You know what?




□ Coucou ・ 2 □




その手は頬を撫でそのまま耳の形を確認するように指先でなぞる。そして耳朶を摘ままれビクッと肩を揺らせば目を細めた仁王に呼ばれた。


…」


掠れた、小さな声に引き寄せられるように腰を浮かすと彼に被さるように顔を近づけた。
何?と聞いてみたが仁王は笑うだけで零れた髪をすくって耳にかけるとそのまま後ろ頭に手を回し自分の方へと引き寄せた。

その流れるような動きに反応が遅れたは、慌てて押し潰さないように彼の両脇に手をついたがくすぐるように撫でられた脇腹と舐められた唇に呆気なく力が抜けた。何をしてくれるんだ。

「カレー味じゃの」
「そりゃ歯磨き前だし」
「じゃあもう一回」
「ええっ」


な、舐められるのはちょっと、と思った矢先にまた唇を濡らされた。お腹減ってる訳じゃないのに何で?と仁王の行動に戸惑っていれば今度は唇を啄まれビクッとまた肩が揺れた。

仁王とのキスは付き合い当初から交わしていたけど食むようなキスを何回もされたことはまだなかった。優しくくすぐるような微妙な塩梅で撫でられる感覚とじわじわと熱を蓄積させるようなキスに頭も身体もどんどん熱くなる。


背中に回された手がおもむろに力を帯び、仁王の上に半分だけ乗り上げさせられるとさすがに我に返って離れようとしたが彼の手は緩まなかった。しかもあろうことか空気を吸い込もうとして開いた口を塞ぎ生温かい、ザラついたものを滑り込ませた。

その未知な感覚に驚き反射で身を離そうとしたが覆い被さってるのは自分なのに逃げることも止めることもできない。舌先を刺激するように弄ばれる度、くぐもった声が漏れ顔が熱くなる。仁王が触れる全てに粟立ってぎゅっと拳を作った。



「…ヤバい」
「…………ふぇ?」
「その顔、押し倒したいくらい可愛い」

唇がヒリつくくらいキスされて、やっと解放された頃には涙目でヘトヘトになっていた。呼吸を整えつつ彼の胸にぺたりと顔をくっつけているとそんなことを言われ思わず「バカ…」とそっぽを向いた。ああ、雅治くんの心音も少し速い。

「……っ!……っ…んもう!ダメだってば!」
「プリ。の弱点をまた見つけたぜよ」

顔が見えなくなって物足りなくなったのか仁王は意味深なやらしい触り方での髪や背中をなぞり、果ては額を舐めてきたので思わず飛び上がった。
何すんだ!と悪戯っ子な彼の両手をソファに縫い止めると奴は楽しそうにニヤリと微笑む。ヤバい。何かスイッチが入ったようだ。


そういえば室内で人目を気にせずにいれるのなんて初めてだった(弟いるけど)。しかもお泊まり決定だし。あれ?これもしかして結構ヤバい感じ?と今更に身の危険を察知した。


「あ、あの…風呂空いたけど」
「おわあああっ!ビックリした!」

どうしよう、と固まったところで第三者の声がかかり、相手は弟しかいないのに大いに驚いた。


いや、驚いたのは弟の方だろう。
なんせ彼氏とはいえ、男の子押し倒しているのだ。ぶっちゃけなにこの状況、と思ってるだろう。

訝しげに、でも一切目を合わせない弟に後ろめたい気持ちになりながらわかった、と返すと彼は逃げるように階段を駆け上っていった。もしかして私はとっても恥ずかしいことをしてしまったんじゃないだろうか。



「…あーとりあえずお風呂入ったら?汗だくだろうし…、って!」

弟にどう言い訳しよう、とどうしようもないことを考えソファの縁に座るとそのまま後ろから抱き締められた。しまった。こっちもまだ終わってなかった。


「あ、あの!雅治くん!今日は」
「好きじゃ」
「えっ!」
を誰にも渡しとうない」
「えっ?えっ?」
「俺はお前さんを好きでいて…いいんだよな?」

思いもよらない言葉にドキリとした。その音は強く響いて痛みを伴う。もしかして私、仁王に何か傷つけるようなことでもしたんだろうか。


「雅治くん…?本当にどうしたの?」
「………実はな」
「うん、」
「今日告られたんじゃ」
「え、」
「しかも、今日だけじゃなくて先月くらいから立ち替わり入れ替わりにずっとじゃ」
「え……」
「勿論断ってるが、毎度その理由に困っての」
「……」
「まだ付き合ってるといえんから」
「ご、ごめん…」
「…いや、そのこと自体は大したことはないんじゃが…前みたいに付俺にと関わったせいでに何かされるんじゃないかと思っての」

