予想外




かちゃかちゃと中で揺れ動く薬箱にリュックかショルダーバックが欲しいと心底思った。

小十郎の屋敷に戻るとの姿を見た女中は目が飛び出るんじゃないかというくらい大きく見開き固まってしまった。それを視界の端に捉えながらしまってあった薬箱を抱え、綺麗な包帯、布を風呂敷に包んで外に出る。
屋敷を出る際、女中達が慌てた様子で声をかけてきたが一刻も早く行きたかったは行き先もろくに告げず、すぐ帰るからとか適当なことをいってその場を後にした。

雨は戻る途中で止んでいて見上げた空は清々しいほどに青い。まるで雨など降ってなかったように土が乾いていたが、今のには重い荷物と痛む横腹しか考えられなかった。


山に入る道を横に逸れると小さな小屋が見える。そこは前に小十郎に教えてもらった場所で、狩りの時や稲刈りの時に使用するらしい。だからいつもは誰もいないんだと聞いていた。
大きな柿の木の横を通り引き戸に手をかけると中から大きな音が聞こえ、何事だと戸を開けた。


「…何、してるの?」

入ってきたに動きを止めた2人は驚いた顔でこちらを見やる。驚いてるのはむしろこっちだ、といいたい。
目に映る光景は何故か半裸の蘭丸がこれまた何故か半裸の慶次に押し倒されてる光景だった。後から考えれば雨で濡れたから脱いでたのだと、蘭丸の足が慶次の顔に押し付けてあったとか、色々あったのだけどその光景に何度も目を瞬かせたはこう呟いた。


「………お邪魔様?」
「なんでそーなんだよ!お前の目は節穴か?!」
「俺もさすがに男には手を出さねぇよ」

思ったことを口にすれば一斉に否定され、顔が真っ赤な蘭丸には近くにあった干草を投げられた。

話を聞けば、身体を冷やさないように慶次が蘭丸の着物を脱がせたらしい。自分も濡れてたから同じように脱いで火を熾したまではいいが、気がついた蘭丸はこの光景に驚き暴れたので押さえつけていたらしい。
確かに敵同士が同じ小屋に仲良くいたら蘭丸はビックリするか。いやでも、紛らわしい光景だった気もする。そんな顔をすれば蘭丸に頭を殴られた。

近くにあった井戸から水を汲んできたは、囲炉裏を囲んで蘭丸の手当てをしていた。慶次は私達の反対側に座って観察するようにじっとこっちを見てる。

「それでちんまいのは何で奥州に来たんだ?」
「お前には関係ない」

足や腕の傷と泥を綺麗に落としていると慶次が問いかけ蘭丸が一蹴した。さっきからそんな問答の繰り返しだ。それに呆れていれば慶次がターゲットを私に変えてきた。


っていったっけ?あんたはなんであそこにいたわけ?」
「散歩をしてたの。そしたらこの子が山から下りてきて巻き込まれたの」
「お前が勝手に巻き込まれたんだろ」
「私がいなかったらやられてたくせに」

ぼそりと呟き、巻き終わった膝を軽く叩いてやれば蘭丸がもんどりうった。フフンだ。さっきの仕返しだもんね。

「…それでそのちんまいのとはどういう関係なんだい?」
「ちんまいのじゃない!蘭丸だ!!」
「関係も何もこの子とは初対面ですよ」


巻き込まれたっていったじゃないか、と慶次を見れば半裸のだらしない格好で胡坐をかき、にまにま笑って頬杖をついている。まさか、と内心思ったがつとめて顔を出さないように蘭丸の腕に薬を塗った。
「もっと丁寧にやれ!」と騒ぐ蘭丸に視界の端の男が嬉しそうに見てる。嫌な予感しかしないのは何でだろう。



「はい、おしまい」

パチパチという木が爆ぜる音を聞きながら腕の包帯から手を放すと蘭丸は手を握ったり開いたりして腕を軽く回した。どう?と聞けば動くのには問題なさそうだ。顔色もさっきよりは断然にいい。


「帰るの?」
立ち上がった蘭丸を視線だけ追いかければ肯定の言葉が返ってくる。着物を着直す姿を眺めていれば血色のいい顔がこちらに振り返った。

「蘭丸にいいたいことでもあんのか?」
「帰るなら気をつけてね。腕はともかく膝はちゃんと包帯変えなきゃダメだよ」

不機嫌、というよりは緊張してるような目つきで伺ってくる彼に、膝の包帯を見ながら返すと何故か蘭丸は眉を潜め押し黙った。後ろの方で何が面白いのか押し殺せてない笑い声が聞こえる。


「……っ!」
「はっはい!」

何を笑ってるんだ?と振り返ろうとしたらいきなり名を呼ばれ背を正してしまった。前にいる蘭丸を見れば表情を隠すように俯いていて、何かブツブツ呟いてる。

「何?聞こえないよ?」
「だーかーら!…っありがとう!じゃあな!!」


何をいってるのか聞き取ろうと覗き込むと、蘭丸はいきなり顔をあげ、怒ったように叫んだ。
その叫んだ内容に呆気に取られていると彼は真っ赤な顔のまま背を向け、思い切りとを開け放ち逃げるように走り去ってしまった。


「お礼、いわれちゃった…」

戸の向こうはもう夕暮れで、どこか近くでカラスがカァと鳴く声が聞こえる。
遠のく足音を聞きながら予想外の言葉に呆けていると後ろで「恋だねぇ」としみじみ呟く万年春頭の声が聞こえた。




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2011.07.14

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