You know what?




□ 真田、泣かれる □




最近、の様子がおかしい。
というか表情が今迄見たことがないくらい緩みまくっている。
本人には口が裂けても言えないが、正直気味が悪い。

先日稽古ということで、が家に来たのだが何かにつけて俺を見てはニヤニヤしていたので何があったのかと聞いてみたが「何でもない」と答えるだけだった。
しかし、なんでもないという割に聞いてくれと言わんばかりの視線をこちらに向けてくるのはどういうことだろうか。終始ニンマリしているに見られ、俺は不気味に思いながらも再度聞いてみたがやはり「何でもないよ」と返されるだけだった。実に気味が悪い。

その上、ヘラヘラしているの顔は真田の心を妙に苛立たせ、不安にさせた。


そんなを不審に思いながらも最近けばけばしい化粧をしだしたのでそれを指摘すれば笑顔から一転、これでもかと睨まれ、後で母上にまで叱られた。
学生の身分で化粧など言語道断。風紀委員としても放っておけないし校則でも『分別をわきまえた生活を』と書いてあるはずのに何故あそこまで怒られたのかわからない。むしろに化粧など必要ないのに。

つい一昨日も母の用事を言付かりの家に行けば丁度彼女が家から出てきたところだった。これから出掛けるのだろう、そう思ったが着ている服を見て慌ててを引き止めた。


は模範生ではなかったが校則は守る生徒だった。自分が風紀委員を務めていたせいも少なからずあったかもしれないが(※親戚なので些細な違反で捕まえていた)、自身真面目な性格故か決められたルールから大幅にはみ出ることはまず見たことがなかった。

しかし今はどうだろうか。
着ているものは制服ではなかったがスカートの丈が異常に短くないだろうか。

常習的に違反していた女子生徒のようにけばけばしく化粧をして爪にまで何やら貼り付けている姿に家の外だということも忘れ、学生の本分と品性について切々と論じたら拳でもって黙らされた。
の腕力では大して痛くもなかったがまさか殴られると思っておらず、呆気にとられた顔で彼女を見れば化粧が落ちるほど号泣していて俺はそのまま動けなくなった。

泣かれた衝撃が強すぎて走り去っていくの背中を見えなくなるまで呆然と見ているしかなかった。


それから数週間経った今も、とまともに話も顔も合わせてもらえていない。





「それが不調の原因か」

高校に進学しても立海の練習に余念はない。休日の今日も部活動に励んでいた真田だったが蓮二に呼ばれコートの隅で自分の胸の内をつらつらと打ち明かすことになってしまった。
本来なら練習中に無駄話など許されるわけなかったが幸村が先輩方に何かいったようで、怒られることなく話し込んでいる。

自覚がなかったといえば嘘になるがバレないだろうと思っていたのは自分だけだったようで、真田の不調は蓮二と幸村に見透かされていたようだ。


「まさかそんなことで泣くとは思わず……があんな風に泣くのは小学校4年以来なんだ。その、俺はただ、もう少し露出を控えた方がいいんじゃないかと…そんな化粧をしなくてもは十分、可愛いと思っててだな!な、泣かすつもりはなかったんだ!」
「わかっている。高校に進学してからのは目に見えて外見を気にするようになったからな。弦一郎が驚くのも無理はない」
「そうなんだ!中学までは化粧もあんな格好も、ましてや爪に何か塗るのだってしなかったんだ。むしろ化粧の匂いが気持ち悪いとさえいっていたのに…っ蓮二!に何かあったんだ?どう謝ればいい?」

俺はどうしたらいいんだ?!彼の両肩を掴み勢いに任せて揺らせば彼は素早く真田の手を引き離し距離をとった。その距離が蓮二との心の距離を表してるようで少し哀しかった。


「弦一郎。お前はまだ気づいていないのか?」
「気づく?何をだ?」
が変わったのはお前もわかったはずだ。その要因を辿っていくとどこに行き着くか考えたか?」 「…?」
「……」
「っ!…ま、まさか」
「……」
「まさか、が"不良"に?!」

だからあんなけばけばしい化粧をして誰に見られるかわからない程短いスカートを穿いているのか?!
行き着いた事実に驚愕しているとノートに書き込みながら話をしていた蓮二がぴたりとペンを走らせるのを止め、無言のままノートを閉じた。

愕然とした顔で蓮二を見つめていると彼は何故か溜息を吐いて背を向けてしまう。待ってくれ!俺を見捨てないでくれ!!



