助けて




「あなた、奥州の人間じゃないでしょ」


「……」


「視察に来ただけなのにここで問題を起こしていいの?」


半兵衛の冷たい視線がをしっかり捕らえた。ついでに蘭丸も驚いた顔でこちらを凝視してる。あんたは早くそこから逃げ出す方法を考えない。そんなことを頭の中で零しながら大きく息を吸った。
手が震えて感覚がおかしい。このまま地面にへたれこんでしまいたい気持ちをぐっと抑え込み腹に力を入れる。

「どうしてそう思うんだい?」
「そんな高そうな服着てたら誰だって気づくんじゃないかしら。ま、ここにいるんだから隠れる必要もなかったんだと思うけど…でも、こんな子供に見つかったら元も子もないと思うわ」
「…そうだね。それは計算外だったよ」
「それに、2人分の死体を処理するのって大変だと思うなぁ」

1人ならまだしも2人分を埋めたりするのは一苦労だ。放置するのは簡単だけどの着物は政宗から与えられた鮮やかなオレンジ色の小袖だったし、蘭丸の顔は広く知られてるはずだ。隠れて視察に来てて、しかも病持ちの半兵衛がそんな手間を好き好んでやるとは思えない。

ぎょっとした顔で見つめてくる蘭丸を無視して、はまっすぐ半兵衛を見据える。轟々と鼓膜を揺らす風の音が煩くて揺らめく髪が視界を邪魔する。さっきよりも風が強くなり空も暗くなってきた。


「君は僕にどうしてほしいんだい?」
「このまま何もせず、その彼を置いて帰って」
「手土産もなく帰れると思ってるの?」
「私が村に戻って大人達を連れて来るだけでも小半時かかるわ。それだけあれば十分離れられるでしょ?」
「僕と取引しようっていうのかい?…殺そうと思えば今すぐにでもできるんだよ?」
「あなたがそんな面倒なことはしないわ。それに土産ならもう持ってるはずよ」

当てずっぽうだがそんな匂わせた言葉を吐いてみる。
恐らく、奥州・武田・上杉の同盟を確認しに来たんだろう。もしその情報が欲しいならこんな村はずれにはいないはずだ。
そう思って視線を逸らさず半兵衛を見つめていれば一瞬だけ驚いたように目を見開き、そしてすぐに細められた。

「…気が済んだのならさっさと国に帰ることをお勧めするわ」
「驚いたな。こんな薄汚い娘がそこまでわかってるなんて」
薄汚いは余計だ。

「だったら余計放っておけないな」


ヒュッと風が吹いた。それはさっきから吹き付けるような轟々としたものではなく、鋭い刃のような細い風で。額に当たったと思えばはらりと髪の毛が落ちた。大丈夫。怖くない、怖くない。目を逸らしたら負けだ。


「君もただの農民の子じゃなさそうだ」

薄く笑った半兵衛を照らすように空が光った。すぐ近くで雷の音が鳴り響く。その重低音に身体の中から揺れてる気分になる。鼓膜も破れてしまいそうだ。あまりの騒音に顔をしかめると彼が空を見上げた。

「やっと帰って来たみたいだね」

嵐が来ることを予想していたのだろうか?と空を見上げればドス黒い空をバックに雷に照らされる黒い忍に息を飲んだ。それも十数人。大所帯もいいところだ。

「確か、大人達に告げ口するまでに小半時かかる…だったかな」
「……」
「これなら君達の処理も楽にすむだろうね」


大きく稲妻を描き、光の陰影で半兵衛が笑ったように見えた。ぽつぽつと降り出した雨は一気にバケツをひっくり返したような土砂降りになる。髪の毛が張り付き、強い風と一緒に吹き付ける雨が痛くて仕方がない。瞬きをするのが精一杯だ。

手を上げた半兵衛にが息を呑む。ぎゅっと目を瞑るがいつまで経っても痛みが来ない。どうして?不思議に思い目を開ければ驚いた顔で半兵衛がこっちを見てる。足元を見れば苦無がを囲むように刺さっていて顔が引きつった。

「君は、一体…いや、偶然だろう。もう一度だ」


視界が悪い中、彼は上を見上げ合図を送る。は慌てて忍から逃げるように走った。すると雷がまた光り、つんざくような音と共に地面が揺れの身体もバランスを崩した。

「え…っ?!」
尻餅をつきながら近くの木にしがみつくとさっきまで忍がいた木が真っ二つに割れ、そこから火を上げている。この雨のお陰で燃え広がることないようだが、もくもくと上がる煙で忍達が生きてるのかどうかわからなかった。

「…っこの、」
「あ…っ」


煙の中から白い頭が見え、に緊張が走る。2つに割れた木は彼らに向かって倒れていたのだ。
1人しか見えないことに焦ったは忙しく視線を走らせる。けれど、雨足の強さに蘭丸の姿は見当たらなかった。

を見つけた半兵衛は張り付く髪をかき上げると早足でこちらに近づいてくる。右手にはあの関節剣が握られていて、背を向ければすぐにでも切り捨てられそうな圧迫感があった。どうしよう、どうしよう、と考えてる間に半兵衛はすぐ目の前に迫る。


「君は、天候を操れるのかい?」
「…?…何のこと?」

そう、言い返すのがやっとだった。
目つきも怒った威圧感も政宗や小十郎でそこそこ知ってはいたけど、こんな危険な状況で本気の殺気をあてられるのは初めてだ。泣くことも出来ないくらい恐怖で身体の器官が止まっている。

「まぁ、いいさ」と半兵衛が無表情の顔で刀を振り上げた。


「た…っ」


政宗…っ小十郎…っそう頭の中で叫び、目を瞑った。




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2011.06.16

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