You know what?




□ 番外編 ・ 仁王1 □




教室でヌクヌクと寝ていれば携帯が震え、お?とメールを開いた。しかし来たのは迷惑メールで仁王は溜息を吐くとポケットに仕舞い直した。ぬか喜びもいいところじゃ。
期待した分余計にがっかりした気分になっていると隣の席に座ってきた丸井が同じように何とも言えない顔で携帯を眺めていた。


「どうしたんじゃ?」
「…んー、いや、別に」

なんでもねぇよぃ。といって丸井は携帯を閉じ頬杖を付いた。現在は自習時間で見張る教師もいないから自由に座って話している者が殆どだ。仁王も勉強する気などハナからなくぼんやりしていれば丸井も似たような感じで宙を見つめている。

何か悩み事だろうか?と思ったが相談に乗れる程元気でもなかったのでそのまま放置した。


「…なあ、仁王」
「ん?」
「女ってどーして近くにあるものに気づかねぇんだろうな」

瞼が重くなってきた頃、丸井がぼそりと切り出した。切り出されて、その内容に思わず彼を見てしまう。


「…なんじゃ。恋でもしとんのか?」
「俺じゃねぇよぃ。赤也だよ赤也。別に悪くねぇと思うんだけどなぁ」
「……が何かしたんか?」
「したってわけじゃねぇけど、赤也だって結構モテるらしいじゃん?」
「らしいの」

「実際最近はいい感じになってきてるみたいだし、なんとかしてやりてーんだけどなぁ」
「ほぅ。丸井は愛のキューピットという訳か」
「うっ…そう言われっと痒くなんだろぃ!…いやよ、あいつってテニスぐらいしかまともにできねぇじゃん?」
「…そうじゃの」

うまい棒を開けながらさらりと毒づく丸井に仁王は少し不憫に思ったがまぁ間違ってはないか、と思い頷いた。



「彼女作ってもすぐ別れてたっぽいし飽き性だと思ってたんだけど、のことはなんだかんだいってずっと好きだからさ。先輩としては成就してやりてーなって思ってよ」
「ゲームも負けまくってうまくいかんとすぐ投げ出すしの」
「そうそ。それでいらないゲームは全部ジャッカルにいってさ。も少しやり込めばぜってー面白いゲームもあったのに勿体ねーよな!」

「ぐぅの音も出せんほど叩きのめしとるんは丸井じゃろ?」
「まぁな。つっても仁王だって得意のゲームは赤也のことこてんぱんにするじゃねぇか」
「赤也はいいサンドバックだからの。目の前にいるのが悪い」

顔を見合わせクク、と笑ったが丸井は頬杖をついたまま携帯を取り出した。


「さっきよー。芥川からメールが来てさ。スノボ行かね?って来たんだよ」
「…ほぅ」
「まぁ、行けなくはないんだけど…メンバーがさ、氷帝レギュラーととそのダチらしいんだよ」
「また変わった面子じゃの」
「だろぃ?聞いた感じ皆瀬じゃなくてクラスのダチらしくてさ。これ見てどーしよーって思っちまってよ」
「…別にただの友達かもしれんじゃろ?」
「かもしれねぇけどあいつらだぜ?癪だけどなんだかんだいってあいつら見た目いいし金持ってるしさ。女の扱いもわかってるしでなんでも揃ってるだろ?落ねーわけなくね?」

「仮に狙ってる奴がいたとしてもがそうとは限らん」
「だって怪しくね?特に芥川とかべたべたに懐いてるし、あの跡部とか忍足とかも気に入ってるっぽいし」
「あいつらはからかいがいのある玩具ぐらいにしか思っとらんよ。彼女になるには相当長い道のりじゃ」
「けど、ただの友達を泊まりがけでスノボ連れてくか?あれ絶対跡部の金で行くんだぜ?」
「…らがそれを悪用せんとわかってるからじゃろ」


特に跡部の周りは金を出してもらえるとわかった上で我が儘し放題の女しかいなさそうだから、達の方が気軽に感じるかもしれない。
内心スノボとかふざけんじゃねーぞ、と思ったが仁王は平静を装って「それで行くのか?」と聞けば丸井は唸り声を上げながら机に突っ伏した。



「行って牽制かけてもいいけど俺だけじゃアウェイ過ぎて負けそうな気がする」
「随分と弱気な発言じゃの」
「仁王も一緒に行かね?」
「……寒いのは嫌いじゃ」
「お前、暑いのも嫌いじゃねーか」
「暑いのはもっと嫌いじゃ」
「…可愛い女の子いるかもしんねーぜ?」
「それこそ赤也を連れてったらどうじゃ?」
「……そしたらスノボどころじゃなくなんだろ?ジャッカルも連れてかなきゃなんねーしで…めんどい」


赤也のことだ。連れてったら誰彼構わず噛み付くだろうし、を巻き込んでケンカになる可能性だってある。外で見てる分には楽しいが仲裁役は御免被りたいところだ。
「ああクソ!何でよりにもよって氷帝レギュラーなんだよぃ!」と頭を掻きむしる丸井に「女はそういうもんじゃよ」と身も蓋もないことを返した。



