You know what?




□ Coucou ・ 1 □




春休みも終わり、あまり代わり映えしないと思っていた高校生活にある意味劇的な変化があった。
ちなみに少数とはいえ新しく入ってきたクラスメイトのことでも、これから1年間世話になる窮屈な机と椅子でもない。

とクラスが一緒になったのだ。


クラス発表の前は大して気にしてなかったが、いざ一緒になって、が嬉しそうに「やった!一緒のクラスになれたね」と微笑んだのを見て初めて嬉しく思えたのだ。

丸井と同じクラスだった時もそれなりに楽しかったが、女達の奇異とした視線やかけられる猫撫で声に嫌気が差していたのであまりいい思い出がない。ついでに言えば一人の方が慣れていたから必要以上に仲良くするというのがいまいちわからないでいた。


「やほーっ立川くん!久しぶり!」
「あれ、同じクラスだったのかよ!」
「ちょ!自己紹介したじゃんか!聞いとけよ!」
「ワリィワリィ!志賀と部活のことで盛り上がってて聞いてなかった!」
「…アンタってそういうとこ相変わらずだねー」

1番後ろの席になった仁王は前方に座るの背中をぼんやり眺めたり、いつものように睡眠学習で時間を潰したり、休み時間繰り上がり組と新規組で別れたグループを観察したりしているとの声が聞こえ視線をずらした。

他の男と仲良く話してる様はあまり心地いいものじゃないが、視線に気がついたのか振り返った彼女になんとなく嬉しくなる。以心伝心みたいじゃな。
そのが手招きするので自分にしてはいそいそと立ち上がり傍に歩み寄った。


「なんじゃ?」
「アンタ達ってクラス被ったことないよね?」
「あ、ああ…」
「こっち立川くんね。その隣が志賀ちゃん。「ちゃんは止めてくれよ!」いいじゃん!2人共2年の時一緒だったの。それからこちら仁王くん。この頭だからどっかしらで見てると思うけどテニス部ね」
「…ども」
「どーも…」
「どっかも何も知らねー奴いねーだろ」



え、何これ今更自己紹介かよ、と目を見張ったがそれは立川達も同じだったようだ。しかも志賀は俺を知ってるらしく、一瞬悪評かと思ったが純粋に強豪テニス部として認知していたらしい。

「それに俺、1年の時クラス一緒だったし」
「え、そうなんか?」

並にちびっこい志賀の言葉に驚けば、芸人か?といいたくなるようなオーバーリアクションでずっこけた。すまん、だが覚えとらんものは覚えとらんのじゃ。


「仁王くん興味ないことは一切頭ん中入らないしね〜。私なんか4ヶ月経ってやっとマネジだって認識してもらえたし」
「うわ、えげつな」
「…それは、お前さんが地味じゃったからじゃろ」
「地味じゃありませんー仁王くんの髪がハデ過ぎるだけだよ」
「丸井の赤よりマシじゃ」
「まー、ワカメとか煮卵にか見えないスキンヘッドもいたしね。でもあんまり色抜いてるとハゲるから気をつけなさいよ…あいた!」
「誰がハゲるか!つーか、色の抜き過ぎでハゲるなんて初めて聞いたぜよ」


彼氏に向かってハゲるとか冗談でもいうな!と叩けば髪が傷むんだから可能性はあるとか抜かしたので余計なことをいう口を摘まみあげた。ふふん、痛いじゃろ。そんな涙目で睨んでも許してやらん。


「お前ら仲いいんだなー」
「…んーまあ。同じ部活だったしの」

思わずここで付き合ってるし、と言いそうになったがから真田に報告するまでは待ってほしいと言われてる為すんでで言葉を飲み込んだ。付き合ってるのに隠さなくちゃならんのは少し不便だ。

これじゃ牽制もしづらい、そう思っていると「用はそんだけ?」と聞いてくる立川にが仁王のジャケットを引っ張って放せと主張してきた。アヒル口で可愛かったのに。
つまらんが仁王も気になってるのでの唇を解放した。



「(後で覚えてなさいよ)」
「(プリ)」
「あー実は立川くん達に頼みがあってさ」
「頼み?」
「そ。仁王くんってばサボり魔でさ。よく授業いなくなるからなるべく見張っててほしいんだよ」
「「「は?」」」

