嘘だといって




大学や会社の飲み会でこういうのはよく見てたけど男だけ、とかこの大人数、というのは縁がなかったので、今見る光景は圧巻だった。
無礼講といったのもあって上下関係そっちのけでお酒を酌み交わしたり腹踊りしたり、上半身裸になって相撲を取り出したり(これは外でやってほしかった)とにかくカオスだ。

唯一冷静なのは隣にいる信玄だろう。騒ぐ部下達を見てにこやかに酒を煽っている。その視線に気がついたのか彼はチラリと見て微笑んだ。

「わしの目に狂いはなかったな。似合っているぞ
「ああっありがとうございます!こんな高価なものをいただいてしまって…」
「なんの。こちらに来てから今日まで何もしてやれなんだのはワシの方だ。許してくれよ」
「そんな!勿体無いお言葉です」

縮こまったは足元へ視線を下げた。袴、穿かなくてよかった…。
が着ているものは信玄が寄越してきたもので、佐助が助言してくれた袴は穿かなかった。本当は恥ずかしかったんだけど貰ったものに手を加えるのはダメな気がしたのだ。
特に信玄は幸村の上司でもある。素直にいえば許してもらえそうだけど選択は間違ってないと思った。


「一献どうだい?」
「うむ。貰おうかの」
膳のご飯をちびちび食べているとほろ酔い顔の慶次がやって来て信玄に酒を注いでいる。なみなみと注がれた酒を信玄は一気に飲み干し慶次は「おお!いい飲みっぷりだねぇ」とはやし立てた。

「ん?どうした
「慶次さんわかっててやってるでしょ」

私だってお酒飲みたいのに。じと目で睨んでも慶次は何の話だ?と笑うばかりで気がつきやしない。それどころかの隣にだらしなく座って膝を覗き込んだ。

「やーっぱり綺麗じゃん。の足」
「セクハラ。お酒臭い」
「せく…?何怒ってるんだよ」
「別に。それよりいいの?幸村さま放置して」
「ああいいのいいの。佐助に任せてきたから」

視線の先には顔を真っ赤にした幸村が目を回していて佐助や部下の人達に扇子で扇がれている。ついさっきまで慶次と飲み比べをしていたんだが、敗退したんだろう。見る限り幸村弱そうだしね。
の膝を触ろうとしてる慶次の手をピシリと叩くとさっきよりも鋭い目つきで睨んでやった。


「手癖悪いですよ。……って、なんですか。気味悪いですね」
文句をいうつもりがニヤニヤと笑ってる慶次のせいで引っ込めた。毒気が抜かれた、というよりは何か身の危険を感じるようなそんな不安を仰ぐ顔だ。

「やっと喜怒哀楽がはっきりしてきたなって思ってさ」
「は?」
「だってってあんまし怒らないだろ?笑ったり泣いたりできるんだから怒るのもできるはずだよなぁって思っててさ」
「…何が言いたいんですか?」

「もっと素直に表情を出した方がは可愛いっていってるのさ」


酔って潤んだ瞳に至近距離で囁かれた言葉は異様に威力があって思わず顔を赤らめてしまった。ここには天然が2人もいるんだろうか。


〜v」
ええい!擦り寄ってくるな!!恥ずかしいでしょうが!!赤くなって固まってるを慶次は頬を摺り寄せ頭を撫でてくる。私はあんたのペットじゃなーい!

「け、慶次さん!ちょっと、」
「随分好かれているようじゃの。
「し、信玄さま助けてください〜!」

助け舟とばかりに縋りつこうとしたらその手を取られ慶次の方に戻された。
あああもう!距離が近いってさっきからいってるでしょうが!この酔っ払い!!

「虎のおっさんはやめとけって。ああ見えて今も昔も女を泣かせてるって噂だぜ」
「よういうわ。身軽なお前も手をつけた女は京だけではなかろう」

「ちょっと!大将も旦那もちゃんの前でなんつー話してんですか!」

意味深な会話に困惑していると、今度こそ本当の助け舟が入った。オカンの佐助はの手を引っ張ると「真田の旦那介抱するから手伝って」とそのまま上座を降り部屋を出て行った。
佐助に手を引かれながらは騒がしくて明るい部屋に背を向け、ずんずん歩いていく。空を見上げれば綺麗な半月がぽっかりと浮かんでいた。


「ごめんね。しょうがないおっさんばっかで」
「あはは」
慶次はおっさんという年齢だっただろうか。歩く速度がゆっくりとなり、そして足を止めた佐助はの方に振り返ると申し訳なさそうに笑った。
別に佐助が悪い訳じゃないのに。そう思っても笑えば私の頭の先から爪先まで注意深く眺めて、そしてなんともいえない顔になって佐助が溜息を吐く。

「さすがに違うって思ったんだけどねぇ」
「何がですか?」
「大将、」

首を傾げ佐助に続けるよう即したが頭を掻いていうべきかどうか迷ってる彼はなかなか言い出さない。
「もしかして、この着物のことですか?」

なんとなしに、打掛を摘めばまた溜息を吐いた佐助が「そう」と頷く。…そういえば昔、服を贈る男心の話を聞いた気がする。
確か、服を女に贈るのって自分が脱がしたいから、だったような。


「まさか。だって信玄さまに限って」
「うちの大将、侮らない方がいいよ。結構広いから」

まさか子供の自分なんかに、と思ったが佐助の顔を見る限りあながちそうでもないらしい。マジかお舘さま。守備範囲広すぎですよ。
理解した途端スースーする足元が余計に恥ずかしくなって打掛で隠した。

「じょ、冗談ですよね…?」
「半分当たりで半分外れってとこかな」

多分。お互い目が合ったところで冷や汗が流れた。慶次は間違いなく酔っ払ってるからだって言い切れるけど、信玄はわからない。女ならなんでもいいなんて思ってないと信じたいけど本気で読めない。


「ついでに袴も穿きに戻る?」
愕然とするの肩にぽんと手を置いた佐助は同情するように呟いた。




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2011.10.25

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