Decipherment.




□ 55 □




「幸村部長!誕生日おめでとうございまーす!!!」

パパン!とクラッカーの音と共に紙吹雪が舞う。
その中心には幸村が「ありがとう」と笑っていて、その表情に大丈夫そうだな、と息を吐いた。

そう広くない部室で行われた幸村の誕生会は部員数の為か部室の外にまで及んでいる。お菓子を食べたりジュースを飲んだり話をしたりみんな自由に過ごしてる。それからどう見ても幸村ファンの子達も混じっているが部室に入らない、という制限でこの場に同席していた。

ジュースがなくなったので席を立ち注いで戻ってくれば、さっきまでが座ってた場所に赤頭がどっかり鎮座していて眉を寄せた。そこは私が見つけた特等席なんですがね。


「…ちょっと邪魔なんだけど」
「ああ?んだよ。俺はひと仕事終えたんだから労えよ!!」

このパティシエブン太様を!と胸を張る丸井には呆れた顔になって「オツカレー」と棒読みで返し、仕方なく彼の隣にしゃがみこんだ。どうやらがいなくなった間に隣にいた柳は弦一郎のところに行ったらしい。今は幸村と3人で楽しそうに話している。

「ん、」
「え?くれるの?」
「俺の自信作を食わずして帰れると思うなよぃ?」

ちびちびと飲みながら柳が置いていったお菓子を摘むと目の前に食べかけだがショートケーキを出され顔を上げた。
見上げれば丸井がニヤリと笑った「あーん」とフォークに刺さったケーキを差し出してくる。珍しいこともあるもんだ、と思いながらは躊躇なくケーキを食べた。甘味が口内に広がって頬が緩んだ。スポンジもクリームも美味しいなこれ。


「げ、お前、ちょっとは躊躇するとか恥ずかしがるとかしろよぃ」
「ん?それ、私のキャラじゃなくない?」

あまりにもあっさりと食べてしまった為に何故か丸井の方が顔を赤くしていた。何故だ。「回し食いとか普通じゃん?」というに丸井は何とも言えない顔になったが「もっと食うか?」と言ってきたので頷いた。



「…結局、仁王の奴来なかったなー」

さっきと同じように丸井の手ずからケーキを食べさせてもらったは「…だね」とケーキを飲み込んでから頷いた。

「あいつにも仕事割り振ったんだろぃ?」
「うん。クラッカーとか騒がしいの全般仁王くんに任せたって聞いたけど」
「あー…道理でいつもよりでかいクラッカーだと思ったぜ」

あんなのどこで売ってんだよ、と思ったけど仁王なら知ってそうだな。とぼやく丸井に確かにあれは煩かったなと思った。仁王も一応協力する気はあるらしい、というのは柳生くん伝に聞いた。
クラッカー以外使えるか否か微妙なラインのもんばかりだが赤也が被ってるピエロは意外と似合っている。


「今頃何してんだろうねー」
「まあ、へこたれてなけりゃ打ってんじゃねーの?」
「…打ってるって何を?」

打ってる?売ってる?丸井の言葉に首を傾げれば「テニスだよぃ!」とまたケーキが刺さったフォークを差し出された。それを食べながら目を丸くすると「仁王くんテニスしてんの?」と当たり前なことを聞き返した。

「新島先輩と遊んでたんじゃなかったんだ」
「…あいつだって遊んでばっかいねぇだろうよぃ」
「ふぅん」

何だ。ちゃんとテニスもしてたのか。皆瀬さん達は知ってるのかな?と考えていると「お前、信じてねぇな」と何故かじと目で丸井に睨まれた。別に信じてないわけじゃないよ、と言ってみたが丸井は「後で行ってみな」と住所とテニスコートの場所を教えてくれた。


「あと、皆瀬には内緒な。お前もこっそり見てこいよ」
「え、何で?」
「仁王の奴、隠れて練習したいんだと。元々自主練もひと目につきにくいとこでやってるみたいだから、そこでやってるかまでは保証できねぇけど」
「…じゃあ意味なくない?」
「でもま、とりあえず見てこいよ。俺の為に」

お前の為にか!