******



授業が終わり、お腹が鳴った仁王は屋上を後にするとゆったりとした足取りで教室に戻っていた。途中くしゃみをして鼻をすすり、やっぱり晴れてても外はダメじゃな、と考える。
本当は教室が理想なのだがここ数日あまり教室にいたくない理由が出来てしまって寄り付かないでいる。

まるで苛めに遭ってる子じゃないか?と思ってなんとなく笑ってしまった。

「……(俺がイジメとか笑かす)」


今日は何を食べようか、と歩いていると視界の端に見覚えのある後ろ姿を見つけた。忘れようと思っても忘れられなくなってしまった彼女に視線を向けた。
弁当を持ってるところを見ると教室じゃないところで食べるらしい。そこまではよかったが隣の人物を見て眉をひそめた。

なんじゃ。俺のメールは返さんくせにあいつとは飯を食うのか。
じと目で恨みがましく見つめていたが距離があるせいか通じてないのか、2人は振り返ることなく空き教室に一緒に入ってしまった。


2人きりとかなんじゃそれ。思わず空き教室に乗り込むつもりで足を踏み出したがもし仮に自分が予想してるような場面に出会ったらシャレにならない気がして踏みとどまった。
いや、それはないだろ。そう思うものの、文化祭後の奴の行動力に冷や汗が流れる。行くか。行かないか。


「仁王くん?どうしたの?」

ジリジリとした気持ちで消えて行った方を見ていると声をかけられ振り返った。そこには財布を持った皆瀬がいてギクリとした。また厄介なのに見つかった。
彼女達が入っていった空き教室に後ろ髪を引かれる想いだったがこっちはこっちで面倒なのだ。

捕まる前に階段を下っていけば後ろで「あ!逃げた!!」と追いかけてくる足音が聞こてカフェテリアとは別の方へと逃げた。



******



SHRも終わり、やっと終わったーと席を立つ音が響く。その中で珍しく仁王が自分の席に座って起きているものだから丸井が珍しそうに笑って遊びに誘ってきたが丁重に断った。

あの後、例の空き教室を覗いてみたが鍵がかかっていて中には入れなかった。そういったところの鍵は大抵申請書に記入しなければならないので明確な用途がなければ貸出しない。中には貸出申請しなくても使える教室がある。勿論その鍵は先生に内緒で生徒間でやりとりされてるし幸村が入っていった教室ではなかった。


教師に一際信頼の厚い幸村のことだからそれを裏切るようなことはしてないだろうが現場を知らない分やきもきしてる自分がいるのも確かだった。前は彼女が誰かといようと気にもしなかったのに。いつからこんなに女々しくなったんだろう、そう思わずにはいれなかった。


「雅治、」

赤也から借りたマンガをパラパラ捲っているとすぐ横に見覚えのある顔が立っていた。しかし仁王はあげた視線を何事もなく下げるとマンガを読むフリをした。
放課後といってもまだ教室にはそこそこ残っていてザワザワとしているが仁王と横田の周りだけはいやに静かだった。

「一緒に帰ろ?」
「……」
「話があるんだ」
「……」


随分前に思ってしまうが相手は元彼女で、ことあるごとに話しかけてくる。こっちには話すことはない、という態度で座っていれば彼女の手がぎゅっと握り締められたのが見えた。
横田はまだ未練があるらしいが自分にはそんな気持ちはこれっぽっちも残ってない。付き合ってる時はそこそこ好きだった気もするが彼女の友達がに怪我をさせた時点でゼロがマイナスになった。

『仁王は女遊びを復活させた。今がチャンス!』という噂を嬉々として教えてきた丸井に、仁王はこいつも本気にした1人か、と溜め息を吐くとマンガを鞄に詰めておもむろに立ち上がった。


「あの時は本当にごめん!雅治がテニス大事にしてるの知ってたのに…友達も反省してるし、そろそろ許してくれたっていいでしょ?」
「許さんよ」
「まさは」
「横田。謝る相手は俺じゃなかろ」



出入り口に立って振り返れば潤んだ瞳の横田と目が合った。許したからといって関係が元に戻ることなんてない。ただの友達でいいのか?問えばきっと彼女は違うと答えるだろう。

「何を期待しとるか知らんが、お前さんとはもう終わったんじゃ。さっさと諦めて次の恋でも探しんしゃい」
「…っできるならそうしてる!でも私には雅治しかいないの!」


涙ながらに訴える横田に残ってるクラスメイトが一斉に視線を向けてきた。明日にはまた新しい噂が流れるんだろうな、と考え思わず眉をひそめた。
ああもうどうでもいいだろ、俺のことなんて。そっとしておいてほしい。どうせお前らは上っ面しか俺を見てないし俺も大して見る気なんかない。それだけの関係だからよかったんだ。