視線を合わせないまま独り言のように呟く仁王には肩身が狭く感じた。弦一郎に早く言わなきゃいけないのはわかってるのだがなかなかタイミングが掴めない。
うっと顔をしかめ、頭を垂れるとフォローするように続け、そしてゆっくりと抱き締める腕に力を込めてくる。まるですがるような切ない締め付けにまた胸が軋む。



「だ、大丈夫に決まってるじゃん!私がどんだけ打たれ強いか忘れたの?怪我したのだって自分から落ちただけだし、それにもう治ってるし」
「そうじゃったな」
「ていうかモテ自慢いらないし!心臓に悪いからやめてよね!」

別れ話かと思ったよ!と茶化せば、耳元でフッと笑いが漏れる音がした。


「そう簡単に別れてたまるか。他の男に現をぬかせんようにたっぷりじっくり教え込んでやるき」
「な、何をだ何を!」
「俺なしじゃ生きれん身体」

「わかってるくせにわざわざ言わせるなんてはエロい子じゃの」とニヤついた声と一緒に身体をまさぐられ「ぎゃあ!」と慌てて放れた。い、今胸触られたんですけど!自慢できるようなものじゃないけど流石にこの展開は早過ぎます仁王先生!


「残念じゃの。折角の家に泊まれたのに」
「そんなつもりで泊めるといったんじゃございません!」
「じゃあ一緒に寝るだけで我慢するか」
「それが問題だろ!」
「やだのぅ。ちゃん俺が何かすると思っとるんか?エッチじゃの」
「どの口でいうか!さっきいった自分の言葉を思い出せ!」


どうとってもエロい方向にしかならないこといったのアンタでしょ!ぶんすか怒れば仁王は可笑しそうに笑ってソファに座り直した。ああ、寝癖で髪が笑えることになってる。ちょっと可愛い。


「仕方ないの。じゃあとりあえずは風呂に入ってきんしゃい」
「?雅治くんは入らないの?」
が入ったら入るナリ」
「ふーん……」
「背中といわず前も頭も洗ってやってもいいぜよ」
「っふざけんな!」

そっちか!


最初、が上がったら入るのかと思ったが、それを見越したのかただの悪ふざけか付け加えられた仁王の言葉に真っ赤になって近くにあったクッションを投げつけた。



******



眠い目を擦りながら起きたはベッドから這い出るとパジャマのまま階段を下り顔を洗ってリビングに入った。ソファにできたこんもり山に、なんともいえない気分になりながら毛布を剥ぎ取ると半分以上夢の中の仁王をバスルームに無理矢理詰め込んでドアを閉めた。

昨夜、結局が先に入ったのだが上がってみたら仁王が夢の中だったので諦めたのだ。


キッチンに入るとシャワーの音が聞こえてきたのでそのままケトルのスイッチを押す。今日は休みなので弟もまだ夢の中だ。まだぼんやりしてる頭を起こすように頬を叩いたはカップを取り出した。
コーヒーが苦手なのでコーヒー牛乳をカップに注ぎ、それを飲んで待つこと15分くらい。振り返れば濡れ鼠よろしくな格好で仁王が立っていた。


「ちょ!雫落ちてる!落ちてる!」

慌ててバスルームに戻してドライヤーを差し出したがまだ起きてないのか自分でやる気がなく仕方なくが乾かした。酷い低血圧だなお前。胸全開されるこっちの身にもなってほしい。目のやりどころに困るわ。


「…どう?起きた?」
「ん。起きた」


多分。と付け足す詐欺師にコイツは、と思ったが大人の対応で飲み込み「何か食べる?」と聞いてみたら「食べる、」とすかさず返してきた。

少食の割にちゃんと三食食べるんだ。簡単なトーストとスクランブルエッグを出した時にそう言えば、「いつもは食べないがと一緒だし今日は食べたい気分だったんじゃ」とさも適当に返された。もしかして作ってくれる人がいれば食べるんだろうか。