心配だけど見に行くの面倒だし寒いしってことか?!相変わらず女王様だな!と睨めば「俺のうまいケーキ食ったんだから行ってこい」とにこやかに交換条件をつきつけてきやがりました。しかも事後。
タチ悪いわーと見上げていればまたケーキを差し出され、だったら全部食べてやるさ、と思ってはケーキを食べた。


「あー!!先輩達何やってんスかー?!」
「「うっせぇ赤也。黙れ」」

丸井のケーキの施しを受けていたら顔を真っ赤にした赤也がこっちを見て声を張り上げた。周りも何事かと見てきたが赤也は構わずしゃがみこみこんだので丸井と一緒に赤也を殴った。



「イッテー!何すんスか!!」
「愛のムチ」
「何かムカついたから」
「…どっちも嬉しくねーんですけど!」

頭を抱えながら涙目で見てくる赤也にと丸井は顔を見合わせてから「喜ばす気ないし」と真顔で返した。そしたら奴は涙目になったのでが頭を撫でて丸井が残りのケーキを差し出した。
これで機嫌がもどるのだからちょろい後輩である。新部長としては心配だけど。



*****



「俺が食べさせるんで!」と何かデビル赤也化したワカメに迫られケーキを食べさせられそうになったは流石に恐怖を覚えて弦一郎の元に逃げた。顔赤いだけならまだしも目まで血走ってたら流石に怖い。
泣いてる赤也を慰めてるジャッカルに諭されて1回だけ食べてあげたけど何の恨みかフォークで喉刺されたり(死ぬほど痛かった)、その現場を見ていた幸村が真冬の寒さかっていうくらいの冷笑で赤也を部室の外まで連れて行ったのをただ見送ることしかできなかった。

シンと静まり返る部室で「あいつ終わったわ」と丸井が呟いたのが妙に響いた。
そしてその後に赤也の悲鳴が聞こえたがみんな聞かなかったことにしたのもいうまでもない。



「あー…まだ痛い」
ちゃん大丈夫?」

誕生会もお開きになり、帰り支度をしたは皆瀬さんと一緒にトイレに来ていた。口の中を鏡で見てみたが生憎傷らしいモノは見えない。血でも吐いたらちょっと面白かったんだけど。
そんなどうでもいいことを考えながら手を洗おうと蛇口を捻れば鞄がずり落ち、鞄のポケットに入れていた定期も落ちた。

ばちゃん!という音に「ぎゃあ!」と悲鳴を上げ拾い上げたが出した水にかかったせいか微妙に濡れている。


「大丈夫?」
「…うん。拭けば大丈夫でしょ」

鞄はともかく定期は濡れてても反応してくれるだろうか?とりあえず拭こうと思って定期券を出すとそれと一緒に何か紙のようなものがひらりと落ちた。

「あ、れ…?」


手洗い用のシンクに落ちたのは家にあると思ってた折り紙の片方では目を瞬かせた。何で?と思ったがよくよく思い出せばいつでも確認できるようにと自ら定期の中に入れていたのだ。

「先出てるねー」
「うん」



うわー、恥ずかしいーと思いながら紙を拾ったは鏡と手洗いの間にある台に置くと図書室から持ってきた紙を置いた。置いて目を見開いた。

「え…」

それしか言葉が出なかった。けれど次の瞬間にはは紙を持ってトイレから飛び出していた。


ちゃん?」
「ごめん!私用事思い出したから先に帰るね!!」

皆瀬さんの声を背中で聞いてはすれ違った弦一郎や幸村達に「先帰る!また明日ね!!」と走った。
丁度来たバスに飛び乗ってテニスコートを検索すると電車を使わなきゃいけない場所だった。時計を見てまだいるのだろうか?もう帰った?と考える。丸井の言葉通りならそれ以前にそこを使ってるかどうかすらもわからない。けれど向かわずにはいれなかった。



