# 04

沖矢と口裏を合わせる為に打ち合わせをしたは当初の予定通り工藤邸とは別の場所に住むことになった。

木馬荘並に古いアパートだがトイレとお風呂、キッチンがついている1Kの部屋だ。
寝れれば部屋にこだわりはなかったので会社が用意してくれた安価のアパートはとてもありがたかった。

そんなが就職したのはとある車の整備工場だった。別にガソリンの匂いや油塗れになるのが好きなわけではないがアメリカでは車の故障を直して一人前、という噂話を真に受け、社会勉強も兼ねて勉強しに来ていた。


「おい新人!ぼさっとしてねーでさっさとこれ持って行かねぇか!」
「はい…っ」

握力も腕力も平均女性程度なので正直重いものを持つと次の日筋肉痛で手の感覚があやふやになるのだけど、1週間近く経てば足のふらつきも減ったような気がする。

「バカ野郎!そんなへっぴり腰じゃ足に落とすぞ!腰に力入れろ!腰に!!」

パン!と腰を叩かれ、あまりの痛さに泣きそうになったが震えるまでに留めた。筋肉痛の腕を叩かれないだけマシだったが腰は恐らく真っ赤になってるだろう。

午前中でヘロヘロになったは急かされた場所に向かうと目の前に修理している車が現れた。白いスポーツカーはサイドドアを思いきりぶつけていて窓ごと破損している。
事故車か、と傷の確認をしていると持ち主らしい人が現れ社長と何やら話していた。


後ろ姿しか見えないが社長がへりくだってごますりをしているのがよく見える。相当お金を持っているらしい。社長の守銭奴具合はこの数日で実感していた。
それを尻目に車内を覗き込むと破損部分さえなければよく磨かれているし中もちゃんと掃除をしていて綺麗だ。大事にしてるんだな、というのが見てとれる。

「あ…」

私物も特にないかな、と確認していると窓ガラスの破片に混じってセンターコンソールにキラリと光るものが入っているを見つけてしまった。
身を乗り出し覗いてみるとホルダーの中にオイルライターが入っている。

社員に窃盗をする者はいないと思うが、ライターだしこのデザインは思ったよりもお高い気がする。詳しくはないが勘はいい方なのでまだ綺麗な方のタオルを使って取り出すとくるりと巻き、お客さんを見やった。

彼は丁度社長と話を終えたところで出口に向かっている。近くにいた社員に声をかけたは急いでお客さんを追いかけた。


「あの、スミマセン。忘れ物ですよ」

スラリとした背中を追いかけ呼び止めるとお客さんは少し驚いたように振り返った。褐色のような肌、というよりどこか既知感を覚えた姿に目を見張る。
何ですか?と首を傾げる顔は思ったよりも幼く見え、目が合ったは慌ててタオルの中の物を差し出した。

「あの車のお客さんですよね?ホルダーの中にこれが入ってました」
「あー」
「お客さんの私物に触らないようにいわれてるんですけど、修理中に失くしてしまうとお客さんにもご迷惑がかかるので持っていてもらえませんか?」
「そうでしたか。わざわざスミマセン」

彼が手に取りやすいようにタオルを張って差し出せばお客さんはふわりと微笑みオイルライターを受け取った。


「…あなたは、これの価値を知っているんですか?」
「え?いえ、正確には…」
「そうなんですか?てっきり知っていたのかと。ちなみに金額にすると…」

オイルライターを弄び、質問してくるお客さんに知らないと首を振れば、顔をこちらに近づけ、耳元で驚きの値段を囁いた。
予想以上の金額に「え、」と近すぎる顔を見返すと「勿論冗談です」とお客さんが笑みを浮かべ離れていく。


「ですが紛失すると少々困るものだったので。有難く受け取っておきますね」
僕の愛車よろしくお願いします。と微笑むと、褐色のお客さんは颯爽と去っていった。