なにいっとるんじゃ、とを見ればしてやったりな顔で笑っていて思わず顔がひきつった。コイツ、自分がいない時の保険をかけるつもりじゃな。冗談じゃない。
授業くらい自分の気分で出させろ、と言い返そうとしたらその前に立川も志賀もあっさりと承諾してしまった。流石、の友人周りである。

類友じゃな、と肩を落とせば「良かったねー友達ができて」と満面の笑みで返された。
俺はお前さんがいればそれでええんじゃが。


が要らぬことをしてくれたお陰で俺の周りは随時賑やかな滑り出しになった。流石に同性の立川達は空気を読んで一定以上踏み入れては来ないが、体育に関しては本人達が1番好きな教科らしく、がいないのもあって俺を振り回す勢いで連れ出していた。

それ以外はが一緒だったが、組み合わせ故か思ったよりも絡みやすいと思われたらしく話しかけてくる奴も男女問わず増えた。



そしてこれである。


「に、仁王くん!好きなんです!付き合ってください!!」


予想はしていたが、同じクラスの女子に告られるのは些か面倒だと思った。多分コイツは高校からの編入組だろう。ともほとんど話してないようだし害はなさそうだがどうやって断ろうか。
というか新学期が始まってまだ1ヶ月なのによく踏み切れたものだ。OKをくれれば誰でもいい奴なのかもしれん。

今迄の俺ならそんな奴でも適当に付き合っていたが今はがいる。以外は本気でどうでもいい。

その気持ちのまま冷たくあしらうことも考えたが、断ってに嫌がらせをしないか、変な噂を立てられてに嫌な想いをさせないか、そんなことが頭をグルグル回った。去年迄の俺では到底考え付かなかった思考だ。


「すまん。気持ちは嬉しいんじゃが応えることはできん」
「……っもしかして、」
「俺の頭ん中はテニスでいっぱいなんじゃ。他を考える余裕もない。お前さんならもっといい奴が見つかるじゃろ。ありがとうな」

もしかして彼女でもいるの?と続けようとした彼女に有無をいわさない言葉と視線で黙らせればクラスメイトは不承不承頷き、後ろ髪引かれながらも去っていった。その背中を見送りながら、仁王はなんとも不便な気持ちになる。

新島の時ですら堂々と公言していたのに両思いで付き合ってるのにそれを口に出せないのはとても口惜しかった。



******



いつもより少し早く家に帰ったは滅多にいないキッチンの前に立っていた。単身赴任の父親に実家の用事で帰ってる母親の為今夜は弟と二人で食事することになっている。
いつもなら出前をとるのだが思い立ったが吉日ということでが料理を作っている。と、いってもただのカレーなのだが。弟がカレーを所望したのでチョイスは間違っていない。

コトコトと心地いい音を聞きながらルーを溶かし、炊飯器の時間を確認すると携帯の着信があり、アレ?と思いながらも応対した。今日は弟にご飯食べさせるから早めに帰るってメールしたんだけどな。


「雅治くん、どしたの?」
『………、』
「ん?」

あっちは外なのか車の走行音が聞こえる。その音にすら負けてしまいそうな声に少し不安になって耳を澄ませるとピー、とご飯が炊けた音が響いた。

『…何の音?』
「ご飯が炊けた音。それよりどうしたの?部活はもう終わった?」
『終わった……なあ、。今からそっちに行ってもよか?』
「え?」


なんつータイミングで鳴るんだ、と内心焦ったがこっちに来たいといってきた仁王にはもっと驚いた。「どこまで来るの?待ち合わせ?」と聞いてみたら家まで行きたいといってきて驚きがそのまま声になってしまった。


しばらくしてチャイムが鳴り、ドアを開けるとそこに本当に仁王が立っていた。
マジで来ちゃったよ。慌てて家中を片付け、大丈夫だろうか?と危惧したが仁王がドアをくぐるなりを抱き締めてきたので全部吹っ飛んだ。

「な、何かあったの?とりあえず中に入りなよ」とぎゅうぎゅうと抱き締めてくる背中を撫でながら宥めすかしてリビングに通すとまっすぐ繋がってるダイニングから弟がこれでもかと目を見開いて固まっていた。そりゃそうだろうね。

変な空気だったのはわかりきっていたが仁王を放っておくこともできずとりあえず座るように即したら彼はじっと弟を見つめていた。ちなみにその間、弟はスプーンを持ったままピクリとも動かなかった。蛇に睨まれた蛙である。



が作ったんか?」
「うん、まあ。でもカレーだけどね」
「食べたい」
「へ?」
「俺も食べたいナリ」

まさか夕飯を食べにわざわざ家まで来たのだろうか?


