The thought kept in mind.




□ 54 □




逃げるように学校を飛び出したは家には戻らずまっすぐここへと向かった。趣のある日本家屋に勝手知ったると言わんばかりに入り込んだは本人の了解も得ないまま部屋に入り、ベッドへ倒れこんだ。
後ろで「!女子がそんなはしたないことをするんじゃない!!」と叫んでいたが全部無視した。

「いい加減にしろ!制服がシワになるし、年頃の娘がそんな格好で寝そべるんじゃない」
「つめた!……ありがと弦ちゃん」

べしっと目に押し付けられた濡れタオルに礼をいえば短く息を吐いて勉強机の椅子に座った。今思ったけど弦一郎と学習机って合わないよね。
仕方なく起き上がったは足を揃えてベッドに座り直した。


「何があった?」と難しい顔でいうのでぽつりぽつりと片思いの人がいてでももう色々終わってて、でもやっぱり好きで困ってる、と名前を伏せて話した。

長い経験上、弦一郎はこういう時途中で口を挟まないということを覚えたのでとりあえずずっと聞いてくれた。ちなみに顔はしかめっ面のままである。
一通り話した後タオルから離して弦一郎を伺えば眉間に皺を作っていたが説教はなさそうだ。


「その片思いの相手は誰だ?とりあえず俺が制裁を下してこよう」
「…気持ちは嬉しいけど余計なことしなくていいから」
名前を言ったら間違いなく腰抜かすと思うわ。

「だが何故相手に想いを伝えないんだ?」
「…できれば当たって砕ける前に心の準備をしてから粉砕したいんですよ」

脳裏でそういえばダビング途中放棄してきたわ、と思い出し西田に悪いことをしたなと思った。そんな適当なことを思ってるに腕を組んだ弦一郎は呆れた顔になって「なぜ最初から諦めている」と説教モードでこっちを見てくる。


「相手の答えを聞かなければ粉砕も何もないだろう?」
「その答えを微妙に聞きたくない場合はどうしたらいいんですか」
「それでは意味がないだろう」

それはそうだ。それから「はそいつと付き合う気はないのか?」と問われ眉を寄せた。付き合いたい…のだろうか。でもそれをやったらただの昼メロじゃないだろうか。



付き合うというフレーズに仁王とのキスを思い出してしまったはそのまま横倒しにベッドに倒れた。あんなキス初めてしたんですけど!やっぱり奴は百戦錬磨だったな。絶対経験豊富。そして手が早い。…最悪だ。
タオルを目に押し当てながら一気に気落ちしてる自分に器用だな、と第三者の自分が冷静に呟いている。

!」と弦一郎が叱ってきたが回復まで待ってほしい。本当はここで悶絶したいんだ。それをしないだけでも褒めてほしいくらいだ。

「お前が納得して諦めるならまだしも打ち明けもせずそんな曖昧な状態で諦めるなど俺には理解できん。それにとそいつは想いを伝えて終わってしまうような関係なのか?」
「……」
「俺は、に好意を寄せられて嫌だという者はいないと思うぞ」


そういうものだろうか。いやまあ、確実に身内贔屓な言葉だろうけど。でもそれを分かっててここに来たんだし。そう考えるといつも弦ちゃんに甘えっぱなしだよな私。


「どちらにしろ、を悲しませるような奴とは付き合わせんがな」
「……だから、なんでそこでお父さんみたいなセリフ言うかな」

付き合わなくて正解だ、と頷く従兄には苦笑して濡れタオルと目の上に乗せた。


「あーそういえばさ。ファーストキスのカウントって口と口が離れたら1カウントなのかな?それともお互いの顔が見えるところまで離れた時なのかな?」
「…は?」

目を見開き固まる弦一郎の横で、手の甲を唇に押し当てながらまだリアルに残ってる感触に耳がむず痒く熱くなった気がした。



*****



は友達に断りを告げ教室を出ると、空き教室のドアを開いた。中を覗けば柳がぽつんと座っていて、はにっこり笑って弁当を持ち上げると定位置になりつつある席に座った。

「幸村は?」
「ここからではC組は遠いからな。それに少し遠回りをしてから来るらしい」
「ああ。まっすぐ来たらここにいるのバレるもんね」

今日は幸村の誕生日とあってか、C組に向かう女の子が多い。達テニス部も放課後サプライズパーティーしようぜ!ってことで着々と計画を練っているのだがこの調子だと放課後幸村を確保するのは少し難しいかもしれない。

モテモテくんは大変だねーとお弁当を取り出し、パックジュースにストローを刺した。「先に食べると精市が拗ねるぞ」となんとも可愛い忠告をしてくる柳には笑って「準備だけだよ」といつでも食べれるように万端にしていれば彼が少し笑ったように見えた。


「じゃあ幸村が来ないうちに話しちゃうけど、ケーキは現在丸井が調理室で作成中。ジャッカルはその手伝いで赤也達1、2年は放課後に飾り付けする予定だって。
小道具は柳くんの指示通り完成したんだけど昨日トラブルがあったとかでお菓子と飲みものを含めて真田と皆瀬さんと柳生くんが調達予定」