*****



ジリジリする気持ちを抑えつつ電車に乗って20分。目的のテニスコートに辿り着く頃には日はとっぷり暮れていて野外用のライトが眩しげに照らされていた。

「…いた、」

視聴覚室で見た彼を彷彿させるような背中に息を呑む。いつもは丸められた背中が綺麗に伸ばされ、宙に投げられた黄色いボールをしなやかに伸びた腕とラケットが素早く捉え相手方コートに飛んでいく。
しかしボールは打ち返されずガコン!という音と共に人の代わりに置いてあるケースの中にボールが収まった。本当に練習してたんだ。

静かなコートでは音はいつもより響く。招かれるようにフェンスに近づけば尻尾を揺らす仁王の背中がよく見えた。


何時間練習していたんだろう。足元には黄色いボールがいくつもあって浅い呼吸だとわかる程肩が上下に動いてる。時折汗を拭う姿が見えてもうやめればいいのに、と思ってしまう。やめれたら苦労などしないんだろうけど。
じっと食い入るように仁王の背中を見つめていればカラン、と乾いた音と共にラケットが落ちた。


「仁王くん!」

見れば左腕を掴んでいて、は丸井に言われたことも忘れてコートの中へと入った。それでも途中、ローファーはダメだと思い出し、乱暴に脱ぎ捨て仁王に駆け寄れば彼は呆気にとられた顔でを見ていた。

…?え?本物か?」
「なにやってんの?!腕、大丈夫?!」


驚いてる仁王を他所にはどうしたらいいのか分からず歯噛みした。こういう時こそのマネージャーなのに道具もなければ大した知識もない自分を呪いたくなった。せめて冷却剤とかあれば、と俯けば察した仁王が「大丈夫じゃよ」と優しくの頭を撫でた。

「少し打ち込む角度を間違えただけじゃ。それ程痛くなか」
「痛くなくてもだよ!」

ちくしょー!と思って顔を上げたは仁王の手から離れると鞄からタオルを出し「濡らしてくるから仁王くんは休んでなさい!!」と足早にコートを出た。



初めて来たテニスコートだったので少し迷ったけど無事タオルを濡らすことができたはコートに戻り、ベンチに座る仁王の横に座って彼の左腕を冷やした。
しかし、あててるといってもただの水はすぐに熱を吸って温くなっていく。何もできない自分を歯がゆく思えて唇を噛めば仁王に呼ばれた。

「お前さん何でここにいるんじゃ?」
「っ…と、あー…、友達の家がこの辺なんだよ」
「今日は幸村のお祝いじゃなかったか?」
「……」
「……何でここにおるとわかった?」
「……」
「丸井じゃな?」

ハッと顔を上げると「あのお節介め」と溜め息を吐く仁王に居た堪れなくなって視線を逸らした。ごめん丸井。


「…ごめん」
「別にお前さんを責めとらんよ。どうせちゃんと練習してるか見て来いとでもいわれたんじゃろ?」
「……うん、まあ」

「だと思った」そういって仁王は壁に寄りかかりチラリと視線を寄越してくる。その瞳にドキリとして思わず視線を逸らしてしまった。

「幸村はもういいのか?」
「?うん。お開きになったから」
「…まぁ、こんな時間やしの」

さすがに帰る時間か、とコートから見える時計を仁王と一緒に見れば学校はもう閉まってる時間だった。周りを見たが練習をしているのは仁王だけで他に誰もいない。新島さんもいない。
そこで彼女は本当にテニスが好きじゃないんだと思ってしまった。



*****



暗くなったテニスコートに、は夜の学校よりも怖いんじゃないだろうかと外灯の下で思った。 あの後「送ってく」という仁王を断りきれなくて彼のテニスバックを持たされてしまった。
ずっしりと重みのなるバックは3年間付き添った為にできた傷や汚れがいくつもある。所々解れてる糸にそろそろ買い換えないといけないんじゃないか?と母親みたいなことを考えた。