そのままぎこちない夕飯を食べ、殆ど会話もなく自分が食べ終わった途端部屋に逃げ帰った弟にちょっと申し訳ない気持ちになりながら後片付けをしたは、濡れた手を拭くと新しいグラスに水を注ぎ薬を持ってリビングに向かった。

「大丈夫?」
「んー…」
「無理して食べなくて良かったのに」

虫の息とはこのことだろう。何を思ったか仁王は夕飯の同席を求めた上に弟と同じ量のカレーを食べたいといってきたのだ。

運動部なら多分食べきれる量だと思うのだが、普段からカロリーメイトを食べたり似合わない程少食だったりする仁王が赤也が食べてる量をいきなり食べれるとは到底思わない。
しかもゴロゴロ野菜だしご飯もなかなかの量だったのに全部食べきったのだ。青白い顔でソファに横たわってる姿は安易に予想できよう。

呆れながらも胃薬を差し出せば嫌そうに眉を寄せてきた。


「普段だってこんなに食べないんでしょ?」
「そんなことないぜよ」
「しかも弟と張り合うとか赤也じゃないんだから」
「ワカメと一緒にするな」

ああ言えばこういう。
「全く、お腹壊させる為に食べさせた訳じゃないんだよ!」と怒ってみたが仁王はツンとそっぽを向いて背もたれに顔を隠してしまった。
試しに背中をつついたりくすぐってみたりしてご機嫌を伺ったが反応してもらえず、仕方なく薬だけ飲むように言い残して立ち上がった。



そのまま風呂に湯を張って先に入るよう弟に伝えリビングに戻るとさっきと同じ格好のまま仁王の背中だけが見えた。けれどテーブルに置いてある薬も水も空になっている。

「雅治くん具合どう?」
「……」
「そろそろ帰らないと終電なくなるんじゃないの?」

そろっと覗きこんだ弟を風呂場に行くように手を振って追い出し仁王を伺い見ればさっきよりはマシな顔色で眠っていた。眉は寄せてるけど酷くはないだろう、そう思い声をかけてみたが何でか反応してもらえなかった。「おーい、」と揺らしてやっと目を開けたがそれ以上は動く気がない感じだ。


「…帰らんとダメか?」
「え、…………ダメじゃないけど明日も部活あるんじゃないの?」
「明日は午後からナリ」
「そ、そうなんだ…」

まさかお泊まりまで要求されると思ってなくて、まさかお腹がヤバい事態になったのか?と不安になったは「病院に行く?」と聞いてみたらそこまでじゃないと返された。なら何で泊まるんだろう?帰るの面倒になったか?


「ならちゃんとお家の人に連絡しないと。心配するでしょ?」
「……フ。母親みたいじゃの」

母親かよ、とありがたくもない言葉にムッとしたが「もう連絡してあるき」と仁王が飄々と答えた。最初からそのつもりだったのか。

「えーだったらもう少しマシなの作ったのに」
「…お前さん、料理出来たんか」
「さっきまで手料理食べてたくせに何をいうか」
「誰でも作れるカレーじゃろ?」
「…くっ否定はできない」
「旨かったナリよ」



しかも大して隠し味も入れてないので何も言い返せない。しかし、そんなカレーでも美味しいと言ってきた仁王に顔を上げると仰向けになった彼が此方をじっと見ている。

の手料理を食べてみたかったんじゃ。お前さんの弟には悪いことをしたがの」
「別にいいよ。一緒に食べたって旨いも不味いもいわないし」

不味いなんていったら姉弟喧嘩が勃発だけどな。フッと笑えば仁王も薄く笑ってに手を伸ばした。




え…、ふ、不良?!(弟の心の声)
2013.10.11