「ま、待ってくれ蓮二!!俺はどうしたらいい?!どうしたらを不良の道から更正させることができるんだ?!」
「それ以前にに目も合わせてもらえないことを気にしろよ」
「っ?!……幸村っ」
「精市。皆まで言うな。弦一郎が見て見ぬフリをしていた現実だ」
「だって勘違いも甚だしい結論に至ってるんだ。柳だって呆れてるだろ?」
「…まあ、否定はしないが」
「蓮二?!」

呆れた顔で溜め息を吐く幸村はともかく哀愁漂う顔で明後日の方向を向く柳に、涙目で「俺を見捨てないでくれ!」と縋り付けば目が笑ってない顔の幸村に「ヘタレは触んな」とラケットで追い払われた。


「クラスに行っても逃げられるし、というかそもそもクラスも違うし、すれ違っても無視されるし、マネージャーやってくれないし。そんな状況で何やってくれてるわけ?真田、お前役立たず過ぎ。謝る機会探すくらいならにマネージャーやるよう土下座して頼んでこいよ」
「……ゆ、幸村。お前もここ最近ずっと機嫌が悪いようだが何かあったのか?」
「…そんなことないけど…あ、」

思慮深い幸村はよく、俺が預かり知らないところで心を痛めていたり、不機嫌になっていることがあったが何日も引き摺ることはほぼなかった。
それだけに真田は対応しづらかったし自分のこともあってフォローを柳に任せっきりにしていたのだがそれが良くなかったのか幸村の機嫌は絶好調に悪い。


恐る恐る声をかけたが幸村は機嫌を治すどころか低空飛行のまま俺から視線を外し、コートを出た仁王を見て「最近、仁王の奴調子いいよね」と零した。

「う、うむ。腕の不調も嘘のように回復してるようだしな。先輩もレギュラー選抜のメンバーにいれてもいいといっておられたが」
「そっかー…仁王!近いうちに事故る気ない?間をとって"即死"するくらいで」
「ゆ、ゆゆゆ幸村?!」

何故間が"即死"なんだ?!



相も変わらず猫背を直さない仁王は姿勢悪く歩いていたが幸村に声をかけられチラリと視線を送ってきた。てっきり即戦力のメンバーとして激励するのかと思っていたら仲間に死ねといいだしたので流石に目を見張った。

あの幸村がそんな軽薄で残酷なことを言うとは思ってもなくて、しかも結構本気だと言わんばかりの声色に慌てれば何故か蓮二に肩を叩かれ「そっとしておいてやれ」と諭された。
何を言うか。同期の、しかもこれからまた立海を束ねていくであろう幸村が同志である仁王に死ねといっているんだぞ?!これを止めなくてどうする?!


「ゆ、幸村?!も、勿論冗談だよな?」
「勿論本気だよ」
「本気という名の"冗談"なんだな!はははっ」
「弦一郎。日本語が崩壊しているぞ」

「…残念じゃがその予定はないぜよ。今俺は幸せの絶頂期なんでな。多分今後一生な」
「その絶頂期のフラグへし折れたらいいのに。ていうか車じゃ生温いから電車に轢かれてぐちゃぐちゃに飛び散ればいいよ」
「ピヨ。残念じゃったの」


ニマーっとこれも見たことないような顔で笑う仁王に真田は思わずゾクリとした。なんだろう。幸せそうな、いい笑顔のはずなのに気味が悪い。
もしかしたら今迄大して表情が変わらない仁王しか見てなかったから、だから初めて見たような不気味な感じがしたのだろうか。

そう思って幸村を見れば彼は更に不機嫌な顔になって、というか冷気が漂う笑顔で「仁王なんて死ねばいいのに」といって入れ違うようにコートの中へと入っていった。

幸村、お前は進学して更に悪癖に拍車がかかったんじゃないか?



******



休み時間を削ってに会いに行ってみたが後ろ姿すらかすりもしなかった。あまりにも会えないのでもしやサボっているのでは?!と蓮二から聞かされた不良説に則り、たまたま教室に戻ってきた仁王に慌てて聞けば「サボっとらんよ。トイレじゃ」と返された。

一瞬ホッとしたが何で出掛けていた仁王が知ってるのか不審に思い再度聞いてみるとさっきまで一緒だったらしい。


「ム。真面目に授業に出ているんだな」
「それはそうじゃろ。テストの点数が良くても高校は簡単に留年するからの」

彼が手にしてる教科書類に移動教室だったのか、と今更気づく。だったら会えないのも無理はない。


しかし、授業に出ることは極々当たり前のことだが中学時代の仁王の行動を聞く限り随分な進歩だろう。3日坊主にならないことを祈りつつ「ちゃんと続けるんだぞ」と真面目にいえば仁王は困ったように眉を寄せ肩を竦めた。

「お前さんに言われると授業に出るテンションが一気に下がるの」
「何だと?!」
「そう怒りなさんな。とりあえず今年は大丈夫じゃろ。……が目付け役でいるからの」


授業をサボると煩いんじゃ、と溜息混じりに零す仁王だったが表情は一段と柔らかかった。まるで花でも愛でるような、そんな優しい眼差しに言い知れぬ予感を抱く。
その時は何の予感かまだわからなかった。けれど何か喉に引っかかったような拭えない違和感だけはあって真田は無意識に眉をひそめた。


