□ 56b - Another tale - □
「ム、来たようだな」
「おわっ幸村部長!荷物凄くないっスか?!」
「そう思うなら持ってくれると助かるんだけど」
閉まりかけた校門前で立っていると最後にゆったりとした足取りで幸村が歩いてきた。彼の両手にはお祝いのプレゼントが袋いっぱいに詰められている。
更に増えたのか、と内心思っていれば赤也とジャッカルが無言で荷物を持っていた。
色々突っ込みたいところだけどとりあえず刷り込まれた慣れって怖いね。誰が言うでもなく動いちゃったよ。しかもジャッカルの隣では「幸村くーん。お菓子あったら回してくんない?」とかいうんじゃない!さっきファンの子達帰ったからって近くにいないとは限らないんだよ?!
「ああいいよ。好きなのを持って帰ってくれて構わない」
「おいおい…」
幸村さんよ、それはまずくないか?と呆れた顔で見れば隣にいた弦一郎も難しい顔をしていた。多分ここに皆瀬さんと柳生くんもいたら同じないし、近しい顔になってたんだろうけど生憎彼女達は幸村を待つ段階で先に帰ってしまっている。
「大丈夫。回すのは市販品だし、ちゃんとカードは持って帰るから」
「う、うむ…」
まあ、貰った本人がいいと言うんだからいいんだろうけど。バレンタインもお返しほしいとか文句いう子いなかったから多分大丈夫なんだろうけど…何か色々麻痺してる気がするなぁ。
目の前で繰り広げられている闇取引を見ながらあげた子はこれでもいいのかなーと考えていると満足げな丸井が「おっしゃ!帰ろうぜ!」と歩き出したのでそれに習って達も歩き出した。
日はもう暮れていて外灯と窓から漏れる光が夜道を照らしている。その為少し視界は悪いが少しばらけて歩く前の集団はよく見えた。あーあー赤也の奴紙袋振り回してるよ。零したりしないかな。
「あいつ危なっかしいねー」と飯田ちゃんや吾妻っちと話しながら歩いていると幸村のお菓子を早速開けた丸井が「お前らも食うか?」と呼んだので飯田ちゃんと吾妻っちが嬉々として向かっていく。
その後をも続こうとしたらすぐ隣に紙袋をひとつだけ持った幸村がやってきて、踏み出そうとした足を留めた。さっきまで柳と並んでたよね?と振り返れば彼は弦一郎と話している。
「軽そうだね幸村」と嫌味を込めていってやれば「だってジャッカル達が持ってくれるって言うからさ」とさも当然のように返してきた。あいつらは両手に紙袋だからね。
「もう病人じゃないのに」と笑う幸村にも小さく笑って前を向いた。両手が塞がってる赤也が丸井からお菓子を貰おうと口を開いているがすんでのところで食べさせてもらえない、という可哀想な場面を見てしまった。よし丸井。もっとやれ。
「でも良かったね。そんだけ貰えてさ。私なんて親に強請らないとプレゼント貰えないのに」
「あれ?って友達いなかったっけ?」
「…おい。やめてよその言い方。私がいつ友達いないっていったよ」
「だってその言い方だと友達にも祝ってもらえてないってことだろ?」
いやいやいや。私はプレゼントの話をしてるのであって別に祝ってもらえてないわけでは…あれ?でも、亜子達に祝ってもらったのってミスドのドーナッツとドリンクのセットを奢ってもらったくらいだっけ…?ある意味いつもの日常のちょっとしたラッキー的な?
チラリと幸村の紙袋を見て、丸井特製ケーキを思い出してなんとなく涙が出てきた。こんなところで現実にぶち当たると思わなかったよ。何この格差社会。
「…いいんだ。私は親に強請って買ってもらうのが親孝行なのさ…」
「それって親不孝の間違いじゃないの?」
「幸村にはわかるまい。この不条理…」
ドーナッツ美味しかったけどな!!
あの時幸せ〜なんていいながら満足していた小さな自分があまりにも小さく感じて明後日の方向を見上げた。安いな、私。
「…しょうがないな。今年のの誕生日はみんなで祝ってあげるよ」
「え、本当?」
1人黄昏ていると幸村がクスリと笑って「ああ」と頷く。そしたら丸井特製のケーキが食べられるのか?!いいなそれ!