「では手筈通りが精市を部室まで誘導できそうだな」
「…それなんだけどさ。私じゃバレない?真田程じゃないけど顔に出やすいっていわれるし」
「そんなことはない。はただ何気なく精市を誘って部室に向かえばいいだけだ。おかしまれない程度に一緒にいるから精市も怪しいとは思わないだろう」


自信満々にいう柳には「そうかなぁ?」と少し不安げな顔をしたが柳が言うんだし大丈夫だろう、そう思って一応頷いた。

それから「プレゼントって何買ったの?」とプレゼント担当の柳に聞けば「後のお楽しみだ」とはぐらかされてしまった。くそう。ギリギリまで隠しておく気だな。

みんなからそれぞれ貰っても気を使うだろうし、みんなのお小遣い事情も含めて柳が代表で買うことになったんだけど中身が微妙に気になるのだ。今迄の自分なら差し障りのない文具とかテニスの消耗品だと考えるだろうけどそれなりに知った今はネタ物もありじゃないか?と思っている。

意外にノリがいいと知ってしまったから余計にだ。それだけに柳の行動は気になってならない。「大したものは買っていないぞ」といわれてもねぇ。



「柳くんってたまに思いもよらないことするからねぇ。昨日からずっと気になって仕方ないんだよ」
「そうか?理論建てて考えれば俺の考えなど簡単にわかると思うが」
「…それができたら普通の人いりませんがな」

柳の脳みそじゃないとできないよ、と肩を竦めれば「そうか?」と可愛らしく首を傾げた。

「…柳くんってさ。感情隠すのクセでしょ」

仁王や幸村も隠すのうまいけど、柳は感情の波が誰よりも傾らかに見えるから余計にそう感じてしまう。というか無我の境地か?と思う時もしばしばあった。の言葉に柳は少し考える素振りをしたがはぐらかされた。


「ねぇ柳くん。ひとつ聞きたいことがあったんだけど、聞いてもいい?」
「ん?何だ?」
「柳くんってさ。友美ちゃんのこと、好き?」

の質問に柳の肩が微かに揺れたように見えた。

疑問はテニス部に入ってすぐに浮かんだがそれは柳生くんの存在で消えてしまった。がマネージャーとして入った時には皆瀬さんは柳生くんと一緒に帰っていたからだ。

あの姿を見ていたから皆瀬さんが「蓮二くん」と呼んでいても、嫌がらせをされてた時に庇ってたと聞いても、普段通りの柳を見て違うんだろう、と思った。でもそれは思いすごしだったらしい。現に彼はF組ではなく誰もいない空き教室で彼女のいない時間を埋めている。


「柳くんはそれでいいの?」


本気じゃないって嘘をついて逃げるように誰かを好きになれればどんなにいいだろうか。柳がそこまで器用な人間じゃないし、その程度で皆瀬さんを見ていた訳じゃないだろうからこの質問は愚問でしかないのだけど純粋に聞きたかった。

じっと柳を見つめていれば彼は困ったように眉を寄せ、答えづらそうに顔を逸らした。



「…どうだろうな」
「……もう、好きじゃないの?」
「いや、もう慣れてしまった、という方が正しいかもしれないな。この気持ちを抱えたまま見ていることに慣れてしまった。彼女が幸せなら、と近くにいるだけで満足してしまったせいかもしれない」

「辛くない?」
「…わからない。時々、忘れた頃にひどい痛みに襲われることがあるが、それも彼女が笑えば"それだけでいい"と思えるしな」
「そっか…」

柳の顔は穏やかだった。そこに行き着くまでに苦しい想いをたくさんしてるはずなのに、そんな表情は微塵も見えなくてすごいな、いいな、と思った。



「…私もいつか、そう思える日が来るのかな」



仁王にを思い出す度に胸が熱くなる。彼がいない今はそうでもないって言えるけど仁王を見れば心臓はバクバクいうしぎゅっと胸も締め付けられる。


仁王が好き。
触れてみて更に強く思ってしまった。


離れてたせいもあって焦がれて焦がれて、もっと触れたい、抱きつきたいと思ってしまう。
もう浮気だろそれ、とつっこむこともできない立場になってしまった。
不純だよなって思う。新島さんのこと知ってるのにそれすら想いを留める抑制には至らなくなってしまった。


きっと重症なんだろう。けれど、柳生くんにどれだけいわれても自分の気持ちを伝える気はもうなかった。だって仁王の気持ちが変わらなければ自分が想いを寄せたところで変わることはないのだから。

今はただ少しでも仁王がテニスに戻れるように協力してやることが私が今出来る唯一のことなんだろう、ってそう思ってる。それが出来れば彼との距離も線引きもなんとかなるんじゃないかと漠然と適当に考えていた。



、お前…」


頬杖をつきながらストローの先を指でつつくに柳は開眼をした目でこちらを見やった。しかしその言葉はガラリと開けられるドアの音でかき消され、2人は来訪者に視線を向けた。
「お待たせ」と微笑む幸村には「遅いぞ!お腹ペコペコだっつーの!」と冗談交じりに怒った。