「俺はお前さんよりもテニスが大事じゃ。わかったらもう俺の前に現れるな」


そのまま横田を置いて教室を出た。足早に歩きながら、自分も横田と一緒じゃないかと思った。
と全然連絡がつかないこの状態で、いい奴ぶっても彼女に伝わることはない。むしろ自分以外の男に目を向けてしまってる。

テニスだってそうだ。思うようにラケットを振れない。大事だといっても触れて試合に出れなければなんの意味もない。

重みの少ない鞄に変わってどのくらい経っただろうか。
この腕を悪化させないためにはどうしたらいいか。
自分の選択は間違ってないか。


立ち止まった仁王はぎゅっと左腕を掴んだ。テニスができなければとの繋がりすら危うく思えてならない。勝ちたいと思う相手はテニスの延長線上にいるから余計にそう思うのかもしれない。
はぁ、と溜め息を吐けば携帯が震えた。きっとじゃないんだろうな、とメールボックスを開けば差出人は由佳でこれから遊ぼう!という内容だった。



その内容を見て少し考えてしまった。別に遊ぶことは構わない。しかし脳裏に浮かんだダブルスパートナーとその彼女兼マネージャーに若干面倒な気持ちになった。いくらただの友達だといっても全然信じてもらえないのだ。

由佳と終わってることは自分が1番よくわかっている。無駄だと分かってて時間も費やした。だからこそ今はそれなりの距離で接しているのに以前のことを持ち出しては心配されるのだ。
それが億劫でならない。だからといって大事な仲間を無下にもできない。


そのうち直接由佳から電話がかかってくるだろ、と思いつつ携帯をポケットに入れた仁王はなんとなくI組へ足を運んだ。本当になんとなくだった。

教室をさりげなく覗いてみたがやはりというかの姿はなかった。近くにいた知らない奴に聞いてみても「もう帰ったんじゃないか?」と返されそうだろうな、と息を吐く。いたからといって話すことといえば文句しかないのだが。
試しに茶色のハゲを探してみたが丸井とゲーセンに行くというのを思い出したのもあって目立つ頭は見つけられなかった。


「あ、仁王くん!」
「…うわ。どうしたんじゃ皆瀬」

仕方ない、帰るか。と踵を返したところで後ろから声をかけられ、思わず顔をしかめてしまった。「今"うわ"っていったでしょ!」と迫ってくる皆瀬に身を引けば逃げれないように右腕を掴まれた。

「放課後なのに何でさっさと帰らん」
「比呂士くん待ちなの!それより、何でちゃんと連絡とってないの?」
「……皆瀬には関係なか」

いきなり振られた核心に仁王は眉をひそめた。だから会いたくなかったんじゃ、と思ったが相手は逃がさんとばかりに廊下の端に寄って迫るように睨んできた。

「関係なくても誰かにはいつも相談してたでしょ?ちゃんに言ってると思ってたから私あんまりいわなかったのに」
は関係ないじゃろ。もうマネージャーでもないし」



仁王がそんなことを言えば何言ってんの?!という顔をされた。そんな顔をされたところではもう俺に興味なんてないのだ。幸村でも跡部でも好きなところに行けばいいだろ、と半ばヤケになって「なんてどうでもいいぜよ」と吐き出せば皆瀬は悲しそうに眉を寄せた。


「…2ヶ月前は試験日前日にデートに誘ったってショック受けてたのに」
「……」
「知らない間に幸村くんと仲良くなってて、慌ててどこの動物園がいいのか聞いてきたのはどこの誰?」
「…知らん。見知らぬバカな男の話じゃろ」

今更そんな話をされても後悔が上塗りされるだけだ。フイっと窓の外に視線をやれば皆瀬は何度か歯噛みをして俯いた。


ちゃんも気があると思うよ?でなきゃ深夜に一緒に初詣行かないだろうし」
「どうかの、」
「私は、あの人よりもちゃんの方が仁王くんに合ってると思う」
「それは皆瀬が決めることじゃなか」

冷たく言い放てば皆瀬の肩が揺れた。柳生に見られていたら殴られそうな光景だな、と思った。


けれど引き下がれなかったのだ。意固地になってるといえばそうかもしれない。お前は由佳の何を知ってる?彼女の一部分しか知らない皆瀬達にはいわれたくなかった。いくらテニスが嫌いでも自分が好きになった相手を否定してほしくなかった。

今のと比べれば、例えテニスから遠ざけようとしてる由佳でもそちらの方を選んでしまうのは仕方のないことだった。


「これは俺個人の問題じゃ。お前さんらには関係なか」
「関係あるよ!だって仁王くんは」
「皆瀬。マネージャー気取りは柳生の前だけにしときんしゃい。俺には構うな」

お前さんは柳生とイチャイチャしてればいいんじゃよ、そういって背を向ければ「仁王くん!」と悲鳴に近い声で呼ばれた。呼ばれたが振り返らずその場を後にした。




41話〜43話くらいの頃。
2013.04.16