覚めない夢・4




山も雪化粧され、肌を刺すような冷たい空気を吸い込んだ小十郎は外気にさらされた廊下に片膝をついた。

「政宗様、火鉢をお持ちしました」
「小十郎か。OK.入りな」

いつもより固い声色に眉を寄せつつ、小十郎は障子を開け素早く中へ入る。政宗の部屋と隣り合わせのこの部屋はの為に宛がわれたものだ。もうかれこれ2日経っただろうか。熱にうなされ、浅い呼吸を繰り返す少女を痛ましく感じながら小十郎は障子を閉めた。


が目覚めたぜ」
「まことにございますか?」
「Sure.だがすぐに眠っちまったがな」

を挟むように火鉢を置いた小十郎は少し驚いた顔で政宗を見、を見た。
あの晩、閉じ込められていた蔵の扉をこじ開けた時、心の臓が止まるかと思った。小さく丸まった身体と氷のような手足、そして紫がかった唇と青白い顔。誰もが死を覚悟した。

だが、この小さな身体は死を跳ね除け必死に生きようとしている。

傍らに座る政宗が吹き出た汗を拭い取り、桶の水に手拭いをさらす。そしてそれを絞り、の額に再び乗せる姿に小十郎は胸が締め付けられた。
これほどを大事にしいるにもかかわらず、それを汲み取らない愚か者が城内にいたとは。己の落ち度を噛み締めると共に小十郎は拳を握り締めた。


は、大丈夫なんだな?」
「はい。今夜を抜ければこの熱も下がりましょう」
「熱の後遺症もないんだな?」

政宗の射抜くような視線に小十郎は背筋を伸ばし目を逸らさず頷いた。まだ梵天丸様だった頃を思い出してしまわれたのだろう。天然痘を患い、高熱の末右目を失うことになったのだ。不安にならないはずがない。相手が女子とあれば尚更だろう。

視線を下げれば赤く熟れたトマトのような顔のが眠っている。蔵から連れ出し直ぐ様湯船で身体を温め、今も2つの火鉢で部屋を暖め厚手の布団をかけているが完治するかは五分五分だと薬師にいわれた。


「あの襲撃で運良く生き残った娘です。簡単には死を選びますまい。今はただ、の生きる力を信じるしかありません」


城主である政宗自らが寝る間も惜しんで看病したのだ。報われてほしい…いや、報われるべきだ。そう考え赤く染まるの頬を撫でた。



*



数日後、熱も下がり目を覚ましたの回復は目を見張るものだった。成長期の子供故か、はたまたの身体の構造が他よりも特別頑丈なのか、どちらにしても小十郎にとって好ましい結果を生んでいる。

、起きてるのか?入るぞ」
「小十郎さま〜」
「…何してんだ?」

溜まった執務をこなしている政宗の代わりにの部屋に入ると、彼女は眉を下げ助けを求めてきた。どうやら解けた包帯と格闘していたらしい。小十郎は短く息を吐くと傍らまで近づき、小さな手を握った。

「また掻いたのか?」
「だって、痒くて痒くて…掻いたら治りづらいってわかってるんですけど…」

霜焼けになった手足は白い包帯を巻かれ痛ましい状態だが、これを解いてやる訳にはいかないのだ。小十郎は痒い痒いと顔をしかめるの手を引き、緩くなった包帯をその小さな右手に巻きつけていく。


「飯はちゃんと全部食ったか?」
「はい。美味しくいただきました」
「体調は変わりないか?」
「はい。熱はまだちょっとありますけど頭も重くないしスッキリしてますよ」
「……んで、その花は何だ?」

触った手の温度が下がってることに安堵しつつ何個か質問をして、それに気づいた。
の枕元には昨日までなかった浜菊が添えられていたのだ。

一瞬、政宗様が?と考えたが朝から執務室に篭っているのを知ってるのでそれはありえないだろう、と思い直す。この城内にいる部下も心配はしているがこういう気配りができる者はいないだろう。女中も考えたが、隣が政宗の部屋とあってこの部屋の出入りも自分か姉の喜多くらいだと思い出した。


「これは、その…佐助さんが」
「佐助?………武田の、あの忍か?」

頷くに小十郎は額を押さえた。確か同盟についての返事を政宗が奴に渡し、雪解けの春まで会うことはないだろうと踏んでいたのだが。なのにわざわざに会いに来たというのか?任務ではなく、頼まれたわけでもなく、の為だけに、この雪深い奥州に来たというのだろうか。


「それで、奴は何かいってたか?」
「"なーんだ、生きてたんだ。しぶといねぇ"って笑われました…」
「………」
「でも、お見舞いだっていって花をくれたし、霜焼けに効く薬もくれたし」


いってることとやってること全然違うんですよ。と、は嬉しそうに笑った。あまりに嬉しそうな顔に思わずピクリと眉が動く。
白く小さな花を咲かせている浜菊の傍らには女が好きそうな模様と色の貝があり、その中に薬が入っているんだろうと安易にわかった。

…武田の忍にしちゃ随分と味なマネをしてくれるじゃねぇか。


。このことを政宗様に話すんじゃねぇぞ」
「……?は、はい」


こんなものを見たら絶対張り合うに決まっている。どう考えても機嫌を悪くする想像しか出来なかった小十郎は自分から打ち明けないように何度もに念を押し、内心はどうやっての回復を維持しつつ政宗に伝えるか、どうやったら猿飛を懲らしめられるか考え嘆息を漏らすのだった。




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2011.05.06
英語は残念使用です。ご了承ください。

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