「…プ。祝ってやるっていうのにもう食い気の話?ってそこまで食い意地はってたっけ?」
「いやだってさ。丸井から貰ったケーキ少しだけだったし、後は赤也の攻撃で食べ損ねたんだもん」
「ジミー先輩!何か言いましたか?!」
「いってねーよ!ほら前向かないと転ぶよ!!」
「何言ってんスか。今俺の名前出し…うわっ」
「ぷっはははっ何コケてんだよ!」
「おい赤也、大丈夫か?」
「ちょっと幸村先輩のプレゼント散らばったじゃん!」
「ギャーっ!スミマセンぶちょー!!」
「…早く拾いなよ」
ずべっと転んだ赤也に丸井はゲラゲラ笑ったがジャッカルと飯田ちゃんは心配そうに屈んで赤也を助ける、わけではなく幸村のプレゼントを回収しだした。続いて赤也も慌てて拾い出す。本当よく調教されてるね。
呆れた顔でいいながらも怒らず、むしろ微笑ましそうに眺める(でも手伝わない)幸村をチラリと見たは小さく微笑んだ。
「まったくもって羨ましい限りだよ」
無事プレゼントを回収して歩き出すとは幸村が隣にいることを確認しながらそう呟いた。
羨ましい。けれど幸村が成し遂げたことを考えたらそりゃそうか、と納得する部分もある。テニスでは神の子っていうくらい強くて、カリスマもあって、勉強もできて、性格もそこそこ、そしてこの見た目だ。慕われて好かれて注目されるのは至極当然だろう。
でもそれと同時にふと思い出したのだ。
去年のこの頃にはもう幸村は入院していて闘病生活に入っていたこと。
手術を受けて無事生還し、テニスがまたできるようになったこと。
再発するかどうかはわからない。けれどゼロではない。という柳の言葉を思い出したは幸村を見やった。のセリフに不思議そうな顔をして見返してくる彼に本当に良かったな、と思う。
「良かったね幸村。みんなに祝ってもらえて」
「…?ああ、そうだね」
あの時、幸村が生きることを諦めてしまっていたら、手術が失敗していたら……こうやって一緒に帰ることも、話すことも、テニスもできなかったんだよね。誕生日も迎えられなかったんだよね。
「本当に良かったね」
「……」
「誕生日おめでとう、幸村」
まだちゃんといってなかったよね、と幸村に微笑みかければ彼はそのまま固まり追い越してしまった。慌てて立ち止まり振り返れば彼は呆然とした格好でを凝視している。あれ?何か間違ったことでも言ったかな?
こっちを見たまま固まってる幸村に「大丈夫?」と不安げに聞いてみたら、彼はハッと我に返り、そうかと思うと口元を手で隠し目を右往左往させた。どうした?いきなり挙動不審になったぞ。
「?どうした?」
「え、いや、その…」
「……大丈夫だ。問題ない。俺達は先に行こう」
そこへ後ろを歩いていた弦一郎に声をかけられたが答えきる前に柳が幸村とを見て何かを感じ取ったらしく、フッと微笑むと弦一郎の背を押しさっさと歩いて行ってしまった。
「ゆ、幸村…?」
放置され戸惑いながらも幸村に近づくと彼はじっとしていたが視線はチラリとこちらに向けてきた。
口を押さえてるせいか顔まで赤い。せめて鼻呼吸しようよ。息止めたら苦しいよ?
「早く行こう?あいつらに置いてかれちゃうよ?」
「……ああ、」
やっと動き出した幸村にホッとしてついていけばまた同じように並んで歩く。ああ、丸井達と結構離れたな…。あそこの信号で待っててくれないかな。
つか、ジャッカルと赤也は幸村の荷物持ってるの忘れてないよね?そんなことを考えていると幸村が「、」と静かに、でもよく聞こえる声色でを呼んだ。
「いきなり何の前触れもなくいうから、ビックリしたよ」
顔を向ければどこかぎこちない感じに歩く幸村にそういわれ、いわれてそういえばそうかも、と思ったら今更急に自分の言った言葉が恥ずかしくなって顔を逸らした。少し顔が熱い。
「……わ、私だってお祝いごとには嬉しい気持ちになるし、そういうこともいうよ」
「別に嫌だとは言ってないだろ」
ていうか、ファンの子達からはもっと赤面したくなるようなこといわれてるじゃんか。ビックリしたくらいで赤くならないでよね、とつっこめば「それとこれとは別」と一蹴された。何が違うんだ。
「んー…割と、そこそこ、嬉しかった…てことかな」
「…なにそれ、私に祝われるのは意外で微妙ってこと?」
「そんなことないよ」
「フーン…」
「ありがと、」
淡々と、言葉を区切ってそんなことをいう幸村に睨もうと彼を見やれば何故かお礼を言われ目を瞬かせた。しかもその顔は割ともそこそこともつかないようなとても嬉しそうな顔での心臓はこれでもかと跳ねた。
そんな赤い顔でそんな微笑まれたらほんのちょっとだけど勘違いしたくなるからやめてほしいんですけど。イケメンって攻撃力高いから私の心臓持たないんですけど。
見つめ合ったままどちらも動けず微妙な空気のまま沈黙していると赤也の声が聞こえ肩が揺れた。前方を見やれば弦一郎達が信号前で立ち止まっている。それを同じように見ていた幸村は少しホッとしたような気の抜けた顔で笑って「行こうか」といってまた歩きだした。
その後を私は呼吸もままならないまま赤い顔で追いかける。いきなりなのはそっちもじゃないか。
2013.12.01
2021.07.02 加筆修正