、」
「さっきのことは内緒だよ」

眉を寄せた柳ににっこり微笑むと、勘のいい幸村が「何?俺に内緒の話?」と伺うようにこっちを見てくる。


「そうそう。結婚するなら柳くんみたいな人がいいなって話してたの」
「は?」

きっといい旦那さんになるよ。とお弁当の蓋を開ければ幸村と柳が引きつった顔で視線を交わしたのだった。



*****



幸村の機嫌がすこぶる悪い。それを柳に相談すれば「お前の責任だから、お前が何とかしろ」と丸投げされた。私の責任ってどういうことよ。

SHRが終わり、ジャッカルとアイコンタクトを交わしたはそのままC組に向かうと不機嫌な幸村が出てきてうっと顔を引きつらせた。両手に下げてる誕生日プレゼントの袋に「片方持とうか?」と聞いてみたが無視された。ひどい。


「…俺、図書室に行くんだけど」
「ああ、うん。一緒に行く」

そのままついていこうとを邪魔そうに見てきた気がしたが気にしないようにした。でないと計画が丸潰れである。そして、部室に辿り着く前に幸村のご機嫌も治さないと後で赤也達に何を言われるかわからない。
隣を歩きながらチラリと伺うと不機嫌です、と素直に顔に出しながら歩く元部長様がいて人知れず溜め息を吐いた。


はっきりいおう。幸村って意外と子供っぽい。時折ジャイ○ンになるのだ。

丸井も我侭だけどあっちは女王様。持ち上げれば結構単純に許してくれる。あとお菓子ね。
しかし幸村の場合は王様なのだ。人前でヘソを曲げるのは仲が良くないと見れないものだろうけど(現に今迄見たことも噂で聞いたこともなかったし)、ご機嫌伺いをするこっちとしては何が正解かわからんので手に負えなのだ。

誰かにヘルプをかけたいのだが肝心の参謀はお前が考えろとか言うし、持ち上げるとか褒め称えるとかでいいならいうけど多分すぐバレるだろうし幸村もそういうのは好きじゃないだろうし。


ガラリと図書室に入っていく幸村を追いかけて中に入ればポツポツ生徒がいるくらいで幸村の待ち伏せもなく至って静かだ。
司書さんがいないのを確認してホッと息を吐けばやや乱暴に紙袋を椅子に置いた幸村がカウンターに行って本を返していた。

荷物を置いたということはまだ居座るのだろうか。本棚に向かった幸村を見送っては荷物番のように幸村の荷物の隣の席に座ると携帯を取り出し柳とジャッカルにそちらはどうどうよ?とメールを送った。



返事が来るまで暇だな、と思ったがはあることを思い出し席を立った。横目で本を物色してる幸村を見やりつつ奥の本棚へと向かうと薄暗い机に辿り着いた。

出入口から死角の暖房が届かないこの席は去年仁王と一緒に勉強していた机だ。なんとなく息を飲んだは恐る恐る机の下を覗き込むとテープで貼られた紙があってドキリとした。前と同じ手法だ。
ゆっくりとテープを剥がし紙を見ればシュシュが入った袋にあったのと同じ半分にされた折り紙のようだった。

「何?それ」
「え?!ゆ、幸村?!」

なんだろ、と紙の中身を見ていると後ろから声がかかりビクッと肩が跳ねた。振り返ればさっきまで別の本棚で本を物色していた幸村がいて思わず声を上げてしまった。「シー」という指のジェスチャーに慌てて口を塞ぐと振り返った幸村が「大丈夫かな」といってこっちを見た。

「何してたの?」
「え、いや、別に何も」


小声で聞いてるのになんだろう、この圧迫感。視線を左右に泳がせるが言葉と空気の圧力が半端ない。それはきっと機嫌が悪いからだろう。もういいや、と幸村の雰囲気に負けて紙を差し出せば彼は益々眉をひそめた。

「何の暗号?」
「私もわかんない」

紙にあったのは『≠』と『へ』だ。まったくわからない。これが答えなんだろうか?と首を傾げれば幸村も難しい顔で見ていて「これ半分だけどもう半分はないの?」と聞いてきた。


「あるにはあるけど、家なんだよね」
「じゃあ家に帰らないと意味がわからないのか」

紙を返してもらいながら、わかればいいけどねと思いつつ「そっちの用はもう終わったの?」と聞いてみた。

「うん。借りたいのはこれで最後。卒業式までに読み終わらないと」
「そこまでして読みたいものなの?」



熱心だな、と幸村の手元を覗き込めばおよそ幸村が好むような本じゃなくて目を瞬かせた。むしろ女の子が好きそうな、というかが借りたことがある本で。

「え、意外!幸村ってそういうのも読むんだ」
「まぁね。色々開拓しようと思って」
「そうなんだ。それ、面白いよ。幸村の好みかどうかまではわからないけど」

私は面白かった、といえば幸村は嬉しそうに笑ったのだった。




神の子がおかんむりです。
2013.04.08