豊臣大脱走・3
しかし感動の再会もすぐに終わってしまった。
胸を高鳴らせるその熱さは右腕に吸い取られ、その痛みに顔をしかめると耳をつんざくような音が辺りに響き渡る。また官兵衛がの腕を切ったのだ。だがその痛みは腕だけに留まらずは背中を強打した。
「くっ…やはり使いこなせない武器は使うものではないな…」
ブチッという音と共には地面に下ろされ紐を解かれた。息苦しかった締め付けに解放されたが、隙間を縫って入ってくる冷気に身体を震わせる。
官兵衛に支えてもらいながら身を起こすと背中に鈍い痛みが走った。布団がクッション代わりになったけど、落ちた時地面と官兵衛に挟まれたのもあって打ち所を間違えたらしい。
周りを見ればさっきのあぜ道ではなく山の中にいた。衝撃で飛ばされてしまったらしい。慶次やかすが、それに幸村の姿もなかった。
「大丈夫か?」
「はい、なんとか。…?官兵衛さん?!その血…っ」
日の光に照らされてるせいで赤が異様に目立つ。官兵衛の額から真っ赤な血が滴っていて纏っていた着物も埃と血で汚れていた。それが自分の力のせいだと気づいたはくしゃっと顔を歪めた。
「ご、ごめんなさ…っ」
「何を謝る。小生が逃げる為にお前さんを使ってこうなっただけだ」
お前さんの使い勝手が悪いのも十分承知の上だ。そういって笑う官兵衛には余計身につまされて着物の袖を彼の額に押し当てた。
「馬鹿だな。何故お前さんが泣きそうな面をしてる。利用したのは小生だぞ」
「だけど、私がコントロールできないばっかりに…」
きっとこの人は怪我をさせないように盾になってくれてたんだろう。怪我をすればまた力が発動する。それの回避も兼ねてるだろうけど自分のせいで他人が傷つくのはどうしても辛かった。
「…お前さんは戦が似合わん女子だな」
「……」
「お前さんの泣き顔を見てると全てを忘れ、抱きしめてしまいたくなる」
「……官兵衛さんが抱きしめたら骨が折れそうだから嫌」
チラリと見えた目を細め、頬をなぞる指はあたかも愛しそうに優しくて肩が揺れた。けど、それに甘えることは出来なくては冷たく言い返す。
それでも戸惑うの心を見破ってか官兵衛はフッと笑うとそのまま私を抱え上げた。
「官兵衛さん?」
「…悪いが、この娘は小生が頂くことになっているんでね」
「だからといって見逃すわけにはいかねぇな」
肌を刺すような寒気に視線を動かすと左手に刀を持つ男が立っている。生憎官兵衛のせいで顔までは見えないが声ですぐにわかった。
「小十郎、さま…」
「。無事か?」
それだけで鼻が痛くなる。来ると思ってなかったから、来てほしいと思ってたから余計に目頭が熱くなった。声の変わりに何度も頷くと見えたのか「そうか」と少し柔らかい声が聞こえた。
「をこちらに渡してもらおうか」
「…益々渡す気になれねぇな。竜の右目を手玉に取れる娘だ。返せば小生が殺されちまう」
「やはり陽動だったか。同じ手が2度も通用すると思うなよ」
「小生はこの娘を守ってやろうと連れ出しただけなんでね。半兵衛の策なんざ小生が知ったことじゃない。まあ、たまたま戦場でばったり会っちまったらどうなるかわかんねーけどな」
「テメェも所詮、豊臣の駒ってことか」
「少なくともお前さん達のお仲間じゃあねぇな」
「なら話が早い。テメェからを力づくで奪い返すまでだ」
「やれるものならやって…うがっ!」
官兵衛が構える前には彼の顔をこれでもかと後ろに押してやった。
重心が変わりバランスを崩した官兵衛の腕をすり抜けたはそのまま地面に落ちる。さっき強打した背中が痛かったが何とか耐えた。
そしてそのまま離れようとしたが何かに引っ張られつんのめった。裾を見れば官兵衛が逃がさんとばかりに握り締めていては眉を寄せる。確かにしつこい。
「!」
「大丈夫です!私に気にせず戦ってください!」
裾を破り伸ばされた官兵衛の手から逃れると小十郎の刀が阻むように現れた。チッと舌打ちする官兵衛を刀の向こうで見たはそのまま立ち上がり距離をとる。すると空に花火と色のついた煙が立ち昇った。
「諦めて撤退しろ。俺達はもうこの戦に用はねぇ」
「生憎、小生の判断で撤退できるほど偉くなくてね…!」
ガキン、という音にの身体が揺れる。擦りあう金属音に目を見開いた。官兵衛が刀で戦ってる…っ!そうか、手錠も鉄球もないから…。悠長にそんなことを考えているとまた空に花火があがった。
「安心しろ。あれはこちらの狼煙だ。時期に味方が来る」
「…くっさせるかよ!」
小十郎の刀を振り払い官兵衛がに手を伸ばす。その手から逃れようとしたが背中の痛みに気を取られ捕まってしまった。
「!」
「…小生も命が惜しいんでね」
そういっての太股に刀を宛がった。斬られる、そう思った瞬間は官兵衛の刀を掴んだ。
「うっ…」
「おい!何するんだ!!」
掴んだ場所が刃の方だった為にツウッと赤い液体が落ちる。官兵衛は初めて動揺した顔で刀を放せと怒ったがはそれを拒んだ。自分で傷つけた場合、力の発動はない。この刀を握り締めていれば小十郎が傷つくこともない。
「馬鹿野郎!指が落ちるぞ!!」
「お願い、官兵衛さん。引いて」
「何をいってる。お前さんは」
「私は帰りたいの。それに官兵衛さんだって手当てしないと」
首にまで滴ってる赤に随分血が流れてるんだと思った。早くしないと官兵衛の命の危ないのではないか?そう思って見つめていれば口を噤んだ彼が苦々しい顔でを見返し、諦めたように息を吐いた。
「…だったら、小生が無事逃げ切れるところまで同行してもらおうか」
「テメェ!何いってやがる!!」
「今の小生は袋の鼠ってやつだ。隠れているが殺気が混じった視線は隠せてないぜ」
「……」
「それでを放してみろ。あっという間にお陀仏だ」
だからお前さんを放す訳にはいかない。そういって抱える手に力を込めてくる。には官兵衛の言葉が本当か嘘かわからなくて小十郎を見やると厳しい視線が返ってきた。
多分、本当だ。だって慶次やかすが、幸村がそんな簡単にやられるわけがない。きっと佐助だっている。もし他の仲間だとしてもこの状況で不利なのは官兵衛の方だ。
「わかったわ。その条件飲」
飲むわ、そういいかけたところで爆風と耳をつんざくような金属音が響き渡った。その爆風に呑まれた官兵衛はを守るように抱えそのまま地面に転がった。
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2011.12.17
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