お誘い
「いてて」
「キキ?」
「大丈夫?」
冷たい水で濡らした手拭いを慶次の腕にあてると彼は痛そうに呻いた。
ここは村外れの神社の境内だ。裏にある山の湧水で手当てをしていたのだけど不安は拭えないでいた。
「そんな顔すんなって。まだ毒と決まった訳じゃないんだし」
「…そう、ですね」
しょげるに慶次は優しく微笑んだ。対峙した忍はとにかくしつこかった。慶次だけなら多分撒くか勝てるかしたんだろうけどを守る為に後退するしかなくて。
慶次の傷もその時にできてしまったものだ。傷事態は深くないけど慶次の額からは脂汗が滲み出ている。せめて医者に診せられれば…。
「私、お医者さん呼んできます!」
「ダメだ!またあいつらが来たらどうするんだっ」
「でも!」
「いいか、よく聞けよ。あの忍達は撒かれたんじゃない。撤退したんだ」
腕を強く掴まれ引き寄せられたは大きく目を見開いた。確かによく思い出せば慶次が追い払ったというより、頃合いを見て引き下がったようにも考えられる。でも。
「慶次さんは関係ないのに」
「俺のことは心配するな!休んでればちゃんと動けるように…ぐ、」
「慶次さん!!」
辛そうに顔をしかめる慶次には叫んだ。どうしよう、このまま慶次が死ぬようなことがあったら。そんなことが頭にぐるぐる回って離れない。助けたい。助けたいのに何で自分には何の力もないんだろう。悔しくてたまらなかった。
「あらら。怪我したのかい?」
「!誰だ?!」
「そう、警戒しなさんなって」
「……佐助さん?」
姿の見えない声に反応した慶次は掴んでた腕を引き、を抱きしめる。その強さと包まれる感覚に目を瞬かせると彼の警戒する低い声が鼓膜を揺らした。
シュッと風を切る音と共に現れた迷彩は猿飛佐助ではあからさまに安堵の息を吐く。けれど慶次の太い腕は力を緩めようとはしなかった。触れる肌の部分が自分より冷たいことに余計不安を掻きたてられる。
「そうカリカリしなさんなって。俺様は味方よ?」
「証拠は?」
「…あんたが真田の旦那を怪我させた時、見舞いだといって持ってきてくれた団子は80本だった」
「…………」
「それのせいで真田の旦那は団子を喉に詰まらせて危うく仏さんになるところだった」
これでもダメかい?と肩を竦める佐助には曖昧な顔で慶次を見上げる。つっこみどころは色々あるがあえて黙っていると、やっと息を吐き出した慶次がを解放した。
「驚かすなよ」
「随分疲れてるみたいだけど、そんな強い奴と戦ったの?」
「違うの。慶次さん怪我してて」
「怪我?」
傷を見せるなり佐助の顔は真剣になった。「毒は吸い出した?」と聞かれ、神妙に頷くと懐からなにやら黒くて丸い薬っぽいものを取り出し慶次に手渡す。その怪しげなものに慶次は顔を歪ませていたが仕方なく飲み込んだ。
「うへぇ。にげぇ…」
「俺様特製万能薬だからね。それで効かないようならお陀仏だけど…まぁ大丈夫でしょ」
「んな、適当な」
「それで、旦那を怪我させた相手の素性だけど」
水筒を渡し、それを飲み干す勢いで飲んだが慶次の顔は苦そうだった。それを不安げに見ていればすぐ近くで黒い物が降り立ち、一斉にそちらを見やる。見覚えのある目には声を上げた。
「長門さん…っどうしたんですか?!怪我してるんじゃないですか!」
つん、と匂うものと一緒に滴り落ちた血を見ては慌てて駆け寄った。しかしそれは佐助に妨げられてしまう。
「ちゃん。旦那に怪我させたのはこいつのお仲間だよ」
「え?」
「そしてちゃんの命を狙ってるのもね」
佐助の言葉には目を見開いた。いきなりすぎて恐怖よりも驚きの方が強い。後ろでは「やっぱりな」と諦め気味に零す慶次の声が聞こえる。
「…政宗さまが私を?」
「違う!…もっと別の人間だ」
慎重に、静かに言葉を紡げば、長門はすぐに否定してくれた。初めて聞く声はしゃがれていて少し西の海賊兄貴に似ていると思った。彼の言葉にホッと息を吐けば佐助の腕を押しのけ自分の袖を破った。
「ちゃん。いいのかい?そいつは君を殺そうと思ってるんだよ」
「長門さんにはお世話になってるんです。それに、命令したのが政宗さまじゃないなら今はそれだけで十分ですから」
不思議と殺される感じはしなかった。佐助の言うように長門が自分の命を狙っているなら警戒しなきゃいけないんだろうけどそんな気にもなれなくて。腕の傷に布を巻きつけ縛れば困惑した目で見てくる長門とかち合った。
「俺が怖くないのか?」
「怖いっちゃ怖いですけど本気でダメなら佐助さんここに連れてこないだろうし、慶次さんも助けてくれるだろうし」
「……」
震える指先を感じ取ったんだろう。後ろを振り返れば2人が苦笑していては悪戯っぽく笑った。
今迄だって女中仲間に嫌がらせを受けてきたんだ。だから今更って思うけどやっぱり怖いものは怖い。政宗がいなくなった途端こうなったということは、忍を動かせられるある程度地位のある人が私を邪魔に思ってるってことだ。
子供1人相手に大人気ないって思うのは気のせいじゃないと思う。
「正直、なにこれ!と叫びたいくらいですよ?長門さん達に命狙われるわ、慶次さんに怪我負わせちゃうわ。私って疫病神だったっけ?みたいな」
薬を飲んで少し顔色がよくなった慶次が心配そうに見てくるのではにっこり笑うとどうしたものかと腕を組んだ。
正直、長門に命をくれてやる気はない。政宗と約束したのだ。城で待ってるって。でなきゃ間違いなく政宗は癇癪を起こすだろう。
政宗の部下として仲間として城を守る義務がある。その責任があるうちは、居場所があるうちはそこに収まっていたいのだ。
しかしそれも政宗の恩恵があればこその話で。今の青葉城にそれはないのだろう。自分1人じゃ身を守ることもできない。慶次だってこんな怪我してるしいつでも守ってもらえるわけじゃない。
「どうしようね…」
このままじゃ城どころか小十郎の屋敷にも戻れない。間違いなくそこまで追っ手が来る。それで屋敷の人達に迷惑でもかけたらそれこそたまったものじゃない。
途方に暮れて力なくぽそりと呟くと傍らにいた佐助がしゃがみこみ、の頭を撫でた。
「じゃあ、甲斐にでも来る?」
「え?」
突然の申し出に驚き顔をあげると、それはそれはとてもいい笑顔で佐助が微笑んでいた。
-----------------------------
2011.09.27
BACK //
TOP //
NEXT