒なんだよ?」
俺、来年テニス部入るのやめようかな、と溜め息を零すのは菊丸くんだ。

隣では河村くんが苦笑していたけどその顔を見て「そんな顔してるとタカさんも来年テニス部に強制的に入部させるからね!」と睨んでいた。どうやら河村くんは高校のテニス部には入らないらしい。

柳の話じゃ大石くんも高校が違うとかいってたし青学もこのメンバーで戦えるのは今年までなのだろう。てっきり手塚くんだけだと思ってた。
「そこ煩いよ!無駄話してないで話をちゃんと聞きな!」と叱る竜崎監督の声すら寂しさが助長されての胸がぎゅうっと締め付けられた。



挨拶も終わり、順々にバスに乗り込む部員達を眺めながら、一際目立つ高長身の人物を見つけたはそちらに足を向けた。

。どこに行くんだよぃ」
「え?あーちょっとトイレ」
「ふぅん。俺はてっきり青学の方に行くのかと思ってたけどな」
「……なんでよ」

丸井に引き止められ、思わず言い当てられた言葉にギクリとしたがなんでもないように装った。というか別にやましいことはないのだから堂々としてればいいんだけど。


は薄情じゃからの。具合が悪い俺らよりもトイレの方が大事なんじゃ」
「おいコラ。いつから私はトイレに行くことまでアンタに断らなきゃいけなくなったんだよ」
「プリ。部活に入った時からじゃ」
「アンタは私がいたことわかってなかったじゃねーか!」

お前いい加減しろよ!と口を挟んできた仁王を睨めば「だったら大人しくバスに乗りんしゃい」と手を掴もうとしてきたのでパッと距離をとった。まだバスに乗り込むわけにはいかないのだ。


「お前、そのまま青学のバスに乗って帰るんじゃねーだろうな?」
「そんなわけないでしょ。東京に行ったって家ないじゃん」
「家がなくても泊まりたいといえば誰かしら寝床を貸してくれそうじゃがの」
「私はそこまで横柄な奴じゃないっての」
「…喜んで青学の奴らにキスしてたじゃろが」
「喜んでないっての!」

どんだけ慣れないことをさせられたと思ってんだ!
どうやらご褒美?のキスの話を聞いたらしく、仁王はそのことを持ち出して疑わしい目つきでこっちを見てくる。

ていうかお前もしてほしかったのかよ!絶対嫌がるよな?!つーか私だってしてほしくないよ!皆瀬さんならまだしも私なんてただの罰ゲームだってちゃんとわかってるよ!
それから嫌々とかやったら逆に申し訳ないだろうが!後で拭いておくようにウエットティッシュ渡しておいたんだからそれで許せよ!



もうお前らのことは知らん!と怒り肩で背を向ければ「裏切り者ー」と恨みがましい声で丸井がボヤいていた。勝手に言ってなさい!

。バスはそっちだぞ」
「うん。だから最後に挨拶しようと思って」

プンスカと青学がいる輪の方へ歩いていくと目の前に弦一郎がやってきての前に立ちはだかった。なんだ?と思いながらも右に避ければ弦一郎も左にずれてきて、訝しがりながらも左に寄れば弦一郎も右側に身体をずらし通せんぼしてくる。
邪魔なんだけど、と睨めば具合が悪そうな従兄が眉間に皺を寄せたまま壁のように仁王立ちしている。


「弦ちゃん、邪魔」
「俺はバスに向かっているんだ。お前もそうすればいいだろう」
「……」
「……」
「…負けたくせに」

退ける気がない堅物な弦一郎にボソッと言ってやれば奴は「なんだと!」とすぐに怒ったがその隙をついてひょいっとすり抜けた。後ろで「おい!」とか「行くな!!襲われるぞ!」とか言ってるけど気にしない。というか、襲われるって何?


「真田は最後まで過保護だったな」
「…乾くんにはそう見えるだろうけど、私は一生もんですよ」

そそくさと弦一郎と距離をとれば、目的の人物に辿り着く前に乾くんが立ちはだかった。チラリと後ろを振り返れば弦一郎はピンクのジャージが眩しい竜崎監督と話をしている。グッジョブ竜崎監督。これならちょっとは大丈夫だろう。
ついでに見えた光景にニヤリと笑うと「残念だったね」と勝ち誇った顔で見上げた。

見えたのは皆瀬さんと柳生くんで、和やかに楽しそうに会話をしている。試合は無事勝ったし、柳生くんも一安心だろう。勝利のキスももらったしね。



「全くだ。折角皆瀬と仲良くなれそうだったのに」
「別に仲良くしちゃダメっては思ってないけど、でも変なちょっかいはもうしないでね」
「考慮しておこう」
「いや、考えるまでもないから」


それがダメだっていってんのに!この人は!と眉を寄せれば逆光メガネの乾くんはくつくつ可笑しそうに笑って「冗談だ」とのたまった。全然冗談に聞こえないのが腹立たしい。

「じゃあ皆瀬の代わりにが俺と仲良くなってくれるかい?」
「は?……いやいやいや!何で私なの?!」
「だって新作の乾汁を一緒に作ろうって約束しただろう?」
「してないから!一言も約束してないから!」

殺す気か!と慌てれば乾くんは笑顔のまま「からかった時のの反応はとても好ましいな」とかいってノートに何やら書き込んでいた。何の話かわからないがエマージェンシーを出してもいいでしょうか。




お別れのご挨拶。その1。
2013.08.04