# 06

本日の仕事が終了し、私服に着替え工場を後にすると門のところに誰か立っているのが見えた。

「やあ、お疲れ様」

目を凝らせばスラリとした長身が待ち合わせのように立っている。塀に寄りかかる姿も絵になるな、と感心していたら先程自分を助けてくれたお客さんだった。
今日は随分この人に会うなぁ、と思いつつ会釈をして通り過ぎようとしたが彼ももたれかかっていた身体を起こしたので自然と視線がそちらに向いた。

「遅かったけど残業でもしてたのかい?」
「いえ、まだ覚えられてないとこがあったのでその確認と後片付けをしてたら遅くなっただけです」

また小栗にでも捕まったのか?みたいなことを遠回しに聞かれたが彼は終業時間前にあがっている。それを素直に返せば彼は顎を撫で「ふむ、」と考える素振りを見せたがニコリと笑って「何もないならいいんだ」とこちらを見た。


「それで、お客さ…青月さんはここで何を?」
「勿論、キミを待っていたのさ」

社長がゴマを擦っていたけれど周りを伺う限り常連や贔屓にしてるお客さんではなかったはず。
事務に女性もいるが皆既婚者で声をかけられたを羨ましい、とわざわざ声をかけてきたくらい面識もなかった。

そのだって会って間もないこの相手に待っていた、なんていわれる記憶がないので驚きを隠せない。しばらく固まった後「何でですか?」と首を傾げるとこの前のライターのお礼がしたいをいわれ余計に困惑した。

「それは口実なんだけど、少しキミと話がしたくてね。できればこれを飲みながら、どうだい?」

持っているビニール袋から透けて見えたのはビールだ。それも6缶セット。本気らしい。意図はわからないが断れる雰囲気はこれっぽっちもなく、は困惑しながらも「コンビニ弁当、買いたいんでその後でよければ…」なんて答えるしかなかった。



「へぇ。案外ちゃんと片づけてるんだな」
「まぁ、来たばかりなんで…」

部屋に帰ると青月さんは物珍しそうに周りを見回しちゃぶ台があるところに座った。部屋にあるのはちゃぶ台と布団とノートパソコン兼テレビだ。
服もあるが半畳分の押し入れ(押し入れといっていいのかわからないくらい狭いが)にスーツケースと一緒につっこんである。

そのせいで何もなく見えるのだが男の部屋ってこういう感じだよね?と思いつつも温めた弁当を手に彼の斜め前に座った。それとも男性の部屋はもっと汚すべきなのだろうか。

後で有希子さんから教えてもらった人物の作りこみ方をおさらいしておこう、と考えているとプシっと缶が開く音が聞こえ顔をあげた。
褐色金髪のお客さん『青月さん』は挨拶もそぞろにビールを飲みだしている。も合わせるようにコンビニ弁当に箸をつけた。

「…なんですか?」

弁当を食べていると絶えず視線を感じて、見てみればビールを呑んでいる青月さんと目が合った。その視線が少し居心地悪く、聞いてみると彼はフッと笑って「キミは育ちがいいんだな」とおもむろにきり出した。


「箸の使い方も食べ方も綺麗だ。それに頭の回転も悪くはない。ただ、著しく体力と筋力量が足りない。それで毎日のように怒られている。ついていくのがやっとという感じだ。
こういう仕事は初めて、という手をしてるし、キミ自身もこの職業に向いていない、と思っている。しいていうなら管理職だったらまだ、というところかな」
「……」
「どうしてこの職業を選んだんだい?」

キミを伺う限り家庭環境は良さそうに見えるし、普通の就職もできたんじゃないか?とズバズバ投下してくる目の前の彼には固まって言葉が出なかった。
これは、尋問…職質、というやつだろうか。いやしかし、ちょっと懐かしい気がする。これ確か新一にもやられたなと思い出した。


『オメーな!できないことをできるなんて嘘つくんじゃねぇよ!世界で一人ぼっちになったオメーを見放すわけねーじゃねぇか!!』


事件以前の記憶が抜け落ち、覚えのない事件に巻き込まれたといわれ、挙句の果てに天涯孤独だと知ってノイローゼになってた時に新一に言い当てられたことだった。

天涯孤独ならこの後自分がどうなろうと誰にも迷惑をかけないし、自分を助けてくれた警察が望んでいるならばと、事件解決の為に凄惨な情報で記憶を叩き起こそうと躍起になって壊れかけて救われた。

そのお陰でせき止めていたものが崩れていったのを覚えている。状況は違うけれど、ずかずかと中に入ってくる感覚はどこか似ていて少し可笑しくなった。


「俺、実は養子なんです。今の両親ってできた人達で本当は働かなくてもいいっていってくれてるんですけど、それじゃダメな気がして…内緒でここにいるんです」
「ホォー。一念発起ですか。ちなみに理由を聞いても?」
「え…あ、いや、たいしたことじゃないんですけど」