「おおそうじゃ。柳生がお前さんに用事があるとかいっておったぞ」

そろそろ予鈴が鳴る頃に仁王は今思い出したかのように柳生からの言伝を発した。はまだか、と思ってた矢先だったので寄せていた眉をぐっと更に寄せたが仁王はヘラリと笑って「ホラ急がんと遅刻するぜよ」と手を振って追い出しにかかる。

これがもし赤也ならすぐさま「呼んできます!」と言って走り出しただろうが、仁王相手では何の効果もなく時間も差し迫っていたのもあって、真田は渋々教室へと戻っていった。



放課後、真田は気乗りしない足取りでの教室にまた向かっていた。先程幸村ににマネージャーになるよう勧誘をして来いと命令が下ったのだ。
いつもの自分なら大いに喜んで勧誘をしに行っただろうが、この微妙な状況でその話題に触れていいのか正直わからなかった。

これ程無視されるような大きなケンカをしたのはなかった為どう対処したらいいのかわからなかったのだ。その為、さすがの真田もこれ以上の不況を買うのは得策じゃないと本能的に感じ取り、マネージャーの勧誘はそれに該当する為心底迷っていた。


「おー真田。こんなところで何してんだよぃ」

の教室に向かう途中で立ち止まり、どうしようか考え倦ねているところで声がかかり振り返った。そこにはガム風船を膨らませる丸井とこちらを気遣わしげに見てくるジャッカルがいた。2人はテニスバックを持っていてこれから部活に行くのだと見て取れた。


「う、うむ。にマネージャーの件で話があってな」
「あーそれな。俺も随分話してんだけど…って、真田ってと仲直りしたのか?」
「っな、何故知っている?!」

俺も早く部活に行きたい、と思いながらも素直に返せば丸井は驚いた顔でこちらを見てきた。
何故お前がとのケンカの話を知っている?!そう狼狽すれば「だって幸村くんがいってたし」とあっさりネタ晴らしされた。ゆ、幸村…っ!!


「け、ケンカという程のケンカではない」
「けど、と全然喋れてねぇんだろ?」
「つーか、目も合わせてもらえねぇんだろぃ?」
「……っ」
「あ!ってジャッカルがいってた!!」
「ぅおい!」

俺に擦り付けんじゃねぇ!!
じわりと滲んだ目を見たのか丸井は目を見開くとジャッカルのせいにした。ジャッカルも負けじと叫んだが真田を見て口を噤むと丸井と視線を交わし「だ、大丈夫だって!」と肩を叩いて元気づけてくる。



も今頃後悔してると思うぜ?もしかしたら話したいけど話すタイミングが掴めなくて困ってるかもしんねーしな!」
「そうそう!だって真田のことマジで嫌いになったりしねーって!なっジャッカル!!」
「お、おう!」

だからそう心配すんなって!とジャッカルと同じように肩を叩く丸井を見やれば「お前のことになると本当ヨワヨワだなー」と苦笑された。放っておいてくれ。


「つーか、また余計なこととかいったんだろ?規則を守れ、とか、騒ぐな、とか。あとあんな奴と付き合うな、とか」
「…付き合う?は誰かと付き合ってるのか?!」
もしや、不良仲間か?!と鬼気迫る顔で丸井の肩を掴めば「いや、多分違うと思う」とはぐらかされた。


「そんなことはないだろう!何を隠しているんだ?!言え!言うんだ丸井!!」
「ぎゃあああっ肩が死ぬ!死ぬ!!」
「誰だ?!誰がを誑かし、悪の道に引き込んだんだ?!」
「何か当たってる気もするけど多分違う気がする…っ」

あまりにも力強く握り締めたせいか丸井は涙目になってジャッカルに助けを求め無理矢理引き離された。それでも尚、前のめりに聞けば「俺の口からはいえねぇよぃ!」とジャッカルの後ろに隠れた。


「おいっブン太!!」
「俺だって確証がねぇんだ。だからいわねぇ!」
「何を言う!そこまでわかってるんだ!だったら言えばいいだろう!!」
「やだね!言ったら絶対お前暴れるだろうし、俺も多分ただじゃすまねぇし!ジャッカルならいいけどよ!「おいぃ!!」だから絶対教えねぇ!」


じゃあな!とジャッカルの襟首を掴んだ丸井は一目散に逃げていった。真田も途中まで追いかけたが階段のところで自分が風紀委員だったということを思い出し、その場は諦めるしかなかった。

部活に行ったら風紀委員として制裁を下さなくてはならんな。そう心に決めて。


「……しかし、は誰と付き合っているんだ…?」


これがもし本当に不良だったなら身を呈してでも止めなくてはならないだろう。そう考えて真田は拳をぎゅっと握り締めた。




おバカ皇帝(笑)
2013.09.20