You know what?




□ Ti amo per come sei ・ 1 □




5月も半ばを過ぎれば繰り上がりとはいえそれなりに新しい風が入ってクラスも段々と砕けてきた。
入学式で見たクラス分けには正直自分の運のなさを呪ったが亜子達の代わりに仁王が同じクラスに収まったので的には万々歳だった。

しかも勧誘に煩かった丸井と幸村、それから弦一郎のクラスが遠くなったのでホッと胸を撫で下ろしたのはいうまでもない。

さんさん!一緒に行こう!」

ジャージを持って教室を出ると同じクラスの山本さんが声をかけてきた。彼女とは2年の時同じクラスだったがグループは別々だった。そして高校に入ってみたら見事友達と離ればなれになってしまい、余り者よろしくな感じで話すようになった次第である。


「もう行くんか?」
「着替えあるしそろそろ行かないと遅刻しちゃうでしょ?」

暑いね〜と袖を捲りつつ廊下を歩いていると向こう側から仁王が優雅に歩いてきた。挨拶を適当に交わしたら先程のことをいわれ、「何?用事?」と聞いてみたが仁王は山本さんをチラリと見てメールするき、とそのまま教室へと歩いていく。

「あ!仁王くん!立川くん達まだいるから一緒についていくんだよ〜」
「俺は幼稚園児か」
「暑いからってサボったら柳くんに言いつけるからね〜」
「…皆瀬と同じことをいうんじゃなか」


眉をひそめる彼にニヤリと笑えば「しょうがないの、」と肩を竦めて教室に戻っていく。この感じなら大丈夫そうかな。できればいつかは自発的に授業に参加してくれるのがベストなんだけど。あんまりいって口煩いババアと思われても嫌だしな。かといってあの気分屋なところが治るとも思えないし。

それこそ義務じゃないんだし無理強いしない方がいいのかな?と去っていく背中を眺めていると視線を感じそちらを見やった。



さんって仁王くんと仲良いよね。やっぱマネージャーやってたから?」
「うーん。多分」

仁王の場合マネージャーやっても仲良くなれない人はなれない気もするけど。大事なところで嘘つくしな。今の関係に収まる前のことを思いだしは苦笑で返した。
でも山本さんって仁王に興味あったっけ?と少し緊張して伺えば、彼女は慌てふためき「違う違う!」と手を限りなく早く振って否定した。

「ほら、仁王くん中学の時ずっと噂たってたからさ。彼女らしき人と話す姿はよく見たけど女の友達と「話すの見たことなかったから」
「…よく知ってるね」


随分詳しいなとじっと探るように彼女を見つめると山本さんは苦笑して「私のクラスに横田さんいたから」と教えてくれた。納得である。他にも友達に仁王ファンがいて情報に事欠かなかったらしい。それを聞いてはなるほど、と頷いた。

「でもこういっちゃなんだけどさん大丈夫なの?仁王くん手が早いっていうし」
「あははっ確かにそういう噂あったね。でも今は大丈夫なんじゃないかな」
「そうなの?」
「うん。今はテニスで目一杯だから」

弦一郎や幸村達の雰囲気で感づいていたけど、テニス部に入るって言った時の仁王の顔を思いだし胸がじわりと高鳴る。


『今度こそ三連覇しようと思っての』


軽い口調だったけど思いの強さは十分に伝わっていた。
本当なら自分もマネージャーとして後押しできる場所にいたかったけど、でもきっと中学の時と同じようには出来ないから。えこ贔屓なんて考えてもいないけど、どこでどう受け止められるかわからないし。きっと私が気になって耐えられなくなるだろうから。



さんって高校ではマネージャーしないんだね」
「うん。元々足りない人手の補充要員だし、テニスは素人同然だしね」
「マネージャーしてたのに?」
「してたからこそかな。あいつらの本気は生半可な気持ちじゃやれないって思って」

応援は必ず行くつもりだけど。そう溢せば「そうかー」と山本さんがしょんぼりと項垂れた。


「中途半端な気持ちじゃダメだよね」
「もしかしてマネージャー希望なの?でも山本さん女テニじゃなかったっけ?」
「う、うん!そうそう!それに男子テニス部にはもうマネージャーいるもんね!」

話始めた最初の辺りで部活の話をしたからさすがに驚いたが、山本さんは話をすり替えるように笑って「さんはいつ部活に入るの?」と逆に質問攻めにしてきた。

もしかして、テニス部に好きな人でもいるんだろうか。



*******



夜の帳が降りた頃、は高校と最寄り駅の間くらいにある公園に来ていた。公園の入り口辺りに自転車を止め、桜が散って若葉が生い茂る木の下で携帯を弄っていると、片方の肩に重みがかかり身体が跳ねた。

「だーれじゃ?」
「っ…もう!驚かさないでよ」
「友達にメールか?」
「それから無闇に携帯覗かないでください」

メール画面を閉じ、ジロリと睨むと仁王の腕がお腹に回って自分の方へと引き寄せてくる。そのせいで自転車のサドルに乗っていた身体が傾きバランスが崩れた。「おわっ」と声をあげ慌てて仁王の腕に手を絡ませれば清涼剤の匂いと一緒に唇に柔らかい感触が掠る。


