豊臣大脱走・2
「官兵衛さん。武田だけじゃないってどういうこと?」
「…予測していた数よりも多かったってだけだ」
「もしかして、他の国の人も来てるの?」
もしかして、政宗だろうか。だったらいいのに。
「だとすれば上杉だろうな。秋の終わり頃に上杉から武田へ人と兵糧の流れがあったと報告があった」
「そう、」
北は冬支度があるからありえないと思っていた。と零す官兵衛には小さく溜息をついた。冬支度がある上に奥州は戦続きで動ける兵も殆どいないのだろう。そうわかっているのに落胆してしまう。
普段のならば謙信が助けに来てくれてるというだけで大騒ぎしただろうが今はどうしても政宗に会いたくて仕方がない。
1度緩んでしまった気持ちはなかなか戻らなくて心細さが胸いっぱいに広がってしまってる。それだけで泣いてしまいそうだった。
「。ここを抜ければ小生の隠れ家がある。そこでほとぼりが冷めるまで過ごしてもらうが、折を見て小生の屋敷に住まわせるつもりだ」
「…?」
「おいおい。もう忘れたのか?小生がお前さんを貰ってやるといったじゃないか」
気軽な感じで振り返る官兵衛には眉を潜めた。忘れたわけじゃないけど何で今この話題なのよ。人が落ち込んでるってのに、と目を細めれば官兵衛は笑ってこうのたまった。
「小生はしつこいからな。逃がすと思うなよ?」
「それを聞いて官兵衛さんの好感度下がりました」
ストーカーですか。
「下がっても手放さんがな」
「はっきりいって迷惑です」
「即答はさすがの小生も傷つくぞ。…まあ、お前さんみたいな小娘にはまだ小生の良さはわからんと思うが、小生に抱かれた女は皆虜になって小生無しでは生きれないともっぱらの噂なんだがね」
「そういう自慢をいわない人の方が数倍格好いいと思いますけどね」
「そういうことをいう女子に限って男の強引な押しに弱いよな」
肩越しに振り返りニヤリと笑う官兵衛にの背筋が寒くなった。どんだけ前向きなんだ。
「官兵衛さんっていい性格してますよね」
「よく言われる」
くそう。全然通じない。
「やっぱり自分で歩きます。下ろして…っひゃ、なっ!何するんですか!!」
「お前さんが動くからだろう?落ちたら怪我するぞ」
「だ、だからって人のお尻を撫でないでくださ…っ!や!」
近くで戦をしてるっていうのに何でこの人と痴話喧嘩しなきゃならないんだと顔をしかめていると大きな手が舐めるようにの尻を撫でてきたので思わず声を上げてしまった。いきなりなにするかなこの人!
「ククッいい反応だ。それにしても、お前さん思ってたよりいい尻してんな。それに声もまた…」
「そりゃこんだけ巻かれてれば好みの大きさでしょうよ!…って!やめてください!本っ当やめて!」
「ぐえっ…首絞めんなって…っ」
無遠慮に尻を揉まれ、涙目では官兵衛の首を絞めた。信じられない!破廉恥!と責めれば「手に柔っこいのが当たってるんだから仕方ないだろ」とこっちのせいにされた。時代が時代ならセクハラで訴えたいところだ。
しかも間に布団挟んでるのになんでお尻の位置わかってるんだこの人。
ギブアップと腕を叩かれたが外さず更に腕に力を入れる。落とせるような力はないけど嫌がらせくらいしてもいいはずだ。
「なんだお前さん、生娘か」
「………」
「ぐえっ」
「最低破廉恥穴熊」
喉仏の辺りを締め付ければ官兵衛は苦しそうに「…小生は熊じゃないぞ」と返してきた。随分余裕じゃないか。
「さっきのいい声で小生の名を呼んでもらいたいもんだ」
「絶対嫌!」
まだいうか!と手に力を込めれば、顔を上げた官兵衛が何かに気づいて素早くの手を外した。あっさり外された手に自分は遊ばれてたんだとわかってちょっと悔しくなった。
「ちょっとー。うちのちゃん誑かすのやめてくんない?」
「え…?あ、」
全然苦しくなかったのか、と残念な気持ちでいると聞き覚えのある声がを呼び顔を上げた。そこには迷彩色に身を包みヘラリと笑う佐助がいて思わず息を漏らす。
「爆弾兵かと思ってきてみれば…そんな奴に背負われて何やってんのさ」
「……」
返す言葉もございません。
「ちゃーんと迎えに来たでしょ」
「うん…」
「おい。小生がいることを忘れるな!」
「わかってるって。でも、アンタじゃ俺様に敵わない」
その括られた紐を解けばいいだけだしね、と口元を吊り上げ佐助が構える。空気がさっきの戦場と同じくらい緊迫したものに変わると官兵衛の肩に置いていた手を引っ張られた。
「悪いな、」
「え?…っ!」
ぐいっと引っ張られた腕は官兵衛に着物をたくし上げられ、白い包帯が現れる。まるで刑部みたいだと今更思っていると小刀の刃を腕に当てられ、痛みと熱さが同時にを襲った。その瞬間、ドン!という大きな音と共に爆風が達を襲う。
ゲホゲホと立ち込める煙に咳き込みながら閉じていた目を恐る恐るこじ開ければ目の前に大きなクレーターが出来ていた。誰がやったかは明白だ。
「さす…佐助さん!」
クレーターの大きさは直径5メートルくらい。いつもより小さめの方だ。それでも逃げれたかどうか不安になって佐助の名を呼んだが返ってこない。まさか、と血の気が引いていると官兵衛がクレーターに背を向け走り出した。
「やっやだ!佐助さん!佐助さん!!」
「大丈夫だ!奴は退いただけだ」
「でもっ…下ろして!私を帰して!!」
何度官兵衛を叩いてもビクともしない。見れば腕や顔に赤い血が滴っている。傷つけた相手に命中はしなかったものの、被害は受けたらしい。けれど今のは佐助の方が心配で官兵衛のことを気にかける余裕などなかった。
「殿ーっ!!!」
「!…幸村っ」
「忍だけでも面倒だっていうのに…っどけー!」
山間のあぜ道に出ると向こうから猪突猛進に走ってくる者がいる。それは赤い鉢巻を揺らし二槍の槍を携えの名を大声で呼んだ。
「どかぬ!殿を守れなかったのは某の落ち度!ここで殿を奪い返さねば政宗殿に申し訳がたたぬ!!」
「政宗、さま…」
己の紡いだ言葉の羅列に身体が熱くなる。どのくらい彼の声を聞いていないだろう。どのくらい姿を見ていないだろう。はっきりと思い出せない顔に涙が出そうだった。
「チィ!こっちだ!ぬわ!!」
「こっちも行き止まりだ。観念してを渡せ!!」
「かすが。そういう場合は返せだろ?俺達賊じゃないんだし」
「何故じゃーっ!何でこっそり逃げてる小生の方にどんどん人が集まるんじゃー!!」
方向転換した足元にクナイが投げられ、官兵衛の身体が傾く。その隙間から懐かしい面々の姿が見えた。かすがと慶次だ。
「っ大丈夫か?」
「慶次さん…っ」
心配そうに声をかけてくる慶次に涙が滲んだ。来てくれたんだ、という事実に胸が熱くなった。
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2011.12.17
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