癒えない傷
ぽかぽかと温かい日差しが降り注ぐ中、まず鶴を作ろう、ということになり2人と1匹は縁側で並んで仲良く小さな紙を三角に折った。
どうやらこの時代に折り紙はまだ伝わっていないらしく、形から察して言い当てられたものもあれば意外にも鶴はわかってもらえないとかあって。
それに思った以上に手先が器用の慶次に驚かされつつも、手元を覗く彼にわかりやすいようにゆっくり手を動かした。
大きな手で一生懸命折り紙を折る姿はなんだか微笑ましいというか、面白いというか。ゆらゆら揺れる頭の羽根と一緒に折ってくれる夢吉に挟まれてはクスクスと笑った。
しかし、彼を見ていたせいでチラチラ視界に入る赤い頬に笑顔も引っ込んでしまう。
「…頬、まだ痛い?」
「ん?ああ、大丈夫大丈夫!もう痛くないよ」
顔をあげた慶次と目を合わせると彼は笑って折り紙に視線を戻した。腫れ上がった赤い頬は間違いなく小十郎に殴られた痕だ。それを見てると申し訳なくて申し訳なくて。思わず溜息が零れてしまう。
「ごめんね。小十郎さま止められなくて」
「いいって。そっちこそ傷の具合はどうなんだ?」
「問題ないよ。熱も寝てる間に出たらしいけどもう下がったし」
「……痕は残りそうなのか?」
「うーん。でも、前髪で隠せるし」
「そっか」
できるだけ明るくいったつもりだったが慶次の声のトーンが落ちてったので内心慌てた。慶次のせいじゃないのに!そう思って「大丈夫だよ!成長期なんだし!」といったが一向に彼の表情が晴れない。代わりに「成長期って…?」と返された。
「(あれ?成長期って言葉なかったっけ?)こ、これから背だって伸びるし、回復力とか上がるから治ると思うの!だからそんな落ち込まないで?」
「…ああそうだな。痛いのはの方なのに…すまねぇな」
あああ、慶次にそんな顔させたかったわけじゃないのに!やっぱり落ち込ませてしまったようでは内心頭を抱えた。
鶴が出来上がっても慶次の表情は曇ったままでどうしたものかと思案しながら膝の上に乗ってる夢吉と遊んでいると不思議そうに見てくる慶次と目が合い首を傾げる。
よ、よーし来い!心の準備は出来た!どんなネガティブな言葉でも返してやるぞ!!そんな意気込みでは構えた。
「不思議だな。昨日のと目の前のが同一人物とはちょっと思えねぇよ」
「?…そうなの?」
「だって夢吉が俺の懐から出てこなかったんだぜ?」
雨だったからってのもあるけどさ。夢吉と交互に見てくる慶次にはそういえば、と夢吉を見やった。確かに昨日は1回も見ていない気がする。
「…そんなに怖かった、とか?」
そう、夢吉に問えば人語がわかってるのか首を横に振って被ってる兜を嬉しそうに掴み1回転する。それを見てホッと息を吐いた。
「無理しなくていいんだからな。辛い時は泣いたっていいし、大人を頼っていいんだぜ」
「うん。ありがとう慶次さん」
素直に礼を述べてみたが、慶次は困ったように笑って頭を撫でた。あれ?なんか無理してるって思われてる?子供ってこういう時泣いた方がいいのかな。
「(女優じゃないからすぐには無理だよなぁ…)そういえば慶次さん。上杉の人達はなんで遅れたの?」
「あ、そっか。は知らなかったな。謙信達足止めを食らってたんだ。半兵衛の策で橋が落とされた上に戦って怪我してる奴もいたからその手当てでな」
「それで…じゃあ回り道をしてきたの?」
「いや、丁度雷が大木に落ちてそれがたまたま橋代わりになったらしい」
「へぇ。そんなことってあるんですね」
凄い。雷が落ちてタイミングよく橋になるとかマンガの世界しか見たことないよ。
「虎のおっさんも土砂崩れを起こされたせいで足止めされてたらしいがそれも雷のお陰でなんとかこっちに来れたんだってさ」
「へぇー…て、何?」
前のめりに目を合わせてくる慶次に思わず身を引いた。何その探るような視線は。
「謙信がさ。は特別なんじゃねぇかっていっててよ」
「えぇ?!な、なんで?」
「半兵衛"達"に命狙われたのに回避できたってのが凄いんだとよ。武将の才を感じるくらいなんだとさ」
「…私、戦えないよ」
謙信よ。何を思って発言したんですか。会ってもいないのにそんな誤報流さないでよ。一瞬、私の正体がばれたのかとヒヤヒヤしたじゃない。怖いわぁ。
「はははっ確かには戦の才はなさそうだよな。それに双竜の2人が戦場に出すとも思えねぇし」
きっとが気になって戦どころじゃないぜ。とケタケタ笑う慶次にはどっと疲れが肩に圧し掛かった気がした。ありうる。簡単に想像できたよ。
「俺もまつ姉ちゃんが戦に出るのは正直辛い。利のことを想って、ってのはわかってるけど、でも女の子はいい恋して、笑って、幸せになってほしいからさ」
「……」
「だからは戦えなくたって全然恥ずかしくないかんな」
ぽろりと零れた慶次の気持ちには少し胸を締め付けられる。いつまでも過去に囚われるのはよくないことだけど、慶次にとってねねが心の砦ならたとえ枷でも今はまだこのままがいいんだろう。
いつかその痛みと一緒に抱え込んだ殻を優しく溶かしてくれる人が現れるといいね、そう願っては出来上がったアヤメを慶次の髪に挿した。
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2011.08.14
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