「少しは寝れた?」
「まあの。が部屋に入ったら出禁にするというから夜這いもできんかったが」
「しなくていいから」
「でも念願のパジャマ姿が見れたからよしとしようかの」
「忘れてください」
「えー。じゃあ昨日が食い入るように見つめてた俺の寝顔も忘れてほしいんじゃが」
「っは?……っ……っ…お、起きてたの?」



ろくでもないこという仁王に事前にいっておいて良かった、と内心胸を撫で下ろしたが寝顔発言にこれでもかと目を見開いた。

実はお風呂から上がった後、寝てる仁王を確認して心行くまでじっとり眺めていたのだ。それは勿論滅多に見れない無防備な仁王が可愛いかったに他ならない。
それが実は気づかれていたと知り、ぼぼぼぼっと顔を赤くしたはテーブルの下に逃げ込みたい衝動に駆られた。は、恥ずかしすぎる…!


「どうせならチューぐらいすればよかったのに」
「し、しないよ!」

それでなくとも気配に敏感な奴なんだ。そう思ったが自分の視線がどんだけ自己主張が強かったのかと思うと顔から火が出る思いだ。そんなに如何わしい視線だったのだろうか。



食事も終わり、そろそろ帰るという仁王を見送りに玄関まで付き添うとパジャマ姿の自分に何だか新婚さんみたいだな、と余計なことを考えた。バカだ、また顔を熱くするネタを思いつくなんて。
でも、自分の家でこんな時間に仁王が靴を履いてる姿はやっぱり不思議だ。


「あのさ。昨日寝る前に考えたんだけど、」
「ん、」
「告られて断る理由困ったら私のこと出していいからね?」
「……」
「迷惑とか思ってないから。テニス部でよくも悪くも慣れたし、それに………一応私彼女だし」

女の恨みが恐ろしいのは身に染みてるし、出来ればあまりお目にかかりたくないけどそれで仁王を失う羽目になったらそれこそ大問題だ。
「私だって雅治くんともっと一緒にいたいし。むしろ私の方が雅治くんのこと想ってるんですよ」と、いい放てばおもむろに立ち上がった彼に抱き締められた。


「雅は…っ」



いつ飽きられるかビクビクしてるのはこっちの方だ、そう続けるはずがその言葉は喉に押し戻された。
昨日の夜みたいな濃厚なキスをしてくる仁王に呼吸が出来なくて胸を押せば、一瞬放れたが息を吸い込むのと一緒にまた塞がれた。

気持ちいいというよりは異物感の方が拭えないが、でもそれがの身体を変化させていくもので。カクン、と抜けた膝を支えるように腰に回した手に力を込めた仁王はの両手を自分の首に回させより深くキスを交わした。


…」
「ぅん?」
「また、来てもいいか?」

熱烈過ぎるキスにふやけた顔で見上げれば仁王は目を優しく細め、の唇を食んだ。ああもう、何でこんなに手馴れてるかな。こっちは全然慣れてないんだから少しくらい休ませてほしいのだけど。

内心そう愚痴たが、期待するような潤んだ瞳に「またおいでよ、」と浅い呼吸の間に微笑めばぎゅうぎゅうに抱き締めた後ふにゃふにゃにされるようなキスをまたされた。だから、こういうの慣れてないんだってば!


「……部活、頑張ってね」
「ん。行ってきます」
「…いってらっしゃい」


まるで、この家に帰って来るかのような言葉に目を丸くしたがまあいいか、と思い、合わせるようにはにかんで返した。まるで新婚さんみたいだ。

仁王が出ていき、静かになった玄関では大きく息を吐くと、キッチンに戻らず階段を上った。洗い物があるけど後でもいいだろう。
部屋に入り熱い頬を手で扇ぎながら、おもむろに唇をなぞり仁王とのキスを思い出してまた赤面した。



いってらっしゃいっていっただけであんな嬉しそうな顔するなんて。



が見てわかる程チラチラと見え隠れしていた不安も寂しそうな雰囲気もようやく消えたみたいだけど、これ以上心配させないようにしないとな、と反省した。仁王が不安になる度あんなキスをされたら私の心臓が持たない。というか貞操も危うい。

熱い顔を冷ましながら本棚の片隅に入れていた雑誌を手に椅子に座るとパラパラと雑誌を捲った。


「料理かー…」


今迄全然気にかけたことなかったけど仁王の言葉を思い出し、それも悪くないかなぁと料理ページを捲った。




詐欺師は手が早い。
2013.10.11