「ちょっと、雅治くん?!」
「いいじゃろ?減るもんでもなし」
「そういう問題じゃ…っん?…あれ?雅治くん身長また伸びた?」
「ん?そうか?」

こんなところでキスとかダメでしょ!と温度が上がった顔で文句をいおうとしたら見えた角度におや?と首を傾げた。
以前、仁王とこんな風に自転車に乗りながら並んだ時はもう少し目線が低かったはず。いつも見上げてるから気付きづらいけどけどちょっと高くなった感じ。そうまじまじ見つめていたら彼の顔がゆっくりと降りてきた。


「待て待て待て。何しようとしてるかな君は」
「何ってキスしてほしいんかと」
「違うから!身長の話だから!」

話聞いてた?!と怒れば仁王は笑って「そういえば最近節々が痛かったからそれじゃなか?」とお腹に回していた片方の手を頭に当てていた。



公園内に足を踏み入れると車や雑踏が一気に遠ざかる。多分鬱蒼と茂る木々が音を遮ってくれているんだろう。どちらかといえば森林公園寄りのこの場所は緑化に力を入れてるのか木々が多い。

しかも出入り口に動物のオブジェがあるかと思いきや公園の中央には池まである。そこを通り抜けて道路に出ることも可能だが、そうなると駅から遠くなるので池で折り返すのがいつものコースだ。


池の近くには取り囲むようにベンチが設置してあって、頼りないが外灯も光っている。その光と月の反射で揺らめく池が神秘的で心地いい。時折吹く風に髪を揺らしながら達はベンチでぼんやりと池を見つめた。

「もしかして180超えちゃったとか?」
「んーどうじゃろ。まあ伸び盛りじゃからの。そのうち180超えるかもしれんな」
「いいなあ、私全然伸びてなかったし」
「そうか?」

この時間はどの家庭も夕飯を少し過ぎた辺りだから出歩いてる人は少ない。すれ違うのは会社帰りの社会人や散歩してる人くらいだ。たまに自分達のようにカップルがベンチに座って話してる姿もあったがここからでは何をしてるか細かいところまでは見えない。

なので仁王がの頭を撫でてる姿も、がむず痒い顔で赤くなってる姿も見えていないだろう。


はこのくらいがいいぜよ」
「むぅー」
「照れとる照れとる」
「うっせーやい。子供扱いされてるからだよ」
「じゃあ大人扱いしよか?」
「それはそれで嫌!」

隣に座る仁王がニヤリと意味深に笑っての腰に手を回すと、さっきのようにキスしようとしてくる。それを両手で阻止すれば不満そうに目を細められた。

いや、本気で嫌な訳じゃないけどこういう時の仁王は声とか視線とかやたらと色っぽくなって照れてしまうのだ。それを子供と言われてしまえばそれまでだが、今はまだ手を繋いだりくっついたりするくらいで充分幸せなのだ。

仁王はそんなをわかってて敢えてからかってくるから余計に反応してしまって、後で後悔することが多い。今も嫌!と言われて傷ついた顔をする仁王を見て胸がズキズキ痛む。



「にゃ!」
「隙あり、ぜよ」

ベロン。と手の平を舐められビクッと反応すれば仁王が楽しそうに微笑む。その笑顔があまりにも格好よくてどうしたらいいかわからなくなって仁王に抱きついた。

本当はこのまま逃げ出したいのだが、前にそれをしたら仁王が本気で傷ついていたのでさすがに反省した。これもかなり照れくさいのだけど、顔を隠せるしいつも飄々としてる仁王がビクッと驚くのはちょっと楽しかったりする。なりよりくっつけるのが嬉しい。


はいつもいきなり抱きつくの」
「おう!驚いたか!」
「驚いた驚いた。そのついでに顔も見せてほしいの」
「やーですー」
「顔真っ赤なんじゃろ」
「違いますー」

清涼剤に混じって鼻腔をくすぐる香りに胸が熱くなる。運動後の汗も鍛えられた身体も少し早い心拍数も全部愛しく思える。にやけ顔が見られないように顔を擦り付ければ「くすぐったいのぅ」と笑う仁王の身体が一緒に揺れた。背に回された手に幸せだなあ、としみじみ思う。


「……幸せってこういうことをいうのかの」
「…っ」


まさか同じことを考えてるとは思ってなくて驚き顔を上げれば仁王もこっちを見つめている。
「同じこと考えとった?」と首を傾げる仁王に心臓がこれでもかと跳ねた。バクバクと跳ねまわる音が耳にまで届いて今にも壊れてしまいそうだ。


「キス、してもいいか?」
「うん…」

見つめていた仁王がふとそう呟く。浅くなってる呼吸がバレないように深呼吸をして目を閉じると頬に指がかかり、くすぐるようになぞってくる。たまらず吹き出せば仁王も笑った気がした。




180を超えてほしい。
2013.09.19