にこやかに前のめりになりながら男はさも興味津々といった体で畳み掛ける。貼り付けた笑顔には視線を揺らし何度か空気を噛む仕草をした。それは恥ずかしさからくるものだったが相手には言葉を躊躇するようにも見えた。

「義父や義弟がなんでもこなしてしまうんですよ…車もヘリも、ボートも運転できるといってた気がします。俺は養子になったばかりなんで、そういう機会がまだなくって…でも、ひとつくらいそういう特技があったらいいなって思って…」


子供っぽい、とは思うんですけど。零したところで男は彼は羨ましいのか、と気づく。
いいづらそうにしていたのは子供染みた嫉妬を素直に喋ることが恥ずかしかったのだとわかって気を抜いたように微笑んだ。高校を出たばかりとはいえ、まだまだ可愛らしい子供だと思えた。

「わかりますよ。故障した時颯爽と直せるのは格好いいですよね」
「え、ええ…あ、改めて言葉にすると恥ずかしいですね…」

「いえいえ。立派な目標じゃないですか。そういった技術があれば家族や身近な人達が困った時も手助けができる。いい目標ですよ」

ああやはりこの人探偵っぽい。会って間もないのにここまで言い当てられるとは思ってなくて余計に恥ずかしくて頬を掻いた。顔も熱い気がする。

このままじゃこの人にベラベラ全部喋ってしまいそうだと危惧したは「それで、俺に話って何ですか?」ととってつけたように彼がここに来た理由を聞いてみた。
ついでにもビールを開けると青月さんは視線を逸らし、そしてこちらに視線を戻すといい難そうに小栗のことを聞いてきた。

「よくわかんないです。スキンシップが多くてちょっと困ってますが…」
「不快に思ったなら本人か上司にいうべきだが、入りたての新人(キミ)には酷な話か…」


小栗は最初は肩や背中を触れてくるだけだったが今日はお尻を触られたのを思い出し自分なりに不快感を露わにする。
不快か不快じゃないかといわれたら不快だが今は同性同士なのだ。男同士ならそういうスキンシップも世の中にはあるのかもしれない。そう割り切ろうとしていたのに青月さんは至って真面目な顔をしてこちらを見やった。

「彼がゲイかどうかは定かじゃないが、あれはセクハラで訴えるには十分な行為だ」
「ゲイ…」
「驚くのも無理はないと思うけど、キミがされたのはそういうことだよ」

脳が処理できず、驚き固まるに青月さんは真面目な顔を崩さず、今後ありうる接触を教えられ顔面が蒼白になった。

ゲイがどうか、ということではない。あの小栗が自分をそんな風に見ていたことに震えた。申し訳ないが正直気持ち悪い。
しかも今は男としてあそこに就職してるのに…とそこまで頭がまわったところで「まさか、俺、男ですよ?」と少なくとも自分の方が小栗を知っていたし、一方的に人を悪くいう青月さんに言い返してみたが相手は断固として姿勢を崩さなかった。


「キミは経験が浅いし、人がいいようだ。だからああいった"悪い大人"につけ込まれるんだろうが…もう少し警戒心を持った方がいい」
「男、相手にですか?」

そんなのどうやってわかるんだ?と困惑した顔のままみ彼を見やると、少し泣きそうになってるのがわかったのか青月さんは真面目な顔を少し崩しフッと微笑んだ。

「少なくとも異様にスキンシップをとってくる奴には気をつけろってことだ」
「ああ。そういう…」

それじゃ誰も信用できなくないだろうか?と思ったが最低限の見分け方がわかったのでとりあえず頷いた。

しかし、明日からどうしたらいいだろう。殴る訳にもいかないし、社長に相談し訴えるにも自分の立場が弱い、というかそういう訴えって通るのだろうか。もみ消されるだけじゃないだろうか。
アメリカだって言いにくい風潮があるし周りの目もある。こういう面倒ごとが嫌だから男に変装したのになんてこった、と頭を抱えたい気分だった。


「…俺のこと、心配してくれてるのはわかりましたけど、でも、何でここまでしてくれるんですか?」

出会ったばかりで、さも小栗の行動を見張っていたかのような的確な言動が気になって問いかけると青月さんは笑みを苦笑に変え、ちゃぶ台に頬杖をついた。

「キミが少し、昔の友人に似ていたんだよ」
「友人、ですか?」


思ってもみない返しに目を瞬かせれば「目元が似てるんだ。顔の造形も少し近い…髪はもう少し長くて……僕の親友だった」と懐かしむようにこちらを見て目を細めた。

その視線はを見ていないが見られていることには変わらなかったので何となくドキリとして視線を泳がせる。
持っていたビールを煽れば青月さんが可笑しそうに笑った。