鍵を返したり、ライトを消してきたりの仁王が戻ってくる姿をぼんやり眺めていると彼が腕の調子を確かめる仕草をしたので思わず眉を寄せてしまう。


「腕、悪くなってるんじゃないの?」
「そういう訳でもなか。今は新技を作ってる最中で、それでじゃな」
「(新技って…)無理してるんじゃないの?」
「そうでもせんと、あいつらに追いつけんよ」

からテニスバックを受け取りながら右肩に背負うとやっぱり調子よくないんじゃないか、と目を細めた。

「サポーターはないの?」
「あるにはあるが、暑い」

面倒、という詐欺師に呆れて早く出しなさい!と手を出せば「え〜」と言いながらも渋々サポーターを出してくれた。持ってるならつけて練習すればいいのに。

近くのベンチに座らせてサポーターを付けてやれば仁王は「やっぱり暑いのぅ」と嫌そうな顔をしたが外しはしなかった。冷やすの良くないって知ってるからね!
「気をつけなさいよ!」といってやれば目をまん丸くした仁王がわかり易い程嬉しそうにはにかんだ。


それから駅までの間、2人で並んで帰ることになったのだが久しぶりのことでは微妙に緊張していた。話すなんてどってことないぜ!と内心思っていたがそれは最初だけの効果らしい。時間が経てば経つほど緊張感が増して何を話したらいいのかわからなくなってきた。

どうしよう。さっきだって仁王のバック触ってちょっとニマニマしたり仁王の腕触ってドキドキしたり視線も挙動不審だった。この暗さと仁王が見ないでいてくれたから多分セーフだけどはっきり言ってキモい以外の何者でもないんじゃないだろうか。

そう思ったら余計に喋りづらくなって今に至るのだが私本当に大丈夫なんだろうか。キモいのバレて仁王が喋らないんじゃないよね?



「…こうやって2人きりで帰るのは久しぶりじゃの」
「へ?……あ……あーうん。そうだね」

しまった。挙動不審な上に興味なさそうに返してしまった。声をかけられたと同時に仁王を見やったが彼は前を向いたままでの動揺は見てないらしい。だがそこで止まった会話にやっちまった、と内心頭を抱えた。

「で、でも良かったよ。テニスしてて。友美ちゃんずっと心配してたから……あ、友美ちゃんにいったらダメかな?内緒にしといた方がいい?」

しかしこれで挫けちゃいけないと会話を続けようとしたが「別にどっちでもよかよ」と投げやりに返された。会話終了である。

チラリと視線をやれば人一人分が入れるくらいの距離があって、それが心の距離に思えて妙に悲しくなった。今の私じゃ縮めることもできないのかな。


程なくして駅に着いたは人知れず溜め息を吐いた。行きは走った為すぐだったが歩きはそこそこ時間がかかった気がした。多分沈黙の時間が長かった為だろう。
あの後頑張って話しかけてみたが全部空回りで会話が全然続かなかったのだ。そのせいもあっての体力は殆どゼロに近かった。私、何しに来たんだろうか…。


「うげ、」

ピンポーンという音と共に目の前の出口が封鎖されは顔を引きつらせた。見れば残金が残っていなかった。くそ、お小遣いが…と思いながらも仁王に断りチャージをしに戻った。彼を見ると一応待っててくれるらしい。
改札の前で待ってる姿を視界の端に入れながら財布を出してパネルに触れた。

聞けば仁王も電車に乗って帰るらしく、途中まで一緒なのだ。早く早く、と券売機を急かしてカードを抜き取ったは急いで改札に向かった。
出口がひとつしかない小さな改札口はそこそこ出入りが多い。今はサラリーマンの人達が多く、丁度出てきた人集を見ながらタイミングを見計らってその波を横切った。




遅くなったけどおめでとう幸村